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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第四章・技術集約点ビオスフィア
32/44

10.第二の故郷

2017.12.25 三点リーダーを修正。


メディーナさん視点です。

「じゃあ、メディーナさん、行ってくるよ」

「ええ、行ってらっしゃい」


 いつもと同じ日々。いつもと同じ挨拶。変わったのは昼食を研究所に届けなくなって、夕食時に迎えに行かなくなった、たったそれだけ。

 戦争の話をしてから三週間、バード君もイーロゥさんもフレイちゃんも慌ただしく動いて。私だけが、いままでと同じように生活をしている。


 バード君たちを見送ったあと、リョウ・アーシさんに声をかけて。いつも通り、護衛の人に挨拶して。馬車に乗って。私の仕事場に移動する。街の中心から外れた所にある貧民街。その片隅にある孤児院へ。


 馬車に揺られながら、今までのこと、孤児院で働くようになったいきさつを思い出す。始まりは二年前、バード君が研究室に通うようになって一月ほどたったある日のことだった。



「働きに出たいって、そりゃ無茶だろ」

「そうですよね、やっぱり」


 リョウ・アーシさんに相談を持ちかけたけど、あっさり否定される。うん。そうだよね、なんと言っても……


「メディーナ殿は、名目上は誘拐犯だ。まあ、誰もそんな事知りゃしないがな。だからって働きに出るのはな。雇用主に迷惑がかかりかねない」


 そう。身の安全はバード君のほうが危ないんだけど、社会的な制限は私の方が大きいんだよね。まあ、今までは気にしなかったんだけど。今はちょっとね。

 私の寝室にこっそり隠してある、バード君の初任給(・・・)のことを思い出して、心の中で溜息をつく。バード君に渡さず、私に渡してくれたリョウ・アーシさんの気配りには感謝してるんだよ。バード君、お金使った事無いし。だけど、このままじゃね……


 私、バード君に働かせて生活してるみたいになっちゃうよ!


「だから、ウチの下働きを手伝ってくれれば、見合った額は出すぞ。まあ、雀の涙にはなるがな」

「いえ。言葉はありがたいのですが、それはやめた方が良いと思います」

「そうだよな……」


 うん。リョウ・アーシさんの屋敷で働かせてもらうのも考えなかった訳じゃないんだ。だけど、お金を渡すために仕事を振ったようにしか見えないんだよね、それだと。正直、今の私たちの立場でお金までもらうのは、私たちにも、リョウ・アーシさんにも、プラスにはならないと思うんだ。

 まあ、働き口を探すのもリョウ・アーシさんに頼るしかない現状じゃ、結局迷惑をかけてることになるんだけど。


「ウチは駄目、研究所もちょっとな。あきらめ……


 リョウ・アーシさんが諦めるよう諭そうとしたところで、発言を止める。あれ、何か思いついた?


「……少し思い当たる場所があるな」



 次の日、リョウ・アーシさんと、護衛の人に囲まれて移動した先がここ。ビオス・フィア中心地区から外れた場所。すぐ隣が自然区画になっている、居住区の端。

 白い道路は汚れてて、ゴミが散乱して。布製の家みたいなものが道路に、庭に、あちこちにあって。道行く人の着るものはみすぼらしくて。


 すごく不思議な場所っていうのが第一印象。見ただけでわかる。ここは貧民街だと。貧しい人に溢れた、影の部分だと。なのに、感じるのは熱気、生命力。私達の住んでる区画とは、同じ街とは思えない、雑然とした風景。白く綺麗な街並みを上書きするように、人、人、人……

 道端で野菜を売る人。肉を売る人。刃物を売る人。服を売る人。履物を直す人。笑い声、怒鳴り声、泣き声。ただ通りに立っているだけなのに、人の持つ感情に圧倒される。

 そんな不思議な場所で馬車を下りて。狭くて細い大通りをくぐり抜けた先に、その場所はあった。


 ビオス・フィア政府直轄孤児院。リョウ・アーシさんが紹介してくれた職場は、生きることだけに全てを注ぐ、そんな人たちが集まる場所の中に佇んでいた。



 初めて来た場所なんだけどね。どこか懐かしさを感じたよ。はしゃぎまわる子供の声。大きな子が小さな子の面倒を見て。不幸な生い立ちのはずなのに、そんなことは感じない、楽しくて、騒がしくて、そして……


