天真爛漫な努力家
1.天真爛漫な努力家
今日は月曜日だ。二日間の休みを終えまた五日間の授業日が始まる。
俺こと小浜誠は二時間目の授業を受けるべく学校へ向かっていた。家から一時間と掛けて学校へ向かうのだ。幸いなのは電車一本で乗り換えがいらないことだ。
駅から大学まで大体十分程度の徒歩なので雨の日でもさほど困らないのもありがたい話だ。
そしてもう一つ。電車を使う程の距離なので土日には俺を何かにつけて巻き込む俺の所属しているグループのリーダー的存在の敦賀林檎から無茶振りが来ないという事だろう。その無茶振りが嫌いというわけでは決してなくむしろ好きで付き合っていることが多いのだが、それでも心身共に疲れ果てることが多い。故にゆっくり休める土日という存在はありがたい。まあそれでも宿題とかが当然あり終日休むことはないのだが。
そんな事を考えつつ駅を降りていつも通りの道を歩く。
なるべく早めに到着しておきたいと考えているのだ。本当は数本後に到着する列車でも問題なく間に合うのだ。だから学校に近づくにつれて人通りが少なくなる。
正直早い方がメリットは大きいのではないかと俺は勝手に考えている。電車が遅れても授業に間に合う可能性があるし、授業に変更事項が生じた時に掲示される掲示板は絶対に混んでないからだ。
俺はそんなこんな時間には混んでない掲示板に到着した時に人影を見つけて驚いた。
「林檎じゃないか。こんなに余裕を持ってくるなんて珍しいな」
そこにいたのは敦賀林檎。俺の属している仲良しグループのリーダー的な存在だ。
「やっぱりここに来たわね。待っていたわよ」
「ん? 俺を待っていたのか?」
どうやら週明け早々無茶振りの始まりらしい。どうやら早めに来てもこういうデメリットが発生するらしい。俺は諦めて内容を聞くことにした。
「今日は何なんだ?」
「その…。えっと…」
何だか今日は歯切れが悪い。何か変だ。
そういえば大抵一緒にいる筈の春江瑞穂の姿がない。二人は同じマンションで部屋も隣同士であるため登校も一緒の筈なんだが。
「そういえば今日は一人なんだな」
「い、いつも誰かと一緒にいるわけではないわよ!!」
変だと思ったらすぐにいつも通りに戻った。
「そうか。で、何をすればいいんだ?」
「そ、それはその…」
またか…。というか段々顔が紅くなっていくのは何故だ?
「なんなんだ?」
「べ、勉強を教えて下さい!!」
「は?」
約三か月間この敦賀林檎という人間というと付き合ってみて分かった事はいくつかあるが、最も大きい特徴として勉強が苦手という点が上げられる。いや、それ以上に自分から進んで勉強しようという姿すら見受けられる。
その林檎が突然勉強しようしている。これは夢だろうか? そう一旦現実逃避しようと試みるが、ショックを隠せない俺の正直の身体は背中に冷や汗を流し始めたので、これが現実であることを証明してくれている。
ならば天変地異の前触れだというのか? いや、こいつにテストに満点を取らせるという限りなく不可能に近いことをさせられるというのが今回の課題だというのか? なんと恐ろしいこと考えるんだ…。
俺が恐怖に堕ちたというのに、林檎はまだ顔を赤くしていた。
な、なんと恐ろしいのだ、まだ何かあるというのか?
「実は、その…」
ちょっと俯いて説明を始めた。
たどたどしい説明をようやくすると、近いうちに林檎の両親が娘の勉学に励む姿の視察に来るらしい。しかし前述の通り、林檎の普段の勉強に対する姿勢は残念としか言いようがない。しかし、今回は地元を離れた以上、いつもより厳しくなるそうだ。更に言えば幸か不幸か両親がくる前日に返却される小テストがあるらしく、それで好成績を出して誤魔化そうという算段らしい。
「言っておくけど。俺のしらない科目なら教えることなんか到底できないからな」
事実ではあるが、防衛線を張っておく。だが、林檎の口から出た科目は前期に俺が履修していた科目だった。
こうして俺は林檎にまた勉強を教えることになった。
翌日はよく晴れていた。
遮るものない日差しは図書館の窓から入り込み、机を照らしていた。
その机の上では俺が前期にとったノートと林檎が今期とっているノート、そして本棚からとってきた参考書が置いていた。
何故か林檎は参考書の登場辺りから顔色が悪くなってきた。
「どうした?」
「なんで参考書なんて出てくるのよ?」
「シラバスに書かれてたろ?」
シラバスというのは、授業の計画が書かれたものだ。実際には講義計画を周知させるもので、俺たちの大学では参考書なんかも書かれていたりする。
「そんなもの見てないわよ…」
そうだろうと思ってた。
「とりあえず、あの授業ではこれを読むのは必須なんだ。後で読んでもらうからな」
「そんな…」
林檎は悲鳴をあげるが、まだ何も始まってはいないのに悲鳴を上げられても困る。ひとまずテスト範囲を聞かなくては…。
「で、どこまでがテスト範囲なんだ?」
確かこの授業は途中二回中間テストを挟む筈だ。時期的には恐らく一回目だろう。恐らく今林檎のノートに書かれてる内容は全て入るだろう。
担当教諭が前期と変わっていないのならば、毎回の授業で黒板に書かれる文字数は相当になる筈だ。
「ん? そんなこと知るわけないじゃん」
「は?」
まさかの発言に俺は耳を疑った。そして林檎のやる気があるのかという点にも疑った。
「テストがあるとは聞いたけど、内容までは…」
