ほんのわずかなやる気①
今回はいつもに比べると長いです。
教師不在ということでその日は一日自習になり、生徒たちは大いに喜んだ。昨日のような鬼畜な授業よりは、自習の方が遥かにマシだからだ。
そして、三日目の朝。
登校早々、アーチャは校長室に出向いていた。
「校長先生。約束の日です」
アーチャが校長に言うと、校長は両手をあわただしく振った。
「ま、まだ分からんよ。ひょっとすると今日こそ、サディ君が本気を出すかもしれないぞ」
校長の言葉に、アーチャは鼻を鳴らした。
「一日目にロクでもない授業をして、二日目は不在、これで何を期待しろと?」
「いやいや、でも最後まで分からない物だぞ、人生は。とにかく、教室に戻りなさい。続きはまた放課後に」
「分かりました。では放課後にまた伺います」
アーチャは踵を返すと、教室に戻った。
「じゃあ授業始めるぞー」
教壇に立ったサディが、やる気がなさそうに黒板に文字を書いていく。
「えー、魔王を倒すためには仲間との協力が必要だ。よって今日は仲間をよく知るため、きょうせいきょういくをやっていこうと思う」
その言葉に、生徒たちの間に安堵の空気が流れた。
共生教育。それは、人間が共に生きるにあたって大切な事を学ぶ授業だ。確かに、仲間との団結にも繋がるだろう。サディにもきちんと人の心があったのだと、生徒たちは心の中で涙した。
「じゃあ始めるぞ、きょうせいきょういく」
生徒たちの期待に道溢れた視線を浴びながら、サディは黒板に文字を書き込んだ。
強制教育
「は?」
あっけにとられる生徒たちを余所に、サディは授業を始める。
「強制教育っていうのはみんな知っての通り、生徒を強制的に教育する授業の事だ。ちなみにこの授業の間だけはどんな事をしても許されるから、俺は結構好きだぜこの授業」
「そんなもの、私たちがやるとでも思っているんですか?」
アーチャが手を上げ、サディに聞く。サディは首を捻る。
「あれ、駄目だったか? じゃあ代わりにこれで」
サディは黒板消しを持ち『強制』という文字を消すと、新たに字を書き加えた。
「えっと、先生?」
『~みんなで始めよう、性教育~』と書かれた黒板を見て、童貞勇者が声を出す。
「どうした童貞勇者。なにか不満か?」
「あ、いや、そうじゃなくて、こんな物授業でやって良いのかなって思って・・・あと誰が童貞勇者だ!」
「ちなみに、今日この授業をやらないと次の授業参観にやる事になるぞ」
「「「「是非今日やってくださいお願いします!」」」」
見事にアーチャ以外の全員の言葉が一致した。みんな親の前で性教育を受けるという拷問に耐えられないのだろう。
「はっはっは。お前らがそこまで言うなら仕方ない。今日の1時間目から6時間目まで、全部この授業でーーーーー」
「ふざけんなッ!」
かん高い声が鳴り響き、全員の視線が声の主に集中する。みんなから注目の視線を浴びてもアーチャは憶さず、前に進み出た。
「いい加減にしてください、私達は本気で魔王を倒すために日々努力をしているんです。」
金切り声に似たそれを聞いても、サディの表情は揺るがない。
「そうか? 本当にここに居る全員が、本気で魔王を倒したいと思ってるのか?」
「思ってるに決まってるじゃないですか。そうでしょう、皆!」
アーチャが後ろを振り返り、生徒達に問う。突然話を振られた生徒達は一瞬驚いたものの、すぐにぎこちなく頷いた。
「ま、まあ、そりゃあな・・・・」
「魔王は人類の敵だしな・・・」
「俺の『魔王を倒して金持ちになって美女侍らせてウハウハのキャッキャッウフフフ計画』のためにも、魔王は絶対倒さなきゃ駄目だぜゲヘヘヘヘヘーーーーー」
「一人でヤバイ奴が居た⁉」
童貞勇者のツッコミを軽く無視し、アーチャがサディに詰め寄った。
