9話 五十嵐家
五十嵐家の居間に、水面夫婦と俺の家族が集合する。
俺が家を出て行った後に、母さんは父さんを呼んだらしい。
なので、父さんも居間にいる。
……酷く震えながら。
「……瑠璃さんと貫太さんは危ない存在じゃないんだから、そんなに怯えなくても……」
「お、怯えてなど、いにゃい!」
……。
「……いない!」
「言い直すほどのことでもなくない!?ああもう、兄ちゃんもなんとか言ってよ……」
「あはははは!隆、ナイスツッコミだ」
「兄ちゃん!?」
隆の鋭いツッコミに、思わず笑ってしまった。
「ま、この人たちは能力者だから、怯えるのも無理はないか」
「……この人『たち』?」
隆が怪訝そうな顔をする。
ああ、まだ説明していなかったか。
「瑠璃さんも能力者だよ」
「え?……えええぇぇぇえええ!?」
悲鳴に近い声を上げる隆。
「そこまで驚かなくても……」
「いや、驚くでしょ普通!自分の家に能力者が3人もいるなんて!」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ……。兄ちゃん、発見されてる能力者は世界に10人しかいないんだよ……?」
……なるほど。
「その考え方だと、能力者ってのはかなり珍しいものになるな」
「実際珍しいんだよ。一部の人たちの間じゃ『能力者と会えたら一生幸せに生きていける』なんて噂が流れてるんだから」
「う、嘘だろ……?」
「本当だよ。嘘だと思うなら、うちのクラスの能力者マニアを呼んでこようか?多分喜びと驚きで気絶すると思うよ」
考えてみたら、宝くじで一等が当たる確率よりも、能力者に会える確率の方が低いのだから、そういう噂が生まれてもおかしくはないな。
「そ、そろそろいいか?五十嵐」
「ああ、すみません、つい話込んじゃいました」
「で、では……ごほん」
咳をして、貫太さんは俺の母さんと父さん、それと隆に向かって頭を下げた。
「五十嵐──武彦君を殺そうとしたこと、それと、あなた方を不安にさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。全て俺の責任です。本当に、申し訳──」
「いいんですよ、水面さん」
「え……」
母さんが、優しそうに、しかしどこか悲しそうに微笑む。
「私たちは能力者ではありません。きっと、能力者の方にしか分からない感情というのがあるのでしょう。……能力者同士の戦いにまで、干渉はできません」
「母さん……」
そこまで考えていてくれたのか。
「でも、全てを許したわけではありません。自分たちの子供が殺されるかもしれないと思うと、本当に不安でした。……武彦、あなたにも言っているのよ?」
「……うん、分かってる」
親の気持ちは分からないけど、なんとなくだけど、分かる。
きっと、すごく怖かったのだろう。
すごく、心配だったのだろう。
「ごめん、母さん」
「……ちゃんと謝れたんだから、今回は許してあげるわ。武彦、命は大事にしなさいね?」
「……うん!」
母さんの言葉が、痛いほど身に染みた。
「いいお母さんね、五十嵐君」
「そうですかね。……そうですね、いい母親だと思っています」
「あら珍しい、褒めても何も出ないわよ?」
よかった、いつもの母さんの笑顔に戻った。
「じゃあ、そろそろお暇させていただきます。貫太、帰るわよ」
「おお、もうこんな時間か。では、失礼します……」
「あ、水面さん、ちょっと待ってください」
「はい?」
母さんが水面夫婦を呼び止める。
「よろしければ、お夕飯を食べて行ってはいかがですか?もうこんな時間ですし」
「すみません、子供がもうすぐ習い事から帰ってくるので、家で待っていないといけなくて……」
……え。
「子供いたんですか?」
「ええ。8歳の子供がいるわ」
「それなら、少し待っていてください」
「は、はい」
母さんが、台所へと向かった。
「そういえば、瑠璃さんと貫太さんは何の仕事をしているんですか?やっぱり、研究本部で働いているんですか?」
「まあ、そんなところだ。研究員じゃないけどな」
「え、じゃあ普段は何をして……」
研究員じゃないけど、研究本部で働いている?
「研究本部に来た依頼の中で、俺らの能力で出来そうな仕事を片っ端からやってるのさ」
「能力を使わないと解決できないようなことが起こった時に、研究本部に依頼が来るのよ」
「依頼、ですか……なるほど」
そんなシステムまであったのか、超能力研究本部。
そんな話をしていると、台所から母さんがやってきた。
「お待たせしました。これ、貰い物ですけど、よかったらどうぞ」
そう言って母さんが差し出したのは、お菓子詰め合わせの袋。
「え、いいんですか?」
「ええ。子供さんが気に入るかは分からないけど、もしよかったら……」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って、瑠璃さんは深々と頭を下げた。
「お詫びに来たのに、貰い物をしてしまうなんて……このご恩は、必ず返します!」
「気にしなくていいんですよ。……子供さんを、大切にしてくださいね」
「はい!」
瑠璃さん、本当に礼儀正しい人だな。
貫太さんも、根はいい人だし、いい夫婦だよな。
それから少しだけ話をして、午後7時に水面夫婦は帰っていった。