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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第三章・王都脱出
16/44

2.計画と葛藤と

2017.12.24 三点リーダーを修正。

 次の日、中庭をジョギング中にバード殿下に城外脱出の話を切り出す。


「昨日、姉上とメディーナ殿とで話をしたのだが……」

「メディーナさん達と? 何を?」

「バード殿下が城外に出るつもりはないか、確認するように言われている」


 そうして、将来バード殿下の身が危なくなると予想されること、半年後に城内が混乱状態に陥ること、その機に外に連れ出すことを考えていることを伝える。


 殿下は少し考えた後、返事を返す。


「うん。わかった。僕は多分城の外に出た方がいいのだと思う」


 そうだ。もう一つ言わなくては。

 納得できない心が頭をもたげる。その心をねじ伏せる。


「もう一つ。城を出た後、メディーナ殿と共に遠くの地に逃げてもらうことになると思う。すまないが私は行動を共にできない」


 私の一言で、殿下は少しの間無言となる。規則正しい足音だけが辺りに響く。

 そうして殿下は、一言、ぽつりと呟くように話す。


「そっか。残念だけど仕方ないのかな」



 そうしてジョギングを終え、チェンバレン殿と話をする。


「バード殿下をクローゼ様の墓参りに連れていきたい。その際に前の付き女中のメディーナ殿と私の姉であるラミリーがお二方に話をしたいと申しているが、受けてもらえるだろうか?」


 この話を聞いたチェンバレン殿は、少し考えた後に返事を返す。


「一つ条件を付けたいのですが、よろしいでしょうか?」

「条件?」

「簡単な話ですよ。その話にイーロゥ様も参加して頂きたいと思います」

「……」

「私共はメディーナ殿とラミリー殿と面識がありません。私達としては、そのお二方よりイーロゥ様の方が信が置けます。故に同席をお願いしたいのです。同席していただけないのであれば、この話を受けることは出来ません。同席して頂けますか?」


 難しい話でもないし、了承しなければ受けられないというのであれば、答えは決まっている。


「わかった。話し合いには私も同席しよう」



 話し合いの結果を姉上、メディーナ殿に伝える。そして、墓参りの日がやってくる。



「うーん。城外は久しぶりだ」

「バード様。もう少し落ち着かれた方が良いかと存します」

「わかったよ。まったく」


 周りをきょろきょろしながらバード殿下が弾んだ声を出す。と、チェンバレン殿がそれを窘める。バード殿下とチェンバレン殿の間に嫌な空気はない。メディーナ殿とは違う形で良い関係を築いているように見受けられる。


「まったく。いつも余計なこと言うんだから。じゃあ、イーロゥ先生、行こうか」

「ああ」


 そうして、バード殿下と並び、クローゼ様の眠る墓地までの道を歩く。一歩控える形でチェンバレン殿、メイ殿が付き従う。そして程なくして、メディーナ殿と姉上の待つ墓地に到着する。


