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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第五章・見上げた空に、羽ばたいて
35/44

2.王都攻防

1/15 誤字修正(王城城壁→王都城壁)


遡っての誤字修正報告をしています。

王弟グリードといままで書いていましたが、実のところ、現在は王叔です。また、バード君は王弟です。

基本的に確信犯でそう書いていたのですが、第五章第一話の三人称部分で、心理記載でない場所は正しく書かなくてはいけませんでした。そのため、第五章第一話から一部、王弟や王子の記載を削除しました。

また、物語の都合により、第三章第三話「王城撤退」の、自治団最高評議員の口調を変更しています(話してる内容は変わってません)。


ストーリーには変更ありません。ごめんなさい。


「……予想的中さね。さあ、きっちり迎え撃たせてもらうよ」


 王都周辺に布陣した王都防衛隊。その陣中で、ラミリーは西の空に上がる光の魔弾を確認して、一人つぶやく。

 この言葉を聞きつけた副官が、自分の不安を打ち消そうと、ラミリーに話しかける。


「本当に、このような方法で飛行機械に対抗できるのでしょうか?」

「……ふん、そんなことは誰にもわからないさ。まあ、私には他の方法が思いつかなかったがね」


 その布陣はあまりに特殊で、常識を無視したものだった。王都とその周辺一キロに渡り、几帳面なまでに均等に(・・・)兵士を配した布陣。数十メートル間隔で兵士が配備されたその布陣は、戦の常道から大きく外れたものだ。


「しかし厄介だね、馬より速いってのは。おかげでこっちは、来るかどうかわからない敵のために、この陣形を維持しなきゃいけない。今、普通に敵兵が来たらあっさり負けそうさね。……まあ、不要な心配も今日で終わりさ」


 この陣形を布いてから今日で一週間。未だ開戦の報は届いていない。だが、来るのであればこの時を持って他にないとラミリーは予測し、前もって布陣しておいたのだ。


(開戦したことを知る前なんてのは、どう考えたって一番防備が手薄だからね。そりゃ、そんなタイミングで攻撃できるんだったら、自分だってそうするさ。全く、厄介にもほどがある、あの飛行機械ってやつは)


 いつ来るかわからぬ敵を、このような特殊な陣で迎え撃つのは一種の賭けだったと、ラミリーは思いつつ。周りの兵士に届くよう、声を張り上げる。


「さあ、これから招かざる客がやってくるよ。きっちり持て成してやりな!」

「「「応!!」」」


 ラミリーの声に呼応して、兵士全体が次々と鬨を上げる。兵士たちを伝って、その声は波となり、うねりとなり、大地を揺らす。


 そこに後方という油断は無く。ラミリー率いる王都守備隊が、バードたちの壁として立ちふさがる。



『知られたな』


 王城まで残り一時間ほどの距離を残して。右前方で光る魔弾が上がって。続いてイーロゥ先生が、伝声管を通して僕とフレイに語りかけてくる。


「そう。じゃあ、もう高度を取っても良いかしら?」

『そうだな。その方が安全だろう』

「それじゃ、高度を上げるわ。上昇!」「了解」


 フレイが舵を引き、機首を上げる。いままで地上付近を飛行していたトロア・ミルバス二号機が上昇する。浮揚感を感じながら、イーロゥ先生の声を聞く。


『これは、作戦が読まれていたと考えた方が良い。まあ、予想通りなのだが』


 その言葉にもう一度覚悟を固める。ラミリーさんと敵対することに。恩人と戦うことに。僕を鮮やかに城から外に出した人と敵対することに。

 トロア・ミルバス二号機は上昇を続ける。開けた視界に王都が見える。まばらに展開する兵士たちが見える。この高度からじゃよく見えないけど、あの中にラミリーさんがいる。覚悟を決める。それでも。出来ることなら相手にしたくないとも思いながら。あの人と殺し合いたい訳じゃないと。


 そんな考えは甘かったと、僕は、王都上空で思い知る事になる。



 トロア・ミルバスは上昇を続けながら、王都上空にさしかかる。高度五千メートル。安全に飛行できる最大高度。絶対に迎撃されない高高度。ここから急降下し、速度を付けて、王城に鉄球をぶつける。


「下降」「了解」


 フレイの声に応答を返す。機体がほぼ真下を向く。プロペラの推力に加え、重力がトロア・ミルバス二号機を加速する。ここから、五百メートル位の所まで急降下して、鉄球を切り離し、即座に上昇する。


