8.戦勝祝賀祭
「うん、美味しい。ここのパンも久しぶりだね」
「私は初めてだけど、確かに悪くないわね」
公園でポケットサンドを食べながら、和気あいあいと。バード君、フレイちゃん、イーロゥさんと私の四人、公園で昼食を取る。
戦争が終わって一週間。上がっていた物価も落ち着いてきたところ。バード君とイーロゥさんは、終戦後も何度かリン・アーシさんの所に足を運んでたみたいだけど、今はそれもなくなって。
それで、以前の生活に戻ったかというとそうでもなくて。研究所が一時的に休暇になったんだよね。人事とかも絡んだ話みたいだけど。おかげで、働きに出てることがバレちゃって……
――
「そうか、匿っててもらってもお金はいるんだ! 気づかなかった、ごめんなさい!」
「……そんな事はないだろう。私の渡していた金額で足りなくなるとは思えない」
「……そうなの?」
そうだよ、その通りだよ! イーロゥさん、むしろ高給取りだよ! ……でもね、言えないよね。バード君まで稼いでくるようになって、私だけ養われてるみたいになるのは嫌だった、なんて。
「そもそも何処で働いていたんだ? 雇い先が簡単にあるとは思えないのだが」
「……街の外れの孤児院でね」
「(街外れ、メディーナ殿でも働ける、孤児院、……政府直轄孤児院、貧民街か)」
その言葉で、バード君は納得したみたいだけど、イーロゥさんは眉間にシワを寄せはじめて、小声で何かつぶやく。うん、気付いてるよ、私がどんな所で働いているか。
……別に悪いことをしてる訳じゃないんだけどね。黙ってたのは事実だし、場所が場所だけに、心配をかけちゃうよね、やっぱり。
少しだけ、厳しい事を言われる覚悟をしたんだけど。投げかけられた言葉は、想像とは少し違って。
「……そうだな。街外れまで、ここからだと遠くないか?」
「……? そうだね。ちょっと遠いかな? 馬車で送ってもらってたから気にならなかったけど」
「いつまでもリョウ・アーシ殿に頼るわけにもいかないだろう。もう、匿う理由も無くなったのだからな」
「……そっか。そうだね。あそこまで歩いて、か。どうしようかな」
……ホントに心配してるのは違うことなんだけどね。一人で貧民街の中に入って大丈夫かな、でもあの子たちも貧民街で働いているんだしね、危ないから行けないとは言いたくないよね。なんて思ってたら、イーロゥさんが意外なことを言い出す。
「……そうだな。もうバードの護衛は必要無いだろう。次からはメディーナ殿を送ることにするか」
……えっと、あれ? いくつか疑問が。
「……イーロゥさん、仕事は?」
「すでに魔法を教えれる人材は研究所にもいる。今では戦争準備で魔法兵の訓練、育成が主体だったからな。戦争が終われば必要無いだろう」
そうだね。そういえば、イーロゥさんは随分早くから戦争準備してたんだった。忘れてたよ。でも……
「……イーロゥさん、職は?」
「リン・アーシ殿と話したのだがな。実の所、魔法は人にしか発動できないのが機械との最大の違いだ。故に、魔法を使った都市運営には人手がいる。そのための訓練場を貧民街に作る計画がある」
イーロゥさんの言葉に、バード君が反応する。
「貧民街に?」
「ああ。失業者対策にうってつけだからな。まあ、王都城外街を参考に、というか真似だな。家の道場がそんな役割を担っていたらしい」
そうだ。ラミリーさんが以前言ってた。ラミリーさんが自治団評議員だってことをいまいち理解していないって。そっか。イーロゥさん、ラミリーさんの「道場」がどんな場所かも良く分かってなかったんだ……。
イーロゥさん、頭良いのか悪いのか、よくわからないよ……
「まあ、そんな訳でだな。その訓練施設の場所次第では、メディーナ殿の職場とも近くなるだろう。そうなった場合は送り迎えもできると思うが、どうだ?」
うん。間違いなく近くだよ。私の通う孤児院、貧民街にあるんだから。
……これ、バード君たちにはわからないように、私が孤児院に通い続けれるように気を使ってくれてるんだよね。
少し考えて、その言葉に甘えることに決める。確かにリョウ・アーシさんにいつまでも頼る訳にはいかないし、一人であそこまで行くよりは良いと思うから。そう思い、イーロゥさんに返事をする。