「メディーナさんだ。おーい!」


 ちょうど着いたばかりだろうか? 花を供え、静かに黙とうしていたメディーナ殿がバード殿下に気づき、手を振り返す。


「バード君、元気だったー!」


 手を振りながらメディーナ殿が大きな声を上げる。殿下が駆け寄る。


「僕の方は大丈夫。チェンバレンさんがちょっと口うるさいくらい。メディーナさんは?」

「私の方も大丈夫だよ。もっとも、生活は激変しちゃったけど。そんなことより、こら。チェンバレンさんにはお世話になってるんでしょ? そんなこと言っちゃだめ」

「げ、メディーナさんまで口うるさい」

「なんですって!」


 そんな話をしている中、遅れて私たちがメディーナ殿たちの前に到着する。


「はじめまして。私はチェンバレン、こちらはメイ。共にバード様の側で仕えさせて頂いています」

「はじめまして。私はメディーナ。以前バード君の側で仕えていました。こちらはラミリー。今の私の雇い主です」

「城外で道場を営んでるラミリーだ。あと、城外街の評議員なんてこともやってる。まあ、少しの間かもしれないが、よろしくさね」


 チェンバレン殿たちと姉上たちが互いに挨拶を交わす。


「まあ、無粋な話は後にして、まずは故人を悼もうじゃないか」



 そうして、去年の倍になった人数にどこか感慨を覚えつつ、クローゼ様の墓参りをする。



 そうして、墓参りを終えた後、姉上の案内で王都の軽食屋に入り、全員分の食事を注文する。やがて、注文した料理が机に並べられる。騒然とした中、全員が食事を終え、人数分の茶がテーブルに並び……


 本題となる話が始まる。


「さて。今日わざわざ城の外まで呼んだのは他でもない、バード王子のこの先に関することだが」


 そういって、姉上は話を切り出す。


「まあ、既にわかってるかもしれないが。この先王子が城に残ることは本人にとってよろしくないと考えている。脱出した方が良いってね」

「そうですね。バード様が厳しい立場に置かれるだろうことは想像に難くありません。私どもとしても、お役御免で済ましたくありません。なので、その話自体は歓迎できるものです」

「話が早くてありがたいね」


「ですが、どのように王子を城から出すつもりなのか、貴方たちが何をするつもりなのか、それをお聞かせ願いたい。その答え如何によっては私たちの取る行動も変わってくるかもしれません」


 チェンバレン殿がまずは手始めとばかりに質問をする。


「第三王子の戴冠式の日にバード王子を城から連れ出し、嬢ちゃんと一緒に信用できる所に預けるつもりさ。で、王城の力の及ばない、信用できるような場所にね」

「なるほど。そうすると避難先はビオス・フィア自治領くらいですか」

「よくしってるじゃないか。さすが、元皇太子の側役さね」

「他にそんな土地は無いでしょう」


 姉上は、意図をずらした(・・・・・・・)答えを返す。

 だが、チェンバレン殿は、静かに追及する。


「ですが、まだ質問に答えて頂けていない。どのように王子を城から出すつもりか、貴方たちが何をするつもりなのか、答えて頂けないでしょうか?」



 姉上の気配が僅かに動く。


「王子をどうするつもりか、だけじゃ不足かい?」

「不足しています。王城の警備を掻い潜ってバード様を脱出させるなど、容易なことではありません。城外街の評議員が、バード様を救うためだけ(・・)に動くなどありえないことでしょう。あなた方は、何をなさろうとしているのですか?」

「そいつは、おいそれと話せることではないんだかね」

「そうでしょうね。ですが、こちらも聞かずに済ませることは出来ません」


 姉上の問いに、チェンバレン殿は答えを譲らない。

 姉上の拒否を、チェンバレン殿は認めない。

 交わることない空気が満ちる。


 その空気を、まずはチェンバレン殿が打ち破る。


「まずは、こちらの推測をお話ししましょう。あなた方は王弟殿下(グリード)が指導的立場に立つのに反対しています。ですが、もはやそれを止めることは出来ない情勢かと思います」

「そうだね。もう打つ手が無い状態さね。だからこそ、王子を逃がそうって話をしてるんだ」

「ええ。そして、情勢が決まったとなれば、中立はありえない。となれば、あなた方の取るべき道は2つ。王弟殿下(グリード)に従うか、敵対するかです。そして、あなた方は敵対の道を選んだ。そうでなければ、バード様を逃がそうという判断はできないでしょう」

「ああ、そうだね。そこまでは否定しないさ」

「ですので、あなた方が隠したいのは、敵対するか否かでは無いことになります。であれば、どう敵対するか、敵対したときに何が出来るか、それを隠しておきたいと推測できます」



 静かな追及。明快な事実を重ねた推測。強い視線が姉上を襲う。


「あなた方の持つ政治的な力は既に知れています。その力ではバード様を救えないことも。ですが、軍事力は(・・・・)未知数です(・・・・・)