「六十秒」


 切り離し位置までの距離、四キロ半。時間にして六十秒。カウントダウンを開始する。


「五十秒」


 時速二百五十キロ、二号機の巡行速度を超える。


「四十秒」


 時速三百キロに到達する。下方を警戒する。どんな変化も見逃さないように。こちらに向かって飛んでくるものをすぐに気付けるように。


「三十秒」


 今まで豆粒のようだった王都が大きくなる。……進行先に違和感を覚える。


「二十秒」


 違和感の正体を視認する。大量の何か(・・)が王都上空を飛んでいる。いや、王都上空を漂っている。……何か(・・)じゃない。布で出来ているみたいだけど間違いない。あれは風船だ。王都の空を埋め尽くすように大量の風船が空を漂っていると気付く。

 風船。空気よりも軽い、燃える空気(・・・・・)を詰め込んだ、飛行機とは別の、もう一つの空を舞う人工物。

 事の発端となった、王城研究室の(・・・・・・)爆発事故の原因(・・・・・・・)

 

「突っ込んじゃ駄目だ! 機首上げ!」

「えぇっ!」


 慌てて叫ぶ。

 フレイが舵を切る。

 流れる視界。

 目に映ったのはほんの一瞬。


 ラミリーさんが騎乗したまま。

 長弓を手に。火矢を上空に向かって構え。

 その顔には不敵な笑みを浮かべ。

 上空の風船に向かって、手にした火矢を解き放つ。


――


「あんな速度で飛び回る機械だ。魔法だろうが、弓だろうが、直撃させようなんて無理にきまってる」


 地上から、空を見上げ、ラミリーは嘯く。


「でもさ、あいつは木で出来てるって話じゃないか。なら、当然、火には弱いだろう」


 自分の起こそうとしたことに。思った通りの結果に。ラミリーは一人頷く。


「なら、当てる必要なんか無い。空を燃やせば(・・・・・・)それで済む」


 彼女が放った火矢は、風船の一つを燃やし、その炎が近くの風船を燃やし。上空に敷き詰められるように飛ばされた風船全てに誘爆し。王都には一切被害は出ることなく。瞬きに満たないほんの一瞬の時間だけ。


 王都を囲う空全てが、炎となった。


――


 熱に、閃光に、爆風に。トロア・ミルバス二号機が煽られる。

 ぎりぎりで機首を上げることに成功して。炎に突っ込むことは避けた。それでも、空一面が燃えたことによる影響は大きく、トロア・ミルバス二号機は爆風に煽られ、飛ばされる。制御を失う。


「推力を!」

「もうやってる!」


 フレイが必死になって姿勢を整える。僕も必死になって動力部を操作する。歯車を、主軸を、調整して繋ぐ。

 下降を始めた機体に推力が戻る。制御が戻る。ようやく安定した視界。地上の様子を見る。再び解き放たれた大量の風船が映る。火矢をつがえるラミリーさんの姿が映る。


「一旦離脱した方が良い!」

「やってるわ! このっ! 動きなさいっ!」


 僕が叫ぶ。フレイが叫び返す。悪戦苦闘しながら、一旦離脱するための進路を取り始めた、その時。


『次はそのまま突入、襲撃に成功したら帰還しろ!』


 そんな声が伝声管から伝わってくる。



「次はそのまま突入、襲撃に成功したら帰還しろ!」


 そう叫んで、脱出装置(・・・・)を手に、格納庫から身を躍らせる。


 高度数百メートル。まだ眼下の王都は小さく、しかし、場所を判断することは可能な距離。火矢の放たれた場所を素早く確認する。

 落ちる。自然の法則のまま。世界の摂理のまま。

 身体全体で風を受けながら。大きくなる王都を見渡しながら。手にした脱出装置を作動させる。布製の、数メートルの、扇形の翼が展開される。


 滑空機(グライダー)。フレイの最初の成果を元に開発した脱出装置。動力源を必要としない、単純極まりない、もう一つの飛行機械。


 風を切り、落下速度を飛行速度に変えて。目標に向けて旋回する。目指すは左後方。馬上で火矢を、弓を構える姉上を目指し、旋回する。

 上昇し、真っすぐに飛び去る飛行機から離れ。片方の手で滑空機(グライダー)からぶら下がったまま。空いた手に魔法杖を握り。単身、姉上を襲撃する。



 地上三十メートル、姉上までの距離二百メートル。矢の届く距離を、滑り落ちるように滑空機(グライダー)が進む。高度を下げ。減速しつつ。

 迎撃の矢を放つことを忘れた敵兵の頭上を、また一人通り過ぎる。ここまでほとんど迎撃は受けず。正面には騎乗した姉上と数人の兵士が、こちらを迎撃せんと、矢を番え待ち構える。


