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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第三章・王都脱出
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4.旅立ち

2017.12.24 三点リーダーを修正。

(待つ身というのは、時間が長く感じるものだな)


 ウエストニア村の宿で、馬車に積んだ旅の物資を点検しつつ、一人イーロゥは思う。



 私がバード王子と共に脱出すると決まった時、私が王子を脱出させることになると考えていた。だが、姉上とメディーナ殿はそれを是とはしなかった。


「城内でバード王子と一緒に脱出なんかしたら、一蓮托生になっちまう。見捨てても構わない、なんて嬢ちゃんには言ったからね。それくらいは我慢しな」


 そう言われれば返す言葉が無い。


「第一、ボウズの同行は王子が一番難色を示してたんだ。少しくらい腕に覚えがあるからって理由でボウズと行くよりは、嬢ちゃんが迎えに行った方が王子も安心できるだろうさ」


 そうなのだろう。今の私は荒事でもなんでもする覚悟がある。だが、周りはそう見ないだろうということは前の話し合いで痛いほど身に染みた。


「今、自分に出来ることが何か、常に考えることさね。そうすりゃ、おのずと自分の望む仕事をすることになるさ」



 その時から、いや、自分の希望を述べた時から、自分に何ができるのか、何をすべきなのかを考えてきた。そうして気付く。自分が護衛をすると願い出た以上、どのように王子の身を守れば良いのか、考えることは山ほどあるのだと。

 護衛を願い出た時は、単に自分の腕っぷしへの自信だけだったが、取るべき道や宿泊する宿一つで旅の危険性が変わるのだと。


 そうして、安全な旅となるよう、姉上やメディーナと相談を交え、計画をし、その計画に基づいて馬車や物資の手配をした。それだけで、半年という日にちは瞬く間に過ぎていき、今日の日を迎えたのだ。



 荷車の中で物資の確認を終え、外に出る。そのまま宿の正面に回ると、バード殿下とメディーナ殿がこちらに向かっているところだった。


「イーロゥさん、準備できてる?」

「うむ。いつでも出立できる状態にはしてある。休憩はとれそうか?」

「大丈夫。あの様子なら計画通り、ここで休憩してても問題ないと思う」


 そう言って、馬から降り、バード殿下を馬から下ろす。


「じゃあ、お昼ごはんを食べながら、バード君にこれからのことを説明しますか」


 …………


 宿の食堂は人もまばらで空席も目立つ。まあ、ここは王都に近い。商隊も素通りする事の方が多いだろう。そんなことを考えながら注文をする。


 そして、軽い食事を取った後、まずは旅路の説明を始める。


「まずは避難先のビオス・フィアだが。ここからの馬車で約2~3週間程度の距離がある。ビオス・フィア自体は有力な交易都市の側面があるため街道は整備されているが、メディーナ殿やバード殿下は王城から手配されていることが予想される。そのため、宿場町や大都市へは入れないと思った方がいい」

「そのため、基本的には旅の途中での補給は制限がかかる。すでに1月程度の物資は準備してある。他に必要となる物は、ここのような小さい村で補給するか、私のみで街に入って買い付ける形となる」


「街道を通るのは大丈夫なの?」


 王子が問いかける。私の存念を答える。


「馬車の中であれば大丈夫だろう。ただ、小さい村でも宿泊するのは避けた方が良いだろう。街道から少し外れた場所で野宿をすることになる。実の所、街道よりもこちらの方が危険を伴う」

「危険って?」

「賊や猛獣の類だな。なに、それに関しては私が居れば大丈夫だ」

「本当に? いや、先生が弱いとは思わないよ。けど、盗賊って、人数多いんでしょ?」


 答えに納得がいかないのだろう。殿下が疑問を口にする。

 これにメディーナ殿が答える。


「それに関しては私も疑問だったからラミリーさんに聞いたんだけどね。『ボウズなら大丈夫』の一点張りだったから。まあ、あの人の言うことだからね。信用することにしたよ」

