ハーフエルフは無様に負ける
--- とある読書中の冒険者 ---
街から離れた高い木々の生えた森、私は一番高い木のてっぺんにいる。
初めは何度も落ちそうになったが慣れてくれば本も読める。
だが、こうも日が落ちてきては本の文字が読みにくい。
空気は冷え、誰もが沈黙の中にじっと身を沈める。
この時間帯に普通の冒険者や商人は外を出歩かないだろう。
何故か?単純だ。魔物が強くなるからだ。
夜は魔物を強くするらしい。ここの魔物は比較的に弱いが夜になると倍以上の強さになる。
それでは割りが合わないとここら辺の冒険者は思うだろう。
商人だって余程の荷物でない限り夜をまたいで旅は行わないだろう。自分たちの命を守る用心棒にだって金は抑えていた方がいいからな。
しかし最近は妙な気がする。
この前のブラットベアーだ。以前なら一撃で倒れたのにどういうわけか腸がでているのにしぶとく攻撃を続けるのだ。
それになんというかあの熊、目がおかしいような気がした。
……いや、熊だけじゃないか。最近、魔物はどうにも強くなっている。
あのウサギ、ブラックホーンラビットの群れはこんな所ではいないものだと思っていた。
それに狩りを楽しむような残虐性があっただろうか。
……ウサギといえばあの助けた坊ちゃんはどうしたであろうか。
ひらひらと貰った紙を動かす。この貰った紙の一枚は本の栞にして持っている。なかなかいい紙を使っているみたいだ。触り心地、紙に描かれている絵が他とは比べ物にならない。
持っている紙を本の適当なページに挟んだ。
……確かに思ってみれば没落貴族かもしれんな。この紙にしても、あの体格も。
しかし、あんだけトロイと街を歩いただけで攫われて売られそうだけどな。
あの店主の話によるとあの野郎の知り合いの所でポーションを作っているって言ってたな。
大丈夫なのか?
……って何を考えているんだ私は。
というよりもあの野郎。約束した日は確実にこの日のはずなのに。
朝から晩まで居たっていうのに全くこない。
あの野郎は約束した時間に1日遅れで来て平気な顔をする。
自分勝手な野郎。
……ってなんで私が野郎の都合でこんなに待ってなきゃないの?
……義理分は待ったよね。
「……もう帰るか」
そんな風に呟くと、
「おや、ひどい。せっかく急いで来たのに。」
「!」
その後ろからの声を聞いた瞬間に木から飛び降りる。
靴に魔力を流し軽くなった足を全力で動かし他の木々を伝い下へと急ぐ。
そして地面に足をついた瞬間に素早く身を隠す。
……くそ!油断した!あんなに接近されるのは久しぶりだ。
「あなたが焦ったのは久しぶりに見ましたよ。何か考え事でも?」
「くっ!」
また後ろに来た!
身を隠す前から居たかのように平然と居いる。
腰に下げたままのサーベルを抜き、背後に居る奴に向かってサーベルを振り抜く。
「今日は稽古をつけに着たわけではないのですが……まぁいいでしょう。」
カンッ
そんな鉈で木を割るような音が聞こえた先には、木の棒の先端に私のサーベルが食い込んでいた。
「……ふむ。剣の使い方は少し上手になりましたかね。」
「うっ!くっ!」
「しかし、力が全く付いていませんね。前に言ったでしょう?筋力を付けるか、魔力で力補うようにする事……って。」
くそ!全く動かない!あいつの持っているのは木の棒のはずなのに。
このサーベルはそこらに売っているなまくらとは違う……はずなのだがサーベルは動かない。
「……そういえば私が渡したこのローブと同じもの……どうしました?」
そういって被っているローブの先を引っ張ってアピールをする。
……片手で私は処理できるってか。
なめやがって!
