7.決戦
2017.12.25 三点リーダーを修正。
魔法杖を構え。魔弾を投擲する構えを取るグリードを横目に。バードは回り込むように駆ける。
グリードが魔法杖を振り始めるの確認し。急ぎ止まり、再度同じ方向へ駆ける。投擲された魔弾はバードの遥か後方で爆発する。
(また爆発魔法。なら!)
背中で爆発するのを感じながら、バードは思い出す。爆発魔法は対人戦には向いていないという、イーロゥの言葉を。爆発魔法の致命的な欠点を。単純極まりない対処法を。
距離を置いて坂の下を走りながら。グリードが次の魔弾を装填し、刻印する、そのタイミングを見計らう。
次弾を装填するのを確認して。魔弾に爆発魔法の刻印を始めるのを確認し……
方向転換し、グリードの元に一直線に駆ける。
(爆発魔法は、魔法式に発動時間が刻まれている。だから、刻印を始めてから距離を詰めれば当たらない!)
それこそが致命的な欠点。刻印から投擲、さらに投擲された魔弾が爆発する時間。その時間はわずか数秒。だが、その時間で詰められる距離は小さくない。
バードは坂を駆けあがる。刻印を中断し、魔弾を排出、次弾を装填するグリードを正面に捕らえて。
(魔弾を排出したのなら、次は爆発魔法は無い。なら、射線から外れれば!)
グリードの行動から、次の魔法を予測する。それらは全てイーロゥの言葉。師の教えを信じ、忠実に守り。その通りに現実は動き。
正面から投擲される火炎魔法を、僅かに横にずれて躱し。坂を駆けあがり、距離を詰める。手にした魔法杖で戦うことを決意して。だが、駆けあがった先には……
冷徹な殺意を苛立ちに変え、魔法杖を剣に見立てて構えたグリードが待ち受ける。
「どこまでも! 忌々しい!!」
荒々しい感情を乗せ、間合いを詰め、坂を駆け下り、力まかせに。手にした殺意を振り下ろす。
◇
上段から振り下ろされる魔法杖を、バードは魔法杖で受けとめる。だが、続けざまに繰り出される蹴りを腹部に受け、体がくの字に折れ。痛みをこらえ、大地を蹴り。前方に転がり倒れる。
後方、今までいた位置に魔法杖が振り下ろされ。魔法杖が体をかすめ、空を切り、大地に打ち付けられる。
体を起こし、距離を取る。魔法杖を体の前に構える。グリードがゆっくりとこちらに向き直るのを確認する。痺れた手に汗を感じながら。腹部の痛みをこらえながら。
こちらに向けて構えを取るグリードに対し、構えを取り、大きく息をし。
「おおおぉ!」
グリードが再度、雄たけびを上げ。手にした魔法杖で殴りかかってくるのを、正面から受けとめる。
◇
街道脇。バードとグリードがぶつかり合う。魔法杖が打ち合わされる。山間の街道に戦いの音が鳴り響く。
時に蹴り、時に投げ。グリードの優位は揺るがず。防戦一方、それでもバードは有効打を与えさせず。
坂の途中で始まった戦いは、いつしか坂の下に舞台を変え、静寂を破る戦いは続く。やがてグリードは己の優位を確信し。相手を傲慢に見下しながら。狂気を、積もった怒りを、ただ叩きつける。
◇
一撃ごとに手は痺れ。攻撃はやすやすと受け止められ、かわされ、時に交差するように攻撃され、バードは防戦一方となる。
「貴様が! 貴様さえいなければ!! 何処までも邪魔を!!」
一振りごとに叫ばれる雑言。意味不明な言葉。不快な言葉。受けるたび、弾くたび、手が痺れ、感情を揺さぶられる。
バードの振るう攻撃は事もなげに打ち払われ。言葉は断ち切られ。一方的に。打撃を、言葉を、激情を、殺意をぶつけられる。
打撃を防ぎながら。感情を揺さぶられながら。殺意を受けながら。状況を打破しようと試みようと。冷静であろうとして。聞き捨てならない言葉に理性が揺れる。
「愛娼の子風情が! 私の邪魔をするな!!」
その言葉に。心の中にしまい込んだ思い出を引き裂き、汚す言葉に。バードの奥底に眠る怒りを揺り動かす。
「ゴミが! 塵が! 人未満が!!」
グリードの言葉は激しく、昂り。その言葉の矛先は過去に留まらず……
「賎民に育てられた分際で!!」
最も感謝する人。恩を返したいと願う人。その人を汚されて。バードは己を見失う。自分ではない、他者のための怒り。それとも、他者を想う自分を、自らの支えを否定された怒りか。バード自身もわからぬまま。グリードの罵声を遮り……
