2.別れ
2017.12.24 三点リーダーを修正。
「申し訳ないけど、バード様の側付き女中、辞めてもらうことになるわ」
女中長に呼び出された私は、短い言葉で私の罷免を申し渡された。
思ったよりも動揺は少ない。うん。ある程度は覚悟していたことだから。大事なのは、なぜか? ではない。「いつ」だ。そのことを問いかける。
「いつまで、私はバード様の側付きでいられるのでしょうか?」
「詳細は未定だけど、国王陛下の国葬が終わり次第と考えてもらって間違いないわ。後任の人が来たら即座に代わってもらうことになると思う」
「はい。わかりました。詳細が決定したら連絡して頂けると助かります」
「では、失礼します」
時期は想定した中で最短。もう少し余裕があると思ってたけど、そうもいかないみたい。急いで辞める準備をしないと。そう思いつつ、踵を返す。
「ごめんなさい。貴方に続けてもらえないか掛け合ったんだけど、力不足で」
思いがけず、言葉をかけてもらう。今まで頑張ってきたことは間違いじゃなかったと実感する。
でも、なぜ私が側付きを続けられないかは、女中長の方が良く知っているはず。多分、通らないとわかっていながら、なお掛け合ってくれたのだと思う。うん。頭が上がらないよ。だから、一言、お礼をいう。
「評価してもらいありがとうございます。また、掛け合ってくれたことも」
う、ちょっと変な言葉になったかな? 大丈夫。心は女中長に伝わったと思う。
それよりも、これからのことだ。頭を切り替える。そもそも、なぜ罷免を覚悟していたかというと……
◇
私はクローゼ様の紹介でここに来た。そして、クローゼ様の意志で、バード君の付き女中に任命された。
当たり前の話だけど、バード君に付き女中を選ぶことはできない。まだ11才の男の子だから。
だけど、クローゼ様が亡くなったからといって、即罷免になるわけじゃない。私の立ち位置が「クローゼ様に連なる人」から、「中立の立場」に変わるだけだ。
変わったのは、私の立ち位置じゃない。バード君の立ち位置が変わったんだ。
今までのバード君は、現実的には王位に関わることがない立場だった。けど、国王陛下と皇太子殿下が亡くなって、王弟殿下が政務を取り仕切ってる今は。今のバード君は王位継承権第三位で、政務を取り仕切っている王弟殿下は継承権第四位となる。さらに、継承権第一位となった第二王子は政務を取り仕切ることができない。
単に年齢だけの問題であれば、役人さんやいままで国王陛下を補佐してきた人達で第二王子を盛り立てていけばすむ話なんだ。なのに、今現在、王弟殿下が後継者のような立ち位置にいる。そんなことをすれば揉め事の種になりかねないのを承知の上で。
つまり、年齢云々はただの建前で。第二王子は国王にふさわしくないと判断されたんだ。
そうなると、残りは13才の第三王子と、11才のバード君の二人になる。そして、バード君以外の王子は正妃様の子供。
正妃様に近い人は第三王子に期待をかける。正当性を重んじる人も一緒。もしかしたら第二王子が国王にふさわしくなることを期待する人もいるかもしれないけど、それはどっちでもいいよ。ややこやしくなるし。
問題は、王妃様を快く思っていない人や自分で国政を動かしたい人。バード君には表立って味方になる人もいなければ腹心と呼べる人もいない。
もしも王弟殿下がこの先も国政を切り盛りしたいと望むなら、バード君は良いお人形さんに見えているはずなんだ。自分の都合の良いように教育すれば、まさに理想的なお人形さんの完成だ。
もし、バード君の周りの人を入れ替えるような動きがあれば。側付き女中や教育役の人を入れ替えるような動きがあれば。そのことが王弟殿下の野心を表す証拠になる。
私には政治も権力争いもわからない。この考え方が正しいのかも自信がない。けど、私には、それを見極めることもできないし、止める力もない。
私がここでどれだけ頑張っても、もうバード君の力にはなれないんだ。
◇
私はじきに王城を去る。それまでにやるべきことを考え、実行に移す。
まずはイーロゥさん。私がいなくなれば、バード君が心を開いているのは彼しかいなくなる。そう思い兵舎に足を運び、イーロゥさんと話をする。
今まで私がやってきたことを話して、私が知ってるバード君のことを話す。そして、私が立ち去ることを話して、後を託す。彼はああ見えて、時に年長者として導き、時に子供と同じ視線に立って喜怒哀楽を共にする。
彼と共にいれば、バード君の心は大丈夫だろう。筋肉隆々のスキンヘッドなのに。いけない。余計な事を考えた。
研究室の事故の事も少し話す。機密に当たることだから他に漏らさないようお願いして。本当はダメだけど、これを話さないと今のバード君のことをうまく説明できない気がしたから。ついでに少しだけ頼み事をする。全て快く引き受けてくれた。
「私も、バード殿下の行く末を案じる一人だ。これからは、クローゼ様、メディーナ殿の分まで力をつくして事に当たると誓おう」
…………
王城書庫の管理者さんと役人さんにも話をする。彼らに話をつければ、イーロゥさんが教育役を罷免されても、書庫で相談することができる。バード君がそう望めば無碍にはできない。
バード君にも、イーロゥさんと王城書庫に行くこと、出来るだけ続けてもらわなきゃね。新しく来た人にダメと言われても続けた方が良い、位は言っておこう。
こうやって考えると、イーロゥさんが教師役になったことが奇跡のようね。ついこの間まで、違う意味で奇跡のようだと思ってたけど。神様か天使様くらいに思えてきたよ。筋肉隆々のスキンヘッドなのに。おかしいな。ついこないだまで、私あの人のこと、体動かすしか能がない人だと思ってたんだけど。
管理者さんが「イーロゥ殿が付いてるのですから大丈夫でしょう。きっと王子は立派な方になりますよ」と太鼓判を押してくれる。なんか、私なんかいなくても何も問題無い気がしてきたよ。余計な気を回しすぎたかしら?