「王都兵3500に対し自警団員2400、こいつは嘘偽りの無い数字だ。はっきりしてるじゃないか」

「王都兵は王都民、街人双方で構成されています。それに対し、自警団員は街人のみです。あなた方が王城と敵対することになれば、街人出身の王都兵はどう動くのでしょうか?」


 追及は緩まない。激することのない言葉は、ただ静かに姉上を追い詰める。

 そして、その追及は一つの秘密を刺し貫く。


「今の兵士の採用基準は狂っています。賄賂の多寡で好きなだけ送り込めます。官僚のように派閥論理も働きません。王城と敵対しても有利に事が進める、それだけの数を送り込んでいる、そうではないですか?」



 そうして、再び沈黙が訪れる。


 一方は典雅に茶を嗜み、一方は思索にふける。両者の間に静寂が満ちる。


 姉上はふと寝かせた拳に視線を落とす。

 そして、慎重に、言葉を選びつつ、口を開く。


「まず、これだけは言っておく。なにも城外街は反乱を企てようとか、そんなことがしたい訳じゃない。自分達の身を守る、その手段として兵を送りこんでいた。それだけだ」

「そうでしょうね。そこに疑問は持っていません」


 姉上の言葉にはまだ力が残る。野心など無く、ただ必要だからと言い放つ。

 そして、真意を探る問いを発す。


「その上で改めて確認したい。今の推測だけでもグリードに知られたら、こっちも即座に対応するはめになる。ばらすつもりは無いのかい?」

「あなた方の取る行動にもよるでしょう。私共はバード様に仕えていますが、同時に王城に仕える人間でもあります。例えば、革命を計画されているのであれば、私共としてはとても賛同はできません。ですが、もっと穏便な、王弟殿下(グリード)との権力闘争の枠内に収まるような話であれば、それは私の関与するところでは無いと考えています」


 自らの決意を促すための問いに、主に仕える男の静かな答え。

 その決意に比例するように姉上の拳に力が入る。


「……軍事力ってのは、どう動かしたって、騒ぎの元になっちまう。その辺りはどうだい?」

「それは、話を聞かなければ判断できません」


 揺るがぬ答えに姉上の決意が固まる。握った拳でもう片方の掌を殴る。やがて、意を決したように口を開く。


「わかった。話そうじゃないか。但し、納得できないようなら、この場でその身柄を拘束させてもらうよ」


 音一つ無い静かな空間に、威烈をまとい始めた声が響く。



「うちらが考えているのは、単に王城と城外街の戦力を逆転させ、それを王城側に見せつけるってことだけさ」


 そう言って、姉上は刺し貫かれた秘密を明かす。


「2300人。こいつが、王城に送り込んだ兵士の数だ。こいつらはすべて城外街の息がかかっている。逆に言えば、王城内に本当の意味での王城兵は1200人しかいないってことだね」


 兵士の2/3は街の人間だと、意のままになると、衝撃的な事実を口にする。


「こいつらを全て王城から引き揚げさせ、自警団に組み込む。そうすれば、王都兵1200に対し自警団員4700。あほらしいほどの戦力差だろう? 王都だけで対応できる数じゃあないね」

「で、同時に声明を発表する。『君側の奸グリード』の退陣を求める声明さ。こいつには、すでにいくつか賛同する領主も取り付けてある。相手は自分の野心のために外戚を宰相につけるなんてことをしたんだ。声明に説得力も出てくるってもんさ」

「お次は納税拒否と経済封鎖だ。但し、経済封鎖に関しては穴をあける。第三王子派と繋ぎを取って交渉した後に解除する。あくまでグリードに反対しているって態度を貫く」


 姉上の過激な話は続く。だが、これだけは聞かなくては、その思いから言葉が出る。


「私には今の話は反乱としか思えない。王都と街の兵は確かに逆転するが、国内から兵を募れば、あっさりと万以上の兵は集まる。そんなことをすれば、反乱の汚名を着せられ、討伐されて終わりではないのか?」


