3.初戦闘と出会い
グランドボアとの距離は約5m。
消音魔法の効果でまだグランドボアは俺に気づいていない。
俺は大きく踏み込むと一息に跳躍する。
そして、グランドボアの真上に到達。下を見ると、巨体に隠れて見えなかった人影と目が合う。
フードを被った小柄な少女だった。腰が抜けたのか、木により掛かるようにして座り込んでいる。手には護身用と思われるナイフを握って突き付けているが、牽制にもなっていないだろう。
俺に気づき、恐怖に揺れる少女の赤い瞳と目が合う。
弧の頂点に達し、俺の体が上昇から落下に転じた瞬間、沈黙の外套を解除する。
「離れてろ!!」
「ひゅい!?」
少女に向かって叫ぶ。
恐怖で動けなかった体が、俺の声で金縛りが解けたようにビクっ!と大きく跳ねる。そしてすぐに立ち上がると森の奥へと逃げていく。
「あんまり遠くに行き過ぎるなよー!」
大丈夫かな。離れすぎてまた別の魔物に出会わなければいいんだが。
「グロロロロォオ!」
「っと。人の心配してる場合じゃなかったか」
俺の声に反応したのは少女だけではない。当然グランドボアにも声は聞こえている。獣の本能か、グランドボアはその巨体に似合わぬ速度で頭上の俺に向かって牙を振りかざす。
「流石に良い反応してんな!」
しかしそれもこちらの読み通りだ。
突き出された牙の先端を、空中で身体をひねり回避する。
ナイフを逆手に持ち替え、落下の勢いを乗せた刃をグランドボアの右目に突き立てる。
いかに分厚い脂肪と堅牢な毛皮を備えていても眼球だけはそうもいかない。硬いゼリーの様な感触がナイフの柄越しに伝わってくる。うう、やっぱり気持ち悪い。
「グ、ガ、グロオオオオ!」
右目からナイフを引き抜き、顔を蹴りつけた反動で距離を取り着地。
グランドボアは悲鳴とも怒号ともつかない声をあげながら地面をのたうち回っているが、まだ致命傷には至らない。
すぐに立ち上がったグランドボアの右目は血で真っ赤に染まり、残った左目で射殺すように俺を睨んでいる。
「ほら、こいよデカブツ。まだ決着はついてねえぞ」
「グガアアアアァッ!」
俺の言葉を挑発だと理解しているのかは分からないが、グランドボアは雄叫びを上げると俺へと一直線に突進を開始する。土煙を巻き上げながら1トンを超える塊が殺意を持って向かってくる様子は正直言って、かなり怖い。
初心者の頃コイツに立ち向かってちょっとちびったのを思い出す。
「よっと」
が、それも冷静になれば、単調な直線の攻撃に過ぎない。
直前まで引きつけてステップで右へ回避し、すれ違いざまにグランドボアの左目に向かってナイフを一閃。パッ、と空中に血しぶきが舞う。
今度こそ完全に視界を失った巨体はバランスを崩し地面に倒れ、足をばたつかせながら痛みにもがいている。
「悪いな、俺の勝ちだ」
「グルルゥ……ルゥ……ゥ」
足音を立てないように近づき、最初にナイフを刺した右目へと狙いをつけ、深々とナイフを突き立てる。
瞬間、暴れていた巨体が沈黙する。四肢から力が抜けていき、だらりと完全に倒れ伏す。
万が一ということもあるのですぐに油断できない。
しかし、グランドボアは30秒ほど経っても動き出す様子はなかった。
◆◆◆
ナイフを引き抜く。近くの植物から葉っぱをむしり刃にあて、血を拭き取る。
これは後でちゃんと川で血を洗い流さないと。
「とりあえず初勝利だな。無事に終わってよかったよかった」
なんとかなるもんだなぁ……っと?
勝利の余韻に浸る俺の視界の端に映る人影があった。いつの間に戻ってきていたのか、さっきの少女が木の影から顔だけを出してこちらを覗いている。フードの中の赤い瞳とまた目が合う。
そうだった。話を聞くために飛び出したんだった。そのまま逃げられてなくて助かった。
俺が話しかけようとする前に、恐る恐る、と言った様子で少女が口を開く。
「た、倒したの……?」
「おー倒した倒した。快勝と言っていいな」
俺の言葉が信じられないのか、少女は相変わらず木の影に隠れている。
それとも俺を怖がっているのか。そうだったらちょっとショックだ。
まあ、ナイフ一本でグランドボアを倒す奴に驚かない人間の方が少ないのかもしれない。冒険者ならともかく一般人や、ましてや女の子ならなおさらだろう。
俺だって初心者の頃に目の前でやられたら多分ドン引きしてる。
「あー。大丈夫だ。ちゃんととどめは刺したし。できれば君と話がしたいんだ。こっちに来てくれないか?」
「……おばあちゃんに危ない人とは関わっちゃダメって教えられました」
「くっ……おばあちゃん良い教育してるな……!」
堂々と危ない人宣告された。一応命を助けた恩人なのに。
でもそんなことで挫ける俺じゃない。
「いやいや……! たしかに怪しいかもしれないけど、危なくはない」
「だ、だって……」
俺の弁明にも少女は納得できないらしい。
もしかしたら、まだナイフを持ってるから怖いのか?
そう思い、ナイフを放り投げる。
空中に飛び上がったナイフは俺の頭上でパッ、と姿を消す。
道具箱の魔法を発動し、アイテムボックスに収納したのだ。両手を広げ、武器を持っていないことアピールする。
「これで危なくないだろ?」
それでも少女は困ったような目をしている。
やはりこっち世界の人間からしたら俺は危なく見えるんだろうか。
「だってさっき、誰もいないのに……マップオープン、マップオープン、って一人でずっと叫んでました。どう考えても危ない人です!」
「ぶほッ……。聞いてたのか……」
うわぁ死にたい。
やっぱり頭おかしく見えてたんだな。
うん。今度からは気をつけよう。




