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バード王子の独立記  作者: 市境前12アール
第二章・御家騒動と他者の思惑
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5.街の流儀

2017.12.24 三点リーダーを修正。

「今、王城はお家騒動で揺れていると思います。バード君がこの騒動を乗り切るだけの支援をしてもらうことはできますか?」


 今一番大事なことをラミリーさんに聞く。自治団に頼った場合に求められることはわかった。話には出なかったけど、私の役割も多分理解している。でも、それは先のことだ。今はこの人達を頼るしかない。


「正直、厳しいさね」


 でも、返ってきた言葉は厳しいものだった。



「まず、ウチらとしても、出来る限りのことはする。それは約束できる」

「だが、相手は王族と正妃の派閥になる。ウチらの派閥はそのどっちにも届かない。決定的なまでに発言力が欠けている」

「なにせ、数は多くてもそのほとんどが一般の兵隊や下級官吏だ。誰も注目していないような人事を操作するくらいならできるが、お偉いさんが出張ってくれば吹き飛ばされちまう。そんなこと位しかできないんさね」

「王城の中ってのは、血筋、係累がものを言う。ウチらにはそれがない。バード王子を掲げたところでまだ幼すぎる」


 そう。それはわかってた。でも、それはしょうがない。


「出来る限りのことはしてもらえるのですよね?」

「もちろん。いや、まあ、出来ること、出来ないことはあるね。そうさね……」


 ラミリーさんは少し考え、言葉を選び、話を始める。


「どこまで出来るか、今王城がどうなってるか、そのあたりも話をするか」



「まずは派閥ってやつの説明さね。派閥として大きいのは国王派、皇太子派、王弟派、王妃派、そのあたりだ」


 あれ、国王派に皇太子派?


 多分顔に出たんだろう。ラミリーさんが補足する。


「まだ国王、皇太子が亡くなって1週間ちょいしか経っていない。主はいないが、いきなり派閥がなくなる訳じゃないのさ」


 そうか、主人がいなくなったっていきなり消えたりしないんだ。私だってクローゼ様の言葉を守りたいと思ってるんだし。


「今のところは国王派が最大派閥さ。ただ、既に王弟派に人が流れ始めてる。まあ、国を動かす重鎮共だ。これはしょうがない」

「で、皇太子派。元々は皇太子の内臣たちだね」

「王弟派、というより王弟グリードだね。現在政務を取り仕切ってる」

「王妃派。これもリーディ王妃だね。これは第三王子を擁立しようと動いてる。王妃自身は第二王子でも良いんだろうけどぼんくらを通り超えたダメ人間だから誰もついてこない。やもなくさね」


 うん。やっぱり年齢の話じゃなかったんだ。


「事故のあたりからの動きをざっと説明すると、事故直後から王弟(グリード)が政務を取り仕切ってる。このときは反対意見はでていない。まだ、国王、皇太子共に死ぬことは考えてなかった時期さね」

「国王、皇太子が相次いで死んで、御家騒動の始まり。この時点で第二王子が秤にかけられるが、誰も支持しない。王妃派すらね。まず彼が脱落」


 うわあ……


「うちらとしては、彼がしっかりしててくれれば何の問題もなかったんだけどね。まあ、それは言ってもしょうがない」

「で、本来なら第三王子のはずだけど、王弟(グリード)が待ったをかける。『第四王子のバード殿下は優れた資質を持つと聞く。今は国王陛下、皇太子殿下が亡くなるという国難を迎えている。より優れた指導者を仰ぐべきではないか。恐れ多いが私がバード殿下をご指導させて頂く』なんて言ったらしい。もちろん建前さね」


 ……! いけない、今は怒ってるときじゃない。


「で、王弟(グリード)とリーディ王妃が対立する。主のいない国王派と皇太子派は動きを決めかねてた。但し、国政の実務に携わってきた人なんかは一部王弟派に流れる。これは実務を優先した結果さね。そのおかげでかろうじて国政が動いている。そんな状態さね」

「元々の重臣の支持がないと次の後継者になれない。なってもすぐにひっくり返されることが目に見えてる。要するに国王派を多く取り込んだ方が勝ちだ。だが国王派はどこにも付かない。日和見だ」

「おかげで膠着状態だったんだが、王弟派にバード王子を取り込もうと動きがあった。それに先んじて皇太子派が王子の側付き女中を解任、自派の侍従、女中を王子に付けた」


 えっ!


「もっとも、これで皇太子派から王妃派に流れる人が相当数でた。結果を見れば自分達の尻に火をつけた形だ。派閥としてはもう機能しないだろうね」

「ただ、派閥として機能しなくても、付けたのは元は皇太子の侍従、女中だ。王弟(グリード)としても解任しにくい」


 いや、ちょっと待って。待って!


「待って! ちょっと質問していい?」

「なんだい?」

「皇太子派が私を解任して王子の周辺を固める理由がわからないんだけど?」

「それね。皇太子派は王弟(グリード)の行動に危険を感じたんだろうさ。で、バード王子を傀儡に仕立て上げるのを防ぐことで王弟(グリード)を不利な立場に置いたと。なにせバード王子を囲い込まないと大義名分が成り立たない」


 ……ほう。


「もっとも、焚き付けたのはウチラだけどね。まあ、こうすれば王弟(グリード)が不利になるって数人にささやいただけだがね」


 ええぇ?


