8話 意図せぬ現象
公園の、とある場所。
「じゃあ、頼んだぞ」
『分かったよー。頑張ってねー!』
「ああ、頑張るよ。……っと、来たか」
1分ほど機械と会話していると、第二能力者が追い付いてきた。
「探したぜ……五十嵐ぃ!」
「お待ちしていましたよ、第二能力者」
「あぁ!?待っていたって、何言ってんだお前?」
おお、怒ってる、怒ってる。
「何を言ってるのかは、もうすぐ分かりますよ」
「はぁ?……よく分からんが、適当なことを言っても俺には勝てねえぜ?」
「どうでしょうね。……ここは『野球場』ですよ?」
「……だからどうした?」
ここは、夕暮れの野球場。
俺の後ろには、フェンス。
その上には3つの大きなライト。
「一瞬で終わらせてあげますよ。──今だ!」
「何を言って、──っ!?」
俺の合図によって、ライトが一斉に点灯する。
「ぐっ……!」
俺と向かい合っている第二能力者は、真正面からその光を浴びる。
当然、第二能力者は目を瞑ることになる。
その隙を、逃さない。
「俺の勝ちだ、第二能力者!」
「がはっ……」
第二能力者の腹に、ありったけの力を込めた拳を叩き込む。
よし、これで俺の勝ちだ──
「……惨殺してやる」
「え?」
瞬間。
俺の身体は、宙を舞っていた。
◆◆◆
おかしいな、上手くいっていたはずなのに。
目くらましして、その隙に第二能力者の腹を殴る。
俺の全力を、出したのに。
──いや、思い違いか。
きっと、何もかも、第二能力者の方が優れていたんだ。
能力者としての力も、人間としての力も。
その、何もかもが。
「なんだ、この程度だったか」
俺は、負けたのか。
「この程度の奴なら、俺が出るまでもなかったかもな」
あはは、ひどい言われようだな。
──まあ、仕方ないか。
俺はまだ、能力者だと判明してから1ヶ月も経っていない。
対してあっちは、数年前から能力者をやってるんだ、実力差は歴然だろう。
「じゃ、早いとこ殺しておくかな」
痛みを感じ、腹を見る。
土で出来た、大きな拳がめり込んでいた。
「絞め殺そうか、『大地』」
第二能力者の声に応えて、俺の身体に土が巻き付いてくる。
なるほど、第二能力者の能力は『大地』というのか。
あれ、なんで能力名だと分かったんだろう。
──まあ、どうでもいいか。
「──何をした、五十嵐」
……?
様子がおかしい。
巻き付いていた土が、崩れ落ちていく。
「何をしたと訊いているんだよ、答えろ五十嵐ぃ!!」
「ぐっ……」
俺の身体を支えていた土が完全に無くなり、俺は顔面から地面に落とされた。
「まだ能力を隠していたか。やはり、か」
「……」
さっきから、第二能力者は何を言っているんだ?
早く殺せばいいものを。戦いを楽しんでいるのだろうか?
竹部さんより、よっぽど好戦的じゃないか。
「おい、お前の周りに浮かんでいる物は、一体なんだ──?」
「……え?」
顔を上げて、周りを見てみる。
俺を殺す準備をしているのだろうか、土で出来た矢が俺の周りに浮かんでいる。
矢の先には、第二能力者。
──え?
なんで、第二能力者は自殺するような真似をしているんだ?
なんで、第二能力者は目を見開いて驚いているんだ?
「お前、ひょっとして──」
第二能力者が言い終わる前に。
俺の周りの土の矢が、第二能力者めがけて発射された。
◆◆◆
矢は、第二能力者の目の前まで飛んでいった。
瞬間、第二能力者は、土で出来た盾でそれを防いだ。
──速い。
それが素直な感想だった。
強いとか、かっこいいとかじゃなくて、速い。
第二能力者は、速い。
「速いですね、第二能力者」
「は?五十嵐、お前何を言っているんだ?」
「褒めたんですよ。あなたは──速い」
「速い、ねぇ」
第二能力者は、俺の言葉の意味を理解していないようだった。
「褒められているのなら、気分はいいな」
「そうでしょう?」
「だが、殺すのは撤回しないぜ」
「あはは、でしょうね」
第二能力者が甘くないということくらい、今までの数分で理解している。
「じゃあな、五十嵐。本性を見せずに、そのまま死にな」
「その前に、一つだけ約束してもらえませんか?」
「……なんだ」
どうしても、言っておかなければいけないこと。
「母さんたちには、手を出さないでくださいね」
「そのことなら、すでに了承してあるはずだが」
「あ、そうでしたっけ」
そういえば、そうだった。
随分前のことに感じる。
「約束してやる。お前以外には手を出さねえよ。──今度こそ、じゃあな、五十嵐武彦」
「ええ、さようなら」
目を閉じて、数秒後に訪れるであろう痛みに備える。
……あ、どうやって殺されるのか、訊いていなかった。
ま、いいか。
そうして俺は、16年という短い人生に、幕を下ろ──
◆◆◆
「……どけ、瑠璃」
「嫌よ、貫太」
──ん?
