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1.異世界送り(半強制)

 

 『実績が解除されました』

 『<ビリアの化身>の称号を取得しました』


 ピコンッ、という軽い音と共に俺の視界の端に文字がポップする。 

 俺は急いでシステムウィンドウを開くと、そこから『称号』の項目をタップする。

 項目には様々な称号が並んでいる。初めてモンスターを倒したときのものや、手に入れた装備で得られるものなど。

 その中で一番新しい、たった今獲得した称号を選択する。

 

 <ビリアの化身>:富を極めた者に相応しい、商売と旅の神ビリアの名を冠した称号。世界を回す適格者の証の一つ。

 

 たったそれだけの説明文だったが、俺にはそれでも十分過ぎた。


「やった……!」

 

 俺が今プレイしているNewEra――通称ニューラ――はその名の通り、異世界ニューラを舞台としたVRMMOだ。

 VR機器の黎明期において彗星のごとく現れた世界最初のVRMMO。視覚から嗅覚にいたるまで、人の五感を完璧に再現し、オーバーテクノロジーとさえ言われたゲーム。

 サービス開始当初から爆発的な人気を博し、5年経った今でもプレイ人数は世界最多を誇る。

 

 そのゲーム内には、条件を満たすことで取得できる称号が無数にある。

 そして中でも、最も取得が難しいと言われている七つの称号。

 

 通称、七つの栄誉(セブンスタイトル)


 近接技能を全て極めた者に送られる『武神の手(ゴッドハンド)』や、

 属性魔法を全てを修めた者に送られる『全知の書(エンサイスペルディア)』など、

 その道を極めきった者だけが得ることのできる特別な称号だ。

 

 ビリアの化身もその中の一つで、1000億レニーという気の遠くなるような金を集めた者におくられる称号である。

 その取得難易度の高さから、いまだ誰かが条件を満たしたという話は聞かない。

 

 そう、たった今。俺を除いては。


 所持金の項目には燦然と輝く1000億1270レニーの文字。

 じん、と心に染み入るような感動。それはやがて震えとなり俺の全身を駆け巡る。


「――っしゃああああ! 俺が、世界初のセブンスタイトル取得者だ!」

 

 渾身のガッツポーズと共に喜びの雄叫びをあげる。


「ここまで長かった……マジで……」


 自分が世界で初めてとなる称号を獲得したことに、思わず目頭も熱くなる。

 

 5年前、サービス開始と同時に始めた当時は中学3年生。そんな俺も今や大学生である。

 最初の3年間は普通の冒険者としてプレイし、本格的に稼ぎ始めたのは2年前。

 延々とモンスターを狩っては素材を集め売却したり、アイテムの仕入れと販売を繰り返した甲斐があったというものだ。

 

 まあ、その為にスキルポイントをかなり変な振り方してしまったりと冒険者としての犠牲は大きかったのだが。

 ちなみに、今の俺の魔法の取得状況のページはこんな感じだ。

 

 ・キャラクターネーム:ユズル

 ・取得魔法

  ・強化魔法:lv.MAX

  ・属性魔法<風> :lv.MAX

  ・空間魔法<道具箱>:lv.MAX


 普通の冒険者に比べてが俺の取得している魔法はかなり特殊だ。


 それは空間魔法<道具箱>という魔法。

 空間魔法などという名前がついているが、ようは全てのキャラがデフォルトで使えるアイテムボックスのことを指す。

 だが、誰でも使える魔法のくせに、他の魔法よりも強化に多くのスキルポイントを消費する。

 いわゆる『外れ』魔法だ。


 ちなみにネット上では空間魔法<ゴミ箱>とか呼ばれている。直球過ぎてひどい。

 

 とまあ散々な評価だが、俺は商人として大量の商品を持ち歩いたり、狩りで集めた素材を全て持ち帰るために、あえてその道具箱の魔法を最大まで強化した。その為一般的な冒険者と比べるとかなり使える魔法の幅が少ないというわけだ。

 だが、それも世界初という称号に比べれば安いものだ。


「ふふ……世界初」

 

 フルマラソンを走り遂げたような達成感に包まれながら、ぼふっ、と宿屋のベッドに寝転がる。

 俺はしばし喜びの余韻に浸りながら、そのまま眠りに落ちていった。



◆◆◆



「ん……」

「あ、起きた? ぐっもーにん、ユズル君」


 寝落ちした俺が宿屋のベッドで目を覚ますと、隣に知らない女の子がいた。

 ……えっ?


