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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第二章・御家騒動と他者の思惑
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3.接触

2017.12.24 三点リーダーを修正。

 イーロゥさんの実家の道場の前に立って、深呼吸。肺の空気を吐き出して、しばし瞑目。心を落ち着ける。


(よし)


 胸のなかで、掛け声ひとつ。心を決めて、道場の門をくぐる。3年前と変わらない騒がしさの中、3年前と同じように声を張り上げる。


「ごめんくださーい」


 門下生の一人だろう、練習を中断してこちらに駆けよる。


「イーロゥさんの知り合いでメディーナと言います。ラミリーさんはいますか?」

「姉御っすね。ちょっくら呼ん……

「師範代って言ってるだろ! 間違えんじゃないよ」


 右手奥から木の棒が飛んできて、目の前の門下生の頭に直撃、頭を押さえてうずくまる。


(こんなとこまで変わってないの……、毎回やってるのかしら?)


「はいはい、お待たせね~。おや、3年前のお嬢ちゃんかい。久しぶり~」


 右奥から歩いてきた女性が、軽く右手をあげて挨拶してくる。


 以前と変わらず、上は長袖、下はズボンの動きやすそう感じのする服を着ている。髪は後ろで一つにまとめて、化粧っ気は無し。健康的美人ってやつかな。……結構年上のはずだよね? 羨ましい。


 あと、この人とイーロゥさんが兄弟とは、やっぱり思えない。


「お久しぶりです。覚えてましたか」

「まあね。ウチに来るにはめずらしいタイプだからね、嬢ちゃんは」


 雰囲気的に私がめずらしいのはなんとなくわかる。


 ……うん。今日は世間話に来たんじゃない。話を切り出そう。


「今日はお願いがあってここに参りました。話を聞いていただけるでしょうか?」



 道場を通って右手の扉をくぐった先、応接室のような場所に案内される。勧められた椅子に座る。対面にラミリーさんが座る。一緒に来た門下生らしき人(道場の玄関とは違う人)が一旦奥に行き、お茶を出したあと、道場の方へ戻っていく。


「で、なんだい、今日は? またダイエットのことでも聞きたいのかい?」

「いえ、今日はバード王子に関することでお話しをしたいと思いまして」


 この言葉で、ラミリーさんの居住まいが僅かに変化する。


「……ふぅん。確か嬢ちゃんは第四王子の付き女中って話だっけ。でも、こんな城外の道場主にそんな話をして、どうしようってんだい?」


 迫力が、威圧感が、にじみ出てくる。心の奥に力を入れて、耐える。今までと同じように話をする。


「私は、付き女中を解任されています。王城に籍もありません。まずはその辺りからお話しします」


 こうして、ラミリーさんとの話し合いの火蓋を切った(・・・・・・)



「先日、王城にて事故があり、国王陛下、皇太子殿下、側妃のクローゼ様が亡くなりました」

「ああ、聞いてるね。王城ででっかい葬式をあげたって。でも、王様とその息子の葬式って話じゃなかったかい? 『側妃のクローゼ様』なんてのは初耳だね」

「クローゼ様はバード様の母親にあたる方です。他の王子は正妃様がお生みになられてますが、バード様だけはクローゼ様がお生みになっています」

「ああ、そういえば第四王子は側室の子供だってね。その母親かい」

「そうなります。そのクローゼ様も亡くなられたのですが、葬儀は別に行われました」

「ふぅん。気に食わないね。愛人は『尊い血筋』とやらとは一緒に弔えないって話かい」

「そのかわり、葬儀は盛大な割に死を悼む人もいないようでしたので、むしろ良かったと思います。クローゼ様の葬儀があのような形だったら浮かばれませんので」

「おや、言うねぇ。城内の人間なんて、もっとガチガチかと思ってたがね。まあ、嬢ちゃんはちょっと違うか」

「そうですね。元は孤児なので」

「へぇ、そいつは初耳だね。てっきり良いとこのお嬢様かと思ってたよ」


 ラミリーさんがすこし相好を崩す。


 そして私は、今日ここに訪れた理由を話す。


「亡くなったクローゼ様ですが。元々平民出身のため、王城内で孤立していました。そして今、バード様も同じように孤立しています」

「国王陛下と皇太子殿下が同時に亡くなられたことで、王城内でお家騒動が起こり始めています」

「そして、バード様がそれに利用されようとしています。そのため、私は側付き女中を解任されました」

「今日は、孤立したバード様に力を貸してもらえないか、お願いしに来ました。また、力をお貸りできるのであれば、微力ですが私もお手伝いできるのではないかとの思いもあります」



