4.思惑
2017.12.24 三点リーダーを修正。
「まずは改めて自己紹介だ。私はラミリー、この道場の道場主。あと、自治団の評議員の一人でもある」
ラミリーさんが改めて自己紹介する。違う、伝えたいのは最後の一文よね。
「まあ、この街のお偉いさんの一人と思ってもらえばいい。嬢ちゃんは自治団の仕組みとかは?」
ラミリーさんの問いに首を振る。私の持っている知識は御殿書庫の本が中心。そこにあるのは教科書や物語だけ。城壁の外の社会の仕組みなんて、記載されている本は無かったから。
「そうかい。まずはそこから説明しようか。なに、そんな複雑じゃない。すぐに終わるさ」
そう言って、城外街の仕組みを説明してもらう。
◇
たしかに難しい話じゃなかった。城外街は王都の南東、南西、北東、北西、北の5つの区画で別れてて、門東区、門西区、城東区、城西区、城北区と呼ばれている。また、それとは別に特区とよばれている地域が3つ、交易特区、研究特区、貧民区と名前が付けられていると。
「いい加減、貧民区なんて名前変えちまいたんだけどね。実際、変えようとしてるんだが、一度名前が広がっちまうと、これがなかなかでね」
ちなみに、救難特区という名前に変えたいらしい。今は貧困層より、災害や事故、あと犯罪の被害にあった人とかを受け入れ、救済することの方が多いみたい。
あと「貧民区落ち」なんて言葉があって、雇う側とすれば働く人を警告するのに便利みたい。「真面目に働かないと貧民区落ちになるぞ」みたいな。そういったのは、ばかばかしくても無視できない、とも。
少し話がそれた。各区にはそれぞれに役所があって、その区域の行政を行っている。ただ、交易特区の役所は自治団本部としても機能していて、本役場と呼ばれているらしい。本役場は各役場から派遣された人で運営されていると。
役所とは別に、各区毎に評議員と呼ばれる人たちがいる。この人たちは、各区の方針を定める人たちだ。評議員が集まって評議会を開き、その地区の方針を決めて、その通りに役所が動く。そんな仕組みみたい。
で、地区毎の評議員から一人、自治団の評議員を選ぶ。各区から選ばれた評議員が、街全体の方針とかを決定する。そういう仕組みと説明された。
◇
えーと、今の説明からすると、ここって……
「つまり、この道場が自治団とつながりがある、てのはちと違う。ここは貧民区役場で、道場はその一部ってわけさ」
うん。そうなるよね。さらに言えば……
「で、ラミリーさんは貧民区の代表者、でいいですか?」
「正解。うん、頭は働くようだね」
そりゃ、わかるよ、このくらい。けど……
ちょっとした疑問が頭をよぎる。うん。聞くしかないね。
◇
「イーロゥさんはラミリーさんの事、『道場を運営してる』としか言ってなかったけど」
「ああ、それか……」
「口止めとかしてたんですか?」
隠してる感じもしなかったけどなぁ。
「いや、あれは、なんだ、ちょっとな」
おや? ラミリーさんがどう言おうか悩んでるみたい。ちょっとイメージにないよ、こういう姿。
「どうも、うちのボウズ、私が自治団評議員をやってること、いまいち理解してないようでな」
……、えっと?
