2.第四王子バード 上
2016.8.12 誤字修正
2017.12.24 三点リーダーを修正。
その日の朝もバード・パラノーマ第四王子は、戦闘術の師であるイーロゥに教わった自主鍛錬を行っていた。彼はこの鍛錬を日課として、一日も欠かすことなく行っている。
今、彼は魔法杖を振るう訓練を行っている。魔法を発動させるための手順は多い。それらを一つ一つ、心の中でなぞりつつ、何十回、何百回と杖をふるい、魔法杖の扱いを体に覚えこませる。彼は、その単調な繰り返しを、今日も飽きることなく続けていた。
◇
魔法杖の訓練は、「セット」「チャージ」「アイム」「ブロウ」「アクト」、この工程を意識しながら振ることが大事なこと。僕は心の中で先生の教えを思い起こす。そして、いつものように、まずは各工程での体の動かし方や注意することを思い浮かべつつ、両手で杖を持つ。右手は杖中央のグリップへ。左手は杖の終端へ。
「セット」、つぶやきながら、杖を斜め下に向ける。左手を強く握る。杖の中の魔弾が先端部に落ちる。注意することは魔弾が落ちたときの音、衝撃。いつも通りであれば良し。違えば、装弾できていない。いつも通りの音、衝撃。良し。
「チャージ」、右手は杖を握る拳に集中。炎の魔法を意識する。そのまま。5秒。拳に魔法の感覚、続いて杖に魔法が吸われる感覚。注意するのは魔法の感覚、吸われる感覚。いつも通り。良し。
「アイム」、杖は右斜め後へ。目線は的のまま。意識は発動魔法に変更。
「ブロウ」、杖を振りぬき、魔弾を投擲。
「アクト」、魔弾を目で追う。左手の握りを弱める。杖は斜め下に。次の「セット」ができる姿勢か? 良し。
最初はこうやって、考えながら、確認しながら、杖を振るう。そのあとは、的に当てることに集中しつつ、杖を振るう。
◇
本物の魔弾で魔法の練習するのは危ない。だから、訓練場以外で魔法の練習をする場合、魔法が発動しない魔弾を使う。自主訓練用に借りた「練習用の魔弾」は10発。ちょうど魔法杖に給弾できる数だ。
魔弾の残弾がなくなるまで投擲を繰り返し、一息つく。的の周りに散らばった「練習用の魔弾」を集めながら、ふと思う。
イーロゥ先生は不思議な人だ。あの人の言うことはなぜか聞いてしまう。メディーナさんに、他の授業も真面目に受けなさい、なんて叱られることもあるけど。他の授業をさぼってるわけじゃない。イーロゥ先生の教え方が上手いからそうなってしまうだけだと思う。
そうして、3年前、僕がまだ8歳の子供だったころを思い起こした。
◇
初めて先生に会ったときは、すごく怖そうな人だと思った。だって、あんな大きな人、いままで見たことなかったから。
先生との初めての勉強の時間、「まずは体を動かしてもらう」なんて言われて。すごく走った。跳んだ。杖を振ったりもした。多分、今までで一番、体を動かした。
もっとちゃんと言ってよ、これはそんな一言で済ますことじゃないよ、と後で思った。あのときは息があがって苦しくて、それどころじゃなかったけど。
その後も、先生の勉強、違う、訓練は、いつも、「走って、跳んで、杖を振る」だった。でも、なぜか楽しかった。
楽しかったから、先生との訓練は、いつも一生懸命だった。頑張りすぎて、次の授業、ぼんやりすることもあったけど。訓練で注意されたことを思い出して、次はこうしよう、とか考えたりもした。
ある日、先生が「毎日、早起きして、すこし走りなさい」なんて言い出した。えー、そんな勝手なー、とか思っていたら、「体力をつけるためには、毎日、こつこつと積み重ねるのが大事だ」とか言われて。あと、もう少し体力があると色んなことができるようになる、とか、ちょっと怖い顔をして言ってくる。
わかった。わかったよーー。
◇
で、いつも朝起こしてくれる、側付きのメディーナさんに、朝、早めに起こしてくれるようお願いした。
「おばさんじゃない。お姉さん、でしょ」
しまった。うっかり「メディーナおばさん」って言っちゃった。
「いい? お姉さんは! 19才なのよ! じゅう!! きゅう!! さい!!!」
おばさん、ってよぶと、いつもこうなんだ。
「私は! まだ! ハタチにもなっていないの!」
ぜったいに、おばさんだとみとめず、
「若いのよ!」
すごい剣幕で、言い立てるんだ。
「若い女のひとを『おばさん』なんて呼ぶのは!」
だいたい、母さんとそんなに違わないのに、
「すごく! 失礼なことなのよ!」
お姉さんなんて、むりがある。なのに、ムキになって、止まらない。
