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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第二章・御家騒動と他者の思惑
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6.王族の側役

2017.12.24 三点リーダーを修正。


バード君視点です。

 メディーナさんが辞めた次の日、代わりの女中さんと侍従さんがやってきて挨拶される。


「今日からバード様に仕えさせて頂くことになりました、チェンバレンです」


「メイです。よろしくお願いします」


 二人! 二人もいる! いままで一人だったのに。いけね、挨拶返さなきゃ。


「バードです。こちらこそよろしくお願いします」


 もうメディーナさんはいないんだ。僕自身がしっかりしなきゃ。そう思いつつ、挨拶を返す。なのに……


「バード様は私達の主人になります。敬語は必要ありません」


 そんなことを言われる。すこしムッとした。なぜかメディーナさんをバカにされた気がした。いけない。これは怒ることじゃない。落ち着かなきゃ。


 メディーナさんがいない初めての朝は、すこし機嫌が悪い朝になった。



 朝食、いつもより多くの量が机に並べられる。メディーナさんと違うと改めて思う。食べるときも、今まではいつもメディーナさんと一緒だったけど、今日は二人とも立ったまま。壁際にメイさん。もう少し近いところにチェンバレンさん。なんかすごく食べずらいな、なんて思ってると……


「もう少し音を立てないようになさるべきかと思います」


 またなんか言ってくる。うるさいよ!


 音を立てないよう意識を向けて食事を続ける。



 午前の授業の時間。メイさんが退出する。チェンバレンさんはそのまま。ああ、この人、退出しないんだ。またちょっと不機嫌になる。


 授業を終える。また一言。「わからないところは授業中にお聞きになった方がよろしいかと思います」


 なんだよ、この人! うるさいな!



 昼食は特に何も言われなかった。午後の授業は同じようなことを言われた。夕食時はもっとたくさん言われた。「フォークとナイフの置き方がちがう」だの何だのと。あーもう、ほんとにうるさい。


 寝る前、ひさしぶりに下がるよう命令をして、寝室にいき布団に入る。なんだか凄く疲れた。明日から大丈夫かな?


 いけない。ちゃんとしなきゃいけない。メディーナさんとも約束したんだ。


 そうやって、メディーナさんのいない初めての日は終わった。



 次の日の朝、軽く走って部屋に戻る。げっ、もうチェンバレンさんとメイさんがいるよ。ほんとは素通りしたいけど、挨拶はちゃんとしなきゃ。


「おはよう、チェンバレンさん、メイさん」

「おはようございます。バード様」

「おはようございます。バード様。私どもに『さん』は必要ありません」


 ちょっとげんなりする。そのまま寝室に入る。着替え、着替えっと。着替えを探そうとすると、代えの服を持ったメイさんに声をかけられる。いつのまに寝室に?


「お召し替えは自分でなさいますか?」


 頷いて、代えの服を受け取る。着替えを終えて応接間に戻ると、チェンバレンさんに尋ねられる


「朝はどちらにお出ででしたか」

「訓練も兼ねて少し走ってきた」

「そうですか。次からは御一緒させて頂いても良いでしょうか?」

「えっ? 一緒に走るの?」

「いえ。そばで拝見させていただければと。あと、私共の前ではよろしいですが、言葉使いには注意をお願いします」


 ……ほんっとに、いちいち、細かいよ。


「良いよ。見るだけなら」

「ありがとうございます」



 朝食の時、またも大量の食事が並べられる。うん。これがかなり嫌なことは昨日十分にわかった。これだけはやめてほしい。駄目元で言ってみる。


「食事はこんなにもいらない。特に肉が多い。半分でいい」

「他のものも全部多すぎる。野菜は少しだけ少なく、他のものはもっと少なくして、食べる分だけ並べてほしい」


 昨日始めて知った。食事を残すのはすごく気分が悪い。おかしいな、メディーナさんが来る前もこんな食事だったはずだけど。


 チェンバレンさん、無言で少し考える。あれ、直ぐにダメっていわれるかと思ってたんだけど。


「……わかりました。昨日お召しになられた分量でよろしいでしょうか?」


 頷く。あれ、通っちゃった。自分で言っておいてなんだけど、意外だった。



 今日の午前中は訓練の時間、だけど部屋に来たのはイーロゥ先生じゃなかった。うん。メディーナさんに言われて覚悟はしてた。自己紹介を交わす。訓練場ってところでやるらしい。移動する。


 少し遠いな。そう思ってたら正殿の向こうまで行って。隅にある建物に入る。


 チェンバレンさん、ここにもついてくる。もう、この人は授業だろうが僕の行くところには来るのだろう。すこし憂鬱になる。


 訓練場は、建物の中なのにほとんど部屋が無い、広い空間だった。建物いるのかな、これ?


