4.側付女中メディーナ 上
2016.4.25 回想時のバード君の年齢を6→5才に修正
2017.12.24 三点リーダーを修正。
早朝、いつものように中庭に向かう。バード君が木陰で一人座ってるのを見つける。
普段だと、魔法杖を振るってることが多いんだけどな。
「おや、バード君、休憩中? もしかして待たせた?」
「いえ。ちょっと子供のころを思い出して」
声をかける。で、返ってきた返事に思わず笑っちゃった。よし、ここは一つ、お姉さんが教えてあげよう。
「バード君、きみ、今も子供だよ」
あ、なんかムッとしてる。
「うん。間違いなく、子供だよ」
「そんなことないよ。おばさん」
おやおや、「おばさん」呼ばわりしてきたよ。反撃のつもりかな?
「その口のききかた、間違いなく子供だね」
まあ、この一言だけにしてあげよう。うん。では、今日も元気にジョギングしますか。
「わかったら走る。ほら!」
一声かけて、いつものコースを走りだす。バード君は立ち上げって、こちらに駆けてきて、横に並ぶ。
(うん。今日も元気っと。いい傾向ね)
そんなことをふと思う。そう、初めて会ったときは、もっと……
◇
私には親がいない。記憶を辿っても覚えているのは孤児院まで。院長先生が言うには赤ちゃんの頃に孤児院の前に捨てられていたらしい。私の名前も院長先生がつけてくれたみたい。私みたいな子供はあまりいない。親が亡くなったり帰ってこなかったりして預けられた子供の方が多かったみたい。
だから、親の親戚の伝手で里親が見つかる子もいる。
そうでない子は、15才で孤児院を出ないといけない。それまでに仕事先が見つからないと救貧院行きになる。あそこはダメ。仕事のできない人がいくところ。一生抜け出せないし、なんのために生きているかわからないようなところ。
孤児院の子供向けの仕事は以外とあって、やるかどうかは本人次第。孤児院で過ごすうちに得意になったことを中心に仕事を選ぶ子が多い。私は掃除、洗濯、料理、子供の世話をすることが多かったから、下女中みたいな仕事を選ぶことが多かった。
王城の御殿に女中としてやってきたのは今から8年前、14才の時だった。平民出身の側妃さまが女中さんを探してて、孤児院にまで話がきたらしい。びっくりしたよ。そんなこともあるなんて。
で、その側妃さま、クローゼ様とお会いし、話を伺う。御殿の下女中として働いてほしいみたい。側付きの女中はすでにいるんだけど、クローゼ様の味方となるような人がいないから、味方になってほしい、という話をされた。
嫌な言い方だけど、クローゼ様の息の掛かった人がいないから、あえて孤児を選ぶことで、恩を売って味方にしようとしているのだと思う。
そんなことも思ったけど、すごい恩義だよね、これ。どうしたって返せないような。だから、これからはクローゼさまの意に添うように動こうと心に誓う。
そのまま2年間、下女中として働いた。たまにクローゼ様と話をして。とくに何事もなく過ぎていった。
◇
その日、いつものクローゼ様との話の中で。息子のバード様(当時5才)の側付きになってくれないか? と持ち掛けられる。
…………ほえ? えーと? はい? わたし?
本当なら、バード様付きとなる人はクローゼ様に連なる人でないといけないらしい。でも、クローゼ様にはそんな人はいない。しょうがなく、離宮の女中頭に問題無い人を見繕ってもらって、その人にお願いしていたと。
ところが、クローゼ様の紹介で働いている下女中は、仕事ぶりや人格が良い。十分信頼できる。このような人を下女中にして赤の他人をバード様に付けるくらいなら、彼女をバード様に付けた方が良い、と女中長に提案されたと。すごいねその人。えっ私?
私??
