要求の多い脅迫屋
前回の作品『臓器林の毒リンゴ』とは180度方向性を変えてみました。
お楽しみください。
一通の脅迫状が届いた。
『お前の家族が泣き叫ぶ姿が見たくなければ、私の要求に従え。
まず、駅前のヤマバ電機に迎え。そこには同胞がたくさんいる。間違っても誰かに助けを求めようとするな。
1番人の多いエリアに次の要求は置いてきた。』
僕を愚弄するつもりか。僕はしがない探偵だ。
この所、依頼状が山ほど届いていて、こんな戯れ言に付き合っている時間などないのだ。
しかし、困った。僕には、愛する妻と娘と息子がいるのだ。
家族の命を引き合いに出されてしまえば、どんな依頼より最優先だ。遊びに付き合ってやろう。
僕は、犯人の要求に従い、ヤマバ電機に向かった。
駅前という立地も功を奏してだろう、あふれんばかりの人だ。
1番人の多いエリア…どこだろうか。
普段はあまり電機屋に行くことがないため検討がつかない。直感とこの目で探すしかない。
むぅ…。どのエリアも人が多いじゃないか。
僕は、広大なフロアをくまなく探索した。
ゲームコーナーが1番人で溢れていたが、それらしきものは見つからない。
だいたい人の多さなど時間帯によって変わり得るだろう。
単なるイタズラに踊らされたのだろうか…。
探偵は、普段は人探しを手伝ったり、尾行をしたり、正直泥臭い仕事だ。
だがこの所は、変わった依頼が多い。
この街で、不審者が発生しているようなのだ。
不審者の特徴は概ね一致している。
がっしりとした体格で、ヒケが濃く、子供を付け回しているらしい。
完全に同一犯がこの街で悪さをしている。
時には、家の中に入ろうと試みることもあるようだ。
そんな仕事の悩みに思い耽っている時に閃いた。
1番人の多いエリア…!
ここじゃないのか?
僕は女子トイレの前に向かった。
駅前という立地もあり、女子トイレは常に混雑しているのだ。ここなら、いつも長蛇の列だ。
女子トイレの前には生け花があった。
付近を調べると、覗き込まないと見えない裏に一通の手紙があった。
『お見事だ。駅を挟んで反対側のおもちゃ屋にむかえ。
今度は、簡単だ。1番大きいぬいぐるみのそばだ。
そこにも、同胞は多い。余計なことは考えないことだ。』
完全に弄ばれている。
子供の寄り付きそう場所にばっかり連れて行こうとするな…。こいつ、もしかすると、依頼のあった不審者なんじゃないか…?
僕が、行方を嗅ぎまわってることに逆恨みでもされたか。
だとすれば、僕の子供達が不安だ。
私は急いで要求に従い、おもちゃ屋に向かった。
むぅ…。ぬいぐるみコーナーはどこだ…。
入り口から1番奥か…。仕事ばかりの僕の体には、少しの走りがフルマラソンのように辛い。
ぬいぐるみコーナーを注意深く調べた。
しかし、大きなぬいぐるみなど殆どない。
女の子向けの小さいものばかりだ…。
一応、他のエリアも、それっぽいものがないか確かめてみた。どこが、簡単なんだ…!ぬいぐるみだけでも種類が多すぎるぞ…。
諦めかけそうになり、店の入り口にむかった。
しかし、同胞がいると言いながら監視されている気配はないな…。
だいたいこいつは、単独犯だろう。
さては、はったりだな…。臆病なやつめ!
その時ふと閃いた。
この店で1番大きいぬいぐるみ…!
こいつのことか!
おもちゃ屋の店の入り口には、大きな熊のぬいぐるみがあったのだ。
何年もここでお客を招いているのだろうか。
薄汚れており、少しその表情も不気味だ。
どれどれ…。
あたりを探ると、やはり目立たない傍に、手紙があった。
『流石は腕のある探偵だ。褒めてやろう。
次が最後の要求となる。坂を下って、花屋にいけ。
一応繰り返しておくが、そこにも同胞は多い。
余計なことを考えれば、時間が過ぎていくぞ。
花屋に着いたら、アネモネの花を探せ。
その花に要求は託した。
タイムリミットは午後9時までだ。
私の要求に応じられなければ、午前0時、お前に代わって、私の服は真っ赤に染まる。お前の子供の笑顔は奪われるだろう。』
ふざけやがって…。僕の子供達に何をするつもりなんだ!