 とりあえず、まずは体力を知りたいから、地面に引いた線(トラックっていうらしい)を1周走るようにと言われる。そんなに長くないように見える。まあ、流して走ればいいかな?


 走ってみたら、ほんとに短い距離だった。


 走り終わったら、5周走るように言われる。えっと、大体1キロくらい? うん。少し速めでも大丈夫。ペースを考える。大体の速度を決める。今度は本気で走る。


 5周走ると、まだまだ大丈夫そうだな、あと5周なんて言われる。ちょっと!?


 あと1キロだと今の速度はダメだ。ペースを落とす。さっきまで本気で走ったから終わったらちゃんとストレッチとかしなきゃ、とか考えてると「走るのが遅くなってる! もっと速く!」って、ええっ!?


 それでも5周走った。そしたら「まだいけるだろう。あと5周追加だ」と。


 無視して止まる。こんなのはふざけている。訓練じゃない。怒りがこみあげてくる。


 いけない。怒っちゃだめだ。ちがう。怒るのはいい、怒って行動するのはダメだ。考えなきゃ。


 なんか「勝手にやめるな」とか馬鹿が言ってる。「体力が無くなるまで走らないと根性がつかない」頭の上から騒音が聞こえてくる。「まだまだ走れるはずだ。怠けることは許さない」考えるんだ。周りの音は気にしなくていい。今は走りすぎた。息を整えたらストレッチ。怒りはほっとけば良い。考えて行動するんだ。


今までのよう(・・・・・・)に怠けるのは許されない。殿下が何を言おうが私の言うことには従っていただく。今の(・・)殿下は期待されているのだ。その期待には応えていただかないと困る」



 その言葉でバードの燃え上がっていた感情は凍てつき凍り、氷よりも冷たい怒りが頭の中を支配する。考えることなく立ち上がる。無意識に音のした方を睨め見る。

 怒りにあてられた男は言葉を発することをやめ、次の言葉も発しない。


 頂点を超えた怒りは静寂となり、彼の周りを支配する。



「すこしよろしいでしょうか?」


 チェンバレンさんの言葉でハッとする。我に返る。どうやら馬鹿に話しかけたみたいだ。


「バード様は既にかなりの距離を走られたように見受けられます。なぜそこまで走らせようとするのでしょうか?」


 ……少しずつ、怒りがおさまってく。


「距離で決めるのではない。体力で決めるのだ。殿下はまだ走る体力を十分に残しているのに、走ることをやめた。その後も全く走ろうとしない。その態度が問題だ」


 言葉を聞いて、少し怒りが戻る。


「バード様のお考えは?」


 チェンバレンさんが尋ねてくる。考えなきゃ。考えて話すんだ。


「もともと5周だけ走るつもりで走った。走り切ったところで追加するなんて聞いていない。5……


「その……


 話の途中で馬鹿が言葉を被せてくる。その馬鹿をチェンバレンさんが睨んで止める。


「……5周走ったところで丁度よくなるように走ったんだ。なのに、もっと走れ、ペースを落とすなと言ってくる。走りすぎるのは良くない。だからやめた」


「それ……


 また馬鹿が何かを言いかけて、チェンバレンさんに睨まれる。


「失礼ですが、長距離を走りたくないのではないでしょうか?」


「始めに言ってくれれば、20~30周位までなら走るよ。でもそれは、そのつもりで走ったときの話。5周走るつもりで10周、20周と走るなんてしていけない。走る量を追加するなら、一旦休憩して、ストレッチとかをしてから改めて走るべきだ」

「走っていけないとはどういうことでしょうか?」

「前の先生に言われたことだけど。無理な運動をすると体を痛める原因になるって。無理な運動も意味がないわけじゃないけど、怪我や体を痛める方がはるかに怖いって。だから、ちゃんと予定を立てて、目標をもって運動しなさいって。そう教えられた」

「前の先生が言ったからですか?」

「……授業以外でも毎朝運動してるけど、先生が教えてくれたことが間違ってたことは無かった。その先生が体を痛めることは本当に怖いって教えてくれたんだ。絶対にやりすぎちゃいけないって。先生の教えてくれたことは正しいと思う。だから絶対に守る」

「教えてくれたのは前の先生だけど、バード様自身が守るべきと信じてると思ってよろしいでしょうか?」

「そう。それでいい」


 怒りを置いたまま、考えて答える。答えてるうちに怒りが収まっていく。


 チェンバレンさんが僕の言葉を聞いて、少し考えてる。


「わかりました。私にはバード様の仰ることの方に理があると考えます。授業内容の変更をお願いします」


 チェンバレンさんが僕の言葉を信じてくれたみたい。嘘みたい。


「……それはできない。訓練内容を訓練される側の言い分で変えたら訓練にならない」

「バード様の仰ったことは、事前に訓練量を決めること、その量は怪我や故障しない程度とすること、訓練の間に十分な休憩を取ることです。決して不当な要求とは思えません。それでもですか?」

