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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第三章・王都脱出
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5.星空の下で

2017.12.24 三点リーダーを修正。

 人の気配を感じ、目を覚ます。


 周りを見回すと、バード殿下が回りを警戒しながらこちらに歩いてくる。私が眠る前、確かに眠った気配があったことを考える。どうやら、中途半端に目を覚ましてしまったようだ。


「隣、座っていい?」


 殿下の問いかけに軽く頷くと、そろそろ消えかかっていた焚火に薪をくべる。


 空を見あげると、冬の星座が空一面に広がっている。つられたのだろう、殿下も空を見上げ、息をのむ。


「すごい。星がすぐそこにあるみたい」

「ここは人里離れているからな」


 人里でも、田舎の村程度なら同じ星空だろう。だが、王都の、特に王城では常に篝火が焚かれ、昼と言っても過言では無いほどの明るさだ。満天の星空など望むべくもない。


 ただ無言で星空を二人見上げる。やがて、殿下がぽつりとつぶやくように問いかけてくる。


「イーロゥ先生はどうして僕と一緒に来てくれたの?」


 その問いは、自分にとって当たり前のことのようであり、なぜこういう道を選んだのかわからないとも言える、簡単には答えられない問いだった。



「そうだな、どう話せばいいものか」


 そう言いつつ、言葉を探す。


「まずは、一年半前のことだろう。前の陛下やクローゼ殿が亡くなって、メディーナ殿に殿下のことを託されたことがあった」

「僕のことを?」

「ああ。実際、彼女が辞めた後も王城書庫に入れるようにとか、手を回してもらったらしい」

「そっか。最初もメディーナさんが許可を取ったんだったよね」

「ああ。どうやって許可を取ったのかはいまでもわからないのだが。そのとき思ったのだ。この先、殿下の味方になる人間はもう私しかいないのだろうと」

「……」

「ただ、当時の私は、殿下の立場がそこまで悪くなるとは考えていなかった。クローゼ殿の代わりにグリード(王弟)が後見になるくらいだと。だから、兵士や教師役を続けながら、できる限り力になろうと、その程度の気持ちだった」

「……」

「あと、そうだな。もしも殿下が重大なことに巻き込まれて、兵士や教師役を続けたままでは手を出せないような時はどうしようか迷っていたこともあった。そうだな、今となっては馬鹿げた悩みだったと思うが」

「そうなの?」

「ああ。兵士や教師役の枠を超えてでも力になるつもりがなければ、そもそもこんな悩みは持たないだろう。だから、そうだな。メディーナ殿に託された時点である程度の覚悟はできてたのだろう。そのことに自分自身が気付かなかったせいで、危うく覚悟を無駄にするところだったがな」


 そう答え、苦笑する。なんのことはない。自分は「自分がこうしたい」と思うことから逃げて、誰かのせいにしたかったのだ。殿下の問いに答えて、改めて自覚する。


 だが、その言葉は殿下の力にならず、殿下は再び答えを求め、形を変えた問いを発する。


「なんで?」

「うん?」

「なんで、兵士を続けることよりも、僕と一緒に来ることを選んだの? 僕はそれが知りたいんだ」



 焚火は変わらず燃え続け、仄かな暖が辺りを包む。

 満天の星空に、焚き火がはぜる。



 殿下に問われ、殿下の知りたいことを悟る。それは非常に簡単なことだ。だが、殿下には納得がいかないのだろう。言葉を重ねる。


「メディーナさんは王城を敵に回してまで僕を助けてくれた。チェンバレンさんやメイさんだって、僕がいなくなれば困るはずなんだ。イーロゥ先生だって……」

「……イーロゥ先生だって、僕についてくるより王城に居た方が良いと思う。僕についてきたって良い事なんか何も無いと思うんだ。なのに、今、ここに居てくれている」


 ああ、そうなのだ。殿下は私のように考えることをやめたりしないのだ。だから、この疑問に行き着いてしまうのだ。


「王城の中で力になってくれるのならわかる。僕は王族だったから。将来、助けてくれた分、ちゃんと返すことができるから。でも、今の僕は王族じゃない(・・・・・・・・・・)。自分のことも自分でできないような子供なんだ」


 王子の疑問は最もだが、答えは簡単なことだ。だが、私に答えることができるだろうか?