「うちらの狙いもまあ一緒で、バード王子が傀儡にされることを阻止するため。あと、事態の収束もねらってた」


王弟(グリード)を不利にすることで、国王派が日和見をやめて王妃派と合流すれば、まあ一応の決着になるはずだったんだけどね。そこまではうまくいかなかったわけだ」

「今は態度を決めかねている国王派、少し優位に立った王妃派、打つ手が宙に浮いた王弟(グリード)で三竦みだ」


「なんで、直ぐにバード王子がどうこうなるような状況じゃない。最も油断はできないし、いつどう転ぶかもわからんのが本音だがね」


 ……ふぅ。途中びっくりしたけど、大体わかったよ。つまり、


「とりあえず、すぐにバード君が囲い込まれることはない?」


「そうさね。ただ、さっきも言ったがいつ、どう転ぶかわからない状況には変わりがない。正直、国王派の日和見は異常さ。あそこが第三王子につけば、この騒動は収束するんだから。なのにそれをしない」


 ……えっと?


「すでに、国王派は王弟(グリード)とつながっている可能性を疑わなきゃいけない。日和見はただの体裁の可能性がある。仮にそうだとすると、正直勝ち目は薄い。それは覚悟してもらわないといけない」



「まあ、まだ状況が確定したわけじゃない。なにせ、嬢ちゃんが免職したのも昨日だ。もう少し様子を見るべきさね」

「どうもあの王弟(グリード)ってのは城内では辣腕なんて評価されてるみたいだけどね。権力を盾に、弱い所から搾りとることしか頭にない。そんな奴が権力の頂点に立つなんてとても認められたもんじゃない」

「どうも王城ってのは、搾りとるのが正しいなんて思ってるらしい。王弟(グリード)ってのは、城の中で育ったもんだから、外の価値観なんざもっていない」

「例えば今回の国葬さ。こいつは王弟(グリード)が仕切った仕事だが、臨時税を徴収しやがったくせに、祭壇くらいしか見るべきものが無かったって話だ。集めた額と使われた額があきらかに一致しない」


 ……えっと、それって。


「あんなのが権力を握るようなら、商人どもの不信感は決定的さ。そうなったらウチらも王城を切り離す。だが、それはまだ先の話さね。それまでは、バード王子を守ること、王弟(グリード)を負かすことに全力を注ぐ」



「まあ、こんなところかね。まあ、正直に話したつもりさ。で、嬢ちゃんはどうする? ウチにつくかい?」

「もちろんです」


 他に当てなんかないし、ここ以上にバード君の味方になってくれるところがあるとも思えない。


「そうかい。助かるね。ただ、当分嬢ちゃんの出番はなしさ。それでも良いかい?」

「ええ」


 私の役目はバード君が動けるようになってからだ。そうなるだろう。


「ただ、現時点で嬢ちゃんに頼みたいことがすこしだけ」


 ……えっ?


「私の付き人みたなことをしてほしい。まあ、半分は勉強だ。ここのやり方を知らないと後々困るだろう」


 そうね。ちょっと興味深いし。


「もう半分は、純粋にこき使える人間が欲しいってことさ」


 ははは……


「元は王族の側付き女中だ。頭も悪くない。期待してるよ」


 ははは……、そうかなぁ? 頭はよくないとおもうよ。言わないけど。


「まあ、ウチのボウズがバード王子との接触を続ける予定だ。一緒にいれば、その話を聞くこともできる。その時に意見してくれればありがたい」


 おっ。それはありがたい。


「聞きたい事とかもあるだろう。その時に聞くがいいさ」


 うん。ありがたいよ、それは。


「おっと。そうだ。もう一つだけ」

「貧民区は人を助けるための地区だ。利益とかつまらないことは考えるな」


 ……えっと?


「ここになじんでくればわかるだろうが、それこそが『ここのやり方』さ」

「もともと自治団ってのは、生きるために作られた組織だ。街の生い立ち上、交易を重視するが、金を追うことを信条にしているわけじゃない」

「むしろ、そんな奴は嫌われる。そんなところさね、ウチの街は」


 ……お金じゃない?


「いろんな人が、いろんな形で人のために働く。結果を出した人を評価する。より多くの結果を出した人にはより多くの結果を受け取れるようにする。お金ってのはそのための道具でしかない」

「一人でできないことは複数人で事にあたる。上手くいったりいかなかったりすることは複数人で成功と失敗を分かち合う。組織ってのはそのためにあるもんさ」

「ここは今はまだ貧民区なんて呼ばれているが、いずれ『救難特区』になる地域だ。ここは一人では助けることが出来ない人を助けるために、組織を作った、そんな場所なのさ」

「だから、一人で助けることが出来なければ、一緒に助ける。助けることに価値があるなら全員が動く。ここはそんな場所だ」

「そして、それは自治団も同じだ。貧民区の人間を助けることに価値があったからここに役所をつくり道場を作った」

「価値を金にかえることなんざ、後で良いんだ。大事なのは、そこに価値があるかないかだ」


 ……価値?


「利益で見るな、価値でみろ。それが街の流儀さ。ここは『救難特区』だ。助ける利益を見るのは間違い、助ける価値を見るのが正解。流儀に照らし合わせてればそうなる」


 ……価値。利益じゃなくて、価値。


「だから、利益なんてつまらないことを考えるくらいなら価値を見極められるようになれ、ってことさね」

「ま、口では理想論だろうが空論だろうが何とでもいえるがね。ただ、金でしか動けない人間はつまらない人間さ。得てしてそういう人間は金を動かせない。金に動かされる。そんなつまらない人間にはなりなさんな、ってことさ」

「これはバード王子も一緒さ。彼が利益になるから助けるわけじゃない。彼を助けることに価値があるから助けるんだ」

「嬢ちゃんのした交渉はそういう話だった。自分の持つ価値を提供するからバード王子の人間らしさっていう価値を救えと。そういう考え方でいい。いろいろ利益の話とかしちまったが、そんな事を考えすぎるな」


 ラミリーさんはそんな話をして。最後に締めくくる。


「長ったらしくなっちまったが、それがここの心得さ」


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