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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第一章・出会いと日常の回想
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3.第四王子バード 下

2017.12.24 三点リーダーを修正。

 初夏の日差しを木立ちが遮り、軽く汗をかいた体を風が撫でていく。ふと空を見上げると、翼を広げた鳥が弧を描くような軌道をとり、空を舞っていた。


(ああ、あれは鳶かな)


 小さい鳥は羽ばたいて飛ぶ。大きい鳥は翼を広げて滑空する。空高く飛んでいるため小さく見えるが、ああやって翼を広げると、僕よりも大きいくらいの鳥だ。もっとも、間近で見たことはないので、本の内容の受け売りだけど。


(ああ、そういえば、これもイーロゥ先生のおかげだな)


 空を飛ぶ鳥から一つの思い出を刺激され、僕はあのころに想いを馳せていった。


 訓練にも慣れてきて、ちょっとだけ余裕がでてきた、あの頃に。



 スッ スッ ハッ ハッ スッ スッ ハッ ハッ ……


 呼吸に合わせ、体を動かす。腕を振り、足は地面を蹴る。呼吸のリズムが体を動かし、体を動かした分だけ前に進む。


 走り続けるためには呼吸が大事。先生がぼくに教えてくれたことだ。でも、今の呼吸を教えてくれたあと、「これが正解とは限らない。呼吸は人それぞれ違うものだ。いろいろ試して自分にあった呼吸を見つけなさい」とか言われた。正しくないかもしれないことを教わったの、初めてだよ……


 でも、教わった通りの呼吸して、それに合わせて体を動かすと、すごく違った。いままでよりずっと走れるようになった。それに、あとどれくらい走れるか、わかるようになってきた。


 自分の呼吸を見つけると、もっと走れるのかな。でも、訓練中は無理。間違ってバテたら大変だから。うん。朝、いろいろ試してみよう。


 隣では、ぼくと同じ速さで先生が走っている。先生は、ぼくの体力のことをよくわかっている。ぼく自身より。先生が「大丈夫か?」と聞いてきたときはすこし速すぎるとき。「大丈夫です」と答えると、大抵の場合、走り終わった後、動けないくらいにバテてる。


 けど、毎朝走ってるときはゆっくり走ってるから、訓練のときはできるだけ速く走りたい。だから、ちょっと速めに走っている。


 そうそう、毎朝メディーナさんと走るときは、時間をかけて、ゆっくり走ってる。「ジョギング」っていって、訓練で走るのとはすこし違うらしい。健康にいいとか、美容にいいとかいってた。多分、「お姉さん」といいはるためにやってるんだと思う。おばさんなのに。


 …………


 走り終わったら、一旦休憩。今は走ったばかりで、呼吸が荒い。次の訓練までに息を整えなきゃ。木陰に座る。「次の訓練の準備をしてくる。それまで休憩だ」、先生がそう一声かけて、物置きの方に歩いてく。全く疲れた様子はない。


 休んでいる間、去っていく先生を見続け、なにげなく空を見上げる。そこには、弧を描くように飛ぶ鳥の姿があった。


 気が付いたら、その鳥の方に手をのばしていた。



 鳥はどこにでも自由にいけるのかな? 鳥はみんな仲がいいのかな?


 昔から、なんども、そんなことを考えていた。


 自分の部屋の中から、中庭で餌をついばむ小鳥をみたとき。外を飛ぶ鳥を見たとき。空を見上げて、何羽もの鳥がきれいに並んで飛んでいるとき。


 ぼくは、一度もこの城の外を見たことがない。当然、城を出たこともない。


 ぼくは、城壁すら見たことがないんだ。


 ぼくの部屋は御殿の一階にあって、食事はメディーナさんが運んできてくれる。勉強もほとんど自分の部屋だ。ぼくが行っていいのは中庭ぐらい。部屋の外にでるときは、メディーナさんがずっとそばにいる。


 だから、ずっと部屋で過ごしてきた。中庭に行っても、部屋の中で中庭を眺めてるのと変わらないから。週に一日、勉強のない日も、ずっと自分の部屋にいた。


 ぼくにとって、「外」は「自分の部屋の外」のことだった。


 ぼくにとって、「世界」は、自分の部屋と、廊下と、中庭だけだった。


 御殿の壁と、正殿の壁、渡り廊下の壁に囲われた世界で、ぼくは生きている。



 気が付くと、先生が的を持って少し離れたところに立っていた。ぼくが見ていた鳥のほうを向いて。


 そのとき、先生がなにを考えていたか、ぼくにはわからない。なにか笑っているような、力がぬけているような、優しいような、そんな感じがした。そんな先生を見て、つい、訊いてしまった。


「鳥は、なぜ空を飛べるのでしょうか?」

「鳥は自分の体よりも大きな翼を羽ばたかせることができるから、空を飛べるのだ」


 真面目な顔をして、真剣に、先生は、そんなばかな返事をかえしてきた。


 しってるよ! わかってるよ! 翼があるから飛べることくらい!!


