後世の図書館にて ~ 旅人と相棒の会話 2
2016.9.10 加筆修正(爆発事故の裏話)
2017.12.24 三点リーダーを修正。
本編ストーリーとは関係のない掛け合いです(設定等の説明回です)。
読み飛ばしても問題ありません。
ビオス・フィア市民図書館で、ジャーニィは一旦読んでいた本から目を話す。椅子に座ったまま軽く背を反らす。
『ふぅ。ちょっと読みつかれたかも。一旦休憩?』
腰に差した剣が話しかけてくる。本を手に席を立つ。周りにだれもいないことを確認してから返事を返す。
「いや。今日は一旦帰ろうかと思う」
『そう。この本、借りれない?』
「無理だな。ビオス・フィア市民でないと本の貸し出しはしないはずだ」
『そっか、残念。結構面白かったよね?』
「そうだな。面白くなるのはもう少し先だが」
『えっ? 先、知ってるの?』
「まあ、一度読んだ本だからな」
『言わないでね? 思い浮かべるのも禁止!』
「また無茶なことを……」
『いいから《・・・・》! 先の話を言うのはマナー違反だよ!』
「はいはい、おおせのままに」
そんなやり取りをしつつ、本を返却しに本棚の方に移動を始める。
◇
『そういえば、ちょこっとだけ出てきた執事の人、どんな人だったんだろ』
「チェンバレンか? 彼はパラノーマ期のバードに仕えた人で、バードの礼法はほとんど彼から学んだと言われているな」
『知ってるの?』
「一時期、暇にあかして本を読み漁ったことがあるからな。まあ、普通よりは知識が豊富だと思ってる」
『ふーん』
「で、チェンバレンだが。メディーナと違いバードに仕えた期間はごく僅かだが、誠心誠意仕えていたと言われている。俺としては、誇りをもって仕事に取り組んでいたんだろうと思ってる」
「元々、事故で皇太子が亡くなるまでは、彼が皇太子の教育等を行ってきたんだ。侍従としては最優秀だろう」
『王族、腐りきってたんじゃなかったっけ?』
「全員ではない。むしろ、将来上に立つことが確定している人などは、きっちり教育を施そうとするさ。ただ、あの時代は教育に失敗した王族が多かったのは事実だが」
『へぇ~』
「そんな王族が多かったからこそ、バード王子に少しばかり普通じゃない人間が付けられても目を瞑っていたところがあるのだろうな。メディーナにしろイーロゥにしろ、王族に付ける人材としては疑問がある」
『ほうほう』
「だが、第二王子だの王弟だの、年長者に微妙なのが多かったんだ。とにかく良い人間になってもらうことが最重要視された、そんな背景もあったんだろう」
『王弟って微妙扱いだったっけ?』
「御殿ではな。王妃派と反目していた理由はこのあたりだな」
『つまり、職場では有能な中心人物だけど、家に帰ると問題亭主で、なんで職場で頼られているのかも理解できない、そんな感じ?』
「ひどい例えだな……」
◇
『もう一人、第二王子ってどんな人?』
「酒好き、女好き、仕事嫌い。まあ、典型的な暗君型の性格だな」
『あれ、何歳だっけ?』
「当時17歳。ちなみに当時から、王城に訴え出ては、金を握らさせて帰る母子がちらほらいたそうだ」
『うわあ……』
「バードがそう簡単に城から出られなくなった理由の一端でもあるな」
◇
「チェンバレンに話を戻すと。彼は御殿、正殿共に一目置かれる立ち位置にいた。使用人のため権限があるわけではないが、だからと言って無視はできない。そんな所だ。
ただ、彼自身は派閥抗争云々には関わっていない。また、バードの侍従を拝命したからこそ仕えたのであって、バード個人のために仕えた訳ではない。そういう点もメディーナとは違うところだろう。
それでも、バードにとって、この時期にチェンバレンが仕えることになったのは幸運だったと思う」
『ふむふむ。ただの一言多い執事さんではない、と』
「おまえな……」
◇
『そうそう、爆発事故の責任問題、さらっと流れて無い? いくらなんでも1年は放置しすぎだよね?』
「責任者は権力闘争の渦中だからな」
『……えっと、それって』
「研究室の最高責任者は王弟だ。まあ、王家の最重要直轄事業だからな」
『……なんで権力闘争なんかできるの? 失脚しないとおかしくない?』
「事故という扱いで、国王の視察も不自然なことではないからな。なにより、発端となった魔法で爆発が起こると判明したのは事故の後だ。事故直後に政務を一時的にでも執り行える人間がいなかったからな」
『だけど。国王、皇太子共に死亡だよ?』