 相手に先んじて、魔法杖に魔弾を装填、振りぬくように投擲する。魔法杖から放たれた、速度にのった打ち下ろしの魔弾は、二百メートルの距離を進み、刻印された爆発魔法を発動させる。


 振りぬいた魔法杖に魔弾を装填、手首を返し二発目を投擲する。三発目、四発目。姉上の上方、右前方、正面前方。囲うように魔法が炸裂する。


 距離五十。高度五。着陸態勢を取る。その刹那。


「生身で空を飛んでくんじゃないよ、この非常識禿頭!」


 姉上が、爆発を回り込むように馬を駆り、着地地点めがけて手にした長棒を振り上げる。



 手にした魔法杖で長棒を受け止め。

 そのまま空中で蹴りを放ち。

 上体を反らして躱し、そのまま駆け抜ける姉上を目で追いながら。

 両の足で、大地を踏みしめる。


「……むしろ、半日程度でビオス・フィアからここまでくる方が非常識だと思うのだが」


 久方振りの姉上に言葉を放ちつつ。立ち位置をずらしながら。隙を見せぬように、視線だけを姉上に向ける。


「そりゃ、機械の力だろう。ああ、確かに非常識な機械さ。だけどね、あんな鉄の棒と布切れの組み合わせだけで空を飛ぶ方がよっぽど非常識さね」


 左手には兵士数人。右手には姉上。兵士たちは負傷者を手当てし、かばいつつ、こちらの様子を伺っている。即座に戦闘に参加する様子は無い。


「珍しい武器を使うのだな」

「まさか空から飛び降りてくるような馬鹿がいるなんざ考えて無くてね。弓以外はまともな武器なんて準備していなかったのさ」


 時間を稼ぐ。バード達が突入するまで、姉上を自由にさせない。その姉上は、馬を止め、こちらに向き直る。そこに隙は無く。戦闘を急ぐ様子も無い。こちらもあえて手は出さず。緊張した空気を漂わせたまま、会話を続ける。


「そっちこそ、私に付きっきりでいいのかい? 他の奴らだって火をつける位、できると思わないかい」

「あの速度で飛ぶ飛行機にタイミングを合わせてか? そんな非常識(・・・)、姉上以外の誰がするというのだ」

「……そうかい。ボウズがそれを言うかい。じゃあ、常識ってやつを一つ教えてやるさ」


 そう言って、姉上が、再び馬を駆る態勢を取る。

 手にした魔法杖を構える。残弾は六。


「良いかい、人間は空を飛べないんだ。その位は弁えな!」


 そう言って、正面から。真っすぐに馬を走らせる。長棒を振るいながら、姉上が叫ぶ。


「天然をこじらせて常識を無視すんじゃ無いよ! この脳筋が!!」



「急降下は無理ね」

「そうだね」


 王都から少し離れた上空で。フレイと突入方法を相談する。


 少し前まで、フレイがイーロゥ先生のことを気にしてたんだけど。……もちろん、僕だって気になる。だけど、助けにいくのは違う。先生はこの作戦を成功させるために飛び降りたんだから。そう言って僕もフレイも無理矢理納得させて。次の突入方法を考えてる。時間は無駄にできない。だけど、絶対に失敗できないから。


「あの風船は王都の上空五百メートル辺りを漂っているわ。さっきの爆発もその辺りね」

「弓矢の届かない距離だね。もっと低い位置に起爆用の風船があるんだと思う」

「それをどうにかできないかしら?」

「無理だよ、どこにあるかもわからないんだから」


 あの風船、僕の知ってる風船とは少し違って、同じ位の高さを維持してる。だから、待っても飛び去るわけじゃない。……風には流されてるけど、その穴を埋めるように次々と風船をあげてる。だから、時間が経つごとに燃える範囲はむしろ広がってる。