「いやな、『自治団に話つけてくる』とか言ってるんだけどな。もっとストレートに『これでも評議員だからな』とも。なのに、ボウズの頭の中はどうやら全部ひっくるめて『道場の運営』になっちまってる」
……ふぅ。やだね。なんとなく納得しちゃったよ。
「まあ、ある意味、間違っちゃあいないんだけどな」
「なんとなく、あの人らしいような気がします」
「酷いね、嬢ちゃん。まあ、あれは天然真面目禿脳筋だからね」
テンネンマジメハゲノウキン? えっと? 多分酷いこと言ってるんだよね……
「弟さんでは?」
「身内はどれだけけなしてもいいんだよ。他人が言ったら張っ倒すけどね」
それは酷い。でもちょっとだけ笑っちゃったよ。
そうそう、口調のこと。気取った話し方すんな、張っ倒すよとか言われたんだけど、急には直せないよ。砕いてるつもりなんだけど。
あと、嬢ちゃん呼ばわり、すこしこそばゆい。けど、私、もう21才なんだけどな。
◇
「ま、自治団の仕組みはこんなとこだ。で、次。『バード君』に接触させた理由だ」
うん。これは大事。緩みかけた気を引き締めなおす。
「まあ、これは嬢ちゃんの推測した成人後を見据えて、でほぼ正解。ただ付け加えると、バード君の人格を見極め、必要に応じてもう一人二人教師役を入れ替えさせる予定だった」
「警戒しなくていい。傀儡に仕立て上げようなんて気はさらさらない。むしろそんな風になったら困るのさ、こっちは」
「外の人間から見れば、王家のやってることは異常だ。幼子を狭い世界に閉じ込める。理由がなければ外に出さない。結果、物を知らない人間が支配者になる。それが代々続く」
「王都の政治の質は年々下がる一方。これは腐敗以前の話でね。王城の施策が王都を見ずに決められていく。一度決まった施策は前例として繰り返される。そうやって、現実とかけ離れた施策が続く」
「実際には腐敗、派閥争いもろもろが付け加わる。王都民はたまったもんじゃないだろうね。最も、王都民は王都民で外を見ないから疑問に感じていないがね」
……えっと、王城は非現実的な政治をしてる?
「腐敗に関して言えば、ウチらも一枚噛んでる。何せ、賄賂が無ければ何も通せない。兵士を送り込むたび、役人を送りこむたび、袖の下を渡す。そうしなければ何もできない」
「嬢ちゃんは、王城が人を雇うとき王都民か街人を区別しないなんて言ったが確かにそうさ。王城民だろうが街人だろうが、賄賂がなければ雇われない。まあ、実は雇われる人に知られないようにする風習があるから、以外と本人は知らないだろうね」
「街人の場合は自治団が渡す。王都民は口利き業みたな所が払う。勘違いしちゃいけないが、払う側に損はない。名目が整えられた、賄賂以上の額を受け取れる」
……さらに、不正が横行してる?
「正直な話、ウチらにとって、王城や王都がどうなろうと関係ない。王都と他の都市との間を行き来する商人が飯の種。けど、実のところ今では、王都より城外街の方が交易規模が大きくなっちまってる」
……
「今、商人達は王城を信用しなくなりつつある。契約を平気で破る。袖の下を要求する。商人だって綺麗ごとだけじゃない。だが今の王城は行き過ぎだ」
「もっとも、それでこっちが儲けている部分もある。あぶれた品を安く買い取って利益を上げたりとかだね。けどね、そんなんが続いたら、いつか商売の規模が縮小する。そう見ている」
「だから、真っ当に商売できる相手が欲しい。ウチらの希望はそれさ。例えば、バード君を通せば誠実な商売ができるのであれば、こっちは商人にバード君を紹介して口利き料を取る。そのかわり、バード君が踏み倒したりした場合はこっちが責任を取る。逆に商人が逃げたりした場合も同様、こっちの責任になる。そうすれば、バード君と商人は信用できる取引先を得るし、街には口利き料が入る」
「ただ、この場合、バード王子だけじゃダメだ。バード王子が王城内に影響力を持たないとこんな取引はできない。そのためには王子の周りに人材が必要だ。だけどまあ、そいつは先の話さね」
つまり、政治はどうでもいいけど、商売の窓口はまともであってほしいってことかな?
「そんなわけで、肩書きにあった中身のある人間を欲している。今成人してる王族はみんなダメだ。だから、まずはうちのボウズをバード王子に会わせてみた。あのボウズはああ見えて人を見る目がある。ダメでもまあ、こっちの望む人間に育て上げるかも、なんて期待もあった」
「で、ボウズから人物評を聞いて、当たりだと思ったってわけさ。その直後に嬢ちゃんがダイエット法を聞きに来たのには笑ったけどね」
……イーロゥさんの人物評って、あれよね? 市井の方とは違う、とかいう。もしかして、勘違いとか入ってないかしら。
「あと、嬢ちゃんの評価も知ろうとしたんだが、これが中々手にはいらない。下女中の頃はそこそこ良い評判だったらしいが、付き女中となってからの情報がさっぱりだ」
そうね。女中長とクローゼ様くらいだったからね、接してたの。
「嬢ちゃんは食事をとっていない、なんてアホな噂まであったね。あれは何だったんだい。そんなダイエットはお勧めしてないよ」
ぶっ。なんてことを。そんな噂、全然知らなかった。
ていうか、ラミリーさんそんなことまで知ってるの?
