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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第三章・王都脱出
17/44

3.王城撤退

1/12 自治団最高評議員の口調を変更

 新年祭が終わった翌日、新年1月3日。この日、新年を迎えたことで15歳となり、成人としての資格を得た第三王子の戴冠式が執り行われる。


 それは、王弟グリードの思惑で執り行われた戴冠式だ。だが、その思惑を外れ、パラノーマ王家の凋落を内外に示すことになる。


 それは、式典の前、兵士の招集から始まった。



―― 8:30 兵舎前広場 ――


「ふざけるな! 今日のような日にそんな戯言を抜かすな! 早く持ち場に着け!」

「ふざけてなどいません。今この時を持って、我らは王都兵を辞職します。ここに、第四大隊に所属する分の辞表、381名分を準備しています」


 兵士が多数と少数に別れ、対峙している。多数の側は武装を固め、少数の側は煌びやかな礼装に身を包む。その数は少数側は132名に対し多数側381名。戦闘になればどうなるかはこの場にいる全ての者が承知していた。


 ゆえに第四大隊長は階級の威を借り声を張り上げることしかできない。


 だが、多数派は全く異なる規律で動く。今彼らに命を下せるのは、大隊長の前に向かい立つ彼らの長だ。


「我ら街出身の兵士は、『戦闘時を除き、いついかなる時でも辞職する権利を有する』ことを明文化した契約書を交わしています。その権利を行使しているだけです」

「だからそれがふざけてると言っている! そんな事を認める軍など無い! 反逆罪に問われたくなければ大人しく任務につけ!」

「残念ですが、私達はすでに兵士ではありません。なので貴方の命令に従う義務もありません」


 ……そんな押し問答が延々と続く。


 そんな中、街出身の兵士が80名ほど、集団を離れる。王都出身の兵士にはそれを止める術など無い。


 そんな騒ぎが、全ての大隊と警備隊で繰り広げられた。



―― 同時刻 王都 正門前 ――


「よし、時間だね。ちょっくら行ってくるよ」

「頼みましたよ」


 自治団最高評議員とラミリーが短い会話を交わす。門の外には自治団員1400名が集結。ラミリーは騎乗し、騎馬兵300名の先頭に立つ。そして、そのまま王城に向けて進軍する。


「私達は王城からここまで、安全の確保ですな。お願いしますよ」


 そう言って、傍らの自警団長に話しかける。彼はひとつ頷くと、1100名の自警団員を動かすべく、指揮を始める。



―― 8:45 御殿中庭 ――


「じゃあ、チェンバレンさん、メイさん。これで最後になるね。いままでありがとう」

「ご健勝をお祈りします」


 バードはいつもより少し遅めの時間にジョギングを始める。普段なら共に走るイーロゥも、今日はいない。彼はチェンバレンとメイに最後の言葉をかける。


 チェンバレンはその言葉に言葉を返し、一礼する。メイは何も言わずに一礼する。


 そうして、バードはいつも通りに中庭を走り始める。



―― 8:56 正殿 政務官僚執務室 ――


 街出身の兵士が政務官僚がひしめく執務室になだれ込む。それを見た街出身の官僚が兵士の元に駆け寄る。そして、同じように辞任を宣言する。


 そうして、兵士の間で起きた騒動は正殿に波及する。


 さらに、兵士は御殿にまで足を運び、御殿勤めの女中と合流。彼女たちを保護しつつ正殿前に移動を開始する。



―― 9:03 王城正門前 ――


「おうおう、やってるね。ここまで騒然とした声が聞こえてくるじゃないか」


 自警団員騎馬隊300名を率いたラミリーが嘯きながら、隊を停止させ、正門を確保する。門の上から誰何の声が上がる。


「貴様らは何者だ。速やかにここから立ち去るがいい!」

「門を閉じることすら出来なかったのに偉そうにしてんじゃないさね! 安心しな、今日は出迎えに来ただけさ! どうせ何もできないんだ! そこで黙って見てな!」


 ラミリーの言い分に兵士は鼻白む。だが、今は本来門を閉じるはずの兵士が、閉じさせないように守っているような有様だ。彼にその責を負わせるのは不条理だろう。


 正門前に街出身の兵士50名が合流、さらに王城の外から馬車20台が順に入っていく。騎馬兵を護衛につけ、正殿の前へと移動する。


 馬車の中に身を潜めたメディーナと共に……



―― 9:18 正殿前 ――


 正殿前に到達した馬車に、次々と街出身の官僚、女中が乗り込んでいく。もはや王城内に彼らを止める者はいない。その隙にメディーナは馬車から降り、正殿から御殿へと移動する。


