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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第五章・見上げた空に、羽ばたいて
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1.開戦

2017.1.12 王弟、王子の表記を一部削除


基本、バード君視点です。



「中核は王都兵だな。王都兵の一部と近衛兵を再編成、騎兵として運用しているように見える」

「そんな事までわかるの?」


 伝声管から聞こえるイーロゥ先生の声に、フレイが疑問を返す。


 今、ここはビオス・フィアから馬車で二、三日位の距離の場所。ぎりぎりで完成したトロア・ミルバスの二号機にイーロゥ先生を乗せて。試運転を兼ねて、討伐軍の偵察に来ているところ。


「まあ、服装とか装備とかを見ればな。制服なり皮鎧なりに身を固めたのが正規兵、普段着のままなのが討伐のために徴兵された兵だろう。王都兵は華美な制服だからわかりやすい」

「ふうん」

「ざっと見たところ、王都兵四千に領主軍正規兵六千、領主軍徴発兵八千といったところか」

「……少し足りなくないかしら」

「わざと多めに言ったか、領主軍が数をごまかしたか、どちらかだろう」

「まあ、数が少なくなる分にはいいわ。……おっと」


 フレイとイーロゥ先生の会話が続く。と、眼下の王都兵から魔弾が飛来する。フレイは機首を上げ、上空に回避。

 ……なにか、すごい後ろの方で爆発魔法が炸裂する。これ、回避しなくても当たらなかったよね?

 まあ、一応注意は促しておいた方が良いよね?


「当たらないでね」

「あんなの、当たる方が難しいわよ。……思ってたより速かったのは認めるけど」


 そうだね。当たるわけないよね。こっちに飛んですら来なかったんだから。と、話を聞いていたのだろう、イーロゥ先生の声が伝声管から聞こえてくる。


「まあ、魔法は本来中距離用だからな」

「そう。てっきり遠距離だと思ってたわ」

「魔弾に魔法式を刻印して、発動させながら(・・・・・・・)放つからな。高速で投げなければ目の前で爆発しかねない。それを防ぐために遠心力をつけて魔弾を投げているんだ。どれだけ速かろうと飛行機械を迎撃するには不向きだな」

「じゃあ、遠距離用の武器は?」

「長弓とかだな。直撃させなければ落とせない武器で飛行機械を落とすのは無理だろう」

「……なにか、戦争って感じがしないわね。安全な場所から見下ろしているみたい」

「まあ、そうだな。だが、油断はするなよ」

「そうね、了解したわ。……右旋回」

「了解」


 そんな、とても敵軍がすぐそこにいるとは思えないような話をしながら。フレイが飛行機を反転させ、ビオス・フィアへ帰投する。



 無事に試運転兼偵察飛行を終え、ビオス・フィアの研究所前の大通りに着陸する。操縦席、機関士席から梯子(はしご)を伝って降りる。格納庫からイーロゥ先生が下りてくる。


 トロア・ミルバス二号機。名前もちょっと考えたんだけど、結局そのまま。「胴体が太めだからペンギンとかは?」とかフレイが言ってたけど冗談じゃないよ、飛べない鳥の名前なんて! ……まあ、あっさり納得してたし、きっと冗談だよね? そんなことを思い出しつつ、二号機の機体を眺める。


 一号機と全然違う形。僕たちの目指していた馬車の代わりになる飛行機なんだけど、ちょっと見た目がね。ペンギンに例えてしっくりくるのはちょっと残念。基本的に青色の塗装がしてあって、尾翼には太陽、月、大地、鳥を意匠した紋章まで描かれている。


 直径一メートルの鉄球が入る格納庫を備えた、ずんぐりとした胴体。イーロゥ先生の席はその格納庫の中。話が出来るように伝声管を、外を見れるように窓を追加して。……本当はちゃんとした席を用意するつもりだったけど、時間が無くて急ごしらえの作りにせざるをえなかった。

 胴体の側部には水を空気に変える魔法を使った推進装置。上の翼と下の翼の間に四基。結構な推進力があるんだけど、中に入ってる水を消費する以上、一度使ったら着陸するまでは使えない、そんな機械。

