9.一つの節目
「まあ、壮大な悪ふざけさね」
王城で近衛の人みたいな服に着替えるのをラミリーさんに手伝ってもらいながら、久しぶりに話をする。
「別に騎士叙勲の形式でなくたって良いはずだったのさ。ましてや最上位の名誉だの、国王直々の言葉だの、ふざけるのも大概にしな、と言うべきかね」
そうだよね、やっぱり! こんなの普通じゃないよ! ……やっと普通の言葉が聞けたよ。
バード君は明らかに狙ってたと思うし、イーロゥさんも「まあ、メディーナ殿の行いは評価されるべきだと思う。素直に受け取れば良いのではないか」とか言うし。
違うよ! 私が言いたいのはそういうことじゃないんだよ!
「まあ、嬢ちゃんはその位評価されても良いと思うがね」
……ラミリーさんにまで言われたよ。別に私、そんな勲章貰うようなことしてないんだけどなぁ。
「誰も止めなかったの?」
「今の国王の重臣はね。むしろこういったことを面白がって進める奴らが揃ってるのさ」
「……大丈夫なのかな、この国?」
あんまりな言葉に思わず聞いてしまう。その答えは、納得出来る部分と、納得し難い部分とが混じった、そんな答えだった。
「以前よりは遥かにまともさ。今回の話だって政治的な効果だってきっちり狙ってる」
「……そうなのかな?」
「ああ、そうさ。今までの王城は、民を軽んじてた部分があった。これからはそうじゃない、なんて宣伝もかねてるのさ。嬢ちゃんのやってきたことは、共感を得やすいからね。人気取りにもなるってもんさ。もっとも……」
……そっか。利用価値があるんだ。そうだよね、そうじゃなきゃ、こんな大事にはしないよね。そう納得しかけたんだけど……
「今の国王の側近、リフィックって奴は、ふざけたことには全力で取り組むからね。利用価値とか関係無しに。……おかげで、どこまで本気かわかりゃしない。だからまあ、思惑なんざなくたっておんなじだったろうさ」
……なに、その人? そんな不真面目な人が側近で大丈夫なの?
「遊びかと思えば裏に何か仕込んできたり、そうかと思えば意味も無く他人を揶揄するような事をしたりね。私はこっちの方がよほど心配さ。今回の件を利用して何か痛烈な皮肉を意味もなく込めたりしないかってね。あれは他人を煙に巻く達人さ」
……すごいね、ラミリーさんにそう言わせるんだ。ラミリーさんも掴めない人だと思うけど。
「まあ、嬢ちゃんは心配しなくていい。ふざけてるようで、道理にはうるさい男だ。伊達に城外街で頭を張ってた訳じゃない。百戦錬磨の商人たちと渡り合ってた男だ。一筋縄じゃない、それだけのことさ」
……そっか。城外街の最高評議員ってそんな人だったんだ。会ったことなかったな。ラミリーさんの元で働いてた時も、会う機会が無かったんだよね。
「まあ、悪ふざけだろうがなんだろうが、いろんな人間の感謝が籠もってるのは確かさ。嬢ちゃんは王子……、と、今は違うか、バード殿下を助けただけと思うかもしれないがね。その殿下が、色んな事を成した。嬢ちゃんがいなけりゃ今のバード殿下だって無いんだ。胸を張って受け取ればいいさ」
◇
王宮、迎賓室。広い豪奢な空間にテーブルが並び、多数の賓客が談笑をする。その空間にラミリーさんと足を踏み入れ、辺りを見渡す。
ちょっと離れたところで、リョウ・アーシさんとフレイちゃんが、揃ってお偉いさんたちに挨拶しているところが目に入る。スカートの裾をちょこんとつまんで、優雅にお辞儀する姿を見て、やっぱりあの子はお姫様よね、なんて思う。
そういえば、バード君が断った王様の話、リョウ・アーシさんになったんだよね。研究所での飛行機械の開発実績と人柄で選ばれたって。ビオス・フィアの王様は、民衆が納得出来る人かどうかが最も重要なんだって。
二人から視線を外して、周りを見渡して。壁にもたれかかるように立つイーロゥさんとバード君を見つける。うん、こっちはとても王族とは思えないね。そんなことを思いながら、そちらの方に歩み寄る。バード君が私に気付き、軽く手を振ってくる。
「メディーナさん、うん、似合ってるよ」
「男装を似合ってるって言われてもね……」
以前、王宮に勤めていたときにこういった晩餐会にも出たことが無いわけじゃない。給仕としてだけど。あの時は、煌びやかなドレスに憧れたこともあったかな。
……まさか男装して出る羽目になるとは思わなかったよ。
「まあ、騎士叙勲だからな。ドレスで佩剣するわけにもいかないだろう」
