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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第二章・御家騒動と他者の思惑
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7.裏側

2020/03/01 誤字修正(報告ありがとうございます)


イーロゥ先生視点です。

 時をメディーナが王城を出る前日、クローゼの墓参りの直後へとさかのぼる。

 イーロゥは墓参りのあと、道場に寄り、姉のラミリーと話をしていた。



「どうだい、ボウズ。今は王城勤めも大変だろうが、やってけそうかい」


「大丈夫です、姉上。第一、今は殿下の方が大変な時です。私の苦労など見せるわけにはいきません」


 姉上の問いかけに、苦笑しつつ答える。確かに国王陛下と皇太子殿下が亡くなり、城内はごたごたしている。日ごろすんなり通った申請も時間がかかったりと、思わぬところにまで影響がみられる。


 国家の柱石ともいえる方々が突然亡くなったのだ。影響の広さはむしろ当然で、意外と思う私が未熟なのだろう。


 それに、私の苦労など高が知れている。殿下のご心痛やこの先に待ち構える苦難を思うと胸が痛い。後見者たるクローゼ様を亡くされ、王弟殿下が後見につくという話だ。


 王弟殿下は今では王族で数少ない成人された方。また、有能な方との評判もある。そのような方が殿下の後ろ盾となるのは喜ばしい事なのだろう。


 正直、私の胸の内になぜか釈然としない思いがある。メディーナ殿にバード殿下の今後を託された身でもあるし、私自身も殿下の行く末を案じている。だが、私はバード殿下の教育役とはいえ一介の兵士に過ぎない。私にどれだけのことができるのだろうか?


 その疑問を姉上に打ち明け、助言を得たいと思い、今日は道場に足を運んだのだ。


 姉上にメディーナ殿との話の内容を説明し、相談を持ち掛ける。



「そんなことは、その時々で、自分のやりたい様にやればいいだけさね」


 単純明快な回答が返ってくる。そんなことで良いのだろうか? と思っていると、まだ話は終わっていなかったようで、話が続いていく。


「第一、どうしてそのメディーナ嬢の話を引き受けたのさ。そりゃ、ボウズがその話を引き受けることに価値があると感じたからじゃないのかい。一介の兵士にできること、できないことがあるなんて誰にでもわかる話さ」

「迷ってるんなら、価値をもっと見極めることさ。兵士としての自分、教師としての自分、きっちり見極めな。そしたら、そんな馬鹿な悩みなんかなくなってるさ」

「その嬢ちゃんは、あんたに出来ないことをお願いしたのかい? そうじゃないんだろ? そうなら今のあんたは引き受けちゃいないはずさ。だったら、自分で見極めて自分で答えを出すことさね」


 ふむ。自分をもっと見直せということか。そして自分で決めろと。


 それが出来ないのは、私の未熟なのだろう。ただ、人に決めてもらうことではないというのはその通りだろう。自分で決める、そのために見定める。そのことを心に叩き込む。


「おっと、そうだ。これから少しの間、毎日ここに来な。いろいろ聞きたい事もあるんでね」


 去り際に、そんなことを言ってくる。夕方辺になるができるだけ足を運ぶと返事をし、その日の話は終わる。



 次の日の夕方、道場に行くと、姉上の横にメディーナ殿が控えるように立っていた。


「今日からラミリーさんの側で働かせてもらうことになりました」


 そう言って、姉上との話にも同席する。少しやりにくいが、いつかは慣れることだろう。城内で起こったこと等を姉上に話すよう促される。昨日の今日で特に事件も無い。


「わざわざ足を運べせて悪いね。でも、見ての通り嬢ちゃんがここで働くようになったんだ。安心させるだけでも意味があると思ってくれさ」


 そんなことを言われる。私としても、バード殿下の周辺でなにかあった時にどうするか、相談できる相手が増えるのはありがたい。どこまで力になれるだろうか?との思いもあるが、バード殿下を案じていることに嘘はない。


 ただ、後事を託された直後に、その相手と毎日会うことになるとはわからぬものだ。そんなことを考えながら、その日は道場を後にする。



 メディーナ殿が辞めて二日目、さまざまなことが起こる。直ぐになにか起きることはないだろうと内心思っていたことを恥じる。姉上はこれを予想していたのだろう。だからこそ、毎日足を運べと言ったのだろう。


 姉上の慧眼には恐れ入る。この道場から城の兵士となった人間も多い。彼らから情報を受け取り、自治団が施策に反映させたりもしている。それが故だろう。


 今日起きたことの情報もすでに入手していると思うが、私としても姉上と相談したい。そのような思いで道場に足を向ける。



「本日付けで急遽、教育役を解任となった。また、新任の教育役がバード殿下と衝突し授業を中断したとの話があった」


「そうさね、もう少し付け加えようか。バード王子の侍従から新任の教育役を更迭するよう要求があった。また、王弟(グリード)はその侍従と女中を更迭するよう要求してるって話さ」