「そうだね、お願いしてもいいかな」
――
……そんなやり取りがあって、次の出勤からはイーロゥさんと一緒に行くことに決まったんだよね。
あと、なんで働きにでたのかは、「まあ女性だからな、欲しくても人の金で買うのは気が引ける、そういう物も多いだろう」っていう言葉にフレイちゃんが納得して、ピンときていないバード君をジト目で見ながら「そういうものよ」って言い聞かせてたよ。
ただ、このやり取りで、ちょっと考えちゃったよ。そういう理由で働きに出たんじゃないんだよね、私。……うん、そうだね。考えるのはよそう。考えちゃいけない気がするよ。
まあ、そんな訳で。せっかくバード君たちが休みだからと、私も休みをもらって。平日が休みになると暇を持て余すからとフレイちゃんもついてきて。四人そろって公園で昼食を食べてるところ。
「そういえば、今日の夜、なにかあるんだっけ?」
「そうだね。戦勝祝賀パレードってのをやるみたいだよ」
バード君が一つ目のパンを食べた所で、問いかける。ちなみに、バード君が食べてたのは、白身の魚と茸と葉野菜を炒めた具を挟んだ新メニュー。最近屋台で炒め物を扱い始めてて、バード君が食べてたのもその一つ。ちょっと高め。
「ちょっと覗いてみようかな、なんて思うけど、どう?」
私の言葉にフレイちゃんがポケットサンドをほおばりながらコクコクと、イーロゥさんは噛んでた腸詰肉を飲み込んでから「うむ」と同意の返事を返す。
ちなみに、フレイちゃんが食べてたのはきざんだ野菜に少しだけ燻製肉を加えた、サラダを挟んだ感じのパン。ここに来た頃からある、定番の一つ。
イーロゥさんのは……、あれ、ポケットサンドなのかな? 腸詰肉を何本か挟んだだけのもの。たぶん、パンはただの器で、腸詰肉を食べてるんだと思う。野菜を挟んだのは別に用意してるけど。まあ、体格が体格だからね、量はいるよね。
全員、ほんとに行儀よく食べる。孤児院の子たちもこのくらい行儀よく食べて欲しいんだけど。……まあ、子供は元気が一番だよね。
そういえば、あの子たち、こっちの方まで来て出店を開くなんてことを話してたよね。「稼ぎ時なんだからな!」なんて張り切っていた子を思い出す。……あれでカエルを玩具にしなければ、良い子だと思うんだけどな。
「……法を使って今まで無い、独立の記念にふさわしい華やかな行列を目指すとか言ってたからな。面白いものが見れると思う」
おっと、つい他事を考えちゃったよ。意識をこちらに戻し、パレードのことを話し、そのまま世間話に興じる。ついこないだまでの戦争は過去のものになりつつあり。平穏な空気が流れる。
そんな、平和を取り戻した日常のなか、華やかに彩られた、戦勝パレードの夜を迎える。
◇
「うわぁ~」
フレイちゃんが感嘆の声を上げ、隣で見る私は声も出ない。
楽隊が音色を奏で、リズムを叩く。その上を、何十、何百もの光が、昇っては落ち、落ちては昇る。赤、緑、黄、橙、白、青。色とりどりの光が楽隊を彩り、周りを染める。時折、一際高く打ち上げられた光が、上空で光をまき散らす。
地上のかがり火よりも、夜の星空よりも華やかに煌めく光の行進。一糸乱れぬ足並みが、夜の街を幻想的に染め上げ進む。
「光の魔法だな。こういう使い方もあるのか。空で光りを散らしているのは爆発魔法を……
隣からイーロゥさんの声が聞こえる。……ちょっとズレてるよね、まあいつものことかな? そんなことを思いながら、目の前に広がる幻想に、時間を忘れて、ただただ魅入る。
目の前を、赤色の空を昇る。黄色が楽隊の中に吸い込まれ、再び空を昇る。夢のような光景。斜め前に、後ろに、真上に。様々な方向に舞う光が、辺りを照らし、染め上げる。
そんな幻想的な時間は、楽隊が通り過ぎるまで続く。
……
「ふう、凄かったよ! ……あれ? バード君たちは?」
「バードなら、フレイと一緒に歩いて行ったが。向こうの方に」
楽隊が通りすぎるまで、時を忘れて魅入って。通り過ぎて一息ついて。気が付いたら、バード君たちが居なくなってることに気付いて。
うん、あれだ。思春期だね! 青春だよ!