「そうなんだ」


 殿下が納得した所で、話を旅路に戻す。


「うむ。その点は任せてほしい。旅の話に戻すが、明日の昼、もう少し先の村で一旦姉上の使いの者と落ち合う予定だ。ここで、今の王都がどうなっているかを知らせて貰う」

「ここで想定よりも王都の動きが早かった場合は、旅の予定を変更する。まあ、まず想定通りになるはずだが、念のためだな。これ以降は人里を避けて行動することになるから、情報を得る最後の機会になる」

「旅の予定としてはこんな所だ。まあ、予定といえるのかは疑問だが」



「目的地のビオス・フィアってどんな所?」


 旅路の話を終えた所で、殿下がビオス・フィアのことをたずねてくる。


「パラノーマ王国とサバン共和国の国境付近にある古代遺跡都市だな。ビオス・フィアが差すものは2つあって、1つは古代遺跡の名前、1つはその古代遺跡を利用して出来た街の名前だ」

「ビオス・フィアという古代遺跡は広大な敷地内に清潔な水があり、植物が自生し、動物が生息している。遺跡を取り囲む壁や天井は城壁よりも固く、壊せない。大災害前の生物がそのまま住んでいるとの話もある」

「ただ、この遺跡内には発見当初、人の住んでいない居住区があった。そこに住民が移り住み、街となった。そんな場所だ」


 地理的なことと、都市の特徴をまずは説明する。

 続けて、最初に移り住んだ街民がパラノーマ王国に反感を持っていたこと、恭順を拒否したこと、一度討伐の兵を出されたことを説明する。


「大丈夫だったの?」

「城門を閉じられると何もできなかったようだな。遺跡を囲って封鎖しても一向に根を上げない。囲う側の負担の方が大きかったらしい」


 やがて、話し合いの席が設けられ、ビオス・フィアは王国に属するが義務は負わないこと、統治は自分たちですることが決められた。その結果、ビオス・フィアは自治領と呼ばれるようになったことを説明する。


「つまり、王国は名を取って、ビオス・フィアは実を取ったことになる。なので、実質的にはビオス・フィアは何処にも属さない、都市でありながら国家でもある、そういう場所になった」



「そんな所と交易してるの?」


 殿下が次の問いを発す。


「その点は隣国のサバン共和国の国境付近という地理的条件が大きいだろう。ビオス・フィアは元々王国に反感を持っていた土地柄だ。支配をうけないことも相まって隣国との交易が頻繁に行われてきた。いまでは両国の交易中継点として栄えている」


 そして、主に海産物を扱っていることを説明する。あと、最近では機械部品を扱い始めていることも。


「機械部品?」

「サバン共和国には独自の機械技術がある。その技術を使用した部品だな。王子の乗る馬車にも使われている」

「そうなんだ。どんな部品?」

「確か、衝撃を吸収して乗り心地を良くするための部品や、車輪の回りを良くする部品だったと思う」


 最後に、それらの部品を使った馬車を新型馬車と呼んでいることを説明する。



 そうして一通り説明を終え、ウエストニア村を出立する。


 御者台には私、幌の中でバード殿下とメディーナ殿が身を潜める。とはいえ、そこまで声を潜める必要もない。やがて、二人の会話が聞こえてくる。

 2人が時間の制約無しに会うのは久方ぶりだろう。やがて幌の中から聞こえてくる声は明るくなり、弾んでいく。当分会話は続きそうだと思いつつ、街道を進む。


 そうやって、日暮れ近くまで馬車を走らせる。街道脇に馬を止めるのに丁度良い木を見つける。


「今日はこの辺りで泊まろうと思うがどうだろうか?」

「その辺りはイーロゥさんに任せます。なにかすることとかありますか?」

「一旦、街道を外れるから揺れることになるので注意してほしい」

「わかりました。揺れるんだって」

「うん。この柱につかまってればいいかな?」

「柱よりは縁につかまっていてほしい。大丈夫か?」

「私はいいよ」

「僕も。つかまったよ」

「よし、では行くぞ」


 そう言って、馬車を街道から外れた木立まで歩かせる。やがて目的の木立付近まで到着、馬車を止める。


「着いたな。馬を馬車から放してやりたい。手伝ってもらえるだろうか?」

「いいけど。外出ても大丈夫? まだ日が暮れてないよね?」

「街道から外れているし、そこまで神経質にならなくても良いだろう。他の旅人や商人もこの時間になれば、同じように野宿する場所を探すか、次の街や村までの道を急ぐものだ」