「よければ、バードの側付きとしたいけど、どう?」
と尋ねられて。
「王族の側付きになるわけだから、苦労もすると思う。理不尽なこともあると思う」
「別に断っても構わない、今までも信頼してたし、これからも変わらない」
なんて言ってもらって。
これ質問? 命令? 違うお願いされてる私なんかに。
断れないよ違う 私でいいの? 大丈夫なの? 孤児だよ? 王族だよ? ほんとに?
でも、それでも……
今の私は、クローゼ様のおかげでここにいる。だから、どんな事でもする。初めて会った日、クローゼ様の意に添うと、そう決めたから。
「私などで良ければ、引き受けさせてもらいます」
決意を胸に、そう答えた。
◇
「今日からバード様の側付き女中として働いてもらうことになった、メディーナよ」
「メディーナです。よろしくお願いします」
「……」
バード様の部屋で、女中長に紹介され、自己紹介をする。バード様はそっぽを向いて、きょろきょろして、まるでこちらを意識していない。
「じゃあ、メディーナ。後はよろしく」
「……はい」
女中長は退室する。バード様も終わったとばかりに寝室に行こうとする。
「こなくていい」
ついていこうとすると、めんどくさげにバード様は言い捨てる。ぽつんと一人、応接間に取り残された私は、どうしていいか判らず、立ち尽くしていた。
…………
まずい! ダメよ! ヤバいよ!
今まで、バード様がどのような方か知らなかったけど、これはどういうこと?
今日は挨拶くらいでいい、て言われてたけど、たったこれだけで、ダメな感じがひしひしとするよ。
これは、ちょっと、バード様のことをもっと知らないといけないよね。
「本日はこれで下がらせていただきます」
扉の向こうに一声かける。思ったとおりだけど、返事はない。最後に「失礼します」と声をかけ、バード様の部屋を後にした。
◇
バード様のことを知るために、クローゼ様や女中長に話を聞いた。
クローゼ様はほとんど知らなかった。年に数度、数十分しか会わないらしい。というより、会うことを許されないらしい。ただ、直接会うときはそんなひどい態度はとらないそうだ。挨拶されれば返事はする、質問されれば答える、普通の子供という認識だった。
で、女中長の話。バード様のことをちゃんと認識していた。そして、話を聞いて納得した。バード様はクローゼ様以上に孤立していたんだと。
クローゼ様に味方がいない結果、バード様に深く接する人もいなかった。冷たいように聞こえるけど、そうじゃない。バード様に深く接すれば、クローゼ様に連なる人と周りは見ることになる。でも、正妃さまや他の側妃さまに連なる人から見れば、それは裏切りになる。だから、誰か他の妃さまがバード様にも目をかけない限り、その女中たちはバード様に深入りできない。
つながりの無い、中立な立場の人はどうか? この人たちは、公平なことを求められる。上位の継承権をもっていない王子に深く関われば、お家騒動の火種になりかねない。
バード様は子供だから。ちゃんと叱らないと、褒めないと、言うことを聞かせないとダメ。言葉だけではダメなんだ。撫でて、叩いて、抱きしめて、そういうことが必要なんだ。でも、それらは全部「深入り」になる。みんな、立場がある。だから出来ない。
でも、みんな、良いと思っていない。だから「クローゼ様に連なる」私を側付き女中にしようと動いたんだ。他に誰もいないから。
話を聞いて、初めて、私に何を期待されているか分かった気がした。
女中長、クローゼ様、私の3人でもう一度話をした。クローゼ様に現状を全て伝えた。その上でお願いを一つさせてもらった。このお願いを聞き入れてもらえなかったら、私は何もできない。
「バード様とは、家族のように接したいと思います。お許しいただけるでしょうか?」
◇
一つだけ勘違いしてた。「他に誰もいないから」じゃなかった。最初からそのつもりで2年間、鍛えたつもりと。孤児院に行き、どんな子だったか聞いたりもしたと。私は期待に応えてきたんだと。女中長はそう言ってくれた。
立場とかじゃない。他の誰よりも私が適任だからお願いしたい。自分の好きなように接してくれればいい。それが一番、バードのためになるから。
クローゼ様の言葉で、色んな感情がこみあげてきた。我慢なんてできなかった。なんとか「ありがとうございます」だけ言って……。あとは……。
◇
ちなみに、その日の仕事は前任の方が引き受けてくれたと聞いた。後日、あやまりに行った。初日からこれって、ちょっと酷かったな。反省、反省。
◇
私は姉で、バード様は弟。孤児院の頃を思い出す。あのころは何十人と弟や妹がいたんだから。バード様一人くらい大丈夫。そう思いつつ、次の日の朝、バード様の部屋に行く。
おっと。違う。危ない危ない。「バード様」じゃない。「バード君」だ。意識しないとうっかり声に出しちゃうからね。注意注意。
うん。寝てる。寝る子は育つけど、ダメだね。起こしちゃおう。
「おはよう、バード君。いつまでも寝てない。さっさと起きる!」
おー、以外とすんなり目をあけた。でも動こうとしない。きょとんとしてる。チャンス!