 私の発した当然の疑問、その疑問も姉上はあっさり答える。


「討伐なんてできないのさ。全国から兵を集めれば、城外街との戦争勃発だ。そうなった場合、その兵が来るまでに1200の兵で王都を守らなきゃいけない。そんなことは不可能だ。だからといって、王都を放って王城に籠っちまったら、後が続かない。そんなことはグリードだって解ってることだろうさ」

「第一、うちらを討伐しちまったら、その後の城外街はどうする。32万の民衆を抱える街だ。横紙破りをしたグリードのために城外街を切り捨てるなんて言ったら、むしろグリードの方が失脚するだろうさ」


 その答えには、自身の優位を確信しながら、


「だから、こっちが交渉のテーブルを用意すれば、向こうは応じるしかない。あとはまあ、折り合いがつくまで話しあうだけさね。ま、こっちは強気で行くつもりだ。年単位の時間がかかるだろうね。まあ、うちらの考えはこんな所だ」


 それだもなお、交渉での決着を望むという、強い信念に満ちていた。



 静かに時が流れる。

 チェンバレン殿は黙し、己に没頭する。


 そして、緊張に満ちた静寂の中、問いかけの言葉を発す。


「あくまで、交渉での決着のために兵士を動かす、という解釈でよろしいのですか?」

「そのつもりさ。だから、死者は一人も(・・・・・・)出させない(・・・・・)

「直接武力を行使した方が思い通りになるのでは?」

「そんな事をして、その後どうするんだい。だれもうちらについてこないのが目に見えてる」

「いくつかの領主を味方につけたのでは?」

「戦争せずにグリードを退けるためにね。王城の正常化、商取引の正常化、それらが目的だ。やりすぎちまったら敵に回るだろうさ」

「全てが終わったら元の関係に戻るつもりと」

「……残念ながら。王弟の更迭、自治と商取引に関する役職は最低条件だ。それが認められなければ関係修復は無い」

「自治と商取引以上は求めるつもりはないと」

「もちろん」

「事が終わった後は?」

「即位されるっていう、第三王子が政務を取ればいいんじゃないかい。傀儡としてではなく、自分で」

「その彼が城内街に不利な政策を掲げたら?」

「理があれば従う。理に反すれば反発する。今回のように。当たり前のことだね」


 チェンバレン殿は次々と問う。姉上は全てに即答する。

 そして、全ての問いが終わったのだろう。最後の問いを発する。


「王城、王族への反乱では無いのですね」

「もちろん。目的はグリードの失脚と真っ当な商売、それだけだ」


 最後の問いにも、姉上は迷うことなく答えを発す。

 そして、チェンバレン殿も答えを返す。


「わかりました。この件は胸にしまっておくことにしましょう」


 その言葉に、姉上が安堵の表情を浮かべる。握った拳を緩める。静寂は終わりを告げる。



「そうかい。助かるね」

「いえ。あなた方がつけこむ隙を作ったのは王城の政府でしょう。もとより私には関係の無い事です」

「良く言うもんだね」

「今私がお仕えしているのはバード様ですので。お仕えしている間はバード様のために動くのが筋でしょう」

「そうかい。大した職業意識だね」


 ざわめきが戻った中の会話は、打てば響くような、まるで台本があるかのような流れで進み、そろって口を休ませる。


 そして、静かに茶を飲み終えたチェンバレンが最後の話題を口にする。


「では、最後の話をしましょうか。バード様をどのように脱出させるおつもりですか?」

「まあ、あんたなら想像つくだろう」

「そうですね。2400人の兵士が一斉に辞めて混乱しないはずがありません」

「ついでに、官吏250人、研究職5人、女中30人も一緒に辞めてもらうつもりだ。兵士を護衛につけてね」

「大混乱になるでしょうね」

「間違いなくね。で、その中にうちの嬢ちゃんを紛れ込ませ、脱出の手引きをするって寸法さ」


 だが、そこに、ただ一点の相違が混じる。


「なるほど。ですが、その形なら、イーロゥ殿が連れ出した方が確実ではないでしょうか?」

「それなんだが、うちのボウズはこの計画には組み込まない。だから、朝の訓練で一緒に走られるとちと困る。どうしたって王子が行方不明になった原因の最有力候補者になっちまうからね。それじゃあ、王都にいられなくなっちまうだろう?」