 まずは、こちらの事情を簡単に述べた上でお願いし、頭を下げる。こちらのお願いはこれが全てだ。あとは向こうの出方に対応するだけ。大丈夫。分の悪い賭けじゃないはず。


「そうさね、いくつか聞かせてもらおうか」

「まずは、願いとやらをもう少し詳しく聞きたいね。あんたはバード王子をどうしたいと思ってるんだい。王様とかにしたいのかい」


 バード君にどうなってほしいか。今までちゃんとした人に育てるとしか考えていなかったけど……。うん、それは変わらない。バード君も身分を望んでいないはず。なら……


「身分は重視しようと思いません。まだ子供のため、どのように成長するかにもよりますが、希望に沿った仕事や本人の能力にあった仕事ができれば良いと思います」

「このままだと、バード様の意志を無視して、能力を発揮できない。そんな、利用されるだけの立場にされそうだと考えています」

「バード様に、人間らしく生きてほしい。それが願いです」


 うん。人形なんて生きてるなんて言えない。身分なんかどうでもいい。私はバード君に人間らしく生きてほしいんだ。


「バード王子が人間らしかろうが何だろうが、嬢ちゃんには関係ないんじゃないのかい? ただの側付き女中なんだろ? むしろ主人が偉くなった方が良いんじゃないのかい?」


「私は、今は亡きクローゼ様に引き立ててもらい、バード様の側付き女中に任命されました。その際、バード様とは家族のように接したいとお願いました」


 話しながらクローゼ様のことを想う。その想いを胸に言葉を紡ぐ。


「クローゼ様には引き立ててもらった恩義があります。なので、バード様を育てるつもりで今まで接してきました。私は元々は孤児です。側付き女中として子供を育てる方法を知りません。ですので、身内として接してきたつもりです」

「クローゼ様は亡くなってしまいましたが、恩義は忘れられるものではありません。また、今では私自身もバード様の身内として、行く末を案じています」


 ここまで話して思い出す。そうだ、こんなことを言われたこともあったんだ。


「クローゼ様には、バード様には自分の好きなように接してよい、それが一番彼のためになる。そう言ってもらいました。私にはバード様が誰かに利用されるだけの人間になってほしくありません。この願いは亡くなったクローゼ様も同じだと信じます」

「繰り返しになりますが、バード様に、人間らしく生きてほしい。それが願いです」



「あんたは後ろ盾になれというが、こっちが王子を傀儡にしたらどうするつもりだい」


 これははっきりしてる。ここに来た理由。素直にお願いをした理由。それは……


「あなた方はそんな事をしないと思います」

「どうして?」

「イーロゥさんをバード様の元に送り込んできた人達だからです。バード様を人形のように扱うのにイーロゥさんを送り込むのは馬鹿げてます。遠ざけておかなければ支障をきたします」

「私は一応、あれの姉なんだけどね」

「なおさらでしょう」


 イーロゥさんのこと、私より詳しいよね。


 イーロゥさんは運動教師として有能な人だ。豊富な知識から生徒に必要なことを選んで、目標を持って実行させることができる。しかも、必要な知識はちゃんと伝える。そんな人を教師にすれば、当然生徒は育つ。


 傀儡にしようとする人に高度な教育を与えるわけがない。この人はそんなことをしない。


「もっと後で聞くつもりだったんたけどね。先に聞いとくか。なぜ、ここが後ろ盾になると思ったんだい」



 これも、今となってはわかりきっている話。私の確信を口にする。


「イーロゥさんをバード様の教師役にできるだけの力があるからです。それだけの力があれば、この先、きっとバード様の力になると思いました」


 そう。バード君の教師にイーロゥさんが任命されたのはおかしいんだ。いまでこそ得難い人だと思うけど。それとこれとは話が違う。


「たまたま、とかは思わなかったかい」

「ありえません。彼は『王城の流儀』で教えることができないと言いました。数多い兵士から、わざわざそのような人間を選ぶ必要性は皆無です」

「元道場の師範代だからとかは理由にならないかい?」

「なりません。ここは『城壁の中』からはスラムと認識されています。むしろ、王族から遠ざけるのが自然です」


 あの人は王城の人から見れば、普通に教えることができない、スラム出身の人だ。1つだけでも教師にするのはありえない欠点なのに、2つも持ってる。


「じゃあ、なんであれが教師役になったと思ってるんだい」


 そんなイーロゥさんがなぜ教師役になったか、それは……


「彼をバード様に近づけたい人が人事権を使って教師役に任命したとしか考えられません」

「王城が人を雇うとき、王城民、街人を区別しません。取り決めでそのようになっています。そして、自治団は王城に雇われた街人と連絡をとって、派閥を形成している。もしくは、自治団に所属する人間を王城に送り込んでいる」

「バード様に接触を図った理由はわかりません。ですが、その役にイーロゥさんを選ぶくらいです。後ろ暗いことではないと思いました。あの人に陰謀はできません」

「これは自信がないのですが、まずはバード様の印象を第一に考えたのではないかと思っています。そうすれば、バード様が成人した後、彼に頼ることが多くなります。そうすれば、彼を通して自治団がバード様に影響力を持つようになる。それを見越した人事ではないかと」