「ここに他の人も野宿しに来ないかな?」

「無遠慮に近寄ってくる人間がいたら撃退する。まあ、あまりメディーナ殿やバード殿下に見てほしいものではないが」


「そんなことするの?」


 途中からバード殿下も会話に加わってくる。


「旅をする上での常識だ。他人は信用しない。こちらの意志を確認せずに近づいてくる人間に対しては殺しても法には問われない。野盗の類はむしろ無害を装って近づいてくるのだから当然の措置だ」

「へぇー」

「街道上でも同じことは言えるが、道の上ではすれ違ったり追い抜いたりすることもある。その場合でも、あまり近づきすぎないよう配慮したり、道から外れてでも距離を取ったりする。一定以上近づいた者を排除するのは自衛の上では当然のことだ」

「ゆえに、街道上だと近くにいる者を警戒することになる。当然、相手の顔も注意深く見ることになる。そのため、メディーナ殿やバード殿は隠れてもらっていた。今は街道を外れているのだから、そこまで注目されることは無いだろう」

「近くに寄られて一番警戒されるのはイーロゥさんだと思うけどね。筋肉隆々だし。えっと、この子達をその木に繋ぎなおせばいいの?」


 メディーナ殿に少しまぜっかえされながら、手伝う内容を聞かれる。


「うむ。後は餌と水をやってもらいたい」


 そう答えつつ、馬車から薪を出し、火をおこす準備を始める。

 バード殿下が興味深々といった様子でその様子を伺う。


「薪、結構使うんだ」

「そうだな。火は一晩中燃やし続けることになる。その分を考えると、このくらいの量になる」

「燃やし続けるの?」

「野生動物を避けるのに効果的だからな」

「毎日、この量を燃やし続けて大丈夫?」

「途中、数回は補給が必要になるな。まあ、薪は林とかに入って作ることもできる。今ある薪を使い切っても問題はない」

「そっか。そうだよね」

「そんなことを言ったら、水だって少ないよ。どこかで足さないとね」


 殿下と話しているうちに、馬を木に繋ぎ終えたメディーナ殿が戻ってくる。


「うむ。この街道は川沿いの道だからな。水の補給はどこでもできる」

「そう考えると、馬車の中にある物だけで旅ができるんじゃないんだ」

「それが出来れば良かったのだがな。そうすると荷物の量が倍以上になる。そのため、どこでも入手できるような物は多くは積んでいない」

「へぇ、なるほど」

「『なるほど』じゃないよ、バード君。これからあの子たちに飼葉と水をあげるんだから。手伝いなさい!」

「うぇっと、そっか。そうだよね」

「なに、その変な返事は?」

「いや、チェンバレンさんだと『手伝いなさい』なんて絶対に言わなかったから」

「ん? 何? 何か文句でもあるのかな?」

「違うよ! 久しぶりだったから戸惑っただけ!」


 そう言って、殿下は少し慌てて、メディーナ殿を手伝いに馬車の方に駆けていく。それを横目に見ながら、魔法杖で火をおこし、夕食のための準備を始める。



「「いただきます」」

「……」


 日が暮れるころには夕食が完成し、3人そろった時点で食事を取る。と、殿下とメディーナ殿が声を合わせて食前の挨拶をする。そういえば、今までもメディーナ殿と殿下は食事の前に声を揃えて言っていた気がする。が、メディーナ殿はともかく……