「みんな、僕のことを考えてくれているんだ。それはわかるんだ。でも、なんでかわからないんだ」



 焚火がゆらめく。薪が燃え崩れる。



 今度こそ、殿下の問いを理解する。求める答えを理解する。

 言葉を選ぶ。考える。そして姉上が何度も口にした言葉を思い出す。


「……殿下の周りにいた人たちは、王子だから力になっていたのではない。バードという人間を救うことに価値があるから力になっていたのだと思う」

「価値?」

「これは街の考え方なのだがな。『利益で見るな、価値で見ろ』、姉上が何度も口にしたことだ」

「殿下が話した、将来恩を返すというのは、相手から見ると利益を見た行動になる。だが、だれもそんなものは求めていない。メディーナ殿も私も、将来殿下に恩を返してもらおうなどとは考えていない」

「うん」

「そして、メディーナ殿も私も、自分の望むように行動した結果、今ここにいる」

「私の理由は、過去に殿下の力になると決めたこと、グリード(王弟)の行動に納得できないこと、ここには自分の力になれることがあること、まあこのくらいだろうか」

「……」

「殿下は私が王城に居た方が良いといったが、それは違う。王城に居れば、意にそぐわない相手に仕え、多数の兵士に埋もれて仕事をすることになる。そんなものに価値は無い。ここで殿下の力になるほうがはるかに価値がある。私はそう考えている」

「メディーナ殿にとってもそうだろう。殿下を見捨てて生きるより、殿下の苦境を共に乗り越える方に価値を見出している。だから、今ここにいる。まあ、私はこんなことも最近まで気付けなかったのだがな」


 ここまで話して、改めて思う。

 皆、自分の信じるままに行動しているだけなのだと。


 だが、王子にとっては全てが与えられたもののように感じられてしまうのだと。


 ただ静かに、止まったように時が流れる。



「……僕はどうすればいいんだろう」


 殿下のその言葉に、自然と考えが浮かぶ。それは、つい最近の自分には持ちえなかった考え方だ。だが、これこそが殿下に必要なことだという確信が持てる。


「殿下が相手に何を求められているかを考えて、応えていけば良いと思う」

「?」

「メディーナ殿が何を考えて殿下に教えてきたか、何を願って殿下を脱出させたか、そのことを考えて、その願いに添うことが、一番の恩返しになるだろう」

「……そうだね」

「それでも足りないのなら、メディーナ殿に教わったことを他の人にも教えればいい。他の人の願いが叶うよう頑張ればいい」

「……えっと?」

「相手は恩を返してもらおうなんて思っていないのだからな。そこに価値があるからやっていることだ。その価値を曇らせなければ恩返しになる。もちろん、本人に返せれば一番だとは思うが」