「なっ、誰だお前! なんで俺の部屋にいる!?」

「えー。つれないなあユズルは。昨日はあんなに愛しあったのに」

 

 慌てて飛び起きてベッドから飛び降りる。俺はアイテムボックスから片手剣を取り出すと少女に向ける。

 見知らぬ少女はシーツから顔だけ出してこちらを見つめ、ぽっ、と頬を染めている。


 ……いやいや。

 愛し合ってないから。ていうかこのゲームにそういう機能ないから!


「……してないよな?」


 一応チラっと自分の格好を確認する。

 ちゃんと服を着てる。良かった……。

 

 というかコイツ、どうやってこの部屋に入ったんだ?

 俺が今いるのは俺が自分で借りた宿屋の一室だ。借りた本人である俺が許可しないかぎりは誰も勝手に入ることはできない。

 

「どうやってここに入ったんだ」

「覚えてないの? ユズルから私を部屋から誘ったくせに……ひどい。そうやって何人も女の子を泣かせてきたのね……って、冗談だよ、冗談」


 俺の不審げな眼差しに気づいたのか、少女はあっさりと嘘を認めるとベッドの端に座り込む。

 けろっとした表情で少女が答える。


「どうやってここに入ったか、だっけ。勿論、勝手に入らせてもらったよ」

「勝手に、って、そんなことできるわけないだろ。部屋の主の許可がないと部屋に入れないのがルールだし、俺はお前を許可した覚えはない」

「だーかーらー、自分で入ったんだって。私にとっては部屋に入るなんて朝飯前」

「朝飯前、ってそんな馬鹿な……」


 宿屋の部屋には、解錠の魔法だとかそういう類のアクションは全く効果がない。難易度の問題ではなく、システム的にそういうことはできないようになっているからだ。

 勝手に入るなんて普通はできない。


「ふふーん、普通は無理、って顔してるね。そのとおり、私は普通じゃない」

「勝手に心を読まないでくれ。普通じゃないならなんだ? ……もしかして、運営者か?」

「んんー。それもある意味間違ってはいないんだけどね。神様だよ、神様。アイアムゴッド」

「んなアホな」


 今度こそ俺は呆れた顔をしてるに違いない。

 神様だって? 信じられるわけがない。


「信じられないなら、私のステータスを<鑑定>で見てみると良い。そうすれば分かるさ」

「一体何を……って、なんだこれ!?」


 を発動させ、少女のステータスを確認した俺は我が目を疑った。思わず構えていた片手剣を取り落とす。

 俺の視界に表示された少女の能力画面には、ありえない文字が映し出されていた。

  

 ・キャラクターネーム:かみさま

  ・ステータス

    ・HP:9999(MAX)

    ・MP:9999(MAX)

    ・STR(筋力):999(MAX)

    ・DEF(防御力):999(MAX)

    ・DEX(俊敏):999(MAX)

    ・INT(魔力):999(MAX)


 全てのステータスにカンストを示す(MAX)文字が並んでいる。

 その上、全魔法・スキル取得済み。

 こんなの100年やっても達成できる気がしない。


「なんだこの馬鹿げたステータスは……」

「信じてくれたかい? なんなら限界突破でもしてみせようか」

「やらなくていい。というか、より一層、運営側の疑いが強まったんだが」

「疑り深いなあ。それじゃ、もう一つ。君のシステムメニューを確認してごらん」

「システムメニュー?」


 俺は各種項目からシステムメニューを開く。

 そこにはオプション、ヘルプと、いくつかの項目が並んでいる。

 そして異常に気づく。


「ログアウトが、ない?」


 項目の一番下に表示されているはずのログアウトの文字が消えていた。

 色々といじってみるが、それらしい項目はどこにも見当たらない。


「私の力で君をこの世界から出られなくした。ついでに今、この世界の時間も止めているよ」

 