 今生きるのに必死な、これから生きていくために必死な子供たちの集まる場所。


 この子たちを見てると思い出す。クローゼ様に見いだされる前の、十年以上昔の、昔の自分を。年下の子たちの面倒を見ながら、下女中(ざつようメイド)として働きに出て。仕事をしながらいろんなことを覚えて。十四才、あと半年くらいで出てかなきゃいけないなんて頃に下女中(したばたらき)として御殿に入ったんだよね。

 あれから色々あって。バード君と出会って。うん、あれは酷かった。挨拶もせずにそっぽを向いて。それから本当にいろんなことがあった。イーロゥ先生と出会って、ラミリーさんと出会って。クローゼ様が亡くなって。王城を脱出して。

 今はフレイちゃんと研究室で研究して。お給料までもらって。始めはどうなることか心配だったけど、今はうまくやってるみたい。それだけは本当に良かったと思う。


 このままだとバード君、他の人を誰も信用しない子になりそうだったから。


 リョウ・アーシさんと初めて会った時の態度。自分のことを利用するようなことを言われて納得してたバード君、ちょっと怖かったんだよ。これから庇ってくれる人なのに、全然信用していないんだから。利害が一致するから納得するなんて、十三才の子供の考え方じゃないよね。

 挨拶とかはちゃんとして、表には出さないから誰も不自然に思わなかったんだけど、それだって子供の考え方じゃない。


 今、ここに来て、昔を思い出して、ようやくわかったような気がする。バード君も生きるのに必死で。必死に考えて。信用できる人とできない人を切り分けて。信用できない人でも態度を取り繕うことを覚えて。

 間違ってないんだよね、それも。今の立場を考えれば。だけど、バード君には、人を信用しないのに外面ばかり取り繕うような、そんな人にはなってほしくなかったから。だから、本当に良かったと、そう思うんだ。


 いけない、考え事にふけっちゃったよ。ちょっと小走りでリン・アーシさん達を追いかける。



 孤児院で、職員さんたちを紹介されて、あんまりな事実に驚いたよ。


 なにここ! 職員さんが男の人しかいないよ! 孤児院だよ! 子供の相手をする場所だよ! ちょっとおかしいよ!


「まあ、そうなんだがな。場所が場所だ。女性を雇うのも難しいんだ」


 リョウ・アーシさんの声に我に返る。……うん。確かに、ここに来るまでに護衛が必要そうよね、ここ。だからって、女性無しはおかしいと思うんだ。


「まあ、そういう訳で、女性の職員が不足してるってわけだ」


 不足なんてレベルじゃないと思うよ? これ。


「通うのには、ウチから馬車と護衛を付ける。……というかな、孤児院の警備にウチからも出してんだ。そいつらに同行する形になるな」


 なるほど。元々通っていた警護の人たちを護衛にするわけね。それならそこまで迷惑じゃないかな。うん、それならいいかな。


「……わかりました。では、ここでお世話になりたいと思います」


 そう言って、頭を下げる。こうして、午後の間だけ、この孤児院で働きはじめることがきまる。



「こら! 待ちなさい!」

「そんな事言われて待つ奴なんかいねーよ!」


 悪戯して逃げる男の子を追いかける。そうだったよ。こんなんだったよ。バード君があんまり大人しいから忘れてたけど。まったく、目を離すとすぐに悪戯して。……よし! 捕まえた。


「私の鞄に、カエルを、そっと、プレゼントしてくれるなんて、嬉しいよ、ほんとに! だから、ちゃんとお礼も受け取ってほしいな!」

「……足はえーな、メディーナ姉ちゃん」

「毎日走ってるからね! ……で、トイレ掃除、屋根掃除、水汲み、どれが良い?」


 悪戯した子供を小脇に抱えて、お礼(ばつ)を並び立てる。さて、どれを選ぶかな?


「……水汲みで」


 あれ、一番きついの選んできたよ。……そっか。この子は外で荷物運びの仕事が多いんだよね、確か。重い物を運ぶのってコツがあるんだよね。そうだね、ちょっと見てあげることにしますか。


「よし。じゃあお姉さんが監視してあげるから、きびきび運んでね」

「えぇ~」


 そうやって、水瓶を運ぶのを見ながら、ちょっとずつコツを教えて。教わる方も真剣で。文句ひとつ言わず。素直に、重い物を運ぶコツを覚えながら、黙々と水瓶を運び続ける。仕事に生かそうとしてるよね、やっぱり。


 ちょっと罰になってない気がするけど。いいよね、たまには。



 思ったよりも給料が良かった。何か、危険手当ても入ってるみたい。いいのかな、なんて思ったけど、素直に受け取っておいた。うん、これなら面目も立つかな。


 バード君よりも多いからね!