「なんで授業後に詳細聞かなかった?」
「逆になんでそんな事しなきゃならないの?」
なんだろう、まだ勉強教えていないのに頭が痛くなってきた。
「そこは普通聞くだろう…」
と呟いても、林檎の頭の上にはクエッションマークが浮かんでいた。
だが、なんとなく予想はしていた。なにせ初対面の時には私語で授業を聞いていなかったくらいだ。
気を取り直して林檎のノートを手に取る。
「ちょっと確認させてもらう」
「どうぞ」
興味なさそうな返事を聞いてからノートを開きペラペラと捲ってみるが、俺のノートと比べて明らかに文字数が少ない。いや、少ないどころか半分もないだろう。
しかし、なぜか各回のタイトルはあるから出席はしているのだろう。
「お前授業中寝てるだろ」
「よく分かったわね」
「前半…最初しか書かれてないからな…」
「御明察」
「いや、褒められても何一つ嬉しいことがないんだが…」
「とりあえずあんたのノート写させて」
「最初からそれが狙いか」
「それは違うわ。分からない場所をあんたに教えてもらおうと思っておるわ。これは本当よ」
ふむ…。ある程度のやる気はあるようだ。だが。
「分からないのは授業中寝てるからだってことを忘れるなよ」
「…はい」
翌日俺は今季林檎と同じ授業を受けている友人から担当講師が同じであることや前期のノートを見せて内容が今の所は全く変わっていない事を確認する。
「面白そうなことやってるじゃねぇか」
友人、木田翼に事情を説明すると彼はそう言って笑った。
「面白いのかどうかは判断しづらいけどな」
「そうかい。まぁ、そういう事情なら、折角だし面白い情報をやろう」
「なんだ?」
翼はノートの一ヵ所を指すとこう言った。
「ここテストに出るぞ」
その言葉に俺は驚いた。
「本当か⁉」
「ああ。授業中に五問テストに出る所を教えてくれたんだ。後は全く分からないけどな」
「ありがとう。助かった」
「いいってことよ」
翼はそういってまた笑った。
翼に言われた事をメモして、放課後に臨んだ。
蛇足ではあるが、俺は普段メモ用のノートを二つ持ち歩いている。
一つはこういった重要な事をメモするために、もう一つは林檎達の活動を記録しているものだ。後者はさして必要性がないかもしれないが、林檎達としていることは非常に楽しいのだ。
だから記録しているのだ。
それはともかく、翼にもたらしてくれた情報を林檎に伝えると林檎は目を輝かせた。
「これで安泰ね」
「いや、まだ他もあるからな」
「大丈夫よ。さっきと…というか三限に講師から詳細を聞いたわ」
お、進歩はしたな。
「それで、先生はなんと仰ってたんだ?」
「赤字で書かれた所を覚えてこいって」
「なら、ゴールは見えたな」
「ええ」
赤字さえ全て覚えてしまえばテストはもうもらったようなものだ。勿論全て完璧に覚えるのは難しいかもしれないが、それでもゴールがはっきりと見えたからなのか、その日の林檎の集中力はすさまじいものだった。
久しぶりに静かな昼休みになった。
あれから数日過ぎたが、昨日で林檎の分からないという用語の解説も終わり今日からは放課後は自室で集中してやると言っていた。
この一連のことで林檎は天真爛漫であるが、やるときはやるのだと理解出来た。勿論自分の利益のための行動ではあったが。
食堂で食後にそうノートにまとめたら、そこに俺や林檎とつるんでいる八島幸雄と春江瑞穂がやってきた。
「最近は林檎君が静かだからなんだか拍子抜けだね」
幸雄はそういって笑う。
「毎晩真剣に勉強にしてるみたい。本当にご両親が怖いのね」
瑞穂がそう報告してきた。
「あのテストが終わるまではちょっと羽休み出来るのは、ちょっとありがたい…が、突然活動が止まってるとなんか寂しいな」
「それは同感だね」
「大変すぎるのもあれだけど、暇すぎるのもあれね」
ここはどうやらみんな同感みたいだ。
俺もだが、なんだかんだで林檎や俺達と一緒にいるのは楽しいのだろう。
両親に対し何を恐れてるのかは知らないが、さっさと難関を乗り越えていつもの日常が戻ってきてほしいものだ。
勿論ひたすら疲れるものは出来れば勘弁してほしいのだが。
それから一週間が経った。
林檎と会わなければこうも静かな日常だったのかと前期の頃を思い出せたくらいまでになった。
俺は宿題をするためにいつも使っているフリースペースで教科書とノートを広げていた。
そんな時すぐ後ろに人の気配を感じ、椅子に舟を漕がせて後ろを確認する。
「どうだったんだ?」
その姿を確認すると、そう声をかけた。
「多分満点だわ」
そこにいた林檎はそう返した。
「そりゃ良かった」
「ありがとう」
「まだテスト返ってきてないだろ…。それは全部終わった後で聞く」
「そう。じゃあ来週言うわ」
言う気満々ということはそれほど自信があるということは、それだけテストがよく出来たのだろう。安心して良さそうだ。
「そうか」
ここで何故か林檎はニヤッと笑った。
「じゃあそれは置いておいて、ちょっと行きたい所があるんだけど?」
どうやらこっちはこっちで鬱憤が溜まっていたようだ。
「幸雄と瑞穂は?」
「さっき連絡したわ」
「そうか」
俺はそれだけ言うと机に広げていたものを全て仕舞う。
何故なら俺達の日常はこうじゃないといけないのだから。
初めて感想を頂いたので嬉しさのあまり、書くスピードが上がりました。次回もなるべく早く投稿出来るように頑張ります。