 考えを口にする。殿下は静かに考え、やがて至った結論を口にする。

 それは、私の慣れない言葉よりも正確に、私の言いたい事を捉えた言葉だった。


「……そっか。メディーナさんから教わったこととかを無駄にしなければいいんだ。そうだよね、そうなればメディーナさんもきっと喜ぶよね」



 焚火は変わらず燃え続け、仄かな暖が辺りを包む。

 暖かく、優しく、揺れて、瞬く。

 満天の星空に、焚き火がはぜる。

 静かに、穏やかに。音を立てて、音もなく。


 焚火は燃える。暖かく、優しく、揺れて、瞬く。

 焚き火がはぜる。穏やかに、音を立てる。

 満天の星空は、静かに、音もなく、辺りを包む。



 殿下は少し後ろに下がり、背中を大地に預け、手足を広げる。そうして、大の字に寝そべり、上を向き、夢を語る。


「僕は、もっと、世界を知りたいんだ」


 それは、王城の中では、王族では持ちえなかった夢の話。


「今日一日で、僕は、今まで知らなかったことを沢山知ることができた」


 今日一日、馬で駆け、小さな村で食事をし、焚火を焚いて野宿をした。他はほとんど馬車の中だった。それでも、少年の目は未知の世界で溢れていた。


「地平線まで続く道、手が届きそうな星空、外の世界は地面や空まで王城とは違ってた」


 広い大地、瞬く星空、吹きすさぶ寒風すら知らなかった少年の夢。


「きっとビオス・フィアって場所もそうなんだ。僕の知らない場所なんだ」


 それは、きっとありきたりな夢で。


「だから、もっといろんな場所に行きたい」


 そして、少年には最も遠い所にある夢で。


「いつか、きっと、世界中を旅したいんだ」


 その夢はきっと、世界で一番、希望に満ちた夢なのだろう。



 その言葉を聞いて、私は、初めてバード殿下という人間に触れた気がした。そして、素直な心で言葉を口にする。


「殿下にも、いつか世界中を旅することができる日が来るだろう」


 だが、この言葉を聞いた殿下に、不満気に言い返される。


「もう僕は王族じゃないんだから、『殿下』は違うよ」


 そう言われ、それもそうだと納得する。しかし……


「そうだな。しかし、何と呼んだものだろうか?」

「さあ? そんなこと僕に聞くかな?」


 それもそうだ。しかし、「バード殿」はしっくりこない。メディーナ殿のように「バード君」と呼ぶのも違う。そうだな……


「では、『バード』と。呼び捨てになるが構わないだろうか」

「別に。ていうか、一々相手に聞かなくても良いんじゃない?」

「いや、呼び捨ては失礼だろうし、一応聞いた方が良いかと思ったのだが」

「じゃあ、他の呼び方でも良かったんじゃない?」

「バード殿、バード様、バード君、バードさん、どれも違和感があってな」

「そんな呼ばれ方、僕の方もすごい違和感だよ……。大体、今まで教えてた人はどう呼んでたの?」

「大抵は呼び捨てだったな」

「それと一緒でしょ。その都度、呼び捨てにして良いかなんて聞いてたの?」

「いや。だが、道場生は初めから上下がはっきりしていたからな。殿……、バードとは立場が違うだろう」

「そうかなぁ。先生、僕が王子だからって教え方を変えたとは思えないんだけど」

「そうだな。私はこの教え方しかできないからな」

「でしょう? だったら立場だって一緒だよ」

「そうだろうか?」

「そうだよ」


 ふと思ったことを口にする。


「そういえば、私は先生のままなのだな?」

「うん。だって、先生は先生だよ。もっと色々教わらなきゃいけないし」

「そうなのか?」

「魔法杖の扱い方、体の動かし方。あっと、今日メディーナさんと話をしてたんだけど、馬の扱い方も教えて欲しい」

「馬?」

「うん。馬に乗れるようになれば、ビオス・フィアも早く着けるでしょ?」

「ビオス・フィアまでに覚えるのは難しいな。身を隠す必要もあるから馬車の旅の方が良いだろう」

「そっか。残念」

「だが、覚えて損が無いのも確かだ。ビオス・フィアに着いたら練習するか」


 ……気が付けば、そんな他愛のない話を1時間ほども続けていた。



 焚火に薪をくべる。小さくなりかけた火が勢いを取り戻す。

 空を見る。星座の位置から時間を推測する。


 ふと見ると、バードも満天の星空を見上げていた。

 その顔には迷いが消え、ただ前を見ているように感じられた。



「そろそろ寝た方が良い。まだ旅は始まったばかりだ。しっかり休まないと体調を崩す」

「そうだね。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 そうして、星空の下での話は終わり、バードは馬車に戻る。私も焚火を調整し、改めて眠りについた。


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