表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第四章・技術集約点ビオスフィア
27/44

5.Boy meets girl and wing.

2017.12.24 三点リーダーを修正。


バード君視点です。

「……バード君。何冊借りていくつもりかな?」


 メディーナさんが、ちょっと呆れたように声をかけてくる。


「うん。とりあえず十冊」

「とりあえずって……」

「いい動力機械が無かったら、もう一回借りに来るつもりだから」


 僕は今日、飛行機の動力に適していそうな機械を調べに、メディーナさんと一緒に図書館にきている。本当はイーロゥ先生も一緒の方がいいんだけど、先生は研究所で魔法を教えないといけないから、送り迎えだけにしてもらってる。で、何かあったらいけないからと、メディーナさんが一緒に来ている、そんな状況。


「まあ、図書館の中にいれば大丈夫だろう。目立たないようにしているが、警備はしっかりしているからな」


 イーロゥ先生がそんなことを言ってた。ちょっと気付かなかったんだけど、入口だけじゃなくて、要所要所に警備の人が配置されているらしい。

 ……うん。言われてみると、私服なんだけど、本棚の方には目をむけず、決まった場所を歩いてる人がちらほらいる。多分、あの人たちが警備の人なんだろうなって思う。


「それだけ読むのに何日かかるの?」

「うん? 読むだけだから、三~四日くらいじゃない?」


 そんな返事を返しつつ、本を読み始める。まずは基本の「機械技術概論」。この隣の国の聖典は一通り解読されてるんだけど、実現ができていない機械も多い、そんな感じ。

 まずは、ここからよさそうな機械を探して、次にその機械が作られているかを確認する、そんな手順を考えてる。

 メディーナさんが淹れてくれたお茶に口をつけつつ、本を読み始める。


 ……


「メディーナさん、ちょっと良いかな?」

「えっと、何?」


 区切りまで読んだところで、メディーナさんに声をかける。


「この、内燃機関って機械なんだけど?」

「ナイネンキカン?」


 あ、なんかダメっぽい。機械の名前だけで「わからないよ!」って言ってる気がする。……でも、今は他に人がいないし。まあいいや、聞くだけ聞いてみよう。


「油を燃やして動力を得る機械なんだけど。ちょっと油の燃やし方が特殊なんだよね。で、……、……」

「………… ? ?? ?!? ??!」


 うん。やっぱりダメだ。……イーロゥ先生だったら、ちょっと聞いてきた後に調べて、色々なことを教えてくれたり、色々意見を言ってくれるんだけど。いないのならしょうがないよね。


「……よくわからないけど、油を燃やすのよね? それで物が動くの?」


 あれ、意外と通じてた。


「うん。けど燃やすってよりは爆発させるみたい」

「……あれかな。揚げ物のときに水を入れると飛び散るみたいな」

「えっと? 揚げ物って、料理の?」

「そうよね。バード君は知らないよね。……もっとも私も揚げ物なんて作ったことないけど」

「そうなの?」

「油は高価なのよね、お肉と一緒で。私が料理していたのは孤児院の頃だから、ちょっと作る機会がなかったのよ」

「ふうん。じゃあ、なんでそんなこと知ってるの?」

「離宮の料理人さんがそんなことを言ってたの。油に火がついても水をかけちゃいけないって」

「そっか。じゃあ、油を燃やして爆発させることはできるんだ?」

「機械のことはちょっとわからないよ。だけど、普通物を燃やす場合は薪か木炭だと思うよ。あとはろうそくぐらいかな。……そうそう、ここ、油がすごくお買い得だよ。夜の明かりが油灯(オイルランプ)なのはそのあたりが理由かも」

「ここって、ビオス・フィア?」

「そう。冷めても固くならない油なんだけどね。すごく安いの。リョウ・アーシさんに聞いたら、なんか植物から作ってるんだって」

「ふうん。他の場所はどうなんだろう」

「王城内はろうそくかな? 城外街がちょっと分からないんだけど、大通りなんかは常に明るかったよ。なんか魔法で光らせてるって、ラミリーさんに教えて貰ったよ。交代で、夜に魔法をかけ続ける人がいるって」


 そっか。機械にばかり目がいってたけど、こうやって聞くと、燃料の方が問題かもしれない。……魔法か。そうだよね。油を爆発させなくたって、爆発魔法でもいいかもしれない。うちでも、薪を燃やすより魔法の方が便利って言ってるんだし。

 ちょっと思ってたのと違うけど、すごく参考になった。メディーナさんに参考になったってお礼を言う。なんかメディーナさん、なんでお礼を言われてるのかわからないような感じだった。



 頑張って色々な動力機械を調べたんだけど、良さそうな機械はみんな実用化されていなかった。まあ、実用化されてたら、飛行機だってきっとどこかでつくってるよね。

 それでも、使えそうな機械を探して、ひたすら本を読み漁る。そして、なんとか可能性のありそうな動力機械をフレイに伝える。


 今日で三月も終わり。二月の終わりくらいから始めたフレイの手伝いは、そろそろ一ヵ月になる。僕は、飛行機が空を飛ぶまでずっと、フレイと一緒に飛行機を研究するんだろうと思って疑わなかった。その想いは現実となって。その想いはフレイも一緒で。

 ただ、飛行機を飛ばすためにフレイと一緒に駆け抜ける、そんな毎日の始まりだった。



 フレイとイーロゥ先生とで、動力機械のことを相談する。


 燃料の問題。例えば蒸気機関(スチームエンジン)なんかだと水蒸気を作って水に戻すのを繰り返す。当然、百度を超える温度で熱して、水に戻るまで冷やさないといけない。

 普通は薪や木炭を燃やす訳だけど、魔法で出来ないかと。


「そうね。むしろ魔法を使うべきだと思うわ」


 フレイの意見は、まず燃料を積まない分軽くなること。あと、飛行機は傾いたり、真横をむいたりする機械だから、薪や木炭を燃やすのは危ないと。

 イーロゥ先生も同じ意見。だけど一つ、びっくりすることを教えてくれる。


「冷却も魔法で可能だ」


 どうも、あまり戦闘に使わない魔法だから教わってなかったけど、冷却魔法っていうのがあるみたい。間違いなく氷点下まで温度が下がるらしい。そうすると、今度は冷やしすぎだけど。

 ……そうでもないかな。


「それだと蒸気機関(スチームエンジン)は無理かも。でも、熱空機関(ホットエアエンジン)なら大丈夫だと思う」


 候補にあげてた二つの機械。蒸気機関と熱空機関。


 蒸気機関は水蒸気を使って動力を得る。熱空機関は空気を使って動力を得る。蒸気機関の方が効率は良いけど、熱空機関は作るのが簡単で、しかも温度差が大きいほど出力が大きくなる。

 だから、魔法でそこまで冷却できるのなら、熱空機関の方が良いかなって思う。

 そんなことを考えていると、フレイが素朴な疑問を口にする。


「……魔法って、二つ同時に使えるの? あまり重量は増やしたくないから、乗る人数は減らしたいんだけど」

「ああ、可能だ。少し特殊な技術になるがな」

「……動力は王子の担当よ。できれば、王子に動力を操作してもらいたいんだけど」

「ああ。バードなら十分可能だろう」


 ……えっと。イーロゥ先生が言ってるのって、料理している時に「血液の流れを掴めば」とか「右手、左手の体温を上げるようなイメージを……」とか言ってたやつだよね?

 ちょっと待って! あれを僕がやるの? できるの? っていうか、なんで先生が安請け合いするの?!

 そんなことを考えてる間に、フレイが同意の言葉を発する。


「そう。じゃあ大丈夫ね。よろしく、王子」


 なんか勝手に決まっちゃったよ。大丈夫かな……



「まずは呼吸。次に手足の力を抜き、体温を感じ取り、最後に心拍を意識する。そうすることで、体から徹底的に力を抜き、意識を空にした状態を作るのが第一段階だ」


 この前に聞いた時とは違って、丁寧に教えてくれる。意識を空にすると、体の中の魔素を感じ取れるようになるって。普通に魔法を使う分には、体中の魔素をつかって魔法を発動するんだけど、並行に魔法を発動する場合は、魔素を部分的に使えなきゃいけない。だから、まずはそのための感覚を覚えるのが先って言ってた。

 今までの訓練と違って、体を動かさない、心を落ち着かせる訓練。寝転がってもできるから、毎日寝る前とかにするのがちょうどいい。ただ、昼間研究に熱中しすぎると、心を落ち着かせるのが難しくなる。

 大丈夫、まだまだ動力機械がくるまで時間はたくさんある。一つ一つ、確実に覚えていけばいい。今までだってそうしてきたんだから。


 そうして、ゆっくりと、だけど着実に、デュアルキャストに必要なことを覚えていく。



 研究所の大型機械実験室っていう場所に、僕とフレイとリョウ・アーシさんが集まる。一階にあるこの部屋は、専用の入り口があって、二階分くらいある高い天井と広さが特徴の場所。 

 今、その広い場所に熱空機関が置かれてる。共和国でしか作れない、最先端の動力機械。

 僕たちは、感慨深げにその大型機械を眺めてた。


「とりあえず準備してみたが、本当にこんなものを積んで空を飛ばすつもりか?」


 リョウ・アーシさんが僕にそんなことをたずねてくる。僕はひとつ頷き、答えを返す。


「もちろん。思ったより大きかったけど」

「そうね。これを積んで飛ぶのはちょっと先かもね」

「……俺は正気を疑ってるけどな。まあ、飛行機以外にも有用ってんなら、失敗しても学ぶことはあるだろ」


 リョウ・アーシさんは、どちらかというと、単純に動力機械の研究に価値があると考えてるみたい。馬車より進んだ輸送手段ができれば、ビオス・フィアに取っても有用この上ない、その心臓部の技術なら研究する価値がある、そんなことを話してた。


 少しずつだけど、魔素も感じられるようになってきて。フレイもプロペラの大型化と改良に目処をつけて。

 もう六月も半ば。いつの間にか、花が咲いて、散って。木々は青々と生い茂って。寒さが暖かさに変わり、暑さの入り口にさしかわる。そんな季節になっていた。



「私も魔法が使えるようになれる?」


 フレイがそんなことをイーロゥ先生にたずねる。答えはちょっと意外だった。


「訓練すればな。まあ、二ヵ月程度で使えるようになると思う」


 あれ? メディーナさんの時、もっと早かったよね。確か一週間くらい。フレイだとなんでそんなにもかかるんだろう?


「まあ、半分は勘だがな。まず、体を動かしなれてない人ほど習得に時間がかかる」


 ……そうだね。フレイ、ちょっと体の動かし方、不器用だよね。メディーナさんよりも。

 メディーナさん、細身だけど御殿の時は普通に水瓶とか運んでたから。力がある訳じゃないんだけど、重い物の持ち方とか知ってる、そんな感じかな?


「あとは体力だな。持久力のある者ほど魔法は扱いやすい」


 ……それも初めて知った。もしかして魔法って、結構運動能力が大事なの?

 そんなことを考えてると、それを裏づけるような説明が続く。


「魔素は呼吸で体内に取り入れ、血液で循環し、筋肉に蓄えられる。そして、持久力がある人間ほど蓄える量が増える」

「……メディーナさん、そんな筋肉ついてないわよね?」

「見た目はな。毎日結構な時間走ってるんだ。ああ見えて持久力はなかなかのなものだと思うが」

「……つまり、魔法を使いこなしたかったら、メディーナさんと同じように走った方が良いのね」

「そうなるな」


 次の日から、フレイも朝のジョギングに参加する事になった。

 ……そんなに魔法が使いたかったのかな。



 ……ちょっとフレイ、体力なさすぎだと思うんだ。5分もせずに息が上がって走れなくなったフレイをみて、始めに思ったのはそんなことだった。


「とりあえず休もうか」

「……」


 声も無くコクコクとフレイが頷く。木陰まで移動しようとすると、メディーナさんが声をかけてくる。


「じゃあ、私達はちょっと一周してくるから。バード君、フレイちゃんのことよろしくね。……ほら、いくよ、イーロゥさん」

「……しかし……」

「い・い・か・ら! ほら!」


 そんなことを話しながら、メディーナさんとイーロゥ先生は先に走り出す。

 ……あれ? イーロゥ先生、僕から離れちゃっていいの? たしか護衛も兼ねてたとおもうんだけど……


 そんなことを考えていると、ようやく息が整いだしたフレイがたずねてくる。


「いつもこんなに走ってるの?」

「こんなにっていうか、まだ300メートルぐらいだけど。いつもはこの十倍くらい走ってるよ」

「十倍! それはちょっと大げさじゃない?」

「むしろ少ないよ。今はメディーナさんがいるからその位だけど、僕とイーロゥ先生だけの時はもっと走ってるから」

「……よくその後で研究なんてできるわね」

「ちょっとくらい運動した後の方がかえって進む気がしてるけどね」

「そうなの?」

「うん。実際、たまに走りに出てるし」

「そう。……私には理解できないわ」

「フレイも試してみると良いよ。……メディーナさんたち、こないね」

「そうね(ちょっと余計なお節介よね)」

「ん? 何か言った?」

「別に。……もう大丈夫。走るわよ」

「えっ、でもメディーナさんたちは……」

「どうせ同じ公園内だから大丈夫よ。それよりも、もっと走らなきゃ。……まずは置いてかれないようにするんだから」


 そういって、フレイは立ち上がって走り出す。慌てて追いかける。


「ちょっと! ……まずは息の仕方。無茶苦茶だよ。体の動きに合わせて」


 その声に、フレイの息がリズムを刻み始める。それに合わせて、ばらばらだった腕の振りや足の動きが規則だったものに変っていく。


「そうそう。で、ちょっと速すぎ。別に走るくらいの速度でいいから……」


 そうして、一つ一つ、フレイに走りかたを教える。イーロゥ先生の言葉を思い出しながら。


 ふと思う。僕の周りに、年が近い人っていままでいなかったなって。離宮にいる時はほんとに誰もいなかった。兄さんたちがいるって話だけど、僕は母親が違ったから。側室の子供とは違うからって。ほとんど会うこともなかった。

 ビオス・フィアに来て。公園でお昼ごはんを食べるようになって。初めて年下の子供や同じ年くらいの人を見かけるようになって。


 フレイが、同じくらいの年で初めて親しくなった人なんだなって。今になって初めて気付いた。


 僕よりも少し小さい身長。頭が良くて、色んなことを知ってて。飛行機のことになると人が変わって。そんな時はちょっと短気で、ちょっと頑固。体を動かすのが苦手で。今もちょっと苦しそうにしながら走ってる。


「……何?」

「! ごめん、なんでもないよ!」


 気が付いたら、無言のまま、フレイのことをじっと見てて。慌てて前を向き直る。……だけど、ちょっと気になって。少しずつ、ほんの少し、だけど何回も。フレイを気にしながら、並んで走り続ける。

 息が上がったら休憩して。走り方のことを教えて。リズムよく。ゆっくりと山吹色の髪を揺らして。


 あとになって、なんで慌ててあやまったのか、ふと疑問に感じた。



 フレイの研究室で、少しずつ研究を進める。最初は飛ぶことだけを考えた飛行機をつくることに専念する。人を乗せず、舵もない、ただ飛ぶだけの飛行機を。

 僕は動力まわりから。動力機械で生まれる往復運動を回転に変えるクランク。軸受けは新型馬車で使われてるのをそのまま流用。フレイの担当する胴体に乗るように、相談しながら。

 フレイの方は、プロペラを一つずつ、翼にとりつけるように変更する。それぞれを逆方向に回すことで、機体が回転するのを防ぐために。僕の方にも影響する話だけど、そこまで難しい訳じゃない。


 一つ一つ、こつこつと。図面を引き、模型をお願いして。最初は何かする度に調べて。

 気が付けば十月。暑さが和らぎ、公園の木々も色付きはじめる。図面を引き終わったのは、そんな秋の日のことだった。



 そうそう。フレイも魔法が使えるようになった。いつの間にか、自分用の魔法杖まで手に入れてて。どうも、熱空機関に使う魔法杖を城外街から取り寄せた際に、一緒に買ったらしい。初めはお茶を淹れるだけなのに目を輝かせてたりして。

 だけど、いつの頃からか、僕が淹れるお茶を飲んでから考え事をする事が多くなって。メディーナさんにお茶の淹れ方を教わるようになって。最近は僕の分のお茶も一緒に淹れてくれる。

 ……まあ、メディーナさんの淹れ方だと、沢山出来るからね。


「ふう。ちょうどいい時間だわ。ちょっと休憩ね」


 そうそう、こんな感じ。


 フレイが資料から目を離して席を立つ。部屋の隅のテーブルに置いてあるティーピッチャーに水を入れてお湯を沸かす。その様子をそっと眺める。淡い青色の作業着。壁には白いコートが掛かってる。

 壁際の机の上には、公園で見た飛行機。フレイがいつも点検し、飛ばせるようにしている、フレイの大事な飛行機。フレイの原点。


 ふと思う。僕はまだ、あの飛行機を飛ばした事が無いんだなって。そう思ったら、自然と次の言葉が口から出てた。


「僕も、フレイの飛行機を飛ばしてみたいんだけど、良い?」

「? ……~! ええ、そうね。一度、自分で飛ばすのも良いと思うわ」


 一瞬だけ。きょとんとした後笑いかけて。ちょっと慌てた感じでフレイはそう言った。



 公園で、フレイと二人。フレイの飛行機を手にもって。僕の手から飛行機が飛び立つ。真っすぐに上昇する飛行機を、二人でただ見守る。

 ゆっくりと宙を舞う飛行機。ゆっくりと弧を描き、上昇と下降を繰り返しながら。あの日と同じように飛ぶ飛行機を、並んで。

 飛行機を見るフレイは真剣で。色付き始めた木立に囲まれた公園の中。飛行機を見ながら。少しだけフレイを見ながら。何も考えず、ただ飛行機を目で追い続ける。


 ……気が付くと、今までの日々が頭に浮かび、消える。


 王城の中庭で、一人鳥をじっと見ていたこと。

 イーロゥ先生と一緒に鳥をじっと見ていたこと。

 わがままを言って、王城書庫で鳥の勉強を始めたこと。

 そのまま入り浸って、勉強を続けたこと。

 この公園で飛行機を初めて見たこと。


 そうそう、フレイと初めて会った時、色々言ったっけ。うん、あの時はちょっと興奮してた。無茶苦茶だよね、生き物と機械を一緒にするのは。だけど、あの時は黙っていられなかったんだ。何でだろう?


 そうだ。いままでずっと手を伸ばしてたんだ、届かないと知ってて。でも、今は違う。あの時直感したんだ。()手を伸ばせば届く(・・・・・・・・)って。


 フレイの飛行機を見て。フレイの言葉を聞いて。


 フレイは今、何を思ってるんだろう。そんなことをふと思う。どうして飛行機を作ろうと思ったんだろう。どうやって、今飛んでる飛行機を作ったんだろう。


 なんで、フレイは僕と飛行機を作ろうと思ったんだろう。


 ここまで色々あった。最初から意見をぶつけあってた。あの時はイーロゥ先生が仲裁してくれた。動力機械を見つけるのに一ヵ月もかかって。何をするにもまず調べて。時間ばかりが過ぎて。

 フレイなら、一人でも飛行機を飛ばせたんじゃないか、そんなことを考えたその時。


「王子」

「なに?」

「王子はどうして飛行機を作ってるの?」


 そんなことをフレイが聞いてくる。僕の原点、僕が手を伸ばした理由。


「僕は、鳥のように自由に飛びたいんだ」

「そう。私は、雲を掴んてみたいのよ」


 フレイはそんな言葉を返してくる。

 普段よりちょっと明るい声で口にしたその言葉は、きっと僕と同じくらいの夢なんだろう、そんなことを思う。その僕に、フレイの言葉が届く。


「ありがとう」と。


 ちょっとびっくりする。思わずフレイの方を見る。

 フレイは飛行機の方を見てて。表情は向こうむきのまま。さらに言葉を重ねてくる。


「次は、私と王子の飛行機よ」


 その言葉に心が落ち着く。今は二人で飛行機を作ってるんだ。まずは、その飛行機を飛ばす、それだけで良い。それ以外のことは後でかまわない。


 明日から二人、飛行機を組み立てる。



 大型機械実験室には熱空機関。薪を燃やすための窯は外され、かわりに熱をため込む為の鉄の塊が取り付けられた、飛行機の動力の源。その動力機械は、木製の骨組みに固定してあって、プロペラが取り付けられてる。中身がむき出しの胴体。翼までもが木製の骨組みでできた、操縦席も無い、形だけの飛行機。