そうなんだよね。普通に出れれば、私も普通に着飾って出れたんだけど……
「安心しな。そこの筋肉達磨の禿頭の正装より、よほど似合ってるさ」
「姉上……」
ラミリーさんの一言に思わず吹き出した所で、辺りに声が響く。
「これより、国王陛下による、メディーナの騎士叙任を行う。メディーナは前に!」
その声に、少し緊張しながら。周りの視線を感じながら。前の方にある舞台の方に歩を勧める。
◇
「かつて王国にはこびっていた悪から、その身を盾として、我が弟バードを守り通した。グリードの一件では、かかる汚名を厭わず、成すべき事を成した。が、貴公の功績はそれだけではない」
セリオス陛下の前で跪ずいて、その言葉を聞く。……会ったことはないんだけど、どことなく声はバード君に似てるかな、なんて思いながら。
「その生まれから軽んじられ、味方のいなかったバードに、私心なく仕え、守り、導いた。これこそが貴公の成したことであり、他の誰にもなし得なかったことだ。その行いがバードを救い、そのバードが奸臣グリードを退けることにつながったのだ。
道理を見定め、正しさを貫き、弱きものを守る。正道を往き、悪の盾となることこそが騎士の勤め。貴公は武人ではないが、その行いは騎士の目指す処、そのものであろう」
静まり返った迎賓室に、セリオス陛下の声が響く。バード君に似た声で。バード君には無い威厳をたたえた声で。その声を静かに聞き続ける。
「故に、余は貴公がその心をこの先も持ち続けることを願い、この剣を与える。貴公がこの剣を使うことは無いかも知れない。だが、この剣は貴公にこそ相応しい。この剣に恥じぬよう、心を磨き続けることを望む」
その言葉と共に、横に控えていた人からセリオス陛下は剣を受け取り、私の方に差し出す。両手でそれを恭しく受け取り、腰に佩く。その私の肩に手を置き、陛下が小声で話しかける。
「どうも私の弟は、この先色々なところを飛び回りたいみたいでな。振り回されるかもしれないが、よろしく頼む」
その声は、先ほどの威厳に満ちた声ではなく。私人としてのセリオス陛下の声を聞いて。ああ、バード君の兄弟なんだなと、そんなことを感じ。
「あと、そうだな。バード本人からは聞けない話もあるだろう。そういったこともいつか聞いてみたいものだ」
バード君とは立場の違いがあって、親交もほとんど無かったけど。もっと早く会ってれば、きっといいお兄さんだったろうな、と思い。これから少しづつだけど、歩み寄ってくんだろうなと感じながら。短く、小さく。当たり前の返事を返す。
「はい」
その言葉を聞いて、満足したように頷いて。再び声に威厳をのせて、セリオス陛下が宣言する。
「今日この日より、我が弟バードは他の王族と同列、不当な扱いは余が許さぬ。母親の違いにより彼を軽く扱う者はこの王宮に不要である。しかと心得よ」
その声は静かな迎賓室に響きわたり。続いて、隣で控えていた人が宴の開催を宣言する。
「それでは、これより騎士メディーナの勲功と、パラノーマ王国とビオス・フィア王国の国交樹立を祝い、宴を開催する」
◇
「国交樹立と私の叙勲が同列に扱われちゃったよ……」
「兄上もすごいことするね……」
再びバード君の元に戻って、並べられた机に料理が配されるのを見ながら、思わず呟く。確かに主役って聞いたけど、ちょっとやりすぎじゃないかな。
……私が叙勲されるだけでもやりすぎだと思うけど。
「……今日の主役は私って、バード君、言ってたよね。こうなること、知ってたんだよね」
「まさか! 国交樹立の祝賀会の中で、兄上がメディーナさんに叙勲するって聞いてたけど。まさか祝賀会そのものを叙勲のお祝いにするなんて、聞いてないよ!」
ちょっと悪戯の範囲を超えてるよね、なんて思いながらバード君を問い詰めようとして、横から声をかけられる。
「不満でしたかな。国交樹立などという些事など祝うことはない、叙勲を祝えば良いのではと言ったのですがね、私は」
「「もっと悪いよ!」」
そのとんでもない発言に、バード君と揃って声を上げる。……えっと、陛下の隣にいた人だよね。
「そこまでにしな。嬢ちゃんたちまでからかうんじゃないよ。せっかくの労いを台無しにするつもりかい」
「失礼ですな、からかうとは。陛下には本気でそう進言したのですが」
「なお悪いさ。ここは祝いの場だ。遊びはその位にするんだね。……このふざけた奴はこっちで引き受けたから、嬢ちゃんたちは精一杯楽しみな」