……バード君にあの子たちを会わせてあげようと思ったんだけど、しょうがないか。まあいいよね、今度でも。そんなことを思っていると、イーロゥさんから声をかけられる。
「あちらの方で色々屋台が出ているみたいだが。少し歩いてみるか?」
「……そうだね。ちょっと小腹もすいたかな?」
イーロゥさんの言葉にそう返して、屋台の方に向かって歩きだす。……そういえば、イーロゥさんとも長い付き合いだけど、一緒に行動することってほとんどなかったかな、なんて思いながら。
◇
屋台のある一角。松明の光が辺りを照らし、行きかう人々の熱気で満ちた中。イーロゥさんと二人で、覗き込んで、軽く食べ歩く。公園でお世話になってるポケットパンや腸詰肉の他に、薄切り肉を重ねて焼いたものを串に刺したものや、お芋さんのバター焼きみたいな、普段は見慣れないものも結構ある。
「メディーナ殿は何か食べないのか?」
「うーん。もうちょっと行くと、知り合いの店があるはずなんだよね。そこで買おうかな?」
薄切り肉の串焼きをかぶりつきながら、イーロゥさんが聞いてくる。……思ったよりワイルドな食べ方だね。普段とちょっと違うかな?
そう思って聞いてみると、「そうか? 食べ歩きなんて他に食べようがないと思うが」なんて返事が返ってくる。
そうだね。そう思うけど。外見的にもすごくしっくりくるんだけど。何でだろう。違和感が凄いよ。
そっか、この人はきっとあれだね。普段通りだと外見と内面の違和感があって、外見通りの行動をすると普段との差で違和感を感じるんだ。そんなことを考えながら、目的の店まで歩く。あの子たちが開いている店に。やがて……
「おう、メディーナ姉ちゃん! らっしゃい! 何か買ってってくれるんだろ」
聞きなれた、悪戯っ子の声に出迎えられて。目的の店に到着する。
◇
「そうだね。何かある? ……って、ちょっと見慣れないのが多いね」
「あー、メディーナ姉ちゃんにはなじみが無いかな? うちらの方じゃ結構一般的なんだぜ」
並んだ食べ物を見て率直な感想を言うと、悪戯っ子がそんな言葉を返す。……「うちらの方」、つまり貧民街の食べ物だよね。売れるのかな?
そんなことを考えていると、隣のイーロゥさんが少し感心したような声を出す。
「ほう。小麦粉を練り上げたものが多いな」
「小麦粉だけじゃないぜ。芋粉を使ったのも結構あるんだ。これなんかどうだ」
そう言って、イーロゥさんに、丸く整形された食べ物をすすめる。……見た目じゃちょっと区別が付かないよ、味の想像も。どんな味なんだろ?
イーロゥさんがお金を払って、受け取って、一口食べる。
「ふむ、芋餅か。珍しいものがあるな」
……えっと、イーロゥさん、知ってるの? 貧民街の食べ物を。
きっと同じことを思ったのだろう。悪戯っ子がイーロゥさんに問いかける。
「……知ってんのかよ、おっちゃん」
「まあ、私も貧民街の出身だからな。ここじゃないが」
そういえばそうだったよ! ……違うよ、城外街のあそこは貧民街じゃないと思う。
「へぇー、そっか」
「まあ、今はそこまで貧しくないのだがな。食文化あたりは結構残ってるものだ」
「……ところで、おっちゃん、誰? 飛行機を作ったとか言う王子、……は違うか。アレか? メディーナ姉ちゃんのオトコ……も違うみたいだなって、あれ? その右手?」
……っ! なんて……、何をっこの、……って、右手?
