柊の咲く先に
5.柊の咲く先に
二限、三限と過ぎて本日の授業を全て終えて、俺は図書館棟で一時間半経つのを待っていた。林檎や幸雄、そして瑞穂が四限の授業があるためだ。
あいにく今日は瑞穂の姿を見ていないため、今日も昨日と同様なのか分からない。
と言っても変わっていようが変わっていまいが林檎は何かしら動く気なのだろうからここで気にしても仕方ないことなのだが。
せっかくなので『ヒイラギ』という植物について調べてみた。
ヒイラギというのはモクセイ科の常緑木で、葉っぱに棘があるのが特徴だ。冬に白い小さな花を咲かせる。
また、病虫害にも強いらしい。
一見地味だ。そして俺にはキレイに咲いているとも思えなかった。
残念な事に瑞穂の部屋にあるという観葉植物がどういったものかは覚えていないが、柊よりはもう少し派手だったように思える。
というとやはり林檎のいうように柊は単なるヒントでしかないのだろうか。しかし、いくら人間一つは隠し事を持っていると言えど、なかなか瑞穂の隠し事は予想出来ない。
恐らくそこに林檎の興味は持ってるのだろうが、正直俺はその点には気乗りしない。
誰にだってプライバシーというものが存在するからだ。
と言っても林檎にはきっと通じないのだろうが…。
俺は堂々巡りになってきそうな思考をやめ、一度溜め息を吐いてから閲覧席から立ち上がると、使っていた三冊の植物図鑑を元々置いてあった棚それぞれに戻した。
チラッと時間を携帯で確認する。だが、まだまだ四限の終わりを告げるチャイムが校内全域に鳴り響くまでまだまだ時間があった。
「小説でも読んでるか」
俺は静かに呟くと小説の置いてある図書館棟の一階部分へと階段を下りていく。
しかし、踊り場で俺は足を止めた。
そこの瑞穂の姿があったからだ。
もう一度携帯で時間を確認してみるが、まだ授業時間は残り三十分はたっぷりある。いくら早く終わったとしてもあまりにも早すぎる。
瑞穂は本棚に体を向け、本を見ていたためこっちには気付いていない。
「……」
俺は声を掛けるかどうか悩んだが、黙って後を着けることにした。
こういう所は林檎の悪影響なんだろうなと一瞬頭の隅で考えつつ、本棚が死角になるように移動する。
あまりに不自然な動きなので、周りからは不審な目をされるが、幸い本に夢中らしい瑞穂は気付いていない。
何を呼んでいるのかは分からないが、結構集中している。
ふと本棚の端に書いてあるコーナーを確認してみると心理学のコーナーだった。
つまり、誰かが間違って本を直していない限りは心理学関連の本を読んでいるのだろう。
十分程度、その場で立ち読みをしていたが、何やら満足そうな顔を見せてから図書館棟を出ていく。
少し迷ってから、林檎と幸雄にメールを送り、こっそり後を追うことにした。
ただ、正直困ってはいた。今までの図書館内での行動ですら周りから不審な顔をされていたのだ。学外に出ればそれどころでは済まず最悪通報される恐れだってある。
それ以上に尾行みたいな刑事や探偵みたいな真似なんてしたことがあるわけではなく高い確率で瑞穂自信に露見するだろう。
「やっぱりここは止めておくべきか」
良心が俺にブレーキを掛ける。
「何勝手に行動しといて勝手に終わらそうとしてるのよ」
そんな声と共に突然後ろから叩かれた。
「痛っ! って案の定林檎か。授業は?」
「メール貰った直後に終わったわ」
「そうか。じゃ、後は任せる」
「なんでよ。ここまで来たからには行くわよ」
「いや、まだ学校内だけどな」
「いいから行くわよ。早くしないと見失うわよ」
「はいはい…」
俺の良心は強制というものに敗北をし、俺は何も反論出来ぬ間に俺達はその場を後にした。
「やっぱりここに辿り着いたわね」
交差点の角から半身出して林檎は覗き込みつつ、周りを確認する。
尾行して辿り着いたのは、昨日お茶をした喫茶店のすぐ近くだ。
だが、件の瑞穂はその喫茶店は素通りし、その先に進む。
「あの方向はあの柊があった方向…?」
俺は喫茶店の窓の位置を見ながらそう呟いた。
「行くわよ」
