6.旅路(イーロゥ)
2017.12.24 三点リーダーを修正。
やがて夜が明け、バードとメディーナ殿が目を覚ます。パンに干し肉と野菜を挟んだ簡単な朝食を済ませる。
「これはちょっと食べにくいね」
水で流すようにパンを飲み込んだバードがそうこぼす。
「そうだな。すぐに出立するつもりだったから火をおこさなかったのだが。次はもう少し考えるか」
「どうにか出来るの?」
「前日のスープを残しておけばな。温めるだけなら魔法でできる」
「そういえば、昨日は薪で煮込んでたわね。魔法では無理なの?」
「長時間煮込むのは難しい。魔法発動中は片手が塞がる上、意識を切らせないからな」
「ふうん。それはちょっと不便かな」
「まあな。干し肉でなければ魔法で平鍋を熱して焼く、なんてこともできるのだが」
「長旅だと干し肉になるから無理と。便利なようで意外と不便ね」
「そこまで万能ではない、ということだな」
そんなことを話しながら、出立の準備を進める。食事と平行して餌をやった馬を馬車に繋ぎ直し、食器を洗い、余った薪などの荷物を馬車に詰め込む。そうして、私は昨日と同じように御車台に座り、馬車を走らせる。
◇
昼あたりに次の村に到着する。かねてからの打ち合わせ通り、街の使いの者から情報を受け取る。当初の推測通り、グリードは王城の体制の建て直しを優先し、こちらに追手をさしむけるような動きは無い事を確認する。
馬を休ませる意味も込めて、ここの宿の食堂で軽く昼食と休憩を取ったのちに、出立する。
◇
その日も太陽が傾き、沈みかけた頃合いを見て、野営を始める。昨日は豚の干し肉を使ったスープだったが、鶏肉に代え、干しキノコも加える。
「ほんとだ。昨日と結構違う味になってる」
そう感想を述べるバードの横で、メディーナ殿が真剣にスープを啜る。
……少し真剣すぎではないだろうか。そう思っていると、料理に関して質問をされる。
「これ、キノコ以外は昨日と同じ野菜よね?」
「ああ」
「味付けは塩だけで、他に何も使っていないよね?」
「そうだが。なにか問題だろうか?」
「……明日、少し料理する所を見せて貰っていい?」
「? 構わないが。単に鍋に水を張って、具を入れて、煮るだけなのだが」
「そう。そうなのよね。けど、それだけにしては美味しいのよね、このスープ」
そうだろうか。なんの変哲もないスープなのだが。
そんなことを思っていると、バードからも同意の声が上がる。
「うん。シンプルだけど、結構おいしいよね」
「王宮の食事、あっと、私の食事の方だけど。使用人の食事だから、そこまで贅沢なものは使わないんだけど。だけど作ってるのは王宮の料理人だから、結構美味しかったはずなの。なのに、それと比べて、あんまり味が落ちていないっていうか、遜色ないっていうか……」
……それは言い過ぎだろう。私が適当に作る料理など高が知れている。適当に放り込み、適当に煮立てて、適当に味を調えただけの料理で王宮の料理人と張り合えるわけがない。
「だから、ちょっと、どうやって作ってるのか見てみたいかなってね」
「……わかった。ただ、本当にただ煮ているだけなのだ。失望すると思うのだが」
◇
そうして、次の日の朝。少し趣向を変えた朝食を準備する。
「へぇ、面白いね、これ」
「うむ。スープの中にパンを入れて、上にチーズをのせただけだが。かなり感じは変わるだろう」
バードとそう話している中、メディーナ殿はまたも真剣な顔をしながら食べている。
「イーロゥさん、この料理、街では一般的なのかな?」
「どうだろうか? 道場で、このようにして食べる道場生はそこそこいたと思うのだが」
そもそも、スープにパンを入れただけのものを料理と言えるだろうか。
「そうかな? 私、見たこと無いんだけどな」
メディーナ殿にそんな返事を返される。
そうして、その日から食事の準備の際、メディーナ殿が見学することとなった。正直、そこまで工夫して作っているわけではないのに、あまりに真剣に見ているようなので申し訳ないのだが。
◇
旅の途中、バードに魔弾を使用しない魔法杖の使用法も教える。きっかけは夕食のときの会話だった。
「一日中、馬車の中だと暇なんだ。なにか出来ることは無い?」
その問いかけに少し考える。
「そうだな。食事の下準備位だろうか」
鍋に浅く湯を張り、干し肉や野菜を入れる位でも、調理時間の短縮にはなるだろう。揺れる馬車の中だ。下準備くらいまでしか出来ないだろう。それでも一から作るのと比べれば楽にはなる。