うん。戦争中に付けた「約束の環」だね。元々はこの子たちから買ったんだよね。貧民街の風習だって。いつ帰ってこなくなるかわからないような、そんな場所だから出来た風習だけど、今はビオス・フィア全体がそうだから売れるって。ほんとに逞しいよね、ここの子たち。
「右手? ああ、これは戦争中、メディーナ殿につけてもらったものだが」
「(あれ? でも、メディーナ姉ちゃん、身内の王子たちに付けるっていってたからあげたんだよな。……結局代金を押し付けられたけど)」
イーロゥさんの返事に、小声で悪戯っ子がつぶやくのが聞こえる。うん、そういえばそんなこともあったよね、なんて思ってると、イーロゥさんの足元に小さな子が歩み寄って話しかける。
「ねえねえ、そのわっか、わたしもてつだったんだ~」
「そうか、……ありがとうな」
小さい子供に目線を合わせるようにかがみ、どこか不慣れそうに。どこか真剣に。そんな言葉をイーロゥさんは返す。
ふにゃっと笑い、両手を広げた子を抱き上げ、立ち上がる。
「~~っ!!! おおおぉ~!!」
イーロゥさんの肩越しの、高い視線の風景に喜びはしゃぐ子供をさらに持ち上げ、肩に座らせる。手足を伸ばしてバランスを取って。楽しそうに子供がはしゃぐ。イーロゥさんの頭を叩く。ペチペチと、キャッキャッと。
その光景をぼんやりと見て、自分の心がどこかここに無かったことに気付いて。
「……っ、こら! だめでしょ! そんなことしちゃ!」
急いで駆け寄り、小さな子を叱る。普段は大人しい子が、今ははしゃいでいうことを聞かない。イーロゥさんが苦笑いしつつ、肩から女の子を下ろし、私の方に渡してくる。
私に抱きかかえられたまま、その子はなおもイーロゥさんに手を伸ばし。目線を合わせて、やっぱり不器用に笑いながら、その子の頭を撫でる。その様子に、叱る気をそがれて。地面におろして、話しかける。
「楽しかった?」
「うん!!」
「良かったね」
「……メディーナ姉ちゃんたち、困ってるだろ。ほら、こっちにこいよ!」
「ええぇ~」
「仕事中なんだよ。ほら、駄々こねるな」
「また、孤児院でね?」
「……うん。ばいばい」
離れようとしない子を悪戯っ子が引っ張るように、屋台の裏に引っ張り込む。再び屋台に戻ってきた悪戯っ子に、イーロゥさんが話しかける。
「仕事なのか? あんな小さい子が」
「……実際に何かさせる訳じゃないけどな。見せとかなきゃダメなんだ。仕事と遊びの違いを教えとかなきゃな」
「……そうか。大変だな」
「そうでもないぜ。俺らは勉強も教えてもらえるしな。最近はな、良い仕事も増えてきたんだ。(おっちゃんも頑張れよ、メディーナ姉ちゃん、そろそろヤバいだろ、年齢的に)」
最後、小声で悪戯っ子がイーロゥさんに話しかけ、イーロゥさんが苦笑する。うん。あれは悪いことを話している顔だね、絶対。
「こら! なにをこそこそ話してるのかな!?」
「なんでもねーよ! それより、メディーナ姉ちゃんも何か買ってけよ」
「お客に対する口の利き方じゃないね! やり直しを要求するよ!」
「イラッシャイマセー! オヒトツイカガデスカー!」
むう! 相変わらず小憎たらしいね! よし、その喧嘩、買った!!
「オヒトツクダサイナー!」
「店員に対する口の利き方じゃねーな! 出直してきな!」
「なにそれ! まったく、よく商売できるね、それで!」
ちょっとプンプンしたふりをしながら、芋餅を一つ買う。
買った芋餅を頬張りながら、さっきのイーロゥさんを思い出す。小さい子相手に、口数少なに、不器用に接した姿を。ちょっと意外というか、しっくりくるというか。あの子も、どちらかというと人見知りする方だったと思うけど、あっさり近づいて。
改めて、ああ、こんな人なんだな、なんて思いながら。屋台を離れ、リョウ・アーシさんの家までの道を歩く。いつまでもこの家に世話になる訳にもいかないよね、なんてことを考えながら。
王都の孤児院から御殿の下女中になって、バード君の側付きになって。リョウ・アーシさんにお世話になって、ここの孤児院で働いて。いろんな人と会って、別れて、教わって。ほんの数年前のはずなのに、御殿の頃がすごい昔のことみたい。
今だって、子供たちの世話をしてるだけじゃない。きっと、いろんなことを教わってる。これからも、いろんな人と出会って、別れて、そのたびに何かを教わるんだろうな、なんて思いながら。そうだね、まずは……
あの子たちから、芋餅の作り方を教わらなきゃね!