「おっと。用があるのはそちらでしてね、イーロゥ殿でしたかな。近衛兵団長が職を辞すると言って聞かなくてですな。後任の方を探してたのですが、どうですかな?」
「……彼の留任は難しいのではないか? グリードについた身なのだから」
「彼は政治判断をせずに、職務に忠実だっただけですよ。私も陛下も同じ判断ですな。……グリードの専横中、近衛の立場は難しかったのです。罪に問うつもりは無いのですが、本人の意思が固くてですな。赦免されるのであればせめてと、辞意を固めているのですよ」
「……そうか。だが、そもそも近衛の中から選ぶべきではないのか。第一、自分はもうビオス・フィアの人間だと、いや、そうあるべきだと思っているのだが」
「そうですか。まあ無理にとは言いません。ですが……
「その位にしな。祝いに似合わない無粋な話は、それにふさわしい場所ってのがあるさね。とっとと移動するよ」
そう言って、ラミリーさんは、イーロゥさんと、とんでもない発言をした人を引きずるようにして、私たちの元から離れる。
……あの人がリフィックさんとかいう、陛下の側近さんかな。
「……相変わらず無茶苦茶だよ、あの人」
「……会った事あるの?」
「……一度だけ、戦争の最中にね。その時もやっぱりふざけてたよ」
その言葉を聞いて思う。多分、バード君も同じことを思ったのだろう、ぼそりと呟く。
「兄上、これから先、大丈夫かな?」
そうだね。私もそう思うよ。そんなことを思っていると、バード君が、こちらを向いて、ちょっと改まって、話しかけてくる。
「兄上は色々言ってたけど。別にメディーナさんに仕えて欲しい訳じゃないから。身の回りの世話位、自分でできるからね」
そうだね。普通、王族って、身の回りの世話とか、周りに任せるものだと思うけど。自分でできるように教えちゃったからね、私が。
その言葉だけ聞くと、もう私は必要ない、そんな意味にもとれるけど。きっとそうじゃない。必要が無くなったのは側付きとしての私で。騎士叙勲なんて大掛かりな悪戯をして、だけど、それは悪戯だけじゃなくて。
これ以上付き合わせないために戦うなんて言ってたけど。これで付き合いが途切れる訳じゃなくて。
「これまで色々と助けてくれてありがとう。そして、これからも宜しく、メディーナさん」
「そうだね。こちらこそよろしく、バード君」
私とバード君を結び付けていたしがらみは全部なくなったけど。これから先は家族として、ずっとバード君と付き合い続ける、そのことをお互いに確認して。
「ちょっと、バード。いつまで壁に溶け込んでるの?」
「わかったよ! ……ちょっとフレイの所に行ってくるから」
きっとお互い、恋人ができても、家族ができても、バード君の付き合いは続いていく、そんな当たり前のことを思いながら。
「おや、戻ってきたね、イーロゥさん」
「ああ。……バードは?」
「バード君ならフレイちゃんの所に飛んでったよ。あれは戻ってこないね」
「そうか」
入れ替わるように戻ってきたイーロゥさんと話をしながら。
「ちょっと料理を取ってくるよ」
「……いや、普通、このような場で女性が働くような真似は駄目だろう」
「おっと。つい女給の癖が」
「……男装して最高位の騎士号を持つ女給か」
「男装とか騎士とかがおかしいんだよ! 私はそんな大それたことはしてないから!」
「……そうでもないと思うがな。どちらにせよ、メディーナ殿は動かなくていい。少し料理を取ってこよう」
「いいよ。人を働かせるのは落ち着かないから。一緒に行こう」
「それも女給の癖か?」
「んー、多分、性分かな」
私の為でもあるという名目の宴を楽しむために。イーロゥさんと並んで、壁際から離れて歩き出す。
◇
この日、正式にビオス・フィアは独立を果たす。一つの事故に端を発した物語は、戦争を経て、一つの都市を独立させて終幕する。そして、その物語を駆け抜けた一人の少年は、周りの助けを借りて苦境を乗り越え、青年となり、切望した自由を手に入れる。自らが望んだ家族と共に、これから先も生きていくことに疑いを持つこともなく。自らの道を歩み始める。
バードの目の前には、希望に満ちた未来が広がっていた。
第五章はここまでとなります。
もう少しだけ、物語の終幕を飾る話を綴りますので、そこまでお付き合い頂ければ幸いです。




