何故か召喚されました
朝。
目覚ましのけたたましい音で目覚める。
部屋中に置かれた目覚ましのスイッチを、ヨレヨレのまま切り、二度寝しそうになるのを我慢。
顔を洗って、冷蔵庫を開けて、中にあるヨーグルトやフルーツを適当に食べる。
まだまだはっきりしないまんま、服を着替えて髪を整える。
歯を磨き、化粧をして、あくびを噛み締めながら家を出て会社に向かう。
これが私の日常。
私、『中村 由樹』。
会社員2年生の二十歳。
彼ナシ、趣味ナシ、友達少ない、リア充とは無縁の、世間で言う寂しい女です。
趣味を作りたくて色んな習い事の教室に通ったりしたけど、どれもパッとしなかった。
料理教室は少し楽しかったけど、講師の料理研究家の先生がやたらと体を触ってくるのが気持ち悪くて一週間でやめちゃった。
そんな私が、今どういうわけか見知らぬ場所にいて、料理を作れと迫られてます。
何なの、この状況?
さっき電車に乗った筈なのに、目の前がパァッと明るくなったと思ったら、剣や槍を持った人達が私を取り囲んでいた。
「成功したのか?」
「これでまともな飯が食えるのか?」
何が何だか分からない私を、何故か期待に満ちたような目で見てきて、それから一斉にその人達は叫んだ。
【俺達の飯を作ってくれ!】
で、連れてこられたキッチンらしき場所。
全体が石造りのその場所は、料理を作る場所とはほど遠いくらい汚くて、蜘蛛の巣が鍋や釜戸に真っ白くなるくらい張り付いてて、虫も飛んでて、悪臭までしてる。
「さあ、料理を作ってくれ!我らが料理人よ!」
一際頑丈そうな甲冑を着た男性が、声も高らかにそう言ってるけど、こんなところで料理したら死者が出そうだ。
なのにその人はそんなの気にしてないのか、作れ作れと迫ってくる。
こっちはこの状況すらも分かってないのに、何なの?
何だか段々と腹が立ってきて、気が付くと叫んでた。
「こんな汚い所で作れるかー!ってか、この状況は何なの?説明しろー!」
「大変失礼を致しました。」
頑丈そうな甲冑を着た男性『アーガイン・パルムティナ』さんが説明してくれた。
私が今いる場所は『メイン』という世界。
魔法やモンスターが存在する、私がいた世界とは全く違う異世界らしい。
メインの世界は、今、絶望的な程料理人が不足しているそうなんだけど、モンスターが国を襲ってるらしく、それに対抗する戦力を育てることで精一杯で、料理人を育成できる人材や設備が全く整わないのだそうだ。
そこで、大魔法使いさんが異世界からの料理人召喚を試みてきたそうなのだけれど、ことごとく失敗。
100回目を目処に諦めようとしていたところ、私が召喚されてしまったということらしい。
「…大変言いにくいんですけど…私、料理人でも何でもありませんけど…」
そう言ったときのアーガインさん達の落ち込みようときたら、奈落の底に突き落とされた人みたいだった。
あまりのへこみように気の毒になってきて
「料理人じゃないですけど、良かったら何か作りましょうか?あ、でも、簡単な物しか作れませんし、期待には添えませんけど」
そう言ってみたら、アーガインさん達の目の色が明らかに変わった。
「キャットドラゴンの素焼き以外なら何だっていい!是非、是非お願いします!」
「キャットドラゴン?」
「あれは固くて臭くて不味い!あれ以外なら何だって御馳走だ!」
アーガインさんの横に立ってる兵士さんがそう言うと、みんながしみじみと頷いてた。
それほどまでに不味いキャットドラゴンとは、逆にどんな味がするのか少し気になった。
「でも、料理をする前に、キッチンを何とかしてもらえますか?汚すぎて…」
そう言うと、みんながこぞってキッチンを綺麗に掃除し始めてくれて、小一時間で見違えるくらいに綺麗になった。
「冷蔵庫とかあります?食材、どんなのがありますか?」
するとみんながキョトンとした顔をした。
「レイゾウコ、とは何でしょう?食材はキャットドラゴンしかありませんが?」
「え?他の食材は?」
「食材の知識は本来料理人しか知り得ない物なので、我々はキャットドラゴン以外何をどうすれば食べられるのか知りません。」
「じゃあ、どうしろと?」
「どうしろと言われましても…」
「今まで皆さん、どうやって生きてきたんですか?」
「だからキャットドラゴンを食べてました」
この状況、どうしたらいいの?