「あんなもの……」
大きく前進。そして
「捨てた!」
横腹に向かって思いっきり蹴りを入れた。
が、
「ぐ!」
横腹を蹴りつけた瞬間、右の足先が鉄の像を蹴り飛ばしたかのようにジーンッと衝撃が押し帰ってきた。
そして足首を掴まれた。
今、ひどい状況だろう。足は掴まれ、武器も木で動かない。
まさに滑稽。
対して、奴は次の手がすぐに出せるような姿勢である。
「……はぁ。あれすごいレアなんですよ。でもまぁ、あなたとは相性があまり良くなかったですし。これも運命なのかもしれませんね。」
ハァとため息を吐いた。
……運命。虫 酸 の 走 る言葉だ。
「そう……悪かった。謝る。そういえば今日は稽古をつけに着たわけじゃないって言ってたけど」
足首を掴まれながら私は聞いた。
「あぁ、そうでした。実は聞きたい事があって……」
「へぇ、アンタが聞きたい事?珍しい。話しなよ、
ほら ゆ っ く り【息を吸って】さ」
そう言って私は靴に目一杯の魔力を込め、紫色の煙を奴に向かって放った、
…! サーベルが動く!あの煙は毒沼にいるスライムから作った毒煙だ。
嗅ぐだけで全身が気だるく指の先からがつま先まで自分のものではないように痺れるだろう。
ここで決める!奴に向かい飛びかかった。
「……なるほど。靴の先に何かを仕込んでこれを狙っていたのか。
君の魔法も成長したね。」
薄い刃物で背をなでられるような戦慄。
仮面越しだがニヤリと笑っているのがわかる。
視界に何かが映る。奴の持っていた棒は宙に回転していたのだ。
『あれに当たるとまずい』と思いサーベルでいなす。
その瞬間、奴の蹴りが私の腹部食い込むのを感じた。
「ぅが!」
目の前が白く霞み意識が遠のくのを舌を噛んで耐える。
そして奴の手が私の首を掴んで地面に叩きつけた。
「う!ぐぅ…。」
「でも、そんなバカみたいに特攻したら意味ないでしょう?
……はぁ、よく今まで死にませんでしたね。
ま、今回の戦いで知りたい事はなんとなくわかったのでもういいですよ。」
そう言って掴んでいた手を離す。
「ごほ!ごほ!」と咳き込む私を無視して左の手から一輪の花を出す。
周りは青の花びらで包まれており、中心は……黄色だ。
「やはり前と変わっていませんね。」
と言って花を私に投げる。
会うたびにこうして花占いをさせられる。
私はそれを手の甲で弾き花は地面に落ちた。
「ま、このままでも大丈夫でしょう。」
「……?」
「まだ生きていてくださいね。」
「……チッ。」
利用される。そう考えると腸が煮えくり返りしそうになる
「ほらあの時の約束した……」
「【だまれ】!」
無意識に声を荒げた。
「……ではまた。半月」
「……」
そういってあのクソ野郎は暗闇に消えていった。
立ち上がり服についた土埃を払う。
木に寄りかかり下に視線を落とす。その視線の先には地面に落ちた花。
惨めである。
あの野郎に会うといつもこんな気分になる。
初めて出会った時もこんな感じだ。私が突っ込んで、ボコボコにされた。
そのあと稽古をつけられ、ボコボコにされ、魔物を倒したりした。
奴の見繕った敵を倒し、冒険者のクラスも上がった。
貰った装備のおかげで叩き潰せた魔物もいる。
強かった物を私が超える感覚はどんな瞬間より喜悦を感じる。
あの野郎の言う事を聞けば強くなった。
だから今回も言うことを聞いてこんな田舎に拠点を構えた。
だが今回は別に強い魔物がいるわけでも無いのに「ここに暫く居ろ」ということだが、今の所そんな噂は聞かない。
「……ゴホ。」
少し喉が痛い。少し勿体無いがポーションを飲む。
……数がもう無いな。また作らなくては。
赤いポーションをクイッと飲む。その時木々の隙間から月の光が私を照らす。
その光の方向を横目に見る。月の半分が輝いていた。
「強くなりたいな」
そんな情けない言葉を森の中で呟いた。