「ゆえにだな。特に皇太子の死が大きい。本来国王の身に不測の事態があった場合は皇太子が政務を執り行うはずだった。だが、国王、皇太子共に死亡という最悪の結果が、王弟の立場を押し上げる。そして、次期国王が即位すれば自身の責任問題が再燃する」
『……あー』
「王弟が野心家だったのは間違いがない。だが、自身の保身のためにも上を目指すしかない。突然そんな立場に置かれたのも事実だ。王弟自身、慌てて手を打ち始めたのだろう。王弟の打つ手が後手に回ったり稚拙だったりしたのも準備不足ゆえだな」
◇
『そういえば、一瞬だけ出てきた、お馬鹿な熱血型体育教師、あれ何だったの?』
「彼としては、多分張り切っていたのだろうな。ただ、適度な運動を要求されるところであの指導はどうかとは思うが」
『適度な運動目的じゃなくても、あれはどうかと思うけど。だって11才でしょ? まず1キロ走れ、よしもう1キロ走れ、さらに1キロだ、なんて走らせ方はおかしいよ』
「そうだな。王子が数キロ走れるくらいまで運動していたのが彼にとっての不幸でもあるだろう。彼としては、指導者として優れているところを見せたかった。ところが、既に王子は自分のペースを把握している。王子が自分で運動量を管理してしまっては指導者としての必要性などアピールできないわけだ」
『だからって、ねぇ』
「王弟としても、講師役が必要と言いたい思惑があり、自己顕示欲が強い講師を選んだのだろうと推測されている。まあ、完全に裏目に出た形だな」
『いや、もう少し人を選ばなきゃ。失敗したら駄目な所なんだから』
「言うほど無能でも無いという話もある。そもそも11才で自分の運動量を把握し、キロ単位での走り方を覚えているのも普通では無いのだから。疲れるまで走らせて体力を把握したいような教師にとって、無理を避ける走り方を正しいとする王子は最悪の相性だろう」
『だからって、無理させる理由にはならないよ。そんな手柄を求めるような教え方なんかしなくたって、長く講師役を続ければ、十分じゃないの?』
「まあ、その通りだろうな。だから、結局は単なる熱意の空回りだろう」
◇
『そういえば。【魔弾】なんてのが出てきたけど、あれ何?』
「ああ、あれは魔法が遠隔発動できなかった時代の方法だな。杖も今とは全く違う」
『へぇ~』
「当時の魔法は、魔法を発動するためのエーテル干渉に人間の血が必須で、その結果、発動した本人も干渉した結果を受けることになる。例えば、水から空気を生む魔法を使うと、血管中の血液から空気が生まれる、といった具合だな」
『ふむふむ』
「それを回避するために、あらかじめ人間の血を材料にした弾を用意しておいて、その弾で魔法を発動させる、という考え方で作られたのが、当時の魔法杖と魔弾、ということになる」
『……』
「幸い、と言うべきだろうか。1回の魔法を発動させるのに必要な血の濃度は、そこまで濃くなくていい。100倍程度までなら希釈可能だ。救貧院や刑務所に収容された人間から定期的に血を抜き取って魔弾を生産したり、生活困窮者が血を売ることもあったそうだ」
『……』
「あと、100倍以上に希釈すると、魔法を発動するだけの力がない魔弾になる。練習用の魔弾というのはこれだな。あと、魔法杖も血を使う。これは、魔法を伝達するための血だから、特に消耗しない。また、干渉のための力も使用者から供給される。そのため、機械ぶ……
『ごめん。ちょっとこれ以上は聞きたくない』
「……そうだな。ちょっと無神経だった。すまない」
『説明してくれたことには感謝してるよ。私が聞いたことだし。謝ることじゃないよ』
「そうか。そう言ってくれると助かる」
『当時は必要だった。今は使われていない。それくらいで十分かな? ……使われてないんだよね?』
「ああ。一切使われていない。スポーツに名残りを残しているくらいだな」
『……スポーツ?』
「ラクロスという球技だな。元は魔法杖を使えるようになるために考案された遊びだが、今では純粋にスポーツとして親しまれている。結構盛んに行われている球技だな」
『へぇ? 血なんかは使われてないんだよね』
「もちろん。今度見てみるか? 結構面白いぞ」
『そのときになったら考えるよ』
◇
結局、話が終わるまで、本を返すことができなかった。まあ、時間に追われる身でもない。このくらいは良いだろう。
そうして本を返却し、帰路につく。住み込みの仕事のため、宿代が浮く。さらに個室ときている。大都市だとこういう仕事があるのが非常にありがたい。
次の日の仕事を思いつつ、就寝し、その日を終える。
◇
そして、次の日から労働に汗を流し。
次の休日、再度図書館に足を運び、続きを読み始める。