「どうか、我々にまともな食事を!」
すがるような目で私に訴えかけてくる皆。
でも、食材は固くて臭くて不味いというキャットドラゴンしかないという。
「あの…とりあえず何か食材を買えるお店とかはないんですか?」
「3日程『馬足トカゲ』を走らせれば、山の民が暮らす村があり、トーキンマッシュや不発胡桃、『雷竜マイマイ』等の山の幸が手に入りますが…現在はその途中の渓谷をモンスターが占拠しており、行くことは困難なのです。」
「トーキンマッシュ?って何ですか?」
「ご存知ありませんか?ペラペラとよく喋るマッシュの一種です。料理して食べると、香り高く、大変美味と聞いております。」
「食べたことは?」
「ありません!トーキンマッシュ自体は購入した経験はありますが、調理方法が分からず、枯れてしまいました。」
「へ、へー…」
喋るマッシュ…マッシュって多分キノコだよね?
…駄目だ。
この世界で私が作れる料理なんて何もない気がする。
帰りたい…戻してもらえないかな、元の世界に。
「あの、由樹殿…先程から由樹殿の持ち物から、何やら嗅いだことのない、腹の空く様な良い匂いが漂っておるのですが、あの臭いは何ですか?」
黄緑色の髪をした背の高い兵士が声をかけてきた。
高校の美術室にあったデッサン用の石膏像に似た顔立ちのその人は、アーガインさんの右腕の『バリー・ディガンド』と言うらしい。
バリーさんが言う方を見ると、私の鞄とコンビニで買ったお昼ご飯の入ったビニール袋が置いてあった。
すっかり忘れてたけど、電車に乗る前にそう言えばプレミアムカルボナーラを買ったんだった。
それを食べさせたら………駄目だ、人数が多すぎる。
皆で分けたら、一人一口にもならないと思う。
でも…
「あの、私の世界の料理が少しだけあるんですけど…皆さんで食べますか?一口にも満たないかもしれないんですけど」
そう言った途端、明らかに皆の目の色が変わった。
「電子レンジなんてないですよね?温めないとあまり美味しくないんですけど」
「デシンレンジ、ですか?申し訳ありませんが聞いたこともありません。温めなければ食べられないのですか?」
「食べられない事もないんですけど、温かい方が数段美味しいんですよ。」
「では、火を使って温めてはいかがでしょう?」
と、言うわけで、私は今釜戸の前に立っている。
でも、使い勝手の全く分からないこの釜戸。
とりあえずどうやって火を着けるんだろう?
ガスコンロじゃないし、IHコンロなんかでも絶対ない。
薪?
釜戸の前で悩んでいると、バリーさんが助け船を出してくれた。
「火を着けて差し上げましょうか?お困りのようなので」
「はい、お願いします!薪とか使ったことがないので。」
「薪は使わないはずですよ。そこにある四角い箱、あぁ、『ファイヤーキューブ』と言うんですが、それを刺激すれば火が着きますよ。」
釜戸の手前にあった杖のような棒でファイヤーキューブをツンツンとつついてみると、キューブが赤く光始め、次の瞬間ポワッと火が着いた。
最初は小さな火種だったけど、あっという間に燃え上がり、強すぎる位の火になった。
「強すぎるんですけど、これ、弱くなります?」
「さあ、そこまでは…すみません。でも、確かばあちゃんが使ってた時は、そのステッキで調整していたような」
「これで、ですか…」
試しに火にかざしてみると、ステッキの動きに合わせて火が動いた。
ステッキを上にあげれば上げた分だけ火が燃え上がり、下げると火が弱くなる。
へー、面白い。
近くにあった取っ手の4つもある鍋を手にして、カルボナーラを投入し火にかけた。
菜箸的な物が見当たらなかったから、適当にその辺にあった櫛に柄のついたような物で焦げないように軽く混ぜながら温めると、キッチン中に良い匂いが漂い始めた。
元々入っていた容器にカルボナーラをあけて、キッチン中央にあるテーブルの上に置くと、皆がキラキラした目でカルボナーラを食い入るように見ていた。
「出来ましたけど…フォークとかありますか?」
「フォークなど不要です!」
「そ、そうですか?では、召し上がってください。」
そう言った途端、皆が素手でカルボナーラに手を伸ばし、あっという間に皿が空になった。
「美味い!美味すぎる!由樹殿、これは何と言う食べ物ですか?」
「カルボナーラです。」
「カルボナーラ…こんな美味いものが由樹殿の世界にはあるのですね!羨ましい!実に羨ましい!」
「そんな、大袈裟な…」
皆の羨望の眼差しが痛い。
「あの…そろそろ私、帰ってもいいですか?仕事に行かないといけないし、戻りたいんですけど…」
「それは…我々の一存では何とも…」
「戻す方法も分かりませんし。大魔法使いの『ジャビー』様でないと」
「じゃ、じゃあ、ジャビー様に会わせてください!」
「申し訳ありません、由樹殿、それは無理です。ジャビー様が今居られるのは王都。王都は山の民の村を越えたさらに先にあります。馬足トカゲでも10日以上かかりますし、その間には何ヵ所もモンスター危険地帯がありますので、我々の兵力だけではどうにもなりません。飛行魔法の使える魔法使いがいれば何とかなるのですが、あいにくとここにはおりません。」
私、しばらくここに滞在が決定してしまいました。
最悪なんですけどー!