チャレンジノート
4.チャレンジノート
揺れる電車の中で俺こと小浜誠はもう数駅は絶対開かない筈のドアにもたれつつ、小さなノートに最近起きた事を書いていた。
といってもこれは日記帳というわけではなく、俺とそして結果的にどういう集まりか分からない集まりの活動を記録したものであった。
かといって日誌というわけではない。
そもそもあの活動の目的というのは、少なくとも俺には分からない。何度巻き込まれたかもう数えるのは止めたし、毎度毎度楽しいと思えるので、もしかすると考える事自体無意味であるのかもしれない。
だが、考えるためのヒントとして、あるいは楽しい記憶を忘れないためなのかもしれないが、俺はこうして記録を続けている。
今書いている昨日のことだ。
昨日は放課後に駅そばの商店街でお茶をして解散しようという話になった。こういう事はたまにある。といっても大抵がリーダー格の敦賀林檎が勉強に困って誰かしらに勉強を教えてもらうためにお茶を飲みながら勉強するためなのだが。
しかし昨日は一緒にいた春江瑞穂がいいお店を見つけたから行かないか? というのを昼休みに提案し、俺を含めた三人は特に用事がなかったため、放課後に向かう事にしたのだ。
だが、その内心では少なくとも俺は驚いていた。
というのも瑞穂が滅多なことに人に提案することをしないからだ。
瑞穂一人であるならばしっかりとした意思を持って行動することはあるのは分かっていたが、今回はちょっと予想外なパターンだった。
午後の授業でもそれはちょっと気になって仕方がなかった。
授業が終わって正門に集まった俺達だったが、いつもここで先陣をきるのはいつも林檎なのだが、昨日は瑞穂が嬉々として前を出た。
「随分テンション高いね…」
いつも冷静な八島幸雄もいつもとは打って変わったテンションの瑞穂に戸惑っていた。
「何かあったのかしら…?」
林檎も訝しむような目で見ていた。
「林檎に心辺りないのか?」
俺は隣を歩く林檎に聞いてみた。俺と幸雄に分からなくても隣に住んでいて、尚且つ一日のほとんどを共に過ごしている林檎なら何か思い当たる節があるだろうと思ったからだ。
林檎は少し考えるような仕草を見せてから、
「ないわね」
と答えた。
「そんなにそこのお店の物がおいしかったとか?」
「さっぱり分からないな…」
俺達は歩きながら様々な憶測を立てていたが、少し前を歩く瑞穂は聞こえていないのか、変わることなく嬉々として歩いている。
結局俺達がもっともらしい理由を思いつくこともなく、気が付くと先頭を歩く瑞穂が足を止めていた。
そこにあった建物を目を輝かせるように見ていた。俺達も釣られる様に見たが、どう見てもそこにあったのは少し古びた喫茶店があるだけで、特に特記すべき点はないように見える。
「瑞穂で学部なんだったっけ? 建築関係だったか?」
俺はそう呟いた。
「あんたと同じ文学部でしょうが…」
そうだった。俺達全員文学部だった。学科は違うが…。
「何話しているの?」
立ち止まったまま俺達を振り向いた瑞穂はそう言った。
この辺りはいつもと変わらないように思える。
「たいしたことではないよ」
幸雄がそう答える。
「じゃあ早く入りましょうよ」
瑞穂はそういうと再び背を向けて、今度は店の扉を開けて中に入る。
「……」
やっぱりどこか変だ。と考えても口に出すことなく瑞穂に続く。他の二人も同様で、黙って中へと入る。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、マスターらしきおじいさんがこちらを向いて、そう声を掛けてきた。
「こんにちはマスター」
瑞穂の言葉にやはりマスターだったかと、思いつつ店内を見渡す。店内には特にこれといったものはなく、至って普通といった感じである。
嬉々としたままの瑞穂はテーブル席に座ったので、俺達もそれにならう。
「あいからず、そこがお好きなのですね」
お冷とおしぼりを持ってきたマスターは瑞穂にそう言った。
「ええ。ここは柊がキレイに見えますから」
柊ってあの植物の柊のことだろうか。
そう考えつつ窓の外を見ると確かに道路を挟んだ向かいの家にそれらしい木が植えてあった。