 そうだ。イーロゥさんは他者の意図があって教育役になったんだ。そして……


「そして、彼と自治団をつないでいるのはラミリーさん。貴方ではないかと思います」

「元々、この道場は自警団とのつながりが強い。また、自治団のスラム対策としても機能しているように思えます」

「私はたまたま自警団とつながっていることを知りましたが、知らなければ、スラムにあるただの道場にしか見えません。スラムの実態を知らなければ、ここが自治団とつながっているとは誰も思いません。隠れ蓑として十分機能します」



 そう。以前聞いたスラムの話。ここはもうスラムじゃない。とても貧民街とは言えないんだ。なにせ、ここに来て『何か』をすれば、食事が与えられる。必要に応じて大部屋で泊まったりできるし服も与えられる。そして、毎日ここに来て体を鍛えれば、そのまま自警団員になる。


 掃除洗濯炊事でもいいし、薪割りや荷物運びでもいい。ある程度できるようになれば自治団や自警団に雇われる。そして、個室を借りて出ていく。


 ずっとここに居座る人も一定数いるそうだけど、基本的にはある程度たてばここを出ていくそうだ。だって、働けるようになれば個室は欲しいしいい服も着たい。おいしいものだって食べたいから。


 これはもうスラムじゃない。生活が成り立たなくなったり他から流れてきた人を一時的に収容して、訓練して、改めて街に組み込むための区域で、道場はそのための施設だ。


 でも城壁の中の人はそんなことを知らない。ここまで来て話をしないから。ぱっと見は貧しくみえるから。みんな粗末な服を着てるから。人が変わってることに気付かないから。



「わかった。もう十分だ。最後に2つだけ」


 あと2つ。今まで聞かれたことはこれで良かったのかな?



「『私もお手伝いできるのではないか』なんて言ったね。なにができると思ってるんだい」


「私はバード様の側付き女中でした。バード様に最も信を置かれています。彼の信用が必要なら、私以上の適任者はいません」


 そう。これだけが、政治とかわからない、力がない私の持ってる唯一の物。バード君の力になるのにバード君を頼ってるような、情けない話だけど。


 だけど、ここの人達が、政治とかがわかる、力がある人が持ちたいと思ってるものだから。


 この価値をこの人たちに認めてもらえれば、まだバード君の力になれる。



「じゃあ、最後の一つ」


 何が来る? 何を聞かれる? 大丈夫。ここまで話ができたんだ。絶対うまくいく。もう少し! 負けないよ、絶対に!


「普段、嬢ちゃんは第四王子のことを『バード君』と呼んでるそうじゃないか。どうして今は『バード様』なんて呼ぶんだい」


 ……はい?


「昨日、うちのボウズとちょっとばかり話をしてね。王族と側付きなんて関係じゃない。互いに身内と思っている、そんな関係に見えるなんて聞いたからね。普段、そんな余所余所しい呼び方なんかしてないんだろ」

「傍から見ても身内、嬢ちゃん自身も身内と思ってる。『バード様』なんて呼び方は、身内に人間らしい生き方をしてほしいっていう嬢ちゃんの想いに相応しくない、そう思うがね」


 ……えーと、え? 頭が追い付かない。けど、これって?


「悪かったね。試すようなことしちまって。嬢ちゃん、あんたの推測、そこそこいい線いってるよ。70点ってとこかな」

「前もって答えてやるよ。あんたのことも、『バード君』のことも、悪いようにはしないって」


 ……


「ま、別に最初から追い返したりするつもりはなかったんだけどね。ちょっととぼけてみたら、見事にこっちの思惑を読んだ上で、そっちの希望をのせて返してくる」

「でも良いね、その姿勢。助けてくださいだけなら相手次第。煮るも焼くも相手の自由になっちまう。その点、嬢ちゃんがやったのは曲がりなりにも『交渉』だ。『バード君を人間らしく、そしたら口利きしてやる』、両方に利がある話だ。そういう姿勢は悪くない」


 そういって、ラミリーさんはニヤリと笑う。


「こっちとしても、嬢ちゃんが頼もしい方がありがたい」



「じゃあ。お互い、腹を割って話そうじゃないか」


 何とか勝てたのかな? 多分そうだよね。うん。


 少し気を抜いて。気が抜けて。安心して。そしたら目の前にお茶があるのを思い出して。とりあえず、一口だけ口を付けた。


 まだ。今は入口をくぐっただけ。話はこれからが本番。だけど……


 それでも、なにかをやり遂げた。そんな気がした。


 クローゼ様、きっと間違ってないですよね。これが一番、バード君のためですよね。


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