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5.門番突破作戦

 移動を始めて数時間。

 日もかなり傾き、日没まであと少しというところだ。

 もうかなり暗い。お化けでも出てきそうな雰囲気だな。

 どう考えても魔物のほうが怖いんでそれがどうしたって話なんだが。


 幾つか寄り道と休憩をはさみながら歩き続け、ようやく森を出た俺たちの視線の先にはヒルルエの街の明かりが映っていた。

 俺の後ろを歩くクーニャは旅の疲れが溜まっているのか、結構しんどそうに肩で息をしている。


「頑張れクーニャ。もう少しで着く」

「ふう、やっと着くんですね……長かったです……」

「なんとかギリギリ間に合ったな」


 近づいてみると、ヒルルエの街のでかさがよくわかる。

 街っていうか、要塞? まあとにかく大きいということは確かだ。遠くから眺めるのと実際に近くで見るのじゃ大分印象が違う。

 街の周囲をぐるりと囲む石造りの壁の高さは10m程。壁には見張り用の小窓がいくつもあり、屋上部分には松明が掲げられている。

 その火が暗くなり始めた空に揺れていた。夕闇にぼんやりと浮かび上がるその姿はちょっと幻想的だ。

 

「やっぱでかいなー、ヒルルエ」

「おっきいですねえ。こんな大きな街初めて来ました!」

 

 光都ヒルルエ。

 大陸最大の都市であり光王クレースが治める国にして混沌の都。

 大陸中の品物と商人が集まるニューラの経済の中心であり、数多の冒険者達が憧れる地でもある。

 何より最大の特徴はその街の下には地下迷宮ヨルムがある。

 俺が拠点にしていたのもこの街だ。


「今日中に迷宮ギルドで冒険者登録も済ませておきたいところだな」

「はい! あの、でも、そもそも街に入るのにはお金がいるんじゃないですか?」


 あー。そういえばそうだったな。

 プレイしてたときはそんなこと気にもしたことが無かったので忘れていた。


「たしかにそうだな。通行証か、なければ金。金もなければ同じくらいの価値の物を門番に渡すことになっている」

「わ、私、何も持ってないんですけど大丈夫でしょうか。……あの門番さんすごく怖そうなんですけど」

 

 クーニャが絶望的な顔をしながらつぶやく。指差した先には全身を鎧で固め、背中には巨大なハルバードを背負った門番が立っていた。その姿は威圧的で、どんな不審な動きも見逃すまいとしてるようにも見える。


「そうだなあ。通行証のない旅商人なんかは運んでいる商品を渡すことが多いらしいが……今の俺達にはそんなものないしなあ」

「ですよね。どうしましょう」


 しゅんとした表情のクーニャ。頭の上の獣耳もどこか元気なさげにうなだれている。

 思わず頭を撫でたくなるが、我慢だ。


「安心しろ、クーニャ」

「えっ、ユズル、実は通行証持ってるんですか!?」


 ぱあっと表情が明るくなったクーニャには申し訳ないが、俺は通行証ももっていない。

 本当なら永久パスでもつくってやりたいところなんだが、資産はゲーム内に全ておいてきたから今の俺は立派な無一文だ。

 無一文に立派も何もないが。


「いや持ってないけど」

「はぁぁ……」

 

 喜びに満ちた顔になったと思った瞬間、すぐに落ち込むクーニャ。ローブで隠れて見えづらいが尻尾もパタパタと振れたりうなだれたりと大忙しだ。

 なんか本当の犬みたいで可愛い。

 クーニャは表情もころころと変わるので見ていて飽きないのでなんとなく眺めてしまう。


「まあ、俺もここまできて野宿する気はないからな」

「あ、わかりました! 門番を倒すんですね!?」

「なにそれこわい」

 