といっても俺は植物に詳しいわけではないので、あれが柊であるのかは分からないが…。
「お客さんは植物がお好きなのですね」
マスターはそういってほほ笑んだ。
「ええ」
そう言って瑞穂も微笑み返す。そしてそのまま注文したので俺達もそれに倣う。一通り注文を聞き終えると、マスターがカウンターに戻っていった。
一口お冷を飲んだ幸雄は、瑞穂の方を向いて一言、
「植物好きなんだ」
と、声を掛ける。
「とっても好きだよ」
その問いに瑞穂は微笑む。
「初耳ね」
その言葉に林檎が以外そうな顔をする。
「そうだったかしら?」
「ええ」
「私の部屋に観葉植物あるし、林檎ちゃんなら気付いていると思っていたけど…」
そういえばそんなものもあったかもしれないと俺は考えた。
「そうだったかしら」
林檎は同じ言葉を繰り返した。どうせ人の部屋の中なんて曖昧程度にしか覚えていなかったのだろう。と言っても曖昧なのは俺も同じなのだか。
「ええ」
「しかし、柊が好きとは、なんとも中途半端なチョイスなんだな」
ここで俺も口を挟む。さほど植物に興味があるわけではなく、知識があるわけではないが、葉っぱに棘がある白い小さな花であることくらいは知ってる。
「好きであることには好きなんだけど、今は柊がキレイに咲く時期だから。あと、三人にも見てもらいかったから」
「そうか」
らしいといえばらしい瑞穂の説明に俺は特に疑問を覚えず、そう頷いた。
その後は特にこれといった話題もなく世間話が続いた。
そういえば、以前幸雄がコーヒーに凝ってるという話をしていたことがあったが、そんな幸雄にもこの店を紹介したかったのかもしれない。
「じゃあ、私は買い物してから帰るからここで。林檎ちゃんも行かない?」
喫茶店を出て数分後、交差点で瑞穂はそう言った。
「悪いけど、ちょっと帰って宿題をしたいから」
「そう…。じゃあね」
林檎はそう言って断ると、瑞穂は笑みを見せると曲がっていく。
「じゃあな。気を付けてな」
「またね。いい店を紹介してくれてありがとう」
俺と幸雄はそれぞれそう口にして手を振って別れた。
それからしばらく駅へ向かって歩いていたら、先頭を行く林檎が立ち止まった。
急すぎてぶつかりそうになった俺は、思わず声を上げた。
「いきなりどうした?」
「やっぱり今日の瑞穂はおかしくなかった?」
「またその話に戻るのか? といっても柊云々辺りくらいからは特に普通に思えたけどな」
俺の言葉に幸雄も頷く。
「そうだね。強いていうならそこまで花が好きだったんだって新しい発見だったと思うけど」
「そこよ!」
まるで推理をするように言葉を強く発した。
「え?」
「柊なら学校にもあるわ」
「いや、ならコーヒーじゃないかな? 結構あのマスターの出したコーヒー美味しかったよ?」
「あたしね、今日初めて瑞穂がコーヒーを飲むところを見たの」
「偶然じゃないか?」
「いえ、ああいう所行ったら基本的に紅茶なのよ」
「それほど、あのマスターがコーヒーを推したんじゃないか?」
「それなら、あたしたちが注文した時にもコーヒーを推したんじゃない? あたしはアイスティーだったわよ?」
「……」
俺は言葉に詰まった。しかし、再び幸雄が口を挟んだ。
「つまるところ、どこがおかしいと思うの?」
「あの近辺になにかあるわ」
「いや、それ答えになってない…」
幸雄が思わず突っ込みをいれるが、林檎はスルーした。
「何があるかは正直わからないわ。けど、瑞穂の言動をおかしくするものは絶対あるわ」
「どうする気なんだ?」
俺は返ってくる言葉を分かり切った質問をした。
そして、案の定思った言葉が返ってきた。
「明日の放課後から探すわよ」
こうして明日からの活動が決まった。
ここまで纏めてみてノートに改めて思い出すが、最初以外特に変わった点はなかったように思う。
だが、林檎の好奇心に火が付いた。気がすむまではやるのだろう。
溜息をついてノートとペンをしまうと、丁度駅に着いた。
改札を出て、いつもと同じように俺は学校に向かった。
放課後まではいつもと変わらないだろう。
今までは一話完結でやってましたが、ここからは時々こういう形にさせて頂きます。