 やはり、既に私以上の話を知っている。


 今日起こったことを時系列で並べると、本日付けで私がバード殿下の教育役を解任され、新任の教育役がバード殿下と衝突し訓練を中断、メディーナ殿の後任となる侍従が教育役の更迭を要求、王弟殿下がバード様の側役2名の更迭を要求という内容になる。


「ま、役者が揃ったんだ。ちょいとばかし相談と行こうじゃないか」


 姉上のその一言で、私、姉上、メディーナ殿での打ち合わせが始まる。



「明日緊急で会議を開いて、後任の人事をどうするか決めるって話だが、決まらんだろうね、これは」

「そうなのですか?」


 メディーナ殿が尋ねる。それは私も疑問だった。


「今の時点じゃどっちの言い分が正しいか判断できないのさ。侍従側の言い分はこうだ。王子に無理な訓練をさせようとした。王子は適切な訓練とするよう要求をするが却下。王子の体を最優先に考え訓練を中断、更迭を求める」

「教師側、いや、王弟側とするか。王弟側の言い分は、王子が訓練中、勝手に訓練を中断する。侍従が介入して楽な訓練を要求。王子には既に怠惰の心が身についており、厳しい訓練で心を鍛える必要があるため聞き入れなかったが、結果訓練を中断された。その後もこちらを無視してその場に留まる等、人格に問題があるのが明らかだが侍従がそれを認めてる、というわけさ」


 王弟側の言い分に疑問がある。


「王子が怠惰とはとても考えられない」

「中断に至る状況はこうさ。まず、教師は王子に訓練場のトラックを5周走るよう命じる。走り終えた時点で、さらに5周追加。それを終えるとさらに5周を命じる。ここで王子は中断してるから、走ったのは実質10周さね」


 続いて姉上が話した内容に唖然とする。そのやり方は完全に兵士訓練、しかも懲罰か何かでやるような内容だ。決して子供にするような訓練ではない。距離こそ短いものの、トラック5周で1キロという距離は、訓練した兵士なら問題無いが、訓練していなければ大人でも根を上げることのある距離だ。


「まあ、ウチでは絶対にやらない方法だね。王城ってのはこんなやり方なのかい?」

「王族の子供に対する訓練に限定すれば、違いますね。明らかに行き過ぎです。そもそも戦闘訓練なんて名前がついていますが、本来適度な運動を目的としています。兵士の訓練内容を知るとかの副次効果も狙ってもいますが。なにより、王族の体を壊すような訓練など誰も認めません」


 メディーナ殿の発言にさらに驚く。


「すまない。適度な運動を目的とするというのは私も知らなかったのだが」

「適度な運動の目的は基礎体力の向上。たぶん誤解していますが、ここでいう体力の向上は病気になりにくい健康的な体づくりとか、そんな意味です。間違ってもさらなる訓練のための体力づくりではありません」


 言われた内容に衝撃を受ける。


「まあ、イーロゥさんの場合、話を伺った上で、考えそのものはしっかりしているようなので様子を見ました。結果問題無さそうだったので特に何も言わなかったという感じですね」

「くっくっく。まあ、私は嬢ちゃんから直接話を聞いて知ってたんだけどね。ついでに体を壊すようなことは無いことは太鼓判を押しといたのさ。感謝するこったね」


 メディーナ殿と姉上から立て続けに言われる。早く指摘して欲しかったとは思ったが、だからといって私に違う鍛え方が出来たのだろうか疑問だ。姉上はそれを見抜いた上で黙っていたのだろう。


「話を戻すよ。まあ、この訓練が行き過ぎってのはあの侍従が判断したことだ。間違いないだろう。だが、王弟側の主張の『怠惰』ってやつが面倒でね」

「なにせ、形が無いもんだからね。いままで他との接点が無い王子の性格なんざ、誰にもわからない。なんで、判断を保留するしかないってことさね」

「ただ、この教育役が走らせた2キロって距離でも運動量としては多すぎるくらいだろうって意見があって、十分に説得力がある。まあ、この教育役の更迭は避けられないだろうさ」