 やがて、全ての官僚、女中を乗せた馬車から正門に向けて走りだす。



―― 9:25 王城正門前 ――


「貴様ら! これは一体どういうつもりだ!」

「言われなきゃわからないかね、まったく。お前が上に立ってる限り、私ら街の人間は王城に協力しないってことさ。なんで、まずは人員を撤退させて貰ってるところだよ!」


 手勢を引き連れた王弟グリードがラミリーと対峙する。その数およそ500人。王城内で唯一、王都出身兵が街出身兵を上回っていた。


 だが、それも見かけの話。ラミリーの後ろ、開け放たれた城門の後ろには数百の自警団員が控え、王都出身兵の後ろには街出身兵が集結しつつある。


 王城の混乱と自警団の進軍を知ったグリードは、唯一混乱の外にあった近衛兵500人を引き連れ、城門へ布陣する。兵を100と400に分け、100の兵で城門の兵を半包囲、残る400を正殿側に向けて布陣することで、兵の脱出を抑え込む。


 だが、それ以上のことはできない。彼には今の混乱した王城兵で戦争ができるなど、露にも思わなかった。


 しかし、別のことも考える。彼らを外に出さなければまだやりようもある。受けた報告の中に剣を振るったような報告は無い。もしかすると、彼らの側にも武力行使を控える理由があるのではないか、そう推察し、兵士で壁を作り正門を封鎖する。その読みは当たり、自警団は近衛との戦闘をさけ、結果にらみ合いの状況となる。


 そんな中、城門側からラミリーが進み出て、彼らの対話が始まったのだ。


「自治団からそのような申し出を受けた覚えはない! 言いたいことがあるのであればそのように申し出をし、交渉の席をもうけ、そこで話し合うのが筋だろう! このような愚行は認められない!」

「お前が認めようが認めなかろうがどうだっていいのさ、こっちは! 私らの言いたいことは一つだけ! お前が上に立つ限り(・・・・・・・・・)、私らはあんたらを正統な政府として認めない! この騒ぎを治めたいなら、あんたが本来の立ち位置に戻ればいい。そうすれば、私らだってすぐにやめてやるさ!」

「私は王族の最年長者としての責務を果たしている。今の国家は年若い王子の方々には荷が重い。ゆえに私が代わって政務をとっているのだ。第一、これは王族内の話だ(・・・・・・・・・)。自治団が出しゃばってくる話ではない!」

「それこそ戯言さ! いいかい、こっちは税を払ってやってんだ! 治安は自分らで守ってんだ! 統治は自分らでやってんだ! 金だけとって好き放題やるってんなら従う義理なんてもんは無いんだってことを認識しな!」

「自治と国家運営を同列に語らないで頂こう! 我が国の統治によって得られた安寧は街も豊かにしている。自分たちの繁栄を自分たちだけで築き上げたものなど、思い上がりも甚だしい。重ねて言う。申し出があるのなら改めて交渉の席をもうけてそこで話し合えばいい。本日の所はお引き取り願おう」