「王族に逆らう……
「ふ、ざ、けるなぁーーっ!!」
荒ぶる怒りに我を忘れ、押し寄せる感情が、バードに叫びを上げさせる。
◇
「誰が愛娼だ! 誰が賎民だ!」
怒りのままに振り下ろした打撃がグリードを襲う。
繰り返し振るう。縦に、横に、力任せに。怒りのままに。
激情を込め、全力で振るう。躱された時のことを考えず。
「僕たちは! 普通に! 生きたいだけだ!! 邪魔なのはお前だろ!!」
バードの突然の豹変に意表を突かれたか。落馬の負傷の影響か。グリードは力任せの攻撃を受け。その込められた力に態勢を崩され。圧倒され。よろめき、激情の一撃を受け、ついに倒れる。
「お前が居るとみんな不幸なんだよ!! お前が消え……
怒りに震えるバードに容赦は無く。怒りのままに、叫び、魔法杖を振り下ろそうとし。その刹那。イーロゥのこと、メディーナのことが頭をよぎり。
魔法杖を振り下ろそうとした姿勢のまま。バードは止まる。その隙に。グリードは倒れた状態から飛びすさり、距離を取り、再び構える。魔法杖を剣のように立てて。
「……は、ははは! バカが!! 千載一遇の好機を逃すか!!」
グリードが嗤う。二度とこのような失態は侵さぬと。もうこのような好機は訪れぬと。どこまでも見下すグリードを見ながら、バードは魔法杖を寝かすように、半身に構える。
「食ら……
グリードが叫び、再び魔法杖を叩きつけようと踏み込む、その直前。バードは右手で棒の末端を持ち。右足を踏み込み、左回しに、足元を狙って、弧を描くように魔法杖を回し打つ。グリードは急ぎ構え、大回しの一撃を受け止める。
◇
バードは弾かれた魔法杖を戻し、両手で握り、体を回すように、魔法杖を打ち込む。
さらに、魔法杖を持ち替え。踏み込みながら。逆方向から振り下ろす。
流れるように、よどみなく。踏み込むたびに、一撃を繰り出す。それまでとは全く違う動きに、グリードは受けに回る。
(槍術? いや、棒術か? ……違う、なんだ! この技は! ふざけるな!!)
バードの繰り出した技に戸惑い、焦り。それでも憎悪はそのままに。ただ打ち合う。先ほどまでの優位は既に無く。なおも怒りを原動力に。バードを殺さんと打ちかかる。
◇
(我を忘れちゃ駄目だ。落ち着くんだ。僕は殺したくて戦ってたんじゃないんだから)
バードは自分に言い聞かせながら。イーロゥから教わった技術を頼りに戦う。
杖術。棒術と並び、城外街自警団が好んで使う技術。刃の無い棒を前提としたその技術は、殺傷力が低い反面、握りの自由さから生まれる多彩さ、間合いの自由さが、時に剣をも上回る対応力を生む、護身と捕縛に適した技術。
イーロゥがバードに教える武術として選んだ護身術。そこには、非力な子供に適した技術という面もあっただろう。だが、バードはそう思わず。そして、その思いを、他の誰が否定できようか。
(殺さなくても良い。倒せれば良いんだ。むやみに殺しちゃ駄目だ。今は戦争だから間違いかも知れないけど。それでも、そんなことはきっと誰も望んでないんだ)
バードは思う。出陣前に攻撃に参加すると言ったとき、リン・アーシさんは、決していい顔はしなかった。攻撃しなくても良いとまで口にしたことを。
討伐軍が攻めてくると分かった時のフレイを思い出す。イーロゥ先生に怒り、それでも「理由が釣り合ってない」なんて理由で、僕を戦争から遠ざけようとした、それはきっと危ないからとかじゃないと。僕の理由が人を殺すほどの理由だと思えなったからなんだと。
(殺さなきゃ自由になれないのなら殺さなきゃいけない。自由になるために戦ってるのだから。だけど、今は違う)
戦争の勝敗は定まってる。なら、捕らえるだけで良い、味方が来るまで戦い続ければいい。そうバードは言い聞かせる。
負けたら元も子もないことは承知の上で。トロア・ミルバスも落とされた以上、絶対など無いことも認識した上で。あそこで魔法杖を振り下ろして、勝負を決めた方が確実だとわかった上で。何より、一刻も早く終わらせたいと思う心をねじ伏せて。あえて困難な道を選ぶ。
(大丈夫。きっと勝てる。それだけの力が僕にはある)