「で、いきなり王弟側がやらかしてくれたんだ。利用しない手は無い」

「なんで、後任にもう一回ボウズをねじ込む。まずはその気があるか確認したかったのさ」


 立て続けに衝撃を受ける。理解を超える勢いで話が進む。それまでの話と自分がもう一度教育役に復帰することが結びつかない。


「但し、この場合は王子が訓練で怠けたりしないってことを早い段階で見せつけなきゃいけない。それを含めて考えてほしい」

「いえ。イーロゥさんは普段通りに訓練すれば良いと思います。あの訓練を見て怠けてるなんて言える人はいないと思います」

「そうかい。じゃあ、そこは考えなくていい。ボウズはもう一回王子の教育役をやる気はあるかい?」


 姉上の話にメディーナ殿が意見をし、姉上が方針を修正する。私にはもはや話の表面をなぞることしかできない。それでも……


「もちろんだ。私は解任されたことに納得していない」


 これだけは断言できる。一片の曇りもない。


「ボウズは王子のこと、悩んでるみたいだったが、それでもかい? ここでもう一回王子の教育役になっちまったら一兵士としていられなくなるかもしれないよ?」

「それでもだ。第一、それとこれとは話が違うだろう。望む任務が与えられるのなら、全力を出さない選択肢は無い」


 そうだ。私は王子の教師役を続けたいのだ(・・・・・・)。いまさらだがそのことを実感する。そうして返事をすると、メディーナ殿が姉上にもう一つ提案する。


「あともう一ついいですか?」

「なんだい、嬢ちゃん」

「バード君は毎朝自主練習をしていますが、それもイーロゥさんにお願いできませんか?」

「ほう、どうしてだい?」

「まず、怠けものなんて評価を完全に払拭できます。それは、そんな評価をして過度な訓練をしようとした王弟(グリード)に教育役を手配する資格が無い事の証明になります」

「次に、バード君との接触の機会を増やせます。毎朝中庭をジョギングしているのですが、中庭全体に目を向けることはできません。王城を通さずに接触するには都合がいいと思います」

「最後に、そうした方がバード君にとっていいかな、と。まあ、これは私事かな」


 メディーナ殿の提案の理由は完全に理解を超える。話した内容が利点となる理由が思い浮かばない。


「うん。悪くないね。自主訓練ってことは、特に許可とかはいらないのかい?」


 そして、姉上はその意見を前向きに検討を始める。


「朝、御殿と中庭に入る許可さえあれば。教師役だと訓練の時間しか入れないはずですので。あと、新しい側役の人にも連絡すべきかと」

「そうかい。まあ、その程度なら問題ないね。どうだい、ボウズ。こっちも引き受ける気はあるのかい」


 そして、姉上は私に再度尋ねる。かろうじて答える。


「わかった。朝練も引き受けさせてもらおう」



 今も姉上とメディーナ殿は相談を続けている。私はその言葉を聞きつつ、内心は別のことを考える。


 今日の姉上は今までとなにかが違う。なにが違うのか考える。そうだ、メディーナ殿だ。メディーナ殿に判断理由を聞かせてる。そして暗に意見を求めている。姉上が違うのではない。メディーナ殿が側にいるかどうかの違いだ。


 もともとメディーナ殿は側付き女中だ。こういう形で意見を求められても答えられるのだろう。それを姉上は期待した。そして、多分期待通りだったのだろう。


 そう思いつつ、どこか釈然としない。そんなことを考えている内に話し合いは終了する。



 道場から立ち去ろうとする直前、メディーナ殿に声をかけられる。姉上は近くにいない。


「呼び止めてしまいごめんなさい。一言だけ伝えておこうかなと思って」

「うむ。何だろうか?」

「ラミリーさんに、イーロゥさんがどこまでバード君の力になれるか思い悩んでいると聞きましたので。多分、イーロゥさんはもう少しバード君のことをよく見た方が良いと思います」

「朝、一緒に走れば、訓練とは違ったバード君を見れると思います。その結果、バード君に失望するのなら、それはしょうがないことです」

「イーロゥさんは、もう一回、ちゃんとバード君を見た上で、どこまで力になるかを考えるべきではないかなと、そう思います」


 その言葉こそが、私にとっては一番の衝撃だった。


「なぜだ。メディーナ殿はバード殿下のことをこの上なく案じていたのではないか? 今日の話も、私がバード殿下の味方だからこその結論ではないのか?」


 思わず問いただすように質問を畳みかけてしまう。彼女は苦笑しつつ答える。


「そうなんだけどね。そんな迷いを抱えたままのイーロゥさんが側にいるより、ちゃんと考えて、心を決めたイーロゥさんが側にいる方がバード君にとって良いかなって」

「それに、イーロゥさんも、そんな迷いを持ったままじゃいけないと思うから」



 メディーナ殿の言った言葉、「そんな迷いを持ったままじゃいけない」という言葉が重くのしかかる。まだまだ私も未熟だ、そう思うことにどこか納得できない。


 そんな想いを、今日の日が終わるまで抱え続けた。



 数日後、本当に私は教師役に復帰し、兵士の役目が重ならない時は朝もバード殿下と訓練することとなった。


 朝、殿下と走り、話をする。気が付けばメディーナ殿の話に、そして姉上の話となる。話をしてて思う。メディーナ殿は姉上の相談相手になることができ、信頼もされている。気が付けば、こうして殿下と話をし、私が殿下を見る機会までを作りだした。


 はたと気付かされる。この状況を作ったのは姉上ではない。メディーナ殿だと。メディーナ殿が姉上に進言したからこそ、この状況になったのだと。


「メディーナ殿は姉上に似た『何か』があるのだろう。私にはそう感じる」


 つい、殿下のそう零してしまう。これも未熟ゆえと考える。どこか納得できない。昨日からずっとだ。


 姉上の言ったことを思い返す。価値だ。価値を見極め、自分で決める。そう考えると、釈然としない想いが少し和らいだ気がした。


 そうして、これといった事件も起きず、一年が経過した。


第二章はここまでとなります。

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