「王子が魔法で燃やしてから突入するのは?」

「一旦燃えたら近づけないよ。空気が無茶苦茶になるから」


 実は、厄介なのは燃えることじゃない。それで無茶苦茶な風が生まれる方。あんな爆風の中じゃ、機体制御ができない。一旦離れれば、また風船が打ち上げられる。だから……


「……超低空からの強硬突破しかないわけね」

「それしか無いだろうね」


 取るべき方法は一つしかない。燃やすことができない高さを飛ぶ。飛行機の利点の一つ、安全な高度を捨てて。もう一つの利点、速度を生かして。高速で、地上すれすれを駆け抜ける。そのためには……


「一旦高度を上げて、重力を利用して加速。速度を殺さず水平飛行ね」

「補助推進装置も使うよ」

「魔法を使うアレね。良いわ、今が使い時だわ」

「街道から王都正門、王城正門までは一直線の道路がある。そこを突破するのが一番だと思う」


 こうして、次の手が決まって。王都の南側から二キロ半の地点、上空五千メートルまで上昇して。最高速を出すための降下を開始する。



 時速二百五十、時速三百、時速三百五キロ。降下し、加速する機体。

 時速三百六十、時速三百七十、時速三百八十、過去に経験したことの無い速度。運動性能が高い一号機ですら出したことの無い速度で、墜落するように、四十五度の角度で降下する。


「機首上げ」「了解」


 速度を殺さないようゆっくりと。水平飛行に移行する。


「補助推進装置起動」「了解」


 熱空機関の魔法杖から手を放し、補助推進装置の魔法杖を握る。推進装置から勢い良く吹き出す空気が推進力を生み。トロア・ミルバス二号機を更に加速させる。


 時速四百キロ、高度五メートル。極限状態での再突入が、今、始まる。



 街道を暴風が吹き荒れる。無理矢理に上げられた速度に機体が悲鳴を上げる。それでも速度を落とすことなく。

 地上からの迎撃の火矢は命中することなく。その遅さをあざ笑うかのように、全て後方に置き去りにして。

 ただ、速さだけを頼りに。一直線に。疾風のように。誰にも捉えられることなく。荒野の街道を突き進む。


 やがて、その風は地上で戦いを繰り広げていたイーロゥとラミリーの上空を飛び越える。


(……突破されちまったね、これは)


 戦いの手を止め、王都正門の方向を、通りすぎた風を見たラミリーは思う。


(まあ、やるだけのことはやった。最善が無理なら次善に切り替えるだけさね。となると……)


 そこまで考えて、ラミリーは苦笑する。今更考えることは無い。襲撃が防げなかったときのことも織り込み済みなのにと。そこまで考え、同じように王都正門の方を見る弟を見る。

 自分に加え数人の兵士を相手にしながら、見事に足止めして見せた弟を。手にした魔法杖に残弾は無く、半ば包囲された状態で。離脱を許さず、背後からの矢を躱してのけ。常に的確に、退路を塞ぐように魔法を炸裂させ。時に魔弾に直接魔法を刻印するという曲芸じみた技を見せ。その身に傷を付けることすら無いままに。数の不利など知らぬとばかりに戦いぬいた弟を。


(全く、どの口で人のことを非常識だなんて言うかね、このボウズは)


 そんなことを思いつつ、弟に声をかける。ちょっと気が早いがまあ、こっから失敗するような奴らじゃ無いだろうと考えながら。


「さて。戦う理由が無くなっちまったわけだが、どうするさ。何だったら、話くらいは聞いてやろうじゃないか」



 荒野の敵陣を飛び越えて、城外街を突っ切って。


「見えたわ! 王都正門! 上昇!」

「了解!」


 王都の城壁、正門の上空を飛び越えて。パラノーマ王国の象徴、荘厳にそびえ立つ王城を正面に見据えて。あとはその象徴に傷を付けるだけ。


 もう僕らを阻む壁は無いと確信しながら。一直線に、王城に向けて飛び続けた。


豆知識を一つ。


伸縮する材料で作られた風船は、上空にいくほど大きくなって、やがて破裂しますが、伸縮しない材料で風船を作ると、ある一定の高度を保ちます。


空気が薄くなる=空気が軽くなる、と考えるとわかりやすいです。風船の中の気体は閉じこめられているため密度は変化しないのに対し、周りの空気は薄くなるに従って軽くなります。風船の中と外が同じ重さになった所で上昇を止めるわけです。


ラミリーさんの風船はその現象を利用して、ちょうどいい高度に留まらせてる訳ですね。


恐ろしいのは、その性質を突き止めた城外街研究特区かも……(王城研究室かも知れませんが)。

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