 少女の言葉に俺の視線が窓の外へと向かう。

 窓から見える太陽は、俺が寝落ちする前と同じ位置から動いていなかった。

 それだけではない。

 街の中を行き交う人々も、空を飛んでいる鳥もその場で凍りついたように停止している。

 

「――まだ、信じないかい?」

「信じ……ざるを得ないんだろうな」

 

 いかに運営の人間だったとしても、俺一人のためにニューラの世界そのものを全て停止させることなどあり得まい。話がしたいなら精々、別空間に隔離するとか、そういうのでいいはずだ。俺を驚かすためだけなら、わざわざこんなことをする理由がない。手間とリスクがかかり過ぎる。


「信じてもらえてよかった。それじゃあ、ここから本題だよ」

「本題?」

「実は、君にお願いがあってきたんだ」


 少女は真剣な顔になると、俺の目を真っ直ぐと見る。

 海を思わせるダークブルーの瞳と視線が交差する。


「君に、ニューラの世界を救って欲しい」

「……どういうことだ?」


 静かに語り始める。

 口を開いた少女はどこか神秘的な空気をまとっていた。その雰囲気にぞくりとする。

 今なら、目の前のこの少女が神様だというのも本当に思えた。


「この世界は私が神の力で『本当のニューラ』を再現したものなんだ。そうして作り上げた世界を、VRMMOの形にして君たちに提供している」

「神様の力、ね。どうりでVR機器がまだほとんど出回ってない時期だったにも関わらず、こんな完璧なVRMMOを作れたってわけだ」 

「これでも結構苦労したんだよ。現実の世界の感覚を再現するのも、世界中のプレイヤーの行動を同時に処理するのも、かなり力を使った」

「それで、そんなことをした目的はなんなんだ」


 俺は神様に先を促す。


「君には、本当のニューラにいって地下迷宮ヨルムを攻略する手助けをしてほしい」

「ヨルムを? たしかにアレは未だに攻略者が出てないが……」


 地下迷宮ヨルムはそんじょそこらのダンジョンではない。

 時間の経過によってダンジョンそのものが変化し、大きくなっていくのだ。

 ゆえに地下迷宮ヨルムはニューラでも最難関と名高い屈指のダンジョンになっている。


「そのとおり。地下迷宮ヨルムは特別なダンジョンなんだ。他にはない成長するダンジョン。そのまま放っておけば星全体を侵食するほどに大きくなりかねない」

  

 なるほど。だから、そうなる前になんとかする必要があるということか。

 

「おっけ。なんとなくだけど事情は理解した。でも、神様が直接攻略しに行かないのか? こう言っちゃなんだが、俺なんかよりも神様が直接行ってなんとかした方が早いんじゃ」

「いやー、それがね? 私は地球の管理があるし、私が直接向こうには行けないわけよ。こっちはこっちで色々問題があるし。忙しいのよ。ほら、環境問題とかそういうので。あー大変。いやほんとマジで」

 

 なんだそのわざとらしく忙しいアピールする大学生みたいなノリは。

 ぐだぐだ言い訳を始めた自称神様にはさっきまでの雰囲気などかけらもない。


「いやいけよ」

「いやいや、ほんとに無理なんだって! 私だってニューラの神様から助けを求められただけだし! それに私、星の神、っていうか星そのものよ? 私が異世界に行ったら、こっちを維持する力がなくなって地球が滅びちゃうし。地球ごとあっちの世界に移動すればできないこともないけど。でもそれだと多分衝突して両方爆発四散するよ」

 

 嫌過ぎる。そんなギャグみたいな爆発オチに付き合う気はない。

 しかし、明らかに自分が行くのを嫌がってるのがまるわかりだ。神様のくせに。

 