もう無力じゃないからと。教えてもらった技があると。たとえ勝てなくても、一緒に戦う人たちがいる、その人たちが来るのを待てばいいと。逃がさなければそれでいいと。
卑怯なのかも知れない。嫌なことを人に押し付けてるだけかも知れない。だけど、今は考えてる時じゃない。だから、この方が良いと思った自分を信じるしかない。怒って、殺意を抱いたままじゃ、たとえ勝っても後悔すると思った自分を。
見失ってはいけない。そんなことの為にメディーナさんは僕を助けたわけじゃないと、そう信じて、胸に刻んで。バードは魔法杖を振るう。右手に巻いた約束の環を感じながら。
(たとえ間違ってたとしても、これが最良だと、胸を張ればいい。そして、生きて帰る)
そう心に誓いながら。バードは魔法杖を振るう。
◇
大外から払う。左右から振り下ろす。正面から突く。時に遠心力を利用し、時に踏み込みの力を利用する。バードの攻撃はそのほとんどが殺傷には届かない、だが動きを封じるには十分な攻撃。
体重ののった振り下ろし。鍔迫り合いからの投げや蹴り。態勢を崩した後に必殺の一撃を入れることを意識した、殺すためのグリードの攻撃。
両者は共に譲らず。だが、少しづつ、確実に。バードの攻撃はグリードの体を捕らえ。蓄積したダメージが動きを鈍らせ。
殺意の籠った振り下ろしの攻撃を斜め下に受け流し、そのまま胸部を突き、足を払う。立つ力を失い、倒れゆくグリード。バードは半歩下がり、油断無く構える。
「……っ!」
崩れ落ちるグリード、対するバードに油断は無く。
「……ぉぉお! 貴様さえっ!!」
崩れながらも地面を蹴り、体ごと殴りかかってくるグリードにも慌てることなく。身を躱しつつ、すれ違いざまに足を払い打ち。
倒れつつも、手を付きつつも、なおも立ち向かおうとするグリードに。その気迫に押されながらも揺るがずに。再度魔法杖を打ちつけようとした、そのとき。
グリードに横合いから飛来した魔弾が命中する。雷撃魔法がグリードの体を震わせ、硬直させる。
倒れ込むグリード。坂の上を見上げたバードは、そこにリン・アーシ率いる部隊の姿を確認する。
バードは肩で息をして。グリードを見て。構えを解いて。大地の抉れた跡を見て。戦いが終わったことを悟り。魔法杖を大地に立て、寄りかかり。意識から外していたことを、戦闘中は考えないようにしていたことを思い起こす。
(フレイを、トロア・ミルバスを探さなきゃ……!)
戦いのさなかにフレイのことが頭をよぎったとき。早く戦いを終わらせ、探しに行きたいと願いながら。それでも、可能な限り戦い続ける道を選び。
戦いが終わった今。自分の選択が正しかったのか、答えが見えぬまま。焦燥を抱えたまま。バードは一人歩き出す。
◇
バードを追おうとする兵士を、リン・アーシは止める。
「このあたりは安全なのでしょう?」
「はっ。ですが」
「なら良いのです。自由にさせてあげましょう」
王国近衛から聞いたグリードの狂気。飛行機械を落とすために己の身を魔法に晒すなど、常人の発想とも思えない。そのような男と、独りで戦い続けたのだ。狂気を抱いた者の前に立ち。怒りに飲み込まれずに。
坂の上から目にした光景。なおも狂気を放ち続けた男の前で、冷静に対処し続けたバードの姿をみて。安堵すると同時に、感心したのだ。
立ち去るバードの姿には力が無く。
(ですが、多分大丈夫でしょう)
それでも、坂の上から見たバードを見て、リン・アーシはそう感じながら……
「敵将グリードを此処に捕らえた。敵方に伝えよ! グリードを失い、何のために戦うのかと!」
勝利を固め、戦争を終わらせるために動き始める。
◇
バードは歩く。不安を抱えて。トロア・ミルバスのつけた地面の跡を辿る。
(そうだ。僕は深追いしすぎたんだ)
今まで考える余裕が無かったことが頭をよぎり。不安を抱えながら、体を引きずる。これまでのこと、撃墜されるようになった経緯、感情、会話、それらを思い出す。
(僕のせいだ。止められなくて、苛ついて。不用意に近づいたんだ。相手のことを何もできないなんて決めつけて)
思い返して、改めて理解する。自分の取った行動の軽率さを。今の事態はその軽率さが招いた結果だと。失敗を受け止めて。次はしないと心に誓って。