◇
バード君の部屋に戻る。これから話すことを考えると心が重い。けど、ちゃんと話さなきゃ。
「バード君、実はね……」
そうして、国葬が終わるまでは側にいられること、終わったら側付き女中を解任されること、王城からも出ていくことを話し始めた。
◇
国葬までの日々はできるだけいつも通り過ごすよう心掛けた。
朝起きて、ランニングして。「勉強したいけど見てくれる?」とバード君が言ったのはびっくり。それも、王国史とか、国語とか。苦手教科のオンパレードだよ。「ダメなら一人でやるから無理に見てくれなくてもいいよ?」。さらにびっくり。見るよ、見てあげるよ。
最近、こっそり、バード君の勉強を見てあげるのが厳しくなってきた、なんて思ってるけど、そんなこと言わないから。私は元々孤児だったからそこまで知識がないとか思ってても言わないから。……なんだか私、非力だよね。
さらに、掃除を手伝ってくれたり、洗濯についてきたり。覚えようとしてるみたい。ねえ、バード君。それ、全部側付きの仕事だよ。今もシーツの反対側を持って手伝ってくれてるけど、そのあたりはみんな後の人もやってくれるよ?
だから「バード君は女中さんの仕事まで覚えることはないと思うんだ」って言ったんだけど。
「僕に服の着かたを覚えさせたのはメディーナさんでしょ」
うっ、言い返せないよ。
「自分でできることに越したことは無いって。実際覚えて良かったと思ってる。好きなときに訓練して、着替えれるから」
そういえばそうね。着替えができないと朝一人で訓練もできないんだ。いまさら気付いたよ。本当にいまさら。でも、洗濯までは、ねぇ。
王族だよ、君。
そんなこんなで、国葬の前日。私の後任の着任日がきまる。国葬の二日後。つまり、私は明後日まで。残りあと二日。でも良かった。国葬の翌日とかじゃなくて。
駄目元で計画したことだけど、それを実行にうつすべく、バード君に声をかける。
「最後の日、イーロゥさんと私で、ちょっと散歩しようよ。城の外を」
◇
まずは国葬の日。当然だけど、クローゼ様の葬儀とは規模が違う。だけど、集まった人に対し、悲しんでる人はあまりに少ない。世間話に興じてる人も多数。
王弟殿下が挨拶のような演説のような長い話をして。すごい多くの人が、祭壇に花を添えて。午前中ずっと同じところに立って、その様子を見て。
ご飯を食べるために一旦退席。午後も3時間ぐらい同じところに立って、様子を見て。
疲れただけの一日だった。
不敬? しょうがないよ。私もバード君も面識ないんだから。
◇
で、最後の日。バード君が尋ねてくる
「ほんとに外にでるの?」
もちろんですよ。ちゃんと許可はとってある。バード君にも説明したんだけどな?