「それでもだ。そのような訓練では緊急時の役に立たない。また、訓練に怪我はつきものだ。それを恐れていてはなにもできない」

「バード様はどうお考えでしょうか?」


 ちょっと考える。緊急時のこと、怪我のこと。イーロゥ先生に教わったことを思い返す。


「……緊急時はあまり考えたことが無かった。けど、いざという時に動けるようになるために訓練するって教えられてる。だから訓練は考えてしなさいって。やりすぎて体を壊して、そのせいで動けない、それじゃ意味がないって思う。だから、やっぱり無理しすぎちゃいけないんじゃないかな」


 考えて、考えながら、思ったことを口にする。


「そうですね。私もそれで良いと思います。変えていただけますか?」

「殿下の考え方はわかりましたが、私には私のやり方があります。変えるつもりはありません」

「そうですか。では今日の授業はもう結構です。お引き取りください」


 馬鹿が(もしかすると馬鹿じゃないかもしれないけど)、それでもダメと否定すると、チェンバレンさんがものすごいことを言い出す。


「部屋に戻りましょう。バード様」


 えっ、なに、本当に?


 馬鹿じゃないかもしれない馬鹿、明らかに怒ってるよ? でも、まあいっか。ただね……


「ちょっと待って。ストレッチはしなきゃ」


 走りすぎたんだから、これはちゃんとやらないと。



 馬鹿じゃないかもしれない馬鹿を無視してストレッチをする。チェンバレンさんの睨みで何もできないみたい。チェンバレンさん、もしかしてすごく怖い人かな? メディーナさんもひっぱたいてくるときがあるけど。でも大抵僕が悪いときだから。


 あれ、でも、今回は馬鹿じゃないかもしれない馬鹿が悪いんだよね。どうなんだろ。


 とりあえず、悪いことした場合に睨まれると思っておこう。うん。やっぱり悪いことはできない。しないけど。


 ストレッチが終わって部屋に戻る。本当に戻ってきちゃったよ。いいのかなあ。


 で、戻った早々、一言。


「先ほどは申しませんでしたが、言葉遣いにはもう少し注意を払っていただくようお願いします」


 ほんとになんなんだよ、この人!



 昼食の時間、言った通りに少なくなってる。メディーナさんのときは別のお皿に料理を盛り付け直してたんだけど、メイさんは最初から量を少なくして持ってきたみたい。食べるのは僕一人だしそうなるよね。


 あれ、手伝うの結構楽しかったんだけどなぁ。



 三四日して、チェンバレンさんが、訓練の先生が変わったことを伝えてくる。


 そっか。でも、次もおんなじような人だよね、多分。


「イーロゥ様にお願いすることになりました」


 うそっ!?


「あと、朝の運動のときに来ていただくようお願いしました」


 えっ! ほんとに!? なんで?


 チェンバレンさんはそれだけ言うと、いつものようにそのまま控える。すごく嬉しいけど、ほんとにビックリした。そんな一幕だった。


 理由くらい言ってほしかったかな?



 次の日の朝、久しぶりにイーロゥ先生と走る。いや、日にちはあんまり経ってないんだ。ただ、いろいろあったせいか、すごく久しぶりな感じがする。


 走るペースはメディーナさんとジョギングしてたときと一緒くらい。久しぶりに長い時間走ることにする。チェンバレンさんに言ったら少し驚いてたみたいだけど「わかりました」とだけ言ってくれた。


 そうそう。チェンバレンさん、今では僕よりも早く起きて応接間で僕が起きるのを待つようになった。僕も結構早く起きてると思うんだけど……


 走りながら、いろんなことを話す。メディーナさんがイーロゥ先生の家に住んでるって聞いたときはちょっと驚いた。この前の訓練で馬鹿じゃないかもしれない馬鹿を怒らせたこと、すごく助かったとか言ったらしい。


 なんでそんなこと知ってるの? なんでメディーナさんが助かるの? ちょっと訳わからないよ。でも、もういないと思ってたメディーナさんが近くにいる気がして、少し嬉しかった。


 イーロゥ先生に、なんでメディーナさんがそんなことまで知ってるのか聞いてみたけど、先生にもわからないって。ただ、イーロゥ先生のお姉さんが、王城内のいろんなことを知ってるみたい。そこから知ったんじゃないかと。


 興味がわいて、お姉さんのこと、くわしく聞いてみる。凄い人みたい。実家の道場を経営してて、頭が良くて、すごく強い。威勢がいい。男顔負け。そんな感じみたい。


 メディーナさんと話したとき、そのお姉さんに近いものを感じたって。


 嘘だ! それはおかしい! ありえない! むしろ真逆だよ!


 ……まあ、イーロゥ先生だし。そんな言葉で納得させながら、先生と二人、ゆっくりと走り続けた。


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