 そんな感じで数カ月間働き続けて。始めは少しでいいからお金を稼ごうと思って始めた仕事なんだけど。正直、あの子たちに情が移り始めているのを自覚したよ。

 始めはね、駄目だと思ったんだよ、情なんか込めたら。だって私は、いつまでここに居るかもわからないんだから。この土地を離れる時に、この子たちに情を移したら辛くなるって。

 それでも。目の前で一生懸命生きてる子供たちを見てたら、どうしてもね。自分のことを、バード君のことを思い出しちゃうんだよね。


 そんなことを考えてる時に、外で働いてる子を見て。子供には重すぎる荷物を持たされてる子を見て。怒りを自覚して。何とかこらえて。距離を置こうなんて考えていた自分が嫌になって。


 もうちょっと、自分にできることを頑張ろうって決心したのはこの時。お金のためじゃなくて。あの子たちのためでもなくて。もちろんバード君のためでも無くて。自分が納得できることをしたかった、ただそれだけなんだけどね。



「あの位、別に普通だろ」


 少しずつ、子供たちに外の仕事を聞いて回る。


「大体、俺たちはガキなんだから。仕事に好き嫌いを言うガキに仕事を回す奴なんかいないだろ」


 聞いて回った内容は悲しくて、同時に納得してしまう、そんな話。自分も通ってきた道だからよくわかる。私も離宮に行くまでは他の世界を知らなかったから。

 それでも、気になる事が少しずつあって。どうにかならないかな、なんて思って。護衛の人に頼んで、貧民街を回らせてもらう。活気のある大通り?から路地裏まで。

 路地裏、あれは酷いところだったよ。ちょっと思い出したくないよ。だけどよくわかった。あの子たちをあそこに送ってはいけないって。ちゃんと仕事を覚えて、生活できるようにしてあげないと駄目だって。


 少しずつでいい。できる事でいい。働きにきてる時ぐらいは、この子たちを一番に考えよう。


 そんなことを思いつつ、毎日を過ごす。できることを一つずつ、少しずつでいい、そう心にとどめながら。



「ねえねえ、きかいがお空をとんだってホント?」

「うん。ちょっとだけどね。確かに飛んだよ」

「うそだ~!」「ほら、ほんとだった!」「何でメディーナ姉ちゃんが知ってるんだよ」


 試製飛行機っていうの? バード君たちが機械を空に飛ばした次の日、そんなことを聞かれて。耳早いね、君たち。どこで聞いたの?

 まあいいかな。別に隠すことでもないし。……詳しく話したくても良く分からないんだけどね。


「えっとね。お姉さん、飛行機を飛ばした人たちと一緒に住んでるから」

「マジ?!」「「うそ!」」


 ……なんか、すごい驚き方だね。そんなに凄いのかな?


「ねえねえ、そのひと、どんなひと?」


 そんなことを聞かれて。ちょっとむず痒い気分だね、自分のことじゃないんだけど。よし、今日はバード君とフレイちゃんのことを語ってみますか。


「えっとね。一人はバード君っていう男の子でね、もう一人は……」



 あんまりな事実に愕然としたよ。不意打ちだよ。突然だよ。


 バード君、すごい昇給してる!


「そりゃな。きっちり実績をあげたんだ。今までのままって訳にゃいかねえだろ」


 リョウ・アーシさんに説明してもらう。どうも、今までは研究者見習いとして雇われていたらしい。そうだよね、雇われてたというよりは、フレイちゃんの所にお邪魔していたって感じだったし。むしろ、給料でるの?!って思ったくらいだから。

 それがこの前、試製飛行機を空に飛ばしたことで評価が一変、研究者としての肩書きもついたみたい。

 フレイ・ウェイ研究室所属上席研究員。それが今のバード君の肩書。今までは研究員補佐見習いだったみたい。うん、私よりも月給が低かった理由は良く分かったよ。

 ついでに。フレイちゃんは、今までは一般研究員だったみたい。研究室室長代理を兼務してたけど。代理ってわざわざつけるあたり、あんまり偉くないよね。それが今は、フレイ・ウェイ研究室室長兼主席研究員。代理の文字が無くなったよ! 主席研究員って、すごく頭良さそうだよ!