そこまで考えたところで、バードにはまだ魔弾無しでの魔法杖の扱いを教えていないことに気付く。
「すまない。魔弾無しで魔法を扱えないと難しいことだった。忘れてくれ」
そう言って、他のことを考えようとしたのだが、バードは目を輝かせて聞いてくる。
「それって難しいの?」
「いや、そこまで難しくはない。バードなら数回試せばコツをつかめるだろう」
「じゃあ教えて。馬車の中で練習するから」
…………
夕食が済んだ後、魔弾抜きの魔法の講義を始める。
まずは地面に加熱魔法の魔法式[WTtHIDaOXYgelos]を描く。次いで、魔弾の接尾語[seal]と命令語[release drive]、魔弾抜きの接尾語[supply drive]、命令語[stop]を書き加える。書き終わった所で説明を開始する。
「魔弾抜きで発動する場合、魔法式の最後にある発動魔法を変えるだけになる」
「まず、魔弾の場合、加熱する魔法式はこの式に[seal]を加えた形になる。この魔法を発動する命令語は[release drive]になる。まあ、接尾語、命令語は共通だからすでに馴染んでいるだろう」
「この加熱魔法式の最後を[supply drive]に変えれば、杖に触れたものが発熱し始める。停止する場合は[stop]だな。まあ、杖を手放せば停止するのだが」
そこまで説明し、実際に発動する様子を見せる。
バードは自分の魔法杖を手に持ち、発動を開始する。
「……出来た! けど、すごい疲れるよ、これ」
「それはまだ慣れていないからだな。慣れれば、魔弾よりもむしろ疲れない」
「そっか」
「今はまだ、それで実際に加熱するのは現実的ではないだろうな」
「そうだね。ちょっとあったかくなったくらいだね、これ」
「ふうん。そんな簡単なんだ」
「メディーナ殿でも練習すれば出来ると思うが」
「えっ、そうなの?」
「ああ。実際、街人は大抵の人が使えるはずだ。道場でも必修だ」
「それは知らなかったよ……」
「まあ、メディーナ殿は客人であって門下生ではなかったからな」
「そっか。実際、そんな暇なかったかな」
「まあ、王子は既に魔法杖の訓練をしているからな。メディーナ殿だともう少し練習が必要だろう」
そんな感じで、簡単な講義を終了する。
次の日から、バードとメディーナ殿は馬車の中で訓練を開始していた。王子はその日の内に実用レベルまで使えるようになっていた。メディーナ殿も、魔法の発動にこそ苦戦していたものの、1週間程度で使えるようになっていたと思う。
もっとも、馬車の中に鍋を固定できるようにしたり、鍋にふたをしっかりと固定するようにしたりと、むしろ仕事は増えた感がある。まあ、馬車に閉じこもりきりでやることが無いよりは、気晴らしにもなって良いだろう。
◇
メディーナ殿が魔法を習得してから、旅が恐ろしく快適になった。まさか毎日服が洗濯されるとは思いもしなかったことだ。しかも、簡単とはいえアイロンがけまでされている。
確かに、魔法を熱源とするよう工夫されたアイロンも馬車には積んである。それ以外にも魔法を前提とした日用品もだ。だが、それらはあくまでビオス・フィアで使うつもりで用意したものなのだが……
なにせ、魔法の日常使用は街の専売特許だ。そのための道具など、他の都市に行くとまず手に入らない。今は少しずつ街の様子が他の都市にも伝わり、魔法杖の扱いも増えたと聞くが、魔法の発動が足枷になっていると聞く。
魔法はできるようになれば簡単な技術だが、教える人がいなければまず習得できない。そのことが足枷となり、普及が妨げられている、そんな技術だ。
そのため、現地で手に入れることのできない道具を積んでいたのだが、旅の途中で使うことになるとは思いもしなかった。
しかも、水を空気に変える魔法、あれを使って洗濯物を乾かせないか、などと聞いてくる。爆発事故を起こした魔法で布を乾かすという発想にまず驚いたのだが、考えてみれば確かに有用だろう。
街の研究所の話では、室内のような、閉じられた空間でなければよほどのことが無い限り爆発しないとの結果が出ている。但し、瞬間的に上空数メートルまで燃える可能性があるため、建物の近くで使用するのも危険との話だが。
ゆえに、今回のような旅だとそこまでの危険はない。
結局は、干した洗濯物だけを範囲に収めるのが難しかったため、断念したのだが。姉上を通して、研究所に依頼する価値があるように思える。
◇
そんな、どこか緊張感に欠けた雰囲気で。
結局、3週間強、特に野盗に襲われるようなことも無く、順調に旅は進んだ。




