絡み合う運命
7.絡み合う運命
帰り道、一緒に駅まで歩いていた木田翼から突然それは言われた。
「なあ」
「なんだ?」
「俺も仲間に入れてくれよ」
「……、はぁ!?」
俺は一瞬何を言われたか分からず、理解出来た瞬間には思わず大声を上げていた。
「ダメか?」
「いや、俺の一存ではなんとも…。ひとまず林檎に聞いてみるが…」
「そうか。ありがとう」
「期待はするなよ?」
俺はそう言って真顔で礼をいう翼を止めた。正直林檎がなんて言うのか予想出来ない。
ついさっき図書館で顔は合わせたし、協力してもらったと説明はしたから顔と名前は多分覚えてはいると思うが…。
そう考えた矢先、俺は交差点に入った。
信号は青だ。
だが、次の瞬間すぐそばで甲高いブレーキ音を聞いた。
思わず腰が抜けた。というより、俺の本当にすぐ近く四、五メートル先での出来事であったために思わずバランスを崩してこけた。
何せすぐ目の前で自転車と軽自動車が衝突寸前だったのだから。
「おいおい。大丈夫かよ」
横断歩道で腰を下ろしてしまった俺に翼は言った。
「俺はいい。むしろショックで転倒してる自転車の方を助けてやってくれ。必要なら救急車とか呼んでやれよ」
「分かった」
それだけ聞くと、翼はそっちの方へ駆けだした。
「痛てて…」
俺もこのまま情けない姿を曝け出すわけにもいかなかったので、ひとまず地面に強打して若干痛みの走る足に気を遣いながら立ち上がり、目の前の現状を確認する。
まず、アスファルトにタイヤの跡を強く焦がしながら止まった軽自動車と慌てて軽自動車から降りてくる男性ドライバーと助手席にいた女性。
駆け寄った先には横に倒れた自転車と、そのそばで茫然としたまま倒れている若い女性。
「大丈夫ですか?」
そばまで駆け寄ったドライバーが声を掛けた。その顔は蒼白で、かなり焦っているのが伺えた。
「……」
しかし、倒れている女性はうんともすんとも言わなかった。
助手席にいた女性は、思わずさすった。
そこで、初めて倒れていた女性が反応した。
「あれ…? ウチ何してたんだっけ?」
そこでようやく意識らしい意識は戻ったが、どうやら状況を理解していないらしい。
「救急車呼びますか?」
比較的冷静な翼が声を掛けた。
「救急車…?」
倒れている女性は不思議そうに反復したが、直後に分かったようで、上半身だけ起こした。
「ウチもしかしてぶつかりました…?」
「いや、ぶつかってはいませんけど…」
ドライバーは口を濁した。
軽自動車は信号を守っていた。正直に言えば信号をスルーして交差点に進入した自転車が悪いのだが、ドライバーは自転車の女性の状況を見て、それをきっと口にするのは憚られたのだろう、語尾は濁していた。
しかし、おおよその状況はそれで理解したのだろう、自転車の女性は慌てて謝罪を始めた。
「あ、あの…ご迷惑をおかけし申し訳ありません…」
蒼白だったドライバー以上に顔を真っ青にした。
「と、とんでもない、こちらこそ不注意で…」
しばらく謝罪合戦が展開したが、そもそもぶつかったわけではないし、転倒した自転車側にも特に怪我したわけではなかったし、互いに不注意であったということで、警察に届けることなく、そのまま終わった。
だが、俺は一部始終を見ていて転倒直後に自転車側の女性に意識が朦朧としていたこと、事故に遭いかけたという記憶がなかったことがどうしても頭の中で引っかかったが、本人も大丈夫と主張し続けたので、特に救急車を呼ぶことなく、その場は解散になった。
「ということがあったんだけど…」
日付は変わって翌日。
普段なら二限が始まる三十分前には学校にいる俺なんだが、今日は翼に言われたことを林檎に伝える必要があったため、いつもより二十分程度遅らして学校まで来ていた。
だが、なんとなく直球勝負しても空振りに終わりそうな予感がしたため、なんとなく別の話題を枕としておいておきたいと考えたのだが、特にこれと言って話題が思いつかず、事故の話になってしまった。
「ふーん」
林檎には校門付近で待ち伏せしてから、この話をしていたのだが、残念ながらこの話には興味を示さなかった。
まあ、興味があるかないかというのは林檎の場合どちらかで、両極端であるのはもう慣れているし、問題はそこではないので俺もさして気にしない。
俺達は次の授業は同じなので授業が始まるまで話を続けることが出来る。
とりあえず、この辺で翼の話を…と俺は考えたのだが、林檎は少し唸った。