◇
翌日、孤児院に行く日、先に外にでて、イーロゥさんが来るのを待つ。
向こうから、馬を引いたイーロゥさんが来る。……って、馬?!
「いや、歩くには距離があるだろう」
そうだね、確かに一時間位かかるね。だけど、十分歩ける距離だよね。第一、いつまでもリョウ・アーシさんに頼ってばかりなのも……
「せっかく買った馬だ。使える時には使った方が良いだろう。まずは乗ってくれ」
買った!? 馬を!? えっ、なに、私たちの馬なの!? ……って、ちょっと待って。
「……『乗ってくれ』って、何?」
「今は一頭しかいないからな。私よりもメディーナ殿が……
今はって何!? 何頭も馬を飼うつもりなの!? 第一ね……
「私だけ馬に乗ってなんて行けないよ!!」
心の底からそう叫んだ。
◇
「ものすごい早合点だったよ……」
「いや、私の言い方が悪かったのだろう。すまないことをした」
速足で歩く馬に揺られて、後ろから。イーロゥさんの声が聞こえる。……なんでこうなったんだろう。
「そうだよ。ここに、ビオス・フィアには馬車で来たんだから。当然、馬だってあるよね。なんでそんなことを忘れてたのかな」
そう。今乗ってる馬は、私たちが旅で使った馬車を引いてた馬の一頭。二頭引きの馬車で旅をしてきた私たちは、当然もう一頭、馬を飼っていることになる。
普段は片方を近くの牧場に預け、もう片方をリョウ・アーシさんの家の厩に預けてるみたい。定期的に交代させて、牧場で運動させてるなんてことをイーロゥさんに説明してもらう。
その説明してもらった時、どれだけ自分が早合点していたか気が付いて。ちょっと慌てている間に、「そうだな」なんて言いながら、イーロゥさんが軽やかに馬に飛び乗って。
馬上から腕を引かれて、思わず私も鞍にまたがって。あれ、これってすごく恥ずかしいんじゃ、なんて思ってる間に、手綱を手にしたイーロゥさんが、そのまま馬を歩かせて。
……ホントに、なんでこうなったんだろう?
ちょっと開き直りながらそんなことを考えてると、イーロゥさんが私の言葉に返事をする。
「いや、言ってなかった私が悪いのだろう」
何かあった時にすぐに動けるよう、常に一頭はリョウ・アーシさんの家で飼うようにする。最悪、私たちだけでも逃げれるように、そんなことをしてたんだと、今ならわかる。……ちょっとそれもどうかと思うけど。なにより。
「……あの馬と馬車、イーロゥさんが買った物だってのが、一番びっくりしたけど」
うん。これは想像できないよ、普通。……多分、後ろでイーロゥさん、苦笑いしてるね。
「そう言うがな。仮に姉上が準備したところで、公金で準備はしないと思うがな。なら、私が準備しようが、姉上が準備しようが、似たようなものだと思うがな」
そうなんだよね。いままで全然気が回らなかったけど。準備は全部ラミリーさんがしてたと、そう思い込んでたよ。聞きもせずに。
「そうだね。だけど、私だって、してもらった事には感謝したいよ。だから、ちゃんと言ってほしかったな。私たちに何をしてくれたのか」
「……そうだな」
「多分ね、ラミリーさんのお金で準備しても、あの人は何も言わなかったと思うんだ。だけど、それって本当は良くないと思うよ。なにかをしてもらう方だって、ただで助けてほしいなんて思わないんだから」
思ったことを素直に口にする。前にイーロゥさんに言ったことと、きっと同じなんだと。黙ってたら気付けない、それが例え良いことをしたとしても、やっぱり言ってほしいと。
その言葉に、イーロゥさんは耳を傾け。
「……多分な」
「うん?」
「姉上から見たら、あの頃の私たちは未熟だったのだろうと、そう思う。メディーナ殿がバードに働いていたのを隠したようにな。手をつけていないのだろう、バードのお金には」
「……まあ、当たり前だね。ちょっと使う気にはなれないよ」
「私たちのことを、姉上に認めさせなければ、その扱いは変わらないのだろう。……今のバードを見ても、バードのお金を使う気にはなれないのだからな。その扱いを変えさせるのは相当大変だと、そう思うが」
その言葉に苦笑して、納得する。確かに今のバード君、すごく立派になったと思うからね。そっか、それ以上にならなきゃ駄目なんだ。……大変だよね。
それでも、いつかそうなりたいと思いながら。牧場までの道を。一頭の馬に二人、揺られながら、速足で進む。
◇
その後、孤児院で働いて。リョウ・アーシさんの家に戻って。夕食を食べて。世間話をして。それぞれの寝室にいくところで、バード君に呼び止められる。
バード君が言うには、独立交渉が身を結んで、ビオス・フィアを独立国家として認め、国交を樹立するのが決まったみたい。で、その祝賀会を王城で開くんだって。そんな話を聞く。
なんでバード君がそんな話を知ってるんだろうと疑問に思ってたずねると、「リン・アーシさん、そのまま僕に王様を続けてほしい」って言われた位だからね、なんて返事が返ってくる。
バード君が王様!? なんで!?