前を行く瑞穂が次の交差点を曲がったのを見て、林檎がそう言った。
林檎に続いて俺もその交差点へと向かい、同じ方向に曲がった。
「っ!?」
その瞬間に曲がったすぐ先に立っていた瑞穂と目があった。
「来てくれると思っていたよ」
狼狽した俺と林檎だったが、瑞穂はそれに構うことなく言葉を放った。
「来てくれると思った?」
狼狽を隠せなかった俺だったが、その言葉には疑問を抱いた。
「ええ」
「つまり、俺達は躍らせたわけか?」
「そんなつもりはなかったけど、林檎ちゃんならしそうだな…って思ったの」
俺と瑞穂はチラッと林檎を見たが、狼狽から立ち直った林檎は今度はわざとらしく視線を外した。
どうやら林檎はまんまと瑞穂の策略にはまっていたようだ。学校での俺の良心は正解だったということだ。
しかしここで疑問が生じる。
「そこまでして何が目的なんだ」
俺は視線を瑞穂に戻し、そう聞いた。
正直この一連の行動自体瑞穂一人で行ったものとも思えなくなってきた。瑞穂が人を欺くことなんてこの知り合った数か月ではありえなかったからだ。
だから、俺の問いにもすんなり答えてくれると思ったが、瑞穂の口から出たのは、予想を裏切るものだった。
「詳しい話はまだ私も聞けてないからなんとも…」
「……」
この言葉で瑞穂以外に誰かがいることは分かったが、まだ話を聞けていないというのはどういう事なのか。
「一体何がどうなってるの?」
目線をそらしたままだった、林檎がようやく話に入ってきたが、その分ついてこれてなかった。
「とりあえず今までの事を話すね」
「ええ、そうして」
「先月に、昨日紹介した喫茶店を見つけたの。たまたま買い物ついでに散歩していたら偶然見つけたの」
「偶然ね」
「ええ、ここまでは…。いえ、きっと次までは偶然ね」
「……」
「雰囲気は気に入ったから、時々行ってたの。コーヒーもおいしいしね」
「それで?」
「先週ね、昨日座った位置からあの柊が見えることに気付いたの。
そういえば柊が咲くようなシーズンになったな…って思ったら、突然話し掛けられてね」
「話しかけられた?」
「ええ。なんでもその柊を植えてある家の人なんですって」
「……?」
どうもここまで聞いても話が読めない。
「その人がなんなんだ?」
「五十代らしいんだけど、半年前までうちの大学で学生をしていたの」
「ああ、たまにいるわね、そういう人」
「で、既に卒業はしたんだけど、どうも学校で物を忘れてしまったみたいなの?」
「つまり?」
「私が現役生だって話したら代わりに探してきてもらえないか…って頼まれちゃって…」
「その方は自分では行かないのか? いや、行けないのか?」
「後者ね。かなり足を悪くされたみたい」
「それで何を探せばいいの?」
「そこまでは…」
「え?」
「実は探すために人を集めるって言ったままで…」
「それでこんな周りくどいことをしてたのか…」
「ごめんなさい…」
そこまで言って瑞穂は頭を下げた。
「なんか、あの人も言いにくそうだったから、学校で話しづらくて…」
「そうか」
謝られても特に怒る気にはならない。ただ、卒業生の忘れ物探しというものに林檎の興味が湧くか否かだ。
俺はチラッと再び林檎を見た。
どうやら杞憂だったようだ。もう目を輝かせている。
「じゃあ、詳しい話を聞きにいこうぜ」
俺は瑞穂にそう言った。
「そうね。先輩の頼みとあらば無視できないものね」
林檎は輝かせていた目で、瑞穂を見てそう言いつつ微笑んだ。
「ありがとう」
林檎の微笑みにつられたように笑ってみせ、言葉を続けた。
「この家よ。じゃあ入りましょうか」
そう言ってすぐそばにあった家のチャイムを鳴らした。
『はい』
「こんにちは、春江です」
『入って頂戴』
「失礼します」
瑞穂はそういうと、敷地に入り玄関へと入っていく。
俺も林檎もそのあとに続く。
その直後、俺は白い花をつけた柊を見つけた。
さっき図鑑で調べたばかりだがあんまり調べた意味がなかった気がした。
ここで終えるつもりでしたが、中編になってしまいました。今しばらくお付き合いいただければ幸いです。