 主席研究員って、その分野の第一人者にならないと付けられないんだって。今までは飛行機の研究が認められてなかったから、立場が低かったんだけど。今では研究が認められて、肩書もそれに合わせたものになったと、そういう話みたい。


 だからって、突然、二倍以上も給料が上がるなんて。私の給料の二倍近い額だよ、これ。……そうだね、素直に喜ばないとね。バード君が認められた証拠なんだから。


 ……悔しくなんかないからね!



 リン・アーシ旗頭! ビオス・フィアの指導者! 一番偉い人! なんでそんな人が目の前にいるの?!


「まあ、そう緊張なさらないで下さい」


 無理だよ! いわばここの王様みたいな人だよ! 落ち着けないよ! なんでこんな貧民街にある孤児院なんかに来たの?!


「今日はすこし、バード王子のことを伺いたくて、足を運んだのですが」


 えっ! バード君、そんな人も注目してるの?


「まあ、この孤児院も私の管轄でしてね。たまに足を向けるのも良いかと思いましてね」


 ふうん、そんなものなのかな? ちょっと疑問に思いつつも、バード君のことを話し始める。


――


 目的を果たし、孤児院から立ち去る際、リン・アーシは孤児院の院長との会話を、資料室で見た、メディーナの出した嘆願書を思い起こす。子供の目線に立って、何ができるかを書き綴ったその内容を。


「力仕事を選ぶ子のために、楽な持ち方を教えてあげれないか」

「下働きを選ぶ子に、料理、洗濯とかをしてもらったほうが、本人のためにも良いのでは」

「野菜や果物の値段を知れば、それだけ働き口も広がるのでは」

「カエルをいたずらに使うのを止めさせるために、カエルを飼ってみてはどうか」


(本人は、つまらない内容などと話していたそうですけどね。そう言いながらも続ける地道さこそが得難いのですけどね)


 リン・アーシは思う。大量に出されたその嘆願書からは、彼女の人柄が伝わってくるものばかりだったと。嘆願書だけで無い。子供たち一人一人について特徴が書かれた資料、貧民街で働き口になりそうな場所を記した資料。初めは彼女によって記され、今は専用の職員を雇い、管理されるようになったそれらの資料、それら全てが彼女の人格を示し、彼女に育てられた王子の人格を証明しているのだと。


(イーロゥ殿の提案は興味深い。ですが、あの計画では王国を攻撃する口実には弱いのです)


 来た敵を追い返すだけでは駄目だと。君側の奸を非難するのは独立する理由には向かない。交渉しだいで独立することも可能だろう。だが、臣下の罪を問うよりも、王国そのものの(・・・・・・・)非を問う方が確実なのだと。


(まあ、イーロゥ殿はそのことをわかった上で、あえてそう提案したのでしょうね)


 ビオス・フィアには王国の非を問うべき理由が無い。だが、バード王子なら。彼には王国の非を問う理由がある。資格がある。


(リョウ・アーシから、バード王子が権力を望むような性格では無いと伝え聞いている。なら……)


 リン・アーシは隣国サバン共和国の王家を思い浮かべる。王選より選ばれた国王が、自分を支持した貴族院と契約を交わす特殊な政治形態。人の上に立つだけの王。同時に、傀儡とは異なる、下からの支持を頼みとする王の形。その支持も、王子なら、ビオス・フィアを独立に導くことで得られることは想像に難くない。

 王子が権力を望まないのであれば。ビオス・フィアが彼の下につき、彼の理由で戦うのが最も良い形で独立できると、そうリン・アーシは思考を重ねる。


(一度、王子と対話すべきでしょうね)


 そう、リン・アーシは結論を出す。そうして彼は、日々の仕事に戻っていく。


 結局、想定以上に早い討伐軍の出兵により、リン・アーシとバード王子の会談は成されることはなかった。だが、この構想により、バード王子は開戦の口上を上げることになり、また、独立直後に少しだけ、ビオス・フィアに混乱を招くことになる。


――


 仕事に戻って、ふと思ったよ。リン・アーシさん、わざわざバード君のことを聞くためだけにこんな場所まで来たのかなって。リョウ・アーシさんの屋敷の方が近いだろうに。偉い人の考えることは良く分からないよ。


 うん、考えてもしょうがないよね。それより、仕事、仕事と。



 またバード君の給料が上がったよ! 今度は主席研究員だって!