 なんか物騒なことを言い出したんだけどこの子。ナチュラルに強行手段提案してきた。

 なんで閃いた!みたいな顔してるんだ。

 見た目に似合わず意外と血の気が多いタイプなんだろうか。

 ちょっと、ナイフ握るのやめて下さいクーニャさん。


 それだと街の中には入れるけど行き先は確実に牢の中です。


「待て待て。とりあえずナイフをしまえ。俺に考えがあるから、クーニャはその通りにしてほしい」

「えっ、戦わなくてもいいんですか!?」

「うん。いいから。ていうか本気だったの……?」


 俺はクーニャに作戦を伝えると、納得したのかナイフを仕舞い、フードを被り直す。

 

「なるほど……任せて下さい!」


 グッ、と親指を立てて見せるクーニャ。その自信にあふれる顔に俺も安心する。

 いざ、門番通過作戦だ。

 


◆◆◆



 ヒルルエの東西南北に存在する4つの門。そのうち俺達が今いるのは東門の前だ。

 二人でゆっくりと鎧に身を包んだ門番に近づていく。


「あの、すいません。門番さん」

「む……何者だ」

 

 四十歳程だろうか。厳つい目つきをしたその顔にはいくつかの切り傷の跡があった。いくつもの修羅場をくぐってきた人物なのだろう。

 その瞳が俺たちを捉えていた。


「街に入りたいんですが……」

「ならば、通行証を見せよ。……なに、持っていない? ならば一人5000レニーを支払う必要がある。あるいは、同じ価値の物でも構わん」

「それが、僕達……お金を持っていないんです。どうにかなりませんか?」

 