何か、聞き覚えのある声がする。
目を開ける。
「……瑠璃さん?」
「五十嵐君、安心して。あなたが死ぬ必要なんて、ないのだから」
「え、えっと……」
目の前には、瑠璃さんの後姿。
何がどうなっているのだろうか。
「どけ、こいつは死ななければならない奴だ。犯罪者は処刑しなければならない」
「落ち着きなさい、貫太。『これ』を見てみなさい」
「あぁ?……なんだ、この紙束は」
ホッチキスでまとめられた、何枚かの紙。
何が書いてあるのだろうか。
「……え?」
「ようやく分かったかしら。あの殺人事件が起こった時間に、この子が何をしていたのか」
さ、殺人事件!?
凄い物騒な言葉が出てきたな。
「あの時間、この子は竹部さん──第八能力者と戦っていたわ。竹部さんと神林君から聞いたことだから、間違いないわよ」
「じゃ、じゃあ、こいつは犯人じゃないってのか!?」
「そう言ってるのよ。分かったかしら?」
何の話をしているのか、さっぱり分からない。
「五十嵐君、君もこれを見てもらえる?」
「あ、はい。……おっと」
立ち上がろうとしたが、殴られた腹が痛くて、上手に身体に力が入らずによろけてしまった。
「すみません、力が入らなくって……」
「どこか痛いところでもあるの?」
「あ、えっと……腹が」
「じゃあ、仰向けになって、上着をめくってもらえる?」
身体を回転させ、仰向けになる。
「酷い痣ね……一体どうしたの?」
「土の拳が直撃しまして……」
「土の拳?──貫太、あんたまさか!」
「し、しょうがないだろうが!こいつが犯人だと思っていたんだから!」
相変わらず話がよく見えないが、要するに、こういうことか。
「俺、人違いで殺されかけたんですか!?」
「そういうことになるわね。貫太、今月のお小遣いは渡さないことにするわ」
「そ、そんな!毎日の昼飯はどうすればいいんだよ!」
「食べなければいいじゃない」
瑠璃さん、案外厳しい。
「そんなぁ……」
「泣きそうな顔をしても駄目よ。まったく、あんたは早とちりしすぎなのよ。帰ったら説教ね」
「せ、説教は勘弁してくれよ!」
「……ぷっ、あはは!」
さっきまでの第二能力者と違い過ぎて、思わず吹き出してしまった。
「戦っていたときの貫太と、だいぶ違うでしょ。情けないわよね」
「な、情けないはないだろう……」
「瑠璃さん、苦労してるんですね」
「ええ、毎日大変よ」
「五十嵐、お前もか……」
ああ、笑った笑った。
……で、だ。
「あの、そろそろ服を戻してもいいですか?」
「あ、ちょっと待ってね、すぐに治してあげるから。……『回復』!」
……おお。
ほんの数秒で、痛みが消えた。
「っと、こんなものかしら。ほっぺの傷も治しておいたわよ。……まだ痛い?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
服をもとに戻し、立ち上がる。
瑠璃さんから渡された書類を見る。
その書類には、びっしりと文字が書き込まれていた。
「これは……反省文、ですか?」
「ええ、竹部さんが書いた反省文よ。誰かに危害を加えるようなことをしたときに、書かなければいけないのよ。まあ、ほとんどの能力者が書かないんだけどね」
「そんなシステムがあったんですか……」
能力者にも容赦ないな、研究本部。
「貫太、あんたは反省文20枚書きなさい」
「に、20枚も!?」
「それだけのことをしたんだから。……いいわね?」
「は、はい……」
第二能力者、物凄く落ち込んでいる。
自業自得だし、庇おうとは思わないが。
「五十嵐君、そろそろ帰らないと、家の人が心配するんじゃない?」
「あ、そうですね。じゃあ、俺は帰ります。それじゃあ──」
「あ、待って五十嵐君」
「はい?」
呼び止められる。
「家の人は、このことを知ってるの?」
「ええ、知ってます。第二能力者──貫太さんは俺の家に来て、『俺を殺す』と言ったので」
「ふーん……貫太ぁ?」
「わ、悪かったと思ってるよ……」
瑠璃さんに思いっきり睨まれて、第二能力者は泣きそうになっている。
「五十嵐君、これからあなたの家に行ってもいいかしら?」
「へ?いいですけど……どうしてですか?」
「もちろん、謝るために行くのよ。あなたの家族は、多分、あなたが思っている以上に心配してると思うわ。だから、不安にさせてしