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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第四章・技術集約点ビオスフィア
25/44

3.白衣の少女

2017.12.24 三点リーダーを修正。

「ちょっと待って!」


 屋敷から出かけようとする少女。バード達三人とすれ違う。

 そのまま立ち去ろうとする少女を、少年は呼び止める。


「何?」


 少女は静かに立ち止まり、振り返る。


「ごめん! 名前、名前聞いていい?」


 少年は少し慌ててながら、少女に名前をたずねる。


「フレイ。フレイ・ウェイよ」


 少女は静かに名前を告げる。


「僕はバード。バード・パラ……」


 少年は少女に名前を伝える。伝えかけて、迷い、言いよどむ。

 言いよどむ少年に、少女は短く、彼女の知る事実を伝える。


「ええ、知ってるわ。うちに匿われた王子様ね」


 そうして、少女は、一月前、彼らを初めて知った日のことを思い起こす。



「わが家でパラノーマ王国の第四王子を匿うことになった」


 一月前、リョウ叔父様が夕食の席でそう伝えてきた。


「そう。今はいないみたいだけど?」


 食事はいつもの面々で。リョウ叔父様の夫婦、私、父様、母様の5人。


「ああ、この席だと部下達が突然来ることがあるからな。別で取ってもらうことにした」


 そこまで秘密にしなくても良いみたいだけど、公的には明らかにしない。だから、屋敷の中で別々に生活する。

 叔父様の話はそんな感じ。


 そうね。宿泊者向けの客間であれば、普通に生活できるし。

 そんなことを考えていると、父様からいつもの話題が振られる。


「そんなことよりフレイ。まだ研究者の真似事を続ける気か?」

「ええ、もちろん。プロペラを取り付ければ『飛行機』の構成要素はそろう。あとは、少しずつ性能を上げて時間を伸ばしていくだけよ」

「だからって、あんな玩具にだな……」


 いつもの言葉。いつもの通りカチンとくる。いつも通り叔父様が間に入る。


「まあ落ち着け。確かに今は玩具だが、あれだって捨てたもんじゃねえんだ」

「だけど。フレイはもう15才です。いつまでも遊ばせる訳にはいきません」

「そういうがな。見たくれこそは玩具だが、実際飛んでんだ。この前なんざ、十分間か? たまたまで出る数字じゃねえよ」

「それでも玩具ですよ。実用性の全く無い、遊ぶための道具」

「飛行機ってのはな、『機械技術概論』に記載されてるのに、ほとんど研究が進んでねえんだ。サバン共和国ですらな。それを玩具、玩具ってのは頂けねえな」

「……一年前、フレイが飛行機のことを研究したいって言ったとき、『どうせすぐ飽きる。それまでやらせれば良いだろ』とか言ったのは兄さんじゃないですか!」

「飽きてねえんだ! しょうがねえだろ!」

「大体、この家は職人だの、研究者だのが自由に出入りしすぎだ。フレイにまでおかしな影響を与えてしまって……

「ふざけんな! 自分の娘だろ! 俺の部下のせいにすんじゃねえよ! 第一、フレイのどこがおかしいんだ!」

「おかしいですよ! 普通の女の子は研究所に出入りなんてしたがらないでしょう!」


 ……何か、今日はヒートアップしてるわ。

 叔父様と父様が激しく口論しているのを眺める。



 飛行機を知ったのは四年前、始めて「機械技術概論」を読んだ時。

 空を飛ぶ機械がある、なんて驚いて。

 今の技術じゃ手が届かない、雲をつかむような話と聞いて落胆して。

 勉強して。難しいことを理解して。それでも、雲をつかみたいと思って。


 雲をつかむと決意したのが一年前。


 夕食時に家族みんなに話をして。父様と母様には反対されて。

 叔父様だけがわかってくれた。

 その時も、今と同じような大喧嘩。その時は私も怒鳴ってたけど。

 そして、結局、母様が折れ、父様も折れて。

 叔父様の研究室で、私は一人、飛行機のことを研究してる。


 正直、私も玩具だと思う。だけど、叔父様は「最初ってのは大抵こんなもんだ。だけどな、それを積み重ねて一つのもんが出来上がる。馬鹿にしちゃいけねえ」とずっと言ってくれた。


 その言葉を励みにここまで来た。

 始めは翼の形すらわからなかった。

 どうして尾翼が必要かもわからなかった。

 重心の意味すら知らず。揚力という言葉も知らず。

 一つ一つ、調べて、作って、試して、ここまで来た。

 父様の言うこともわかる。でも、まだ諦める時じゃない。

 最近芽生えた、私の中の何かがそう言ってる。


 小さい、今はまだ玩具みたいな。

 だけど、全部がそろった、私の飛行機。


 明日、私の全てを空に飛ばす。



 次の日、研究所で入念に点検する。

 翼の角度、重心、そしてプロペラと、その動力となるゴム紐。


 胴体と翼の接点。尾翼の接点。

 プロペラを回し、ぶれがない事を確認する。


 何度も、何度も。入念に、入念に。

 簡単な点検を慎重に。ただ慎重に。


 それだけで、午前の時が過ぎる。



 昼食を取る。

 最後の点検を終える。

 そして、近くの公園に向かう。



 公園で、飛行機を手に持ち、構える。

 プロペラを回す。ゴム紐が捻じれる。


 不安。緊張。期待。恐怖。焦燥。満足。


 私の心が見えない結果に悲鳴を上げる。

 私の心がここまで来たと叫びを上げる。


 今ここで、私の全てが空を舞う。



 ゆっくりと。そっと投げるように「飛行機」を前に飛ばす。


 前にとばした飛行機は弧を描くように上を向き、空高く舞い上がる。

 前の方についていたプロペラがくるくる回って。自分の力で上昇する。


 やがて、プロペラの回転が止まり、上昇を止め、弧を描くように。空高く舞い上がった飛行機はゆっくりと降りてくる。


 ゆっくりと、ゆらゆらと。風に流されながら。ほんの少しの上昇をはさみながら。

 弧を描きながら。ゆっくり下降しながら。それでも、間違いなく、飛行機はゆっくりと飛び続ける。


 ゆっくりと、ゆらゆらと。


 そして、私の中の何かが、また一つ形になる。



 ふと、私の飛行機を見つめる二人がいることに気付く。


 ……怖っ。何、あの人。凄い筋肉だよ。

 いえ、そうね。叔父様ほどじゃないわ。けど、何か違うのよ、あの筋肉。なんていうか、立ってるだけなのにすごい迫力。

 だいたい何で頭剃ってるの?

 なんであんな人が私の飛行機を見てるの?

 なんか気に障ったかな? 微動だにしないんだけど。


 いけない。気付かれちゃいけないわ。気分を損ねたらマズいに決まってる。平常心よ、平常心。今はそれどころじゃないんだから。

 だけど大丈夫かな。怖いよ、なんであんな人がこっち見てんのよ。違う。飛行機よ、あの人たちは飛行機を見てるの。私じゃない。だから大丈夫。


 そうだ、飛行機を見てれば落ち着くよね。

 よし。私は気付いてない。ずっと飛行機を見てた。


 落ち着け、私。落ち着くんだ。


 とりあえず、二人には気付かなかったことにして、飛行機に視線を戻す。



 無理に決まってる。

 あのインパクト。気付かないわけがない。

 気付かなかったことになんてできない。


 だけど、時と共に気分は落ち着いてくる。

 ふと思う。もしかして、見た目に反して繊細な人かもしれないと。


 ダメね。そんな訳ないわ。私だって未熟とはいえ研究者。事実から目を背けちゃいけない。

 現実逃避なんてしたら、名前に傷がつく。ちゃんと現実を見据えなきゃ。


 そんなことを考えながら。

 それでも心は落ち着きを取り戻していく。


 そして、もう一人の少年に目が移る。



 均整の取れた体。たぶん鍛えているのだろう。細身ながらもひ弱な感じは無い。

 濃い茶色の髪。黒い瞳。目鼻立ちは整ってる。

 多分年下。幼さが残る顔立ち。


 だけど。直感だけど。

 ただ前を見て歩く、そんな意志の在り方と。

 広く物事を知りたいという、そんな心の在り方と。

 彼の目にはそんな光が宿っている気がした。



 そうして、飛行機を回収して。

 私の研究室に戻る。


 飛行時間は十分程度。いままでの最高記録とほぼ一緒。違うのは動力。今日は推進装置(ゴムカタパルト)の助け無しに飛び続けた。


 成功。そう言っていい結果に満足する。

 その満足を胸に家路につく。



 次の日、朝食を取り、何気なく窓の外を見る。

 私の家から、強烈なインパクトの剃りあがった頭の人が出ていくのが見える。


 なんであの人がいるの? やっぱり怒らせて怒鳴り込んできた? いや、ちょっと落ち着こう、私。


「ああ、あれがこの前話した、パラノーマ王国の第四王子だな」


 え! あの強烈なインパクトの剃りあがった頭の人が? ……違うにきまってるわね。もっと落ち着こう、私。


 表情にでないよう気をつけながら、窓の外を見る。

 そこには、昨日見た少年と、もう一人、女の人が歩いていくのが見える。


 そうね。あの少年よね。王子様っていうのは。

 第一、あの強烈なインパクトの剃りあがった頭の人なら、逃げずに相手を叩き潰しそうな気がするわ。

 ……変ね。すごい違和感があるわ。なんで?



 その後、強烈なインパクトの剃りあがった頭の人がイーロゥさんって名前だと聞く。

 研究所で魔法を教えることになったことも。


 えっ。あの人が教えるの? とても見えないんだけど?


「あれでも、王都の城外街特別区で教鞭を振るっていた男だ。戦闘術、魔法、戦術、どれをとっても一流だと思っていい。教えるのも上手い。相当な逸材だ」


 叔父様がそんなことを言う。

 ほんとに? ほんとに? ……ホントに?



 次の研究を始める。

 ……残念だけど嘘。始められない。


 昨日、自力で飛び続ける飛行機はできた。

 プロペラが回る限り上昇する。

 重力を推進力に変えて飛び続ける。


 揚力、滑空、重心。全てが揃った。


 普通に考えれば高性能化。

 もっと上昇距離を長くする。

 もっと滑空時間を長くする。

 昨日までの私もそう思っていた。


 だけど。私の中の何かが「違う」とささやく。

 もっと他のことをやるべきだと。


 筆記用の木板に考えを書き連ねて。

 矢印で考えを書き加え。

 番号をふって。丸で囲って。


 まとめきれずに全部消して。

 そんなことを繰り返して、今日の一日が終わる。


 研究室の片隅で、私の全ては物言わず、ただ静かに時を過ごす。



「一旦、研究結果を本にしたらどうだ?」


 叔父様に相談する。そんな返事が返ってくる。


「自力で飛行するところまで行ったんだ。本の一冊にはなるだろう。そうやって、頭の中を整理して外に出せば、また違った考えも出てくんじゃねえか?」


 なるほど。言われてみれば、いままで研究結果をまとめたことは無かったわ。

 一度、やってみるのも良いかもしれないわね。


 印刷原稿用の木版を私の部屋に運んでもらう。

 この一年を振り替える。


「まずは。そうね、機体構造からね」


 そう呟き、執筆にとりかかる。



 わかりきったことでも、文章にするのは難しい。

 時に図書館で調べなおし。

 時に実験結果を見直して。

 同じことをもう一度検討もして。


 またたくまに三週間が過ぎた。


 そうして書き上げた研究結果は三十頁くらいの分量。

 研究所の事務局に木板を渡して。

 活字印刷を依頼して。


 三日後、紙に印刷された「本」を渡される。


 本とはいえないくらいに薄い。

 紐で綴じられたそれは、誰も本とは思わないかもしれない。

 だけど、私の一年がすべて詰まった。


 一つの成果が、そこにはあった。



 渡された日は研究にならなかった。

 頁をめくっては表情がゆるみ。

 中を見てはにやけ。

 ただ意味もなく、出来上がった本のページをめくり。


 ……後になって、個室の研究室で良かったと、つくづく思った。



 意識を現実にもどして。


 研究結果を読み返す。

 だけど、次の研究のヒントは得られず。

 とりあえず、飛行時間を延ばすための研究を始める。



 私の中のなにかが「違う」と叫ぶ。

 そこから学べることはもう無いと。

 次はそこじゃないと。


 それでも、研究を続ける。

 次が見つかることを信じて。


 そんな時、忘れ物を取りに研究所に戻ろうとして。


 家の前で、初めて、王子様を目の前にする。



「ちょっと待って!」


 王子様が私を呼び止める。


「何?」


 私は静かに立ち止まり、振り返る。


「ごめん! 名前、名前聞いていい?」


 王子様は少し慌てて、私の名前を聞いてくる。


「フレイ。フレイ・ウェイよ」

「僕はバード。バード・パラ……」


 私は王子様に名前を伝える。王子様は名前を言いかけ、よどむ。

 そんな王子様に、私の知りうる事実を伝える。


「ええ、知ってるわ。うちに匿われた王子様ね」



 私の言葉に、王子様は一瞬きょとんとして。

 小さい事はどうでもいい、そんなことを考えたのだろうか。

 再び勢いを取り戻し、聞いてくる。


「この前。一ヵ月前。公園で飛ばしてたの、何?」

「『飛行機』のこと?」


 王子様の質問に、すこしとぼけた質問を返す。


 あの時のことは良く覚えている。

 傍らのイーロゥさんの迫力はそうそう忘れられるものじゃない。


 ……実は今もちょっと怖いのよ。

 だめよ、余計なこと考えちゃ。表情に出すな。平常心よ、平常心。落ち着け、私。


「そっか。『飛行機』、空を飛ぶ機械ってこと?」

「そう。『機械技術概論』の記述の一つ。私の研究テーマ」


 そう。私の研究テーマ。

 今は少し停滞気味だけど、いつか実現させると誓った、私の夢。

 この一年で、私の中を塗り替えていった、私の全て。


「飛行機、あの大きさで完成なの?」

「違う。もっと大きな、馬車に代わるようなものを目指しているわ」

「じゃあ、なんであの大きさで作ったの?」

「まずは飛ぶことを実証するため。あの大きさなら、一人で作れるから」


 目の前の王子様との会話を続ける。

 少し心が弾んでくるのを自覚する。


 そう。数年前の私はきっとこんな感じ。

 空飛ぶ機械に憧れて。

 空飛ぶ機械を知りたいと願って。


 今では、私の飛行機がその憧れの対象になった。


 目の前の、徐々に熱をおびてくる(・・・・・・・・・・)王子様の様子を見て。

 私の一年間が間違いじゃなかったことを実感する。

 達成感に似た幸せが私をつつむ。


 次の王子様の言葉を聞くまでは。



「じゃあ、次はもっと大きい飛行機を作るんだよね?」


 その言葉で、思い出にひたる私はなりを潜める。

 研究者の私に切り替わる。


「いえ。今は飛行時間を延ばすことを考えているわ」


 事実を話す。私の中の声を無視して。


「今は、飛んだと言っても十分程度の話。大型化するには材料がいる。人手がいる。費用がかかる。絶対に飛ぶと確信できるまでは、今の大きさで研究を続けるわ」


 そう。当たり前の判断。飛び続けることを立証する。

 今の飛行機は玩具だと。父様の言い分こそが普通の見方。

 それを覆さなきゃ次には進めない。


 だけど、目の前の王子様は。

 そんな真っ当な判断を真っ向から否定する。

 鳥に例える形で理由を添えて。


「それじゃ駄目だよ。その研究には意味がないんだ。大きい鳥と小さい鳥では飛び方が違うんだから」


 飛び方が違う?

 いえ、そのことよりも、まずは反論よ。

 いくらなんでも、鳥と比べるのは暴論だわ。


「私が研究しているのは飛行機よ。鳥じゃないわ」

「だけど、あの飛行機の飛び方は小さい鳥の飛び方なんだ。自分の力で体を持ち上げるような。飛行機の前についてた平たい木の棒…

「プロペラのことね」

「プロペラが回っている間は上昇して、止まると風に乗って下降する。そんな飛び方だった」

「そうよ。飛び方は間違ってないわ」


 一度しか見てないのに良く分かるわね。


「プロペラを回して真上に上昇するのが駄目なんだ。飛行機を大きくしたら、上昇しなくなる。そこは多分、鳥と一緒のはずなんだ。だから、大きな飛行機でも上昇する方法を試さなきゃいけないんだ」


 ……目の前の王子様の言葉を考える。

 そこにはまだ理論が無い。だけど、切り捨てられないものを感じるのも確か。


「羽ばたいて空を飛ぶのは小さな鳥だけ。大きな鳥には自分を持ち上げるだけの力が無いんだ。だから、風にのって空を飛ぶ(・・・・・・・・・)。飛行機だってきっと一緒なんだ」


 なにより、私の中の声が同意してる。納得してる。

 そして、目の前の王子様から感じる熱量は熱さを増す。


「あの飛行機は、上昇するときは小さな鳥のように自分の力(プロペラ)で、その後は大きな鳥のように翼で風に乗って。そんな飛び方をしているんだ。上昇するときは翼を使っていない。それじゃダメなんだ」


 理解する。

 目の前の王子様は、私とは違う形で、空を飛ぶことを知っていると。

 その知識と照らし合わせて、問題点を指摘しているのだと。


風に乗って上昇する(・・・・・・・・・)。次に考えなきゃいけないのはこれのはずだ。だけど、風の乗り方は大きな鳥と小さな鳥で違う。だから、次は大きい飛行機を作らなきゃいけない、そのはずだよ」


 そう言って。目の前の王子様は。

 最初に目にした時の、静かな、大人しそうな雰囲気をかなぐり捨てて。

 発する言葉とは裏腹に。熱のこもった口調で。強制力すら伴わせて。

 私の反論を自説でねじ伏せる。


 私の中の何かが我が意を得たと歓喜する。

 


 研究所のことが頭から消えて。

 忘れ物など忘れて。

 王子様の言葉を反芻する。


 そこに、一定の理があることを認める。



 こうして、少年と少女は邂逅を果たす。

 少年は自由に旅することを夢に見て。

 少女は雲をつかむことを夢に見て。

 共に、夢をかなえるための翼を熱望する。


 たったそれだけの小さな物語。そんな物語の小さな一幕。

 その物語を、少年と少女は全力で駆け始める。


作者注:プロローグみたいなことを書いてますが、そろそろ物語も終盤です。

作者注追記:そんなことを思っておりましたが、意外と中盤でした。

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