 両手を開き、無一文であることをアピールしてみせる。

 お金を持っていない、という言葉に門番の目がギラりと鋭くなる。睨んでる。俺のこと超睨んでる。

 なんとか金を払わずに門を通ろうとする不届き者に映ったのだろう。

 残念ながら間違いないので言い訳のしようもない。


「ならぬ。通行証か5000レニー。条件を飲めぬならこの門を通すわけにはいかん。それが我が仕事だからな」


 だめか。

 にべもなく断られる。やはり不審がられているらしい。

 まあそうだろうな。

 だが、ここからが俺の作戦だ。なんとか通ってやる。


「本当ならば支払うお金もあったのです。ですが今お金がないのには事情がありまして……」

「事情だと?」

「ええ。門番さん、僕の格好……一体何をしている人間に見えますか?」


 俺の問いに門番は改めて俺の姿を見る。

 グレーのシャツ。黒いズボン。茶色い革のブーツ。


「む……冒険者、には見えんな。ふむ。旅の商人かなにかか? それにしては馬も荷車も連れていないのが奇妙だが」


 俺の思った通りの反応。今の俺の格好を見てこの世界で冒険者だと思う者はいないだろうという読みだったが、当たったようだ。


「そのとおりです。僕は東のオルドという村出身で、商人になって名をあげようと一念発起(いちねんほっき)し、商品を携えてヒルルエを目指してきたのです」


 オルドというのはニューラに実際にある村の名前だ。村の名に心当たりがあったのおか門番の目がほう、と少し興味を持ったように俺を見る。


「では、その商品を出せばよかろう」

「それが、そうもいかなくなってしまったのです。その……こちらの娘を見て下さい」


 俺がクーニャを示すと門番の目がそちらに映る。

 クーニャはそっとフードを脱ぐと、ラビリス族の証である獣の耳があらわになる。

 門番の瞳が驚きに開かれる。やっぱりここでもラビリス族は希少なようだ。


「珍しい。君は……ラビリス族であったか」

「はい。実はこの方のお金がないのは、私の所為(せい)なのです」

「なんと、どういうことだ?」


 目に涙を溜め、声を震わせるクーニャ。

 その姿はこの作戦を考えた俺自身ですら、本当に薄幸の美少女だと錯覚しそうなほどか弱く見える。

 門番も、そのただならぬ雰囲気を察したのか心配そうな表情になる。


「大丈夫か。無理をせずともよいぞ」

「ありがとう……でも大丈夫です。私も先日、一人でヒルルエを目指していたのです。ところが、キーラの森を通りがかったところを賊に襲われて……」


 賊に襲われた、という言葉に反応し苦い表情になる門番。

 クーニャの話に心を痛めている。厳つい見た目に反して、根はいい人みたいだ。


「それは、なんとも不運であったな……」

「恐らく、人さらいの者だったのでしょう。……私達ラビリス族は、そういった人たちに人気がある、と聞きますから」

「うむ……。いつまで経っても人買いの連中は消えることがない。全く腹立たしいことだ!」


 門番は本気で憤慨(ふんがい)している。

 クーニャの瞳から涙がぽろり、と頬を伝い落ちる。

 思わず俺もクーニャの語りに聞き入ってしまう。


「そこを、偶然通りかかったこの方が助けてくれたのです。彼はどうか私を離してやってくれと頼みました。……当然、賊は断りましたが、彼は馬車に積んでいた荷を見せると、馬車ごと全て持って行って良い、と言ったのです」

「そんなことが……しかしよく殺さずに見逃してくれたものだ」


 驚いた表情で俺とクーニャを交互に見る門番。

 俺も咄嗟につらそうな顔をつくる。

 ……上手くできていればいいんだが。

 

「人をさらうのも殺すのも、手間がかかりますから。その方が楽だと判断したのでしょう。おかげで私はどこへとも売られずに済んだのです。だけど代わりに彼は全てを失ってしまいました。私の所為(せい)です。……ああ……なんとお詫びしたらいいのでし


ょう……」


 泣きじゃくるクーニャ。門番はその肩に優しく手を置くと優しく語りかける。

 完全に話を信じているのか、門番の男の顔はくしゃくしゃに歪んでいる。

 男泣きというやつだ。


「なんと、なんと……! それは辛かったであろう。良いのだ……! 二人共大変な旅だったな。私には大した手助けはできんが、ここを通るが良い!」

「そんな、でも私たちにはお金が……」

「ええい、みなまで言わせるでない! 人さらいに襲われた少女に、全てを投げ打ってそれを助けた男! そんな者達を見捨てたとあってはこのダロス・シェーガン、一生の後悔となろう! さあ、通るがいい!」

「ダロスさん……ありがとうございます……!」

「気にすることはない。もし何かあれば私を頼るが良い。見張りの仕事くらいなら紹介できるだろう」


 聞くも涙、語るも涙とはこんな光景を言うのだろうか。

 涙ながらに語るクーニャに、同じく涙を流しながら頷くダロスさん。ついでに俺もちょっと泣いた。


 その目から滝のように涙を流しながらもダロスさんは門を開くレバーを引く。

 ガラガラという音を立てて巨大な鉄製の門が開く。

 さあ通りたまえ、と促すダロスさんに俺たちは何度も頭を下げ、手を握り礼を言い、門をくぐる。

 

 俺達が通ったのを確認すると、再び門が閉じられていく。

 ガシャァン、という音が背後で響き、門が閉じたのを確認すると俺とクーニャはお互いに顔を合わせる。


「はぁ……なんとかなりましたね。私、すごく緊張しました」


 クーニャが胸を抑えて大きく息をする。額にはうっすらと汗もかいている。

 やはり、相当緊張していたようだ。

 

「クーニャの迫真の演技のおかげで助かった。俺だけじゃ多分街に入れなかっただろうからな」

「ユズルの作戦のおかげです。門番さん――ダロスさんが信じてくれて良かったです」

「ああ、そうだな」

「ええ……」


 俺が立てた作戦は結局のところ泣き落としだ。

 上手く行かなかったらまた別の作戦を考えるつもりだったのだが予想以上に上手くいった。

 いや、上手く行き過ぎてしまったというべきか……。


 二人の間に微妙な空気が流れる。 


「なんか……良心がすげえ痛んだわ……」

「私もです……ダロスさん、あんなにいい人だとは思わなかったです」

「俺なんか最後握手求められたもんな……」


 沈黙。気まずい。


「……さっ、ギルド行くか!」

「あっ、はい! そうですね!」

 

 無理やり空気を変えると俺達はギルドに向かって歩き始める。 

 ダロスさんごめん。

 そのうち差し入れでも持って行こう、と俺は心に決めたのだった。

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