 あと、こっそりイーロゥ先生が作らせてたみたいなんだけど、緊急用の脱出装置も搭載してる。ほんとは練習しないといけないんだけど、ぶっつけ本番で使わざるを得ない状況。もしかすると、ラミリーさんに急襲をかけるために使うかも、なんてイーロゥ先生が言ってたけど。正気かな? うまくいかなかったらただの飛び降り自殺なんだけど。


 と、いつの間にかフレイがこちらに来て話しかけてくる。


「王子の方はどうだった?」

「特に変わりなかったけど。フレイは?」

「相当、機体が重いわね。まあ当然なんだけど」


 フレイが試運転の結果を聞いてくる。僕の方は特に変化は無かったんだけど、フレイの方は相当勝手が違ったみたい。……まあ、ちゃんと飛べるか確認するために、鉄球を積んで飛んだからね。


 討伐軍がビオス・フィアを包囲する日は刻一刻と近づく中。僕たちの方も準備は完了して。ちょっとフレイが緊張してるのかな? 口数が多い気がするけど。それ以外は特に変った様子もなく。


 不思議なほど平静に、いつも通りの心境のまま。開戦直前の日が過ぎていく。



 開戦の日。討伐軍がビオス・フィアを包囲するように布陣する。四方の門に連なる道全てに兵が配備され、いつでも封鎖が出来る、そんな布陣。

 そんな中、近衛が正門前の街道をゆっくりと。整然と、一糸乱れぬ隊列で進軍する。やがて、正門前でその足を止め。中央からグリードが進み出る。



 正門には、近衛を率いたグリードの姿。門の上にはリン・アーシ旗頭が、三十メートルもの高さを誇る城壁の上から彼らを見下ろす。僕は城壁の後ろの方の少し低くなった、下から見えない場所で待機する。

 リン・アーシさんに用意してもらった服。青地に白で縁取りされた外套、同じような色の短衣に白い下服(ズボン)。王族の、いや、()の装束に似た意匠の服。パラノーマの紋章とは違う、太陽、月、大地、鳥を意匠した、トロア・ミルバスにも描かれた紋章が描かれた服。腰には煌びやかに装飾された剣を佩いて。

 これから上げることになる口上の内容にこの衣装。この前の話のときは何気なく聞き流したけど、今ならわかる。「僕が主体で、ビオス・フィアは僕を支えてくれる」という言葉の意味。

 それでも。これが戦争に勝つ最善手だから。全てはこの戦争に勝ってから。まずは目の前の口上に集中する。大丈夫。リン・アーシさんに書いてもらった原稿は完全に暗記した。あとはそのまま喋るだけ。

 その内容を思い出して、ちょっと笑う。「喧嘩を売るのですから、内容などこじつけ位でちょうど良いのですよ」なんて涼しい顔でリン・アーシさんは言ってたけど。あの人、物腰は柔らかいけど、結構曲者だと思う。

 そのリン・アーシさんがまずは正門の上でグリードと対峙して。


 開戦口上という名の茶番劇が幕を開ける。


――


 正門の前、まずはグリードが声を張り上げる。


「ビオス・フィア旗頭リン・アーシに問う。貴公らは第四王子バード・パラノーマの誘拐犯であるメディーナを匿い、王子の身柄を不当に拘束している。なぜこのような愚行を行うのか。思うに貴公らは、隙あらば我が王国から離反しようと企んでいるのだ。誘拐犯たるメディーナを女中として送り込んだのもそなた等の企みであろう。初めから王子をさらう目的で、貴公らは彼女を送り込んだのだ」


 グリードは高らかに。自信に満ちた声で。ありもしない陰謀を暴き立てる。


「なぜそのようなことを企んだのか。理由は明白。王族の身柄を盾に、我らを脅迫するつもりに相違ない。これは、秩序に対する挑戦に他ならない。そのような愚行、断じて許すわけにはいかない」


 その内容は荒唐無稽。だが、そんな些事など気にも止めず。


「だが、我らにも慈悲の心はある。我らは貴公らに降伏を勧める。彼らの身柄を引き渡し、王国領民としての義務を果たすのなら、グリードの名において、自治権は約束しよう」


 ただ、目的のために作られた論理をかざし、偽りの譲歩を示す。そこに事実は無く、それを事実にするのだと。


「本日中までだ。降伏する意志があるなら、本日中にその意志を伝えよ。以上だ」


 内容の正誤など関係なく。受け入れるのは降伏のみ。言うべき事を言い、馬を返そうとしたグリードに、静止の声が上がる。


「回答を待つ必要は無い! 今ここで答えを返す!」


 この時こそが、これまで無力だった、運命に流され続けた少年が、歴史の表舞台に立った瞬間だった。



 グリードが眉を顰める。城壁の上に立つ少年の姿を見て。少年のまとう衣装を見て。煌びやかな衣装を身にまとった少年は、正門の前で騎乗するグリードを見下ろしながら、用意された言いがかりのような(・・・・・・・・・)口上を、一字一句違わぬように謳い上げる。