 その言葉に忸怩した思いが蘇る。それを押し殺す。



「やはりそのつもりでしたか」

「そうさ。ボウズをこの計画に組み込むなら、最初からこの席に同席させているさ」

「では、私がなぜイーロゥ様をこの席に同席することを条件にしたのかもお分かりではないでしょうか?」

「うちのボウズも計画に組み込めってんだろ。そっちからすれば私らよりもボウズの方が信用が置ける。わからない話じゃないさ」


 流れるような問答の後、チェンバレン殿が、核心をついた問いを放つ。


「そうですね。ですが、正直に申しまして、イーロゥ様をこの計画から外そうとする理由がわかりません。彼以上の適任者はいないのではないですか?」

「……そうさね。確かにボウズは適任者だ。王子の信用があるし、腕もたつ。だけどね……


 計画からなぜ私が外されたのか、理由は私としても気になっていた。ゆえに姉上の話を一語一句聞き逃さないようにしていたのだが、その矢先に殿下が割り込む。


「だめだよ。イーロゥ先生は、もう僕に『一緒に行けない』って言ったんだ。簡単にひっくり返しちゃいけないよ」



 バード殿下の意見が耳に入る。

 その内容こそが、何よりの衝撃だった。


「ですが……」

「一度言ったことは取り消せない。メディーナさんも、チェンバレンさんだってそうやって僕に接してきたじゃないか。チェンバレンさんは小言がすごい多かったけど。全部本当のことで、考えた上での言葉だったでしょ? 大事なことをなにも考えずに言った事なんて無かったじゃないか」

「……」

「考えた上で間違えたならしょうがないと思う。だけど、一度ダメだと言っておいて、人に言われてやっぱり良いんだなんて、そんなことはしちゃいけない。ちゃんと自分で決めなくちゃ」

「僕は、自分のことは自分でできるようにってメディーナさんに教わったんだ。最初は着替えとか、そんなことだと思ったんだけど、違うんだ。自分で考えて、自分で決めなきゃいけないんだ。チェンバレンさんだって、ご飯の量や馬鹿な訓練の時、僕の考えをちゃんと聞いてくれたのは、僕がちゃんと考えた上での言葉だったからでしょ」

「僕だって、イーロゥ先生が『僕に頼まれたから』なんて理由でついてきてほしくない。メディーナさんだってそうだと思う。だから、もう決まった話だよ。イーロゥ先生とここで別れるのは」



 ぼうぜんとする。

 殿下の言葉は当たり前の言葉だ。だが、私がなぜ計画から外されたのか、この上なく理解させられる言葉だ。


 空白になった頭に、姉上の笑い声が届く。


「くっくっく、なるほどね。こいつは確かに嬢ちゃんの家族だ。嬢ちゃんはね、『こちらからお願いしないと来ないようなら頼まない』って言ったのさ。王子の重荷になるってね。そりゃもっともな話だろう。なんで、計画から外させてもらったってわけだ。で、彼の侍従としてはどう思う?」

「……そうですね。十分に頷ける話だとは思います」

「じゃあ、どうする? うちらが手配した護衛で満足するかい?」

「……イーロゥ様の意志はどうなのでしょうか?」

「さてね。聞いちまったらお願いするのと同じだろうって、嬢ちゃんが言うんでね。これっぽっちも聞いてないよ」

「……今から聞いても?」


 その言葉にメディーナ殿が反応する。それを姉上が制する。

 そして、チェンバレン殿に肯定の意を示す。


「そうだね。聞いても良いんじゃないか? 但し、筋が通ってるんならね。始めっからビオス・フィア出身の人間とか、王都出身でない人間をつければいい話なんだ。そいつに任せたくないんなら、その理由もきちっと述べな」