「うーん…。でも確かに転倒前後の記憶がないのはおかしいわよね? その人転倒した瞬間に頭を強打でもしたんじゃないかしら?」
確かにそれは俺も気にはなっていた。
「でも、本人は大丈夫だって言ってたけどな…」
「本人が大丈夫だって言ってもそれは本人だから分かっていなかったり、或いは人目を気にして大丈夫なふりをしていた可能性だってあったんじゃない?」
「実際翼…ああ、昨日図書館にいたやつも一緒にいて二人でそのあと少し検証してみたんだけど、最初以外は…」
そこで俺は迂闊さに気付いた。
これは翼の話をする絶好のチャンスなのではないだろうか…ということなのだが、こうも曖昧な説明ではそのチャンスも一瞬で霧散してしまったではないか。
「最初? 最初になにかあったの?」
適当過ぎる所で言葉を止めてしまったせいかそこに林檎は反応してしまった。
「いや、最初は…」
ここで俺はもう一つ迂闊だったことに気付いた。
「意識が薄れてたんだ」
最初から本人に大丈夫かどうか尋ねる前に救急車を呼ぶべきだったのだ。
俺が自分の判断に悔んでいる間に、隣のいた林檎も顔色を悪くした。
状況が良くないと思ったのだろう。
「放課後その人を探すわよ」
と、真剣な面差しで言った。
「ああ」
今回は俺のあきらかな判断ミスから始まったものだが、どうやら付き合ってくれるようだ。
俺が林檎の言葉に頷いたところで丁度教室についた。
まだチャイムまで数分ある。
教室内に入ると、一限から授業があった筈の幸雄と瑞穂が既に席に着いており、教室内に入った俺達に気付くと、幸雄は自らの所に誘導するように手を上げた。
幸い次の授業は自由席であるため、どこに座っていようが問題ない。
二人のそばは空いていたので、そこに座った。
「あ、誠君。ユキさんは喜んでくれてたよ」
「それは良かった」
俺が座った所で瑞穂がそう報告してきた。
ユキさんというのは昨日の図書館で本を探すきっかけとなった三松ユキ先輩で間違いないだろう。
俺も今までその件を忘れていたとはいえ、それを聞いて一安心した。
そこに林檎が口を挟んだ。
「ねぇ、みんな今日の放課後空いてるかしら?」
その言葉に幸雄がニヤッとした笑みを浮かべる。
「今日は放課後なんだね?」
幸雄の言葉に林檎は目線をやや逸らした。
「いや、しばらくは自主休講を避けようと思っただけよ…」
「それで今日はなんなの?」
風向きが悪くなった林檎をフォローするようにそう言った。
すると、林檎はチラッと俺の方を見た。
この場合俺から説明するのは当然だろうと俺自身も思ったため、
「それは俺から説明する」
と、幸雄と瑞穂に前置きしたうえで、チラッと時計を見て説明できる時間があることを確認してから、昨日図書館で別れてからの出来事を掻い摘んで説明した。
「というわけだ」
一通り言い終わると、二人とも難しい顔をしていた。
それはそうだ。学校付近で自転車に乗ってる女性なんてごまんといる。
これだけで特定するなんて無茶にも程がある。
それに目的は本当に無事であるかどうかの確認だけなのだ。正直過程は割に合わないだろう。
二人の口から質問が出ようとした矢先に授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
普段ならチャイムが鳴っても構わずに喋り続ける林檎と幸雄が特に何も言わず黙り込んだのは昨日自主休講したという負い目があったのだろう。
すぐに教授も入室してきて、俺達に限らず教室全体が静粛な雰囲気に包まれる。
教授は教壇に上がると、一言言った。
「今日は授業前に私のゼミ生の発表を聞いてもらいたい。この授業にも関係する内容なので全員しっかり聞くように」
いつもとは違うやり方についさっきまでの静粛な雰囲気が嘘みたいにざわめきだした。
俺もこれはノートをとるかどうか悩み、だが、質問するのは憚られたため、教壇に立つ教授をじっと見ていたのだが、次の瞬間に息をのむことになった。
教授が廊下に向かい合図すると、ゼミ生の女子学生が入室してきたからだ。
その女子学生は教壇に上がると、手に持っていたノートパソコンを教室の設備に繋ぎ、スクリーンに自分のパソコンで映し出されていた画面と同じこと確認すると、受講している俺達の方を向いた。
「みなさんこんにちは。ウチは三回生の三国渚です。しばらくお付き合い下さい」
間違いない、昨日とは違い眼鏡をかけているものの教壇に立っているのは昨日の自転車の人だった…。