「言ったでしょ。クローゼ様の墓参りって」
故人の紹介で側付きとなった人と故人の息子が墓参りに行くんだ。誰も断れないよ。ただ、国葬が終わる前だと、国王陛下や皇太子殿下よりも側妃の死を悼むとか言われかねないから、今日まで行けなかったけど。
「お、イーロゥさんが来た。おーい、イーロゥさーん」
少し苦笑しつつ、イーロゥさんが歩いてくる。
「随分印象が違うのだな」
「今日は仕事じゃないから。堅苦しい言葉はお休みですね」
「そうなの? 普段からこんな口調でしょ?」
「バード君とは仕事として接してないから」
「それ、ダメじゃないの?」
「申し訳ありませんでした、バード様。以後気を付けます」
「うわ、やめて、その喋りかた。そういうの大嫌い」
「でしょ?」
「私はどちらかというと、先ほどまでのメディーナ殿に近い喋り方をしていると思うのだが」
「うーん。ちょっとちがうかな。もっと偉そうな感じがする」
「そうね。口調云々より、断言するからかな。そんな感じがするのは」
そんな風に、和気あいあいと喋りながら、教会のほうに足を進めた。
しかし、イーロゥさん、口調が全然違うだろうに、まったく物怖じせずに会話に加わってきたわね……
…………
教会に着いて、クローゼ様のお墓に花を添えて。
イーロゥさんにした「お願い」が出来そうか、聞いてみる。
「うむ。なんとか形になった」
……すごいね、出来ちゃったんだ。研究室が必死に開発したことだろうに。
「無論、本来とは違う形で作った故、無駄が多い。もともと実用的でないものだから、あえて誰も作ろうとしなかったのだろう」
そっか。そういうものなのかな。
「なんの話をしてるの?」
「うん、ちょっとね。クローゼ様の前で、バード君に渡したいものがあったんだ。危険じゃない?」
最後に一言、イーロゥさんに聞く。これだけははっきりしないと。
「注意すれば大丈夫だろう。少し待っててくれ」
そういうと、魔法杖を取り出し、杖の先に少し水が入った瓶を取り付ける。
「すごい。魔法杖から直接魔法を発動させてる。そんなことできるんだ」
そうなんだ。私にはよくわからないな。
やがて、瓶の先に付けてあった、始めは萎んでいた「茶色い何か」が膨らんでいく。膨らみきったところで「茶色い何か」の瓶側を手に取って、固く結び、紐をつける。そして、紐を持って「茶色い何か」から手を放すと……
「……」
バード君は、声もなく、空に浮かぶ「風船」をただ見上げている。
「一緒に聞いてたからわかると思うけど。クローゼ様は、この風船をバード君に見せたかったんだって。だから、クローゼ様の前で、バード君に見せてあげたいと思って、イーロゥさんに相談したんだ」
「……これはバード殿下が持つべきものだろう。持ってみるか?」
イーロゥさんが腰をすこし屈め、紐を持つ手をバード君に差し出す。
バード君が紐を握り、イーロゥさんが手を放す。
「……ははは。すごい! 浮いてる!!」
その風船は、バード君が手を動かすたびに、漂い、弾んで、引かれて、浮いて。風に押されて。
バード君はそれを見て、笑って。
……きっとクローゼ様を想ったのだろう。少しだけ目を湿らせた。
そうして少し、時がすぎて。そろそろ帰るころになって。
「この風船、どうしよう?」
「そのまま手を離せばどこまでも飛んでいくみたいだから。もしかしたらクローゼ様のところまで飛んでいくかもね」
「うん。そうだね。母さんにきっと届くよね」
そう言って、バード君は手を放して。風船は遠い空まで飛んで行った。
……きっとクローゼ様のところまで。
◇
王城に戻って、部屋に戻って、バード君と二人で最後の時を過ごす。
この数日間、きっと、お互いに、やれるだけのことをやったと思う。それでも、名残り惜しさは消えなくて。それでも、時間は過ぎて行って。
そして、最後の夕食の時間を終えて、今日一日の仕事が終わり……
「これで下がるよ。いままでありがとう、バード君」
「ぼくのほうこそ。いままでありがとう。元気でね、メディーナさん」
5年間、バード君との思い出であふれたこの部屋を退出した。
◇
自分の部屋で最後の一夜を明かし、翌日女中長に最後の挨拶をする。そのまま、御殿を出て、王城を出る。
御殿を出るときに一度振り返った。王城を出るときは振り返らなかった。
◇
ごめんね、頼りないお姉さんで。こんな時にいなくなっちゃって。これから大変なのに。でも、私はきっとここにいても力になれないから。
クローゼ様の願いとは違うかもしれないけど、きっと大丈夫。いままでの私は間違っていなかったと思うから。これからの私だってきっと大丈夫。
そう決意して、王城から離れる。
イーロゥさんは多分知らない。だけど私には確信がある。
イーロゥさんは道場の伝手でバード君の教師役になったんだ。いえ、少しだけ違う。城外街の自治団の伝手で教師役になった。その思惑も多分理解してる。
だから、向かう先はイーロゥさんの実家の道場。まずは、イーロゥさんの姉、ラミリーさんと話をする。そこならきっと、私もまだバード君の力になれる。
私に力がないくらいで諦めない。バード君は私の家族なの。人形なんかじゃないの。人形なんかにさせないよ。
イーロゥさんの実家の道場には、一章五話でちらっとだけ触れてます。(本当に少しだけですが)