「言われるまでもない。話し合いには応じるさ。街の人間すべてを(・・・・・・・)引き取った上でね。だから、そこをどいてもらえないかね!」


 そうして話は平行線のまま、時間が過ぎていく。



―― 9:28 御殿中庭 ――


「いた。バード君!」

「メディーナさん!」


 中庭の御殿近くの場所でバードとメディーナが落ち合う。


「ほんとに走ってたみたいだけど、大丈夫?」

「僕は大丈夫だけど。メディーナさんこそ大丈夫? そんなに体鍛えてないよね?」

「ふっふっ、そう思うでしょ? 今日のために色々頑張ったんだから。バード君、きっと驚くよ?」

「1年や2年でそんなに変わる訳ないじゃないか。子供じゃあるまいし」

「……まあいいわ。まずは正殿の門まで行くわよ」


 そうして、誰にも見とがめられず、正殿の前に着く。そこには、未だ発車していない馬車が数台、騎馬兵数十人が周りを警戒している。


「まだみたいね。何かあったのかな?」

「どうしたの?」

「予定では、私たちがここに着くころにはもっと馬車が減ってるはずだったから。すんなり出れなくなったのかなって」

「大丈夫なの?」

「まあ、そうなった場合の手も考えてあるし、大丈夫だよ。それよりも、私たちも早く準備するよ」


 そう言って、メディーナは馬車とは違う方向へ歩いていく。


「えっと。あの馬車に乗るんじゃないの?」

「馬車に乗っちゃうと、あとでラミリーさんが困っちゃうからね。あくまで、私たちのことは知らぬ存ぜぬでいくつもりだから」

「そっか。そういえばそうだったね」

「だから、私たちは違う方法で外に出るつもりだよ」

「大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。正門から出るのは変わらないから」

「?」


 そんなことを話しつつ、メディーナとバードは正殿の横手のに歩いていく。



―― 9:53 王城正門前 ――


 グリードはそのあまりの光景に、始めは絶句し、やがて状況が止められないことを悟る。


「自治団は元々反乱を企てていた、ということか」

「馬鹿いいなさんな。ちゃんと話し合いにも応じてやるって言っただろう」

「ふざけるな! 独自の指揮系統を持った内通者を潜ませておいた上に攻城戦(・・・)の準備までしておいてどの口が!」

「あんな馬鹿なもん、戦争に使えるもんか。まあ、今日撤退するために準備したってことは否定しないがね」


 正門から少し離れた城壁、そこに長大な木製の板が斜めに立てかけられている。いや、それは板と表現できるものではない。それは……


「見ての通り、長さ25メートルの運搬可能な橋さ。普段は交易路で洪水かなんかが起きたときのための備えなんだがね。城壁に立てかけちまえばまあ、あんなこともできる」


 そう、そこには城壁に立てかけるように、橋が架かっていた。


「まあ、あれで動揺して、そっちに兵を回してくれて、こっちは大助かりだね。あれで運べるのはまあ、兵士やせいぜい騎兵までだ。馬車を乗せてくにはちと無理があったんでね」


 ラミリーとグリードが舌戦を繰り広げている間に、城壁から突如として橋が内側にせり出したのだ。城内の兵士がその端を支えるための作業を行った後、その橋は瞬く間に内側に伸びて良き、伸びきった所で支えを下ろし、固定をした結果、もはや城壁は意味をなさないものになっていた。