(……この先にトロア・ミルバスがあるはずだから。とにかく。まずはそこまで行こう)
重い足取りのまま。失敗の味を噛みしめながら。フレイの無事を祈り、歩き続ける。
――
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だわ。それよりも王子の方よ」
トロア・ミルバスが地面に付けた跡を歩く。
速足で。バードのことを心配しながら。
「あちらにはリン・アーシ様が行っておられます。大丈夫だと思いますよ」
私を助けてくれた兵士がそう言ってくれる。
実際、彼らもバードを横目に街道を通り過ぎて、無事だったのを見てるみたい。
正直、その言葉にすごく安心したわ。
けどね、ちゃんと自分の目で見るまではね。
焦る気持ちを抑えて、速足で。地面の跡をたどる。
と、視界の先に、バードの姿を認める。
安堵し、そして……。
その普通じゃない様子に、不安が湧き上がる。
その足取りに力は無く。表情はどこか暗く。
右手に持つ魔法杖を引きずって。重そうに持ちながら。
思わず駆け寄って、声をかけようとした、その時。
正面から、バードに抱きすくめられる。
「……良かった! 無事だった! 本当に良かった!!」
バードの言葉が、右から左へと通り過ぎる。
……そういえば、後ろに兵士居たわね。
……もしかして、こっちを見てるかしら。
……足音が遠ざかるわね。
……あとで何か言われないかしら?
違う! そうじゃないわ! ちょっと!!
慌てて、あわてて……、どうしようと思ったとき、バードの言葉が届いて。
「ごめん! 本当にごめん!!」
自然とその言葉が、心に入ってきて。不思議と心が落ち着く。
「本当はもっと早くこれたかも知れないんだ。それでも。どうしても。違うと思ったから。時間がかかって。本当にごめん!」
昂った声。涙が混じった声。弱さを見せるのを嫌うバードの声に。何があったのか聞く気を無くして。
「そう」
その一言だけを返す。
「怖かった。酷い失敗をしたんじゃないかって。取返しがつかないんじゃないかって。それなのに、そんなことも忘れてて」
「そう」
昂っていくバードの声に、同じ言葉を返して。
静かに、バードが落ちつくのを待つ。
少しずつ、落ち着いていくのを感じながら。
一つの小さな決心をする。
ほんとうにささやかな、小さな決心を。
木々の間を風が通る。
心地いい葉音が心を撫でる。
そうして静かに時は過ぎる。
やがて静かに体は離れ。
どちらともなく並び、歩き出す。
ならんで歩くバードに、声をかける。
できるだけ自然に。何気なく。
意味のない会話に少しだけ。
今までと違う響きの言葉をのせる。
「お疲れさま、バード」
――
バードとフレイは並んで、トロア・ミルバスを眺める。
翼は折れ、胴体は傷ついた、無残な姿を。
「……壊れちゃったね」
壊れたトロア・ミルバスの胴体に片手をついて。想いの乗った視線を向けて。想いのこもった声を上げる。
「そうね。でも、私たちは無事よ。飛行機はもう一回作ればいいわ」
明るく、前向きな声。もっとも大事なものは無事だった、そんな想いに満ちた声。
「そうだね。飛行機はもう一回作ればいい」
明るい声に励まされ。バードは声を上げる。
「帰ろう、僕たちの家に。メディーナさんやリョウ・アーシさんの待つ家に」
◇
こうして、グリードは捕らえられ。統率者を失った討伐軍は降伏する。グリードの身柄はビオス・フィア軍によって抑えられ、やがて戦犯として裁かれる運命となる。
この戦いでビオス・フィアは勝利者となり、王国政府にも討伐軍敗北の報が伝わる。戦時中に結ばれた条約に従い、ビオス・フィアは独立の権利を勝ち取り、正式な条約締結に向けた交渉に入る。
戦勝の報はビオス・フィア中を駆け巡り、ビオス・フィアは湧き上がる。戦争によって中断した交易も再開し、街は活気に溢れる。
リン・アーシを含めたビオス・フィア上層部は、独立国家としての体制の整備に奔走し、街は独立を祝う祭りでにぎわう。
こうして一つの戦争が終わりを告げる。この戦争で、一人の野心家が斃れ。一つの都市国家が産声を上げる。
王国歴152年6月。この時より、ビオス・フィアは独立独歩の道を歩み始める。