「食事はバード君の部屋で、一緒にしていましたから」
「うん? それが普通じゃないのかい」
そうよね。これ、王族だけの習慣よね。王都の上女中だってそんな事なかったはず。軽く説明する。
「いえ。主人が食事中は付き女中は控えて、下がった後に食堂で食べるのが普通かと」
「そりゃまたイジメだね。で、なんで嬢ちゃんはそんな事したんだい」
うん。理由なんてわかり切ってる。
「私にとってバード君は家族でしたから。家族は一緒に食事するのが普通ですよね」
「なるほどね、ちょっと嬢ちゃんから見たのバード君の評価を聞いてもいいかい?」
◇
そうよね、イーロゥさんの人物評のままで行くのは危ないよね。ちょっと評価が下がっても、本当のバード君をつたえなきゃ。
「歳相応の普通の子かと。どちらかというと物静かであまり我儘を言わない大人しい子かな。あと、育ちの関係で人付き合いに問題がありますね」
「問題って、どんなだい?」
「人を信用するのが苦手です。自分から積極的に動いて信用を築くのは今のところ無理です。相手から動いてくれた時は逆にすぐ信用する子ですけどね」
うん。大体こんなところだね。
「なるほどね。まあ、性根はすこぶる良い、但し人付き合いに難あり。そんな子かい」
……えっと? 「普通の子」が抜けちゃった? あんまり伝わってない?
「あの、性根はすこぶる良い、てのはどうかな、と。そりゃ、悪い子とは思いわないけど……」
「そこらへんはウチのボウズの評価を考慮して、だね。細かい部分はぼろぼろだが、モノになる、ならないの判断を間違えたことはないんさね。アイツは」
「ウチのボウズが相当伸びると判断したんだ。伸びるんだろうさ。アイツの評価基準は才能じゃない、人間性だ。努力を惜しまない、真面目に取り組む、そういう所を評価する」
「実際、兵士に飛びぬけた武の才能なんていらない。真面目に仕事をして、真剣に訓練に取り組んで、自分を含めて回りの人の能力を把握する。そういうことが出来れば、自然と周りの尊敬を集める、そんな仕事さ」
「でも、そんなことは兵士じゃなくたって一緒だろう。怠ける人間、驕り高ぶる人間、弁えない人間。そんな奴はどんな才能があってもダメさね。で、どういうわけか、あのボウズはそういったところを的確に見つけては矯正する」
「自治団もこのあたりのことはわかってる。バード王子の教育役にウチのボウズをつけるって話をあっさり通したのは、この実績を見てきたからさ。わるいが嬢ちゃんが普通の子だと言ってもそのままは信じれないね。それだけの実績がすでにあのボウズにはある」
……なるほど。イーロゥさん、信用されてる。でも、本当にそうかなあ?
「ただ、細かいところはテンでダメだ。まったく信用できない。どうして個々の要素を外しまくってるのに結論だけあたるのか、それは私にもさっぱりだがね。やれ道場生とは生まれが違うだの、何事にも取り組む熱意だの、そんなんは眉唾さ。だから、嬢ちゃんの人物評も必要なのさ」
そうよね! そこ眉唾よね! ……最近自信なかったんだ。
「そうですね。私から見ると大人しい感じの子ですが、王族だから、とかは思いません。熱意に関しては、好きな事や興味があることは頑張りますが、嫌なことは普通に嫌がりますよ」
ラミリーさんの眉唾発言に答える形で、バード君情報を追加する。
「なるほど、普通だね。ただまあ、人それぞれ頑張り方、興味の持ち方ってのはあるもんだ。ボウズにはきっと嬢ちゃんの見逃してるところが見えたんだろうさ」
結局、結論はそんな感じで落ち着いた。やっぱり私、人を見る目がないのかな……
◇
「ざっと、うちらの思惑はこんなとこさ。嬢ちゃんの希望とそこまでかけ離れていないと思うが、どうかね?」
少しまとめよう。自治団は信用できる王族を欲してバード君に目をつけた。今の話だと人材も準備するつもりだろう。そう考えると、バード君にとってすごくいい話に聞こえる。ただ、気になる点がひとつ。
「今の話だと、バード君の行動で街に利益がある場合に支援するという話になると考えていいですか?」
「そうさね。ウチらの利益にならないのに動けないさね、基本的には」
そうだよね。当然だよね。でもそうなると、バード君の未来が大幅に制限されるかな? 少し考えなきゃ。
「ただ、勘違いしそうだからこいつは言っておくが」
うん?