「ちょっと、イーロゥさん。ご飯の前に『いただきます』は絶対だよ?」

「いや、殿下がその挨拶を自然にするのはどうかと思うのだが……」

「そうだね。これもチェンバレンさんに怒られたよ。『いただきますには食事を作った者への感謝が含まれているが、王族にはそのようなものは不要です』って」

「じゃあ、ずっと『いただきます』してなかったの?」

「代わりに神様に祈ってたよ。王族って、神様の代わりに国を治めているから、神様に祈る分には問題無いんだって」


 うむ。やはりそうなるのだろう。むしろ、メディーナ殿は王族に何を教えているのだろう、そう疑問に思うのだが。


「だから、こう、胸の前で両手を組んて、心の中で『いただきます』って言うことにしたんだ」


 いや、それもどうかと思うのだが……


「今の僕はもう『王子』じゃないんだよね? 城を出るってことはそういうことなんでしょ? だから、挨拶も手伝いもちゃんとするよ」

「そうね、それでいいと思うよ。で、イーロゥさん、食事の挨拶は?」


 2人の視線がこちらを向く。


「……いただきます」


 やむなくそう言って、食事を始める。



 3人で焚火を囲いながら、食事を進める。旅の食事など粗食と言ってもいいものだろう。干し肉や野菜を鍋で煮込み、塩で味を調えた程度のものだ。だが、殿下は実に美味しそうに食べている。


「殿下はこのような食事でも良いのだろうか?」

「うん? 美味しいよ? この先は飽きちゃうかもしれないけど。毎日こんな感じなんだよね、きっと」

「うむ。まあ、多少は味を変化させるつもりだが」

「そんなことできるの? 塩くらいだよね、味をつけてるの?」

「肉の種類を変えたり、魚に変えたりだな。あと、野菜でも結構味は変わるものだ」

「ふうん。じゃあ、大丈夫じゃない?」

「いや、いままでと比べて質素になっているだろう。なのに不満無く食べているようだったのでな」


 殿下の食事をみて、気になったことをたずねる。

 答は意外な事実だった。


「えっとね、以前もメディーナさんと食事を半分こして食べてたから。始めは味が薄いかなとか思ったけど、慣れれば結構おいしかったし」

「正確には半分よりさらに少ないけどね。バード君の食事の量が多すぎる分、私の食事の量を減らしていたから」

「そうなの?」

「そうだよ。特にバード君の食事、肉が多かったから。私の食事は肉が少ないメニューにしてたのよね」

「そっか。そういえば、このお肉あんまり食べたことないかも」

「まあ、王宮の食事に干し肉は使わないだろう」

「結構おいしいと思うけどな。で、メディーナさんの食事のスープがこんな感じだった。最近食べてなかったから結構懐かしいな、とか思ってたところ」


 つまり、殿下とメディーナ殿は食事をわけあってた。量を調整するためにメディーナ殿の料理は少なめに準備してた、ということだろうか?


「……メディーナ殿は、なぜ、そんなことを?」

「そりゃ、嫌でしょ? 一人きりで食事するのも、残すのが当たり前なのも。ちゃんと量を考えて食事を準備する。残さず食べる。栄養が偏らないよう考える。みんなで食事する。同じ物を食べる。どれも当たり前のことだと思うよ」

「……それはそうなのだが」

「私にとって、人を育てるってことは当たり前のことを教えることだったから。食事、挨拶、着替え、全部当たり前のことを言ってきただけだよ?」


 しかし、王族相手にそのようなことをして良いのか、などと考えていると、メディーナ殿から意外な指摘を受ける。


「イーロゥさんだって同じようなことをしたじゃない。それと同じだよ? 私のしたことは」

「……私が?」

「運動を教えるときに『王城の流儀で教えることは出来ない』って言ったじゃない。私だってそうだったんだよ。だから、自分のやり方で教えただけ。ほら、一緒だよね」


 自分と姉上やメディーナ殿との違いがどこにあるのか、今もわからない。わからないが、その言葉を聞いて、姉上が私を同行させたことの意味をおぼろげながらわかる気がした。



 そうして、夜も更け、メディーナ殿とバード殿下は馬車の中で眠りにつく。私は焚火を3~4時間程度燃え続けるように調整して、その前で火の番をしながら。なにかあった場合に直ぐに動けるようにしつつ、眠りにつく。


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