「ほら、ここに居る全員が、本気で魔王を倒す事を望んでいます。意味のない授業をするのなら、他所でやってください。貴方のふざけたゲームに、私達を巻き込まないで下さい」
「そう言えばお前、いつもフード付きの服なんだな。昨日も遠見の魔法使って見たときもフードだったし。そんなにフード気に入ってるのか?」
「話をそらすなッ!」
サラリと話を流すサディに、アーチャはぶちギレた。
「出ていって! 二度と来ないで!」
「そんな事言われてもな、俺一応ここの教師なんだけど」
「じゃあ今すぐその権利を剥奪してあげますよ!」
アーチャが肩を怒らせながら退室する。その様子を見て、童貞勇者が感嘆の息を漏らした。
「す、凄え・・・・」
「どうした、童貞勇者?」
何故か感嘆の声を上げる童貞勇者に、サディは聞いた。
「あ、いえ、先生は知らないと思うんですけど、アイツ入学当初から感情を表に出してなくて、誰もアイツが感情を面に出してる所見たことが無いんですよ。俺、アイツと一年半同じクラスなんですけど、アイツが怒ったのを見るのは初めてです」
「ほう。それは面白い」
サディは愉快そうに言うと、生徒達の方に向き直った。
「じゃあ、今から真面目に授業を始める」
その言葉に、教室内にどよめきが走った。皆、この状況下でサディがこんな発言をするとは思っていなかったのだろう。
「じゃ、じゃあアーチャを呼んでこないと」
童貞勇者が立ち上がる。その瞬間、サディの鞭が童貞勇者の腹にクリーンヒットする。
「ウホッ!」
サディがやれやれと首を振る。
「アホ。何のためにフード付きを追い出したと思ってるんだよ。少しは頭を使え。だからお前は童貞なんだよ」
「フ、フード付きって、アーチャの事ですよね・・・・あと誰が童貞だ!」
「なんだ、違うのか?」
「い、いや、確かに童貞だけど・・・って何を言わせるんだ!」
顔を真っ赤にして、童貞勇者が吠える。
「まあ童貞勇者の童貞自慢はこの際どうでもいいとして・・・話を戻すぞ」
「その話振ったのアンタだけどな!」
童貞勇者のツッコミを綺麗にスルーし、サディが言う。
「昨日一日かけて、お前らの授業態度や成績、魔王に対する執着、調教に対する耐性、性感帯の場所など、授業に関する様々な事を調べさせてもらった」
「うん最後の2つはおかしいな!」
「まあとにかくだ。それらを見させてもらって、アイツが俺の授業スタイルに合わない事がわかった。でも大事な調教対象を、そんなどうでもいい事で失いたくないからな。軽くテストをさせてもらった」
童貞勇者の顔に、戦慄が走る。
「じゃあ、さっきのあのふざけた授業は、アーチャの忍耐力を試すテストってことですか⁉」
「当たり前だろ。放課後の校舎ならともかく、授業参観で保険体育の実技をやるとでも思ってんのか。いくら童貞で性欲が有り余っているからといって、授業参観で実技とかプレイが特殊すぎるぞ」
「違うわ!」
「では、授業を始めていくぞ」
サディがチョークを持ち、黒板に書き込んでいく。
『調教教育』
「ま、タイトルがあれだがそこは勘弁してくれ。このタイトルでなければ、俺は本気で授業をやれない」
その言葉に、生徒達のどよめきが止んだ。教室内が静かになった事を確認すると、サディは頭を掻いた。
「ああ、そうだ。授業を受けるに当たって、一つ条件がある。お前ら、本気で魔王を倒したいか?」
その不思議な発言に、訝しく思いながらも生徒達の大多数が頷く。遅れて、数人の生徒も頷く。
「あ、当たり前だろ」
「だって、なあ・・・・」
「魔王なんて人類の敵だしーーーーー」
生徒の全員が頷いた事を確認すると、サディは満足そうに頷いた。
「そうか。よし分かった」
そして、
「じゃあ、今から15分以内に教科書を全部川に捨ててこい。それが、俺の授業を受ける条件だ。」
衝撃的な一言を発した。