「ウチと関わる仕事だけ支援するなんてことを言うつもりはない。もっと言えば、すぐ金にならなきゃ利益じゃないなんて言うつもりもない。さらに、支援そのものを事業とすることもウチらは考えてる」
おお?
「さっきも言ったが、一番大事なのは中身と肩書のつり合いさ。信用できる相手がいなきゃ商売なんて出来ない。逆に言えば、信用があれば、大抵のことは商売になるもんさ」
「例えば、バード王子が専門的な知識を持つ部下を欲したとしよう」
「ウチらは、その要求に見合う信用に足る優秀な人材を探して紹介する」
「結果、バード王子は優秀な部下を持ち、ウチらには優秀な部下を紹介した実績が残る」
「その実績が積み重なれば、やがて『自治団は王城に優秀な人材を紹介できる』という評価となる」
「バード王子が部下に公平な評価と報酬を与えれば、『自治団から王城に紹介されれば、実力に見合った評価をされる』ことになる」
「そこまで行けば、今度はこれを事業化だ。実力のある人材を抱える商会に『王城への派遣』を呼びかける。商会は人材を派遣して、その人材が結果を出せば、『うちの商会から派遣した誰々が、王城で何々の成果を上げた』となる。そうなれば、その商会の宣伝文句になるし、人材確保も容易になる。金を払う価値が出てくる」
……
「今の話だと、王子には『部下に公平な評価と報酬を与えること』『成果を上げたことを公表することに反対しないこと』の条件が付く。そうしないとウチの利益に反する」
「だが、王子にとってこの条件は決して悪くないはずさ。この条件さえ守ってくれれば、利益云々はこっちが勝手に出す」
……
「もちろん、今のは例え話だ。現実ってのはこんなにトントン進むもんじゃない。だが、ウチらの考え方の参考にはなるだろう?」
…………すごい。なにかすごい話をしてる。えっと、ちょっと待って。考えなきゃ。
えっと、王子が部下を使って仕事をして、それが評価になって、価値がでる。で、えっと、その価値がお金になる。てことは、その価値を売るってことで……
……そうだ。物を売って無いんだ。だれかが働いた分のお金でもないんだ。
考えたこともなかった。今のたとえ話、信用、評判、そんな形の無い物を売る話だ。働いた分とは別に、全然違うところからお金を取る話だ。
そうだ。今は王城に信用が無い。だから、信用を提供してほしい。利益は自治団が勝手に出す。そのための支援をする。つまり……
「バード君が信用を提供してくれれば自治団はそれを売る。そして、支援という形でその対価を支払う。そういう話と考えて良いのですか?」
ほんとにそうかな? ちゃんと理解しているのかな? その答えはラミリーさんの少し驚いた表情と言葉で返ってきた。
「そういう話さね。驚いたよ。よくもまあ理解したもんだ。商人だってなかなか理解できない話なんだけどね、こういう話は」
◇
さらにラミリーさんは、結果を急いでいないことも付け加える。先行投資というらしい。王城の研究室でやってるようなことと本質的には一緒のことだと。
ただ、話の根っこに商人の王城不信がある以上、バード君にはある程度は商人との付き合いに絡む位置に立ってもらった方がありがたいとも。ただ、最悪そういう位置に自治団の人を送り込めればとりあえず不信を緩和できるとも。その辺は考慮してもらうことになると言われる。
でも、これなら多分大丈夫だ。求められているのは信用だ。信用を売るのは自治団で、例え話の中だけど、利益は自治団が勝手に出すとまで言ったんだ。バード君を縛るつもりはほとんど無いと見て良いと思う。
じゃあ最後。一番大事なことを聞く。
「今、王城はお家騒動で揺れていると思います。バード君がこの騒動を乗り切るだけの支援をしてもらうことはできますか?」