「わかった?」
「はい。メディーナお姉さん」
…………
「で、なんで早起きしたいの? お姉さんに教えてくれる?」
やっと、早起きの話に戻ってきたので、イーロゥ先生にそう言われたことを話した。そしたら、ちょっと心配してくれたみたい。
「朝の運動かぁ。うーん。早く起こしにくるのは大丈夫よ。でも、バード君は大丈夫?」
「大丈夫って?」
「バード君、あんまり体動かすの、得意じゃないよね? 普段だと、こう、『走りたくないー』とか、駄々をこねそうな気がするのよ。なのに、言われたとおりにしようとしてるから。イメージとちがう? そんな感じがするのよね」
あー、うん。なんとなくわかる。
「イーロゥ先生、すごく真面目そうな人だから、やると決めたことは、ちゃんとやらないと怒る気がするの。『今日はやだ』とか、冬になって『寒いからやだ』とか言ったら、大変なことになるよ?」
やばい。ぼくもそう思う。でも……
「だから、大丈夫かなって。走るがの嫌だったら、『ごめんなさい』言いにいかない? 私と一緒に行けば怒られないと思うから」
でも、なにか違うんだ。うまく言えないけど。自分でもよくわからないんだけど。でも、メディーナさんなら、多分わかってくれると思う。だから、話さなきゃ。
「大丈夫。ちゃんと走るから大丈夫」
「先生に『毎朝走りなさい』って言われたとき、えーっ、て思ったんだ。けど、嫌だ、と思ったわけじゃないんだ、なんていうか……」
「そしたら、先生は、今の体力ではできないこともできるようになる、って言って。多分、先生は、ぼくにもっと教えたいことがたくさんあると思うんだ。だけど、ぼくがすぐにバテるから、教えることができないんだ」
「だから、毎朝走って、体力をつけて、バテなくなれば、もっといろいろ教えれる。だから『毎朝走りなさい』なんて言ったと思うんだ」
ここまで話して気付く。そうだ。先生は、「もっといろんなことを教えるために」ぼくに体力をつけてほしいんだ。
「先生が、ぼくに教えてくれようとしてるのに、教えれないんだ。ぼくに体力がないから。だから、先生がぼくに教えるためには、ぼくが運動しなくちゃいけないんだ。いや……」
違う。そうじゃない。そうだ。何でわからなかったんだろう。先生がぼくに教えれないから、じゃない。そうじゃなくて。
「ぼくは、先生からもっといろんなことを教えてもらいたい。だから、そのために体力をつけたいんだ」
◇
その後、もう少し話をして、メディーナさんと一緒に走ることになった。すこし嬉しかったけど、メディーナさんこそ、大丈夫って聞いたら、「最近運動してないから、むしろちょうどいい」とか言ってた。
で、朝、いつもと違う服だった。別人みたいだった。「メイド服で運動は無理よ」、それはそうなんだけど、なんかおばさんじゃなくなってびっくりした。「だからおばさんじゃない。お姉さんよ!」。しまった。またやった。
あやうく、走るどころではなくなるところだった。
…………
走り終えたところで、少し話をした。
「バード君、イーロゥ先生の授業、すごく良い子ぶってるでしょ?」
「ええ?」
「授業のことで、すこし話をしたのよ。そしたら、バード君のこと、すごいべた褒め」
「……なんで?」
バテてばかりだったと思うけど……
「前向き、真面目、頑張り屋、いい生徒に恵まれた、とまで言ってたわ」
「言われた通りのことをやってただけだと思うけど」
メディーナさんは、すこし考えたあと、一言。
「あの人、実は変な人なのかもしれないわね」
イーロゥ先生、ごめんなさい。ぼくもそんな気がしてきた。
◇
あれから、朝のランニングは毎日行っている。ただ、僕はその他の自主訓練も始めたため、朝は自分で起きて先に自主訓練を始め、それが終わってからメディーナさんと一緒に走る形になっている。
たまに寝坊してメディーナさんに怒られるけど。
◇
3年前のことを思い起こしているうちに、魔弾を集め終わっていた。思い出に浸るのを中断して、集め終わった魔弾を魔道杖に給弾し始める。
給弾し終わったところで、終端を強くにぎり、魔弾が魔法杖の先端に「セット」されることを確認して、セットされた魔弾をもう一度魔道杖に給弾する。準備完了。
時計を見ると、そろそろメディーナさんがやってくる時間になっていた。
(やば、思い出にひたってたら、時間が経ってた)
今からもう一回、練習をするのは無理だろう。開き直った僕は、木陰に腰をおろし、メディーナさんが来るのを一人待ち続けた。