「私は今、己の意志でここに立っている。それは何故か。手の施しようがないまでに腐り切った王国の愚劣さに見切りをつけ、新天地を求めたからだ。王国の愚かさは、匪賊に討伐軍の名を与えこの地を包囲する蛮行、王族自らがそれを指揮するという愚行を見ても明らかだろう」


 少年は目の前の軍勢の非を謳い上げる。そこに大義名分など無いと。その行いは国軍ではないと。お前たちは賊の輩だと。


「今、王国の政治は乱れきっている。王都の民は重税に喘ぎ、賄賂がはこびっている。聞けば、私が脱出してからは、民草の商売を制限し、都市への入場を拒み、統治の義務すら放棄したと聞く。全ては権力争いのために行われたことだと」


 少年は王国の非を謳い上げる。それは、目の前にいるグリードに責がないことを承知の上で。ただ、王国で現実に起きたことを、王国の罪として糾弾する。


「思えば、前の陛下と皇太子殿下の死は事故死と聞く。だが、その真相も究明されないままだ。思えば、その頃から王族の腐敗していたのだ。今の王国政府のどこに正道があるというのか。もはやその愚かさは正視するに堪えない」


 少年は自分の運命を変えた事故を、まるで仕組まれた非道のように謳い上げる。疑惑を抱えたままの、疑惑を晴らそうとしない王国の罪だと言わんばかりに。


「故に、私は王都を脱出し、この地を頼った。だが、常軌を逸した王国の愚かさは、私を助けてくれた者を罪人と断じ、故郷と定めたこの地から全てを奪い去ろうとしている。私はこれを断じて見逃すことはできない」


 少年は王国に大義などなく、ただ愚かだと謳い上げる。降伏などありえないと。見逃すことなどありえないと。


「私はこの地に住まう民の力を借り、民と共にこの地を守る。王国を名乗る匪賊に従う云われなど無い。私は、ここビオス・フィアに新天地となる素地を見出したのだ。故に、我らはここに、匪賊と化した王国に宣戦を布告する」


 そして、少年はこの地を故郷と宣言し。共に非道、愚劣と戦うと宣言する。互いに互いを拒絶しあい、故に妥協点など一切無く。


 この時を持って、ビオス・フィアは独立への戻れぬ道を歩み始める。


――


 グリードが馬を返し、近衛と共に陣に戻るのを見届けてから、城壁を下りる。ふと気付く。手足が軽く震えていることに。自分が緊張していたことに。そして、改めて思う。もう後戻りはできないと。どちらかが勝つまでは、どちらかが負けるまでは、逃げることはできないと。今までとは違うと。


 首を振る。そうじゃない。僕たちは勝たなきゃいけない。勝つまでは負けることは許されないと。逃げるなんて論外なんだと。


 大丈夫。準備は整ってる。勝つまでの道筋だってはっきりしてる。あとは、その道筋を辿っていくだけ。簡単な仕事だ。飛行機を飛ばす方がよっぽど難しい。そう自分に言い聞かせる。


 そうして、城壁から降りて、研究所の前の大通りに移動する。目指すは発進準備を整えたトロア・ミルバス二号機。そして、その先にある王都。その中央にそびえ立つ王城に鉄球を落として損壊させる。この戦争はこの一手が全て。成功させる。移動する馬車の中で決意を固める。



 馬車を降り、機関士席に座る。操縦席にはフレイ。格納庫席にイーロゥ先生。全員が体を座席に固定する。魔法杖を握り、熱空機関を機動する。プロペラが回る。トロア・ミルバス二号機が滑走する。離陸する。目指すは王城。対するはラミリーさん率いる王都守備隊。


 ビオス・フィアの独立をかけた戦争。その戦端が、ビオス・フィアから遠く離れた王都で開かれようとしていた。


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