犯人は、ここのとこ依頼のあった子供大好き髭面親父に違いないな。
日も暮れはじめている。とにかく急がなければ。
僕は、要求に応じて花屋まで駆け下りた。
アネモネの花…アネモネってどんな花だ…?
「すいません…。アネモネの花を探しているのですが…。」
「アネモネですね。お客様ラッキーですね!
ついこの間入荷したばかりなんですよ」
「そうでしたか。ちょっとゆっくり見て考えてみます。
どうもありがとうございます。」
僕は、アネモネの花の周辺を探しまわった。
今までどおり、手紙が…あれ…見つからない。
一応店内の手紙を隠せそうな場所をくまなく探した。
本当にさっきの手紙が最後の要求だったのだろうか。
アネモネの花に要求は託した…か。
「何度もすいません…。アネモネはどういう花なんですか?」
「アネモネは白や赤や紫の可愛らしい花で、プレゼントなんかにはとっても人気なんですよ。
でも、すみません。たまたま入荷したのが紫色だけなんです。」
「何故紫色だけなんですか?」
「私が個人的に好きなんです。アネモネは、花言葉が〝恋の苦しみ〟だったり〝見捨てられた〟だったり切ない花なんですけど…紫色のアネモネは〝あなたを信じて待つ〟が花言葉なんです。なんだか素敵じゃないですか?」
あなたを信じて待つ…か。
この花に込められた要求…。
犯人は何故、タイムリミットが9時だと言ったんだ?
午前0時に犯人の服が真っ赤にそまる?
犯人は子供好きのヒゲ面の体格がいい男?
電機屋やおもちゃ屋や花屋に同胞?
子供たちの笑顔?
「すいませーん。ここって今日何時までやってます?」
他の客が花屋さんを呼びつけた。
「いつもは8時までですが、今日は9時までやってますよ!なんたって…」
私はピンと閃いた。
閃くと同時に、走った。今の時間は…8時15分か。
間に合ってくれ…!
犯人はこのために、わざと店内を回らせたのだな…。
頭のキレるやつだ。
おおかた事件の真相は分かったぞ…!
私は残りの力を振り絞って、全力疾走した。
愛する子供たちのために、愛する妻のために…!
8時54分。
私は、再び花屋さんに戻っていた。
「すいません…!
もう1つだけ教えて欲しいことがあるのですが…。」
私にやれることは全てやった。
悔いはない。
犯人の脅迫に屈することにしたのだ。
私は自分が恥ずかしくなった。
仕事に追われる毎日で、大切なことを忘れていたのだろう。
私は、ボロボロの足を引きずり、愛する家族の待つ自宅に帰宅した。
子供たちはすでにスヤスヤ眠っていた。
「あなた、おかえりなさい!ちょっ…!」
僕は妻を抱きしめた。
「ちょっといきなりどうしたのよ」
僕はおもむろに真っ赤なバラの花束を渡した。
「渡したいものがあるんだ…脅迫屋さん。せっかくのクリスマスだからね。いつも仕事ばかりでごめんな。君なら赤いバラの花言葉は分かるよね…?」
「流石名探偵さんね。少しは楽しんでもらえたかしら?」
「お陰で君がサンタにならないで済んだね。子供たちのプレゼントは閉店間際に駆け回って、買ってきたよ」
僕は、電機屋で買ったゲームソフトを息子の靴下に、おもちゃ屋で買ったぬいぐるみを娘の靴下に忍び込ませた。
今日の夜は、この街のあちこちで、子供好きの赤い髭面親父が、子供たちの笑顔のために、脅迫に応じるのだろう。
明日の朝が楽しみだ。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
今後とも、黄金のどんぐりを宜しくお願いします。