「おい、じゃあまさかニューラの世界をVRMMOにしたのって……」

「ご明察! そうよ! 私自身があっちに行くわけにはいかないから、この世界で優れた人物を探しだして代わりにあっちに送りこむ。そして迷宮を攻略するのを助けてほしいわけ。つまり君にね!」


 ズビシィ! なんて擬音のつきそうな勢いで俺を指差すクソッタレ自称神様。

 胸を張るな。あとなんでそんな自信満々なんだ。


「ふざけんじゃねえー! ただの生け贄じゃねえか俺!」


 つまり、神様が直接助けに行くことはできない。

 なので代わりに高難易度の称号――七つの栄誉(セブンスタイトル)を設定し、優れた人物を探しだす。

 そして神様の代わりに送り込んでダンジョンを攻略してこい、というわけだ。


 色々理由つけてるけど最終的に問題丸投げするつもりじゃん!

 会社で起きた不祥事の責任を突然全てふっかけられたような理不尽感。

 そんなものに巻き込まれるなんぞ、冗談ではない。


「いやいや。君が無事に役目を果たしたらこっちに帰ってこれるし。そのときにはちゃんと報酬もあるわ」

「報酬?」

「そう。何でも願いを叶えてあげる。あ、何でもって言っても、新世界の神になる、とか世界の半分よこせー、とかそういうのは無理だからね。常識の範囲内で」

 

 そんなこと言わねえよ。願わねえよ。

 ていうか既にこの状況が非常識だ。


「もちろん、今の君の能力を維持した状態で向こうに送るわ」

 

 ん……。それなら、なんとかなる、か?

 今の俺は高lvプレイヤーだ。

 自慢ではないが装備も相当良い。向こうで生きていくには全く問題無いだろう。


「それなら行けるかもな……」

 

 と、俺が小さく囁いたその瞬間。


「え、いいの!? ありがとう! 君ならそう言ってくれると信じてた!」


 勢いよくガッツポーズを決める神様。


「え、俺はまだ何も」

「いやいや、確かに聞きました! はい! じゃあ送りまーす!」

「ちょっ」


 喜びの雄叫びが部屋に響く。

 俺がぽつりとこぼした呟きが聞こえていたらしい。地獄耳か。

 

 神様がパチン、と指を鳴らすと俺の足元に小さな魔法陣が現れ、瞬く間に複雑な模様を描きながら拡大していく。そしてあっという間に部屋中が魔法陣の輝きで一杯になる。

 次元転移。見たこともない神の業を示す魔法陣に状況を忘れて思わず見とれてしまう。

 一瞬でこれだけの魔法を行使するとは、流石は神といったところか。


「あ、これただの演出だから。実際に送るのは現実世界の君だし。こうした方が雰囲気出るかな? って思って」

「そんな気遣いいらねえー!」


 なんだその余計なサービス精神は。

 ちょっと感心した俺が馬鹿みたいだ。

 というかそうしてる間にも、俺の身体は既に半分くらい透け始めている。

 なんか意識も薄れ始めてる。足とかもう消えかかってる。

 ええ、これ、マジで異世界に送られてんの……?

 

 あれ、待てよ。送られるのは現実世界の俺、ということは。


「なあ、一応聞いとくけど装備とかアイテムはどうなる?」

「持っていけませーん。能力は君を向こうに送る途中で、今までの経験を現実の君に流し込むからいいけど、ゲーム内のアイテムは無理」

「お金も?」

「無理」

「うわぁ……」

 

 それって資産=力に等しい称号の俺は、他の称号よりもかなり不利なんじゃないか。

 絶望に身を打たれながらも俺の意識は少しずつ薄れていく。

 ああ、やばい……。

 もうほとんど何も見えない。

 意識ももうほぼ真っ白。

 気を失う、最後の一瞬。


 ――ユズル。君なら大丈夫。また会いましょう。

 

 神様のそんな声が聞こえた、気がした。

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