 もう、私どころかイーロゥさんの給料も超えてるよね、これ。それに、給料が上がった理由。バード君が担当してた、動力機械?、これが完成したからみたい。珍しく、無理をして倒れたバード君を叱った日があったんだけど、その時に成果を出したんだって。


「いや、叱って当たり前だと思うぞ、あれは」


 その言葉にちょっとホッとしたよ。もしかして、叱ってはいけなかったかな、なんて思ったから。……離宮のころはそんな事考えたこともなかったのにね。ちょっと調子狂うなぁ。



 色々な事があって、それでもいつも通りの日々が続いて。まだまだこんな日々が続くと思っていた、そんなある日のこと。全てが一変する知らせが舞い込んでくる。平穏が争乱に変わり、そして……


 子供だと思っていたバード君が。立派に成長してたんだと知った、そんな一日だった。



 リョウ・アーシさんから、討伐軍のことを聞かされる。イーロゥさんが戦争の話をして。フレイちゃんが、バード君が決意を固めて。


 討伐軍のこと、城外街のこと、いろんなことが頭をよぎる。起こった変化はあまりにも突然で。イーロゥさんの話を聞いて。フレイちゃんの怒った態度を見て。何よりも、バード君の覚悟のこもった想いを聞いて。


 反対なんかするつもりは無い。みんなが頑張って、考えて、決めたことだから。手繰り寄せたことだから。

 悲しい訳じゃない。悔しい訳でもない。なのに涙があふれてきて。流れそうになるのをこらえて。感情を抑えて。私はただ、黙って話を聞いていた。



 貧民街に馬車が到着する。思い出を振り払い、馬車を下りて、いつも通り、貧民街を抜けて孤児院に到着して。いつも通り、仕事を始める。


 いつもと同じ、はしゃぎまわる子供たち。戦争のことなんか関係なしに、どこまでも騒がしく、どこまでも元気に、トロア・ミルバスの玩具で遊ぶ子供たち。

 バード君たちがトロア・ミルバスを飛ばした次の日、子供たちのはしゃぎかたは以前の比じゃなくて。みんな、半日の間空を舞い続けた、空を飛ぶ機械を見てて。話題はそれ一色だったんだよね。

 話をせがまれて。絵を描いた子がいて。器用な子が模型を作り始めて。材料はみんながお金を出し合って。気が付けば、一台の玩具が出来上がって、みんなのお気に入りになってて。

 たまに取り合いになりながら、今もその玩具で遊んでる。


 ラミリーさんとバード君たちが戦うことについて、何も思わない訳じゃない。それでも。バード君の気持ちは良く分かるから。みんなのことを考えて決意したんだってわかるから。

 今は敵かも知れないけど、ラミリーさんならきっと、今のバード君を見て、価値があると、そう思ってくれると信じて。


「それ~、宙返り~」

「「まて~」」


 目の前で、飛行機の玩具で遊んでいる子供たちを見て、一つだけ、思うことがある。


「そろそろ僕にも貸してよ~」

「捕まえられたらな! それ~」


 バード君はよそ者なんかじゃ無い。ここの子供たちが憧れるような、ここの人達に夢をあたえるような、そんな存在になってると、そう思う。

 だから、きっと、バード君はもう、ここの人間なんだと。ビオス・フィアの人間なんだと。自分の力で、ここの人たちの希望になったんだと。


 この戦争がどんな結果になるかはまだわからないけど。上手くいったら、バード君をこの子たちに会わせてあげて。バード君にこの子たちを会わせてあげよう。きっと、バード君にとっても、この子たちにとっても、いい体験になるから。


 だから、いい結果になりますようにとお祈りをして。


「こら! 独り占めしちゃだめ! ちゃんとみんなで使いなさい!」


 開戦を目前にして。私は戦いにでるわけじゃないけど、それでも。どんな結果も受け止められるよう覚悟を決めて。普段通りの一日を精一杯。きっと大丈夫と心の中で繰り返して。できることを一つずつ、頑張って。そんな一日を今日も過ごす。


 討伐軍は既にビオス・フィアの目前。開戦の日はすぐそこに迫っていた。


第四章はここまでとなります。

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