 なにか、全然、納得できなかった。納得できるまで訊いてやろう、と思った。訊くことを考えないのに、勝手に口が質問しはじめた。


「なぜ、体よりも大きな翼をもっているの?」

「あそこで飛んでいる鳥ははばたいていないけどどうして?」


 そうやって、延々と質問をして。次の休み、わからないことを一緒に調べることになった。


 そして、訓練の時間がおわってしまった。


 ……ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだ。



 先生と約束したことを、夕食のときにメディーナさんに話をした。メディーナさん、なんか、頭を抱えだした。


「イーロゥ先生は、バード君と一緒に、どうやって調べるつもりなの?」

「さあ、そこまで聞かなかったけど?」

「わるいけど、バード君が城外にでる許可はおりないと思うの」


 そうだね。でも、なんで城外?


「御殿の書庫は、そんなに大きくないのよ。物語とか、教科書くらいしか置いてないわ」


 そうなんだ。行ったことないから知らなかった。


「だから、正殿の書庫で調べるしかないと思う。あそこなら、大抵の本があるから」


 じゃあ、そこにつれてってもらえばいいんだ。


「でも、イーロゥ先生は正殿の書庫になんて入れないよ」


 え?


「正殿の書庫は、聖典の研究結果とか、人に知られちゃいけないこととかも本にして保管してる場所なの。だから、無関係な人は入れないわ」


 えーと……


「城外の図書館もダメ、城内の書庫もダメ。どうやって調べるつもりなのかしら?」


 ……ぼくもメディーナさんも、次の言葉がでてこない。


「……イーロゥ先生、ちゃんと考えてるのかしら?」

「考えてないと思う」


 即答してしまった。


「そうよね~」


 ……またも沈黙。


「わかった。何とか許可がもらえるよう、頑張ってみるわ」



 で、メディーナさん、本当に許可をもらってきた。で、イーロゥ先生に伝えたら、「助かった」みたいな雰囲気をだしてた。やっぱり考えてなかったみたい。


 書庫に入るとき、イーロゥ先生を見たら、今度はなにか「ほんとにいいんだろうか」みたいな雰囲気をだしてた。


 なんだか、イーロゥ先生がわかりやすい。いつもこうならいいのに。



 結局、一日では調べ終わらず、むしろ調べた分だけ疑問が増えてしまって。休日、鳥についてイーロゥ先生と調べるようになっていった。


 ちょっと信じられないことに、発端となった最初の先生の答え、「鳥は自分の体よりも大きな翼を羽ばたかせることができるから、空を飛べるのだ」は、良い答えとは言えなかった。


 今あそこで飛んでいる「鳶」は、ほとんど羽ばたかない。空気の流れにのって大空高く舞い上がる。小さな鳥は羽ばたいて飛ぶ、大きな鳥は風にのって飛ぶ。小さな鳥と大きな鳥とでは、翼の使い方が違ったんだ。


 当たり前と思ってたことですら、違ったんだ。一日二日調べたくらいで時間が足りるわけがなかった。


 そうやって、理解と疑問を増やしながら、今も書庫通いは続いている。



 木陰で腰をおろして物思いにふけりつつ、メディーナさんが来るのを待つ。やがて、いつもの「走るときの服装」をしたメディーナさんが歩いてくる。


「おや、バード君、休憩中? もしかして待たせた?」

「いえ。ちょっと子供のころを思い出して」


 なんか、メディーナさん、噴き出したんですけど?


「バード君、きみ、今も子供だよ」


 なんだと! いや、わかるけど。11才は子供の歳だって。でも、あのころは、考えることも子供だったけど、今は考えることは子供じゃない!


「うん。間違いなく、子供だよ」

「そんなことないよ。おばさん」

「その口のききかた、間違いなく子供だね」


 ……いけないいけない。走る前に呼吸を乱したらダメだ。落ち着いて……


「わかったら走る。ほら!」


 子供だなんて、認めたわけじゃないから、絶対。メディーナさんが声を聞きながら、僕も走りはじめた。


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