 その光景に、正門を囲っていた兵士が一部囲いを放棄し、懸架の妨害を始める。それこそが決定的な隙となり、今では正門の囲いは破れた状態となっている。


 グリードの目の前を、馬車が一台、また一台と通り過ぎていく。囲いが破れた今、橋は無視され、正門から人員が撤退していく。


「まあ、この後のことは話し合いで決めようじゃないか。もっとも、こっちとしては、お前が仕切ってる間は何も決めることなんざありゃしないがね」


 そういって、ラミリーは馬を返す。



―― 9:58 正殿前片隅 ――


「さあ、着いたよ。バード君、乗れる?」

「乗れるって、そんなこと、軽く聞かれても……」


 そこには、二人乗りの鞍(タンデムサドル)が付けられた()が一頭、木に繋がれていた。


「そっか。あれから授業で習ったりもしなかった?」

「うん。第一、運動関係はイーロゥ先生なんだから。聞かなくてもわかってるんじゃないの?」

「そうだね。まあ、念のためね。うん。じゃあ、バード君は後ろね。私が手綱を握ってるから、先に乗って」

「えっと……」

「ほら。まずはそこの台に乗って。で、鐙に左足をかけて。跨ぎながら乗ればいいから」

「……えっと、んしょっと」


 不慣れながらまずはバードが後ろの鞍に座る。続いてメディーナが手綱を手にしたまま前の鞍に乗る。


「えっと、メディーナさん、乗れるの?」

「もちろん。一年間、ずっと練習してたんだから。さ、つかまっててね(・・・・・・・)。まずはちょっと歩こうか」

「えっ、えっ、つかまるって(・・・・・・)? どこに(・・・)?」

「もちろん、私にだよ(・・・・)。いくよ?」


 そういって、メディーナは馬を歩かせる。バードは驚き、おずおずとメディーナの腰に手を回す。


「そうそう。……ちょっと中腰になるけど、バード君はそのまま、しっかりつかまっててね。速度上げるよ?」


 そう言って、メディーナは腰を浮かせ、軽く前傾する。馬の歩く速度を上げる。バードは無言のまま、言われたままにしがみつく。


「うん。大丈夫、大丈夫。おっ、馬車が動き出した。いけるみたいね。よし! いくよ、バード君!」

「……、うわっと、……」


 そういって、メディーナは馬を駆けさせる。驚いたバードはしがみつく手に力を込める。

 そうしてしばらく走った後、バードにも余裕が生まれる。周りを見る。


「うわあ……」


 見晴らしのいい視点には、広い王城の正面広場。

 石畳の道の両脇を木々が彩る。

 常緑樹が並ぶその風景は、視点の高さも相まって、まるで違う世界に見える。


 遠くには馬車の列。全ての馬車が発車したのだろう。最後尾の馬車も前の方。後には馬車も人もいない。


 二人を乗せた馬が駆ける。

 馬車との距離が縮まる。

 瞬く間に近づいていく。


「おっと、正門が見えたよ」


 そう言って、最後尾の馬車に追いつく。

 横に並ぶ。

 馬車を追い抜く。

 馬車の横を駆け抜ける。


 そうやって馬車を追い抜きつつ、王城正門をくぐる。


 王都の中央通りを駆け抜ける。

 先頭の馬車を追い抜く。

 王都正門までの道を駆けていく。


 やがて、王都正門に着く。


 騎乗したラミリーが門の脇に控えるように佇む。

 速度はそのまま。止まることなく駆け抜ける。


「いままでありがとうございました!」

「しっかりやりなよ、嬢ちゃん!」


 駆け抜ける一瞬の間に声を交わす。お互い、たった一言ずつ、その一言に大きな想いを乗せて。


 そうして二人は王都を出て、そのまま街を駆け抜ける。

 街並みは流れ、まばらになり、姿を消す。


 そこは無限の荒野。

 地平線の彼方まで続く大地、道。

 王城から続く道は幅を狭め、両脇に広がる大地は果てしなく。


 木立が立つ。林が見える。

 彼方には山が見える。

 一月の冷たい風が吹く。


 もはや、バード王子を囲っていた壁はなく、彼の周りには自由が広がっていた。


 そうして、二人は遮るもののない道を駆けていく。



―― 10:28 王城正門前 ――


 そうして、王城から街人が撤退する。各所で対峙していた兵も全てだ。事が起こり始めてから僅か2時間の早業だった。グリードと近衛は状況をただ見守るだけだった。

 途中、バード王子が若い女性と共に王城を出たのも気付いたが、どうすることもできなかった。今回の件と無関係などということはありえないだろう。しかし、護衛も付けず、騎乗して、馬車を追い抜くように走っていったのだ。他の撤退者と比べ、扱いの違いが目立つ。


(そうか。無関係を装ったのか)


 彼はその意図に気付く。だが、もはや事態はそれどころではない。彼にとってバード王子はもはや使えない駒だ。今後のことを考えると(・・・・・・・・・・)放置はできないが(・・・・・・・・)、今はもっとやらなくてはいけないことがある。

 そして、考えた末、一つの結論を出す。


「まずは、予定通り戴冠式をとり行う。各大隊の指揮は一時的に近衛兵隊長に預ける。残った兵で動かせる者は全て正殿前に整列させるように」

「はっ」


 まずは、自分の力で(・・・・・)戴冠式を執り行う。そうしなければ、時と共に不利になる。いずれ自治団とは話をつけるが、まずは自分の地盤固めだ。


 そうして、まずは戴冠式に向かい、王城は動き始める。



 その後、予定通り、戴冠式は執り行われる。

 全ての兵を集め、警備の兵まで動員し、それでも規模が半分以下となった戴冠式は、直後に発表された城外街の声明により、誰の記憶にも残ることはなかった。


 こうして、第8代国()王セリオ()ス・パラ()ノーマ()の戴冠の日は、城外街離反の日として記憶され、幕を閉じる。



 王都から脱出した二人はやがて速度を緩め、馬を歩かせる。


「バード君もこれから馬の乗り方を覚えた方がいいと思うよ。結構便利だし、何より、結構、気分が良い!」

「そうだね。一人だともっと速いの?」

「倍くらいには速いよ。もっとも、馬だって生き物だから。速く走れば疲れるし、休憩だって必要だけど」

「そっか。そうだよね」

「なにより。私もイーロゥさんも馬に乗れるんだから。バード君が乗れるようになれば旅の速度は倍になる。これからのことを考えると、損はないと思うよ」

「……うん。そうだね。僕も覚えよう」


 二人が向かう先は王都の隣の小さな村。そこの宿で、イーロゥが旅の準備を整えて待っている。他愛のない話をしつつ、隣村への道を行く。


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