 僕とフレイは、そんな飛行機の骨組みに布を張っていく。ゴムを塗って空気の隙間を埋める。形だけの飛行機を本当の飛行機に仕上げてく。


「ここで固定するから、ちょっと持ってて」

「わかったわ」


 地道に、少しずつ、フレイと二人で。布を張って。固定して。一つ一つ丁寧に。そうして、形だけの飛行機を、少しずつ、空を飛ぶための機械に変えていく。


「王子」

「何?」

「絶対に飛ばすわよ」

「……もちろん」


 フレイの短い確認。僕の短い返事。だけど、その言葉にのせる意志は固く。

 年が明け、僕は十四才、フレイは十六才になっていた。



 そして、冬を終え、春にさしかかった頃。僕たちの飛行機は完成する。いつの間にか他の人からは試製飛行機械と呼ばれるようになった、手作りの飛行機。まだ、人を乗せることはできない。本当に飛ぶかどうかもわからない。ただ、魔法動力を積んだ機械が空を飛べるのかを実証するための、そんな中途半端な飛行機。

 それでも。フレイと僕で作り上げた、世界にどこにもない、たった一つの機械。


 明日、僕たちの飛行機を空に飛ばす。



 そして、試製飛行機の飛行試験の日。


 ビオス・フィアの郊外。広い草原、柔らかな日差し。リョウ・アーシさん、イーロゥ先生、メディーナさんが見守る中、試製飛行機を飛ばすための準備をする。


 不安と緊張で胸が押しつぶされる。ほんの少しの期待も胸を軽くすることはなくて。

 恐怖や焦りすら感じながら。それでも、ここまできたことに満足する心もあって。


「エンジンの蓄熱と蓄冷、できたよ」

「じゃあ、プロペラを回すわね」


 自分の仕事をして、フレイに声をかける。この機体はフレイが考えぬいて設計した機体。だから絶対に間違いなんか無い。失敗するとすれば僕の方。飛行機は彼女の夢。足を引っ張ることなんてしちゃいけない。だから、慎重に、間違えないように、自分の作業を一つ一つこなす。

 フレイの方を見る。僕と同じように緊張して、僕と同じように慎重に。一つ一つの作業を丁寧に、確実に。フレイと視線が合う。彼女が頷く。その姿に彼女の仕事の確かさを確信する。頷きを返す。絶対に飛ばす。その想いを胸に作業を続ける。


 そうして互いに仕事を終える。

 プロペラが回転し、試製飛行機はゆっくりと動き出し、加速し、宙に浮く。



 無人の飛行機が空を飛ぶ。高度はほんの50センチ。距離は100メートルも無い。それでも、これが第一歩。全長10メートル、全巾10メートルの巨大な機械が空を飛んだ瞬間だった。



「飛んだわ」フレイの声が聞こえる。「うん、飛んだよ」僕の声が聞こえる。

「浮いたね」僕の声はどこかから。「うん、浮いたわ」フレイの声はすぐ近くから。


 後ろの方から女の人の声が聞こえる。男の人の声が聞こえる。白く眩しい心が僕を包みこむ。風景、言葉、僕の周りにあるもの全てを、眩い心が塗りつぶす。


 不安が、緊張が、幸福におきかわって。恐怖が、焦燥が、満足におきかわって。


 押し寄せるような達成感に身を任せる。


 そんな中。すぐ目の前に見慣れた少女の顔。普段より少し赤い、上気した面持ちで、こっちを真っすぐに見て。何かを話しかけて。

 両手を握ってきて。少女の顔が近くにあって。すぐ近くから少女の声。少女のまっすぐな目が僕の目に入ってきて。握った手を感じて。


 目の前の少女に、僕の心が跳ね上がる。


 鼓動が止まって、動いて、速まって。真っ白になって。僕の顔が熱くなるのを感じて。

 思わず目をそらす。手を離す。体ごと向きをかえる。そうして着陸した飛行機の方を見て。


「次は人をのせるようにしないと」


 フレイの方を見ないように、ごまかすように、そんな言葉を口にした。



 その日はちょっとうわの空で。研究室にもどっても集中できなくて。


「そうね。上手くいったあとだからね。私も何度かそんな感じになったわ」


 そんなことをフレイが言って。その日は早めに屋敷に帰ることになった。



 部屋に戻って、機械技術の本を開いて、眺めて。ふと、手のひらにフレイの手のやわらかさが残ってる、そんな気がする、そんなことを考えながら。心のどこかで、握った手を想いながら。一瞬鼓動をはやめながら。どこか緊張しながら。


 ドキドキがちくっと胸に。次の日の朝、目が覚めるまで残ってた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