「おーきーなーさーい!!」
ベットの上の寝具をつかんで、バード君を落っことす。
おやおや、今度はびっくりさんか。こんなことされたことないだろうからね。でも、そんな隙、出しちゃダメだね。つけこんじゃうよ?
「さ、着替え着替え。立って腕を上に上げる!」
近づいたところで、はっとして、距離をとって、こっちを見て、喋りだす。
「ちょっと、何? 何だよ」
うん。もう寝ることは頭にないね。次は着替え、ちゃっちゃといくよ。
「何って、もう朝だよ? 着替えて、歯磨いて、朝ごはんを食べる」
「えっ、なんだって、急に、こんな……」
「さあ、まずは着替え。ほら、世話やかせない!」
◇
思いのほか、素直に言うことを聞いた。勢いには相当弱いとみた。
◇
で、今は朝食を二人で食べてるところ。ナイフとフォークはちゃんと使えてる。偉い偉い。……私、この位のとき、全部スプーンで食べてた気がするけど。もしかして負けてるかな……
「ナイフとフォークはちゃんと使えるのね」
「当たり前だよ。手づかみで食べる訳ないよ」
言葉使いも意外とちゃんとしてる。うーん。孤児院の子供とは少し違うわね。もっと、「バカ」とか「ウルセー」とか言うと思ったんだけど……
「それより何? 今日はいきなり」
「いきなり、って何のことかな?」
「さっきまでのことだよ! 着替えさせたり、歯みがいたり」
「朝、着替えて、歯を磨くのは普通だよ?」
「違うよ! 全然! 今までと!」
「えっ、いままで着替えたりしてなかっ……」
「違う! あんなふうじゃなかったって言ってるの!」
「だって、バード君、ほっといたら、ずっとやらなかったでしょ?」
「やるよ。授業までにやらないと食べれなくなっちゃうんだから」
「『授業までに』じゃ、お姉さん、困っちゃうな。片づけるのが遅くなるし、それまで掃除とかできないから」
「いままではずっとそうだったんだけど……」
「今まではね。でも、私はそれじゃ困る。今日から私が側付きだから。諦めてね」
「……ほんとは昨日からだったくせに」
おやおや、以外と言い返してきますな。
「ちょっとね。さっきみたいなことをしていいか、お願いしてきた。私の好きにしていいって許可もらったから。明日からも同じようにするからね」
「……えぇー」
「じゃあ、改めて。今日から側付きになったメディーナよ。よろしく、バード君」
「……バード『君』?」
「おや? バード君は自己紹介されても、なにも返さないのかな? バード君も、お姉さんに、自己紹介する!」
「……『お姉さん』?」
「ほらほら! お姉さん待ってるよ? 自己紹介するまで終わらないよ?」
「…………おばさんなのに」
なんだと。今なんて言った。
「バ・ァ・ド・く・ん? 今、何ていったのかな?」
聞き間違いじゃないよね。わざと言ったね。
「おばさんって言った? 言ったよね?」
「なんで、私が、『おばさん』かな? 『お姉さん』にそういう口聞いちゃう?」
「いい? お姉さんは! 16才なのよ! じゅう!! ろく!! さい!!!」
「18にもなっていないの! 結婚だってこれから! そりゃお妃さま方は若い方も多いよ? でもね、普通、この年だと恋人だっていないよ? な・の・に! おばさんって!」