「まあ、戦争のときにあんな口上を上げて。一時的とはいえ責任者として条約にも調印したからね。だけど大丈夫、ちゃんと断ったよ」
断っちゃったの!? なんで!?
「いや、だって。ビオス・フィアの王様は、ビオス・フィアの人がなるべきだと思うし。ただ、正式に条約が結ばれるまでは、形式上僕を立てることになるから、それまでは我慢してくれって。まあその位は了解してきたよ」
……そっか。それは何となくわかるよ。王様になれるのに、あっさり断るのはバード君らしいかな。
断れたってことは、無理矢理お人形さんにしようとした訳じゃないんだよね。だったらもったいない気もするかな?
「あと、セリオス兄さんが、僕を正式に王族として遇した上で、叙勲したいって。僕がいなかったら兄さんも傀儡のままだったからって。ここの王様になったら、それができなくなるかなって」
ふうん。そっか、王族だと王様の下になっちゃうからね。その上に勲章までもらったら、バード君はパラノーマの王様の下になっちゃうんだ。確かにそういう見方もできるよね。
「まあ、この話も断ったんだけど」
なんで!? ほんとになんで!? わけわからないよ!?
「別にいまさら王城に戻りたいわけじゃないしね。まあ、兄さんも戻らなくていいとは言ってくれたんだけどね」
……うん。それもなんとなくわかるかな。もうバード君、自分の仕事もあるしね。今更王族に戻ってもね。
だけど、あれ? 王城に戻らなくていいんだったら、別に断らなくても良いんじゃないかな?
そんなことを考えてながら、バード君の話を聞き続ける。
「僕よりもふさわしい人がいる、そう薦めてみたら、兄さんも納得してくれたから」
ふうん、誰なんだろ。そう思っていると、バード君が珍しく、悪戯っぽく笑いながら、途方もない話を切り出す。
「だから、今度の祝賀会の主役はメディーナさんだよ。僕を助けることで王国も救った、その功績を称え、叙勲することになるから」
ふうん、そっか。わた、し、……って、私!?
「最高位の名誉だって。騎士としての最高位の名誉を女性が賜るのは王国初みたいだよ。勲章も新設するみたい。国王自ら、叙勲者の功績を讃え名誉を与える、そんな形にしたいみたいだね」
ちょっと、ちょっと待って、ちょっと!! おかしいよ!! 普通じゃないよ!! どういうことなの!!
混乱する私を、バード君はいかにも得意げに、悪戯を成功させた子供みたいな顔で見て。「じゃあ、おやすみ」なんて言って。私になにか言う機会を与えず、寝室の方に逃げる。とんでもないことを言われて、部屋に一人取り残される。
応接間に一人、ぽつんと一人残されて、思わず叫ぶ。
「何がどうしてこうなったの! だれか教えてよ! ほんとに訳がわからないよ!!」
◇
こうして、セリオスとバードの悪戯は成功し、メディーナにこれまでの人生で最大の戸惑いを与え。
ビオス・フィアの独立承認と国交樹立、そしてメディーナの騎士叙勲の日を迎える。