 理解する。これが最後だ。姉上は機会を与えてくれたのだと。


 姉上はこの計画で無用なリスクは侵さないだろう。また、メディーナ殿もそれを見逃さない。この二人が、そろって私よりも他の人間から選んだ方が良いと考えてたのだ。王子の精神的な負担が軽いからと。


 メディーナ殿は王子の負担が軽い方を選ぶのは当然のことだ。

 なのに、私は声も上げず、ただ私を選ばないことに納得できなかったのだ。


 なぜ納得できない? 信用されなかったからか? 違う。


「ビオス・フィアの人間が信用できないわけではない。だが、私は王弟が上に立つ王城に仕えることにもはや納得できない。そして、この事態に指をくわえていることも。出来ることなら殿下の近くで微力を尽くしたい」


 そう、ここまで来てやっと気付いた真情を述べる。



「まあ、そんなところかね。王子の言葉を聞いてちょいと気が変わった。うちのボウズも連れてってくれないかね」

「ですが……」

「いや、嬢ちゃんの言いたい事はわかる。一度流されちまったのも確かだ。だけどね、私はこれでもこいつの姉なんだ。ボウズにとって、あんたらと同行させるのは良い勉強になる。なに、こんなんだが役に立たないわけじゃない」


 姉上がメディーナ殿に向き合う。

 姉上らしい言葉で、姉上には珍しい頼み事をする。


「嬢ちゃんのした取引と一緒さ。ボウズに勉強する機会を与えてくれ、そしたらボウズはそれに見合っただけの活躍をする、そんな話さね。どうだい、そう考えれば悪い話じゃないだろう?」

「……本当に活躍するのかな?」

「腕っぷしが必要な場面なら間違いなく。こう見えてもうちの師範代だった男だよ。そいつより腕の立つ人間はちょっと用意できない」


 その言葉は姉上らしい言い回しで、そして、姉上らしい強さで。


「見た目で強くないとは思わないけど……」

「なにより、今回の話は結構薬になっただろう。この先、同じように流されちまうんなら見捨てて貰っても構わない。どうだい? 乗ってくれないかね」


 なにより堂々と、真っすぐに、簡明直截に。

 姉上が私のために頭を下げる。


「……わかりました。ラミリーさんに頭を下げられたら断れないよ。バード君もいい?」

「いいけど。いいのかなぁ」


 バード殿下が納得できない声を上げる。当然だろう。

 姉上がその言葉に応える。


「もちろん、よくはないさね。だがね、王子が嬢ちゃんから教わったようなことを、ボウズは教わらずにここまで来ちまったんだ。ほんとは私が教えなきゃいけなかったんだが、まあ、そん時は私も若くてね」

「なに。特別なにかしろってわけじゃない。ほっときゃ勝手に学んでくさ。そのあたりで納得してくれないかね?」


 姉上の話を聞いて、バード殿下は困ったようにメディーナ殿とチェンバレン殿を交互に見る。チェンバレン殿がその視線に応える。


「イーロゥ殿は自分が同行したいと希望され、そこに嘘偽りはなかった。それでよいのではないでしょうか?」

「そうかなぁ」

「それでいいのですよ」


 そして、かろうじて自分の同行が認められた。



 そうして、その日の会話は終わりをつげる。

 その後、姉上は自治団との調整のため道場を不在にする日が増え、メディーナ殿が連絡のため道場に残ることが多くなる。


 そうして、日は過ぎて新年一月。




 思惑が交錯し、舞台を役者が舞い踊る。

 歴史に残る、第8代国()王セリオ()ス・パラ()ノーマ()戴冠の日の幕が上がる。


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