…………
ふぅ。これだけ言えばわかるよね。ちょっとすっきりしたよ。
「わかった?」
「うん」
あれ、バード君、うん、だって。ちょっとかわいい。
「じゃあ、もう一回。私のことはなんて呼ぶの?」
「メディーナお姉さん」
「はい。よろしい」
「ぼくはバード・パラノーマです。よろしくお願いします」
……自己紹介! 忘れるところだったわ。
「うん。良くできた。じゃあ、食器とか片づけてくるから」
◇
食器を厨房に運んで部屋に戻ると、バード君は応接間で一人水を飲んでいた。「お茶淹れる?」と聞いたけど「水の方がいい」と。準備してきたんだけど。まあいいわ。そう思ってたら、「メディーナさんは、お茶、飲まないの?」と。困ったな、バード君が水なのに、私がお茶を飲むわけにはいかないよ。
そんなことを考えてたら、「ぼくは熱いの苦手だから水のほうがいいんだ。だからメディーナさんがお茶の方がいいんだったら、自由に飲んでいいよ」って。気を使われた!?
そんなことを考えてたら、「さっきまですごい勢いだったのに、今は普通なんだ。変なの」とか言われたよ!?
ちょっと不安だったけど、十分やってけそうね。そう思った私は、「じゃあ、お茶をいただいちゃうね」と砕けた口調のまま、バード君のために準備したお茶を、自分の分だけ淹れ始めた。
◇
それからは、初日の態度が嘘のようだった。寝室に閉じこもりきりの子と聞いていたから、少し一人の時間があった方がいいかな、なんて思って控えの間に下がったりしたけど。戻ったときに「なにしてたの?」と聞いてきたりして。ちょっと答えにつまった後、正直に「あまりこっちにいると気が詰まるかな、と思ったから下がってたよ」なんて答えたけど。
そしたら、次、同じように下がろうとしたら、「いいよ。別に、こっちにいて」と。これはこれで難しい。ただ立ってるだけ、はちょっと間が持たないな、とか思ってると、「そんなところに立ってないで座ったら?」って。
一瞬だけ迷って。言葉に甘えることにした。「家族のように接したい」と思ったのは私だから。用があるまで直立不動で待つのは家族じゃないよね、やっぱり。
もちろん、黙って座ってるだけじゃ、それこそ気が詰まる。勧めてきたバード君は部屋中に視線を彷徨わせながら、ちらちらこっちを見てくる。おう。お姉ちゃん、ちょっと照れちゃうよ。でもせっかく水を向けてきてくれたんだから……
「バード君、授業ってどんなことを勉強してるの?」
こっちからも、女中の枠をこえて仲良くなるべく、話を振ってみる。
◇
そうやって、他愛もない話をして、一緒の時間を過ごして、仲良くなって。
むしろ、バード君の方から仲良くなろうとしてくれたと、今となっては思う。けど、なんで? 私なにかしたっけ?
仲良くなりながら、人と接するときの態度、挨拶、その他もろもろを、少しずつ丁寧に教えていって。女中長に周りの評価を聞いて。時には叱ったりもして。
これならどこに出しても恥ずかしくない、素直な良い「弟」かな、と思ったところで。
イーロゥ先生という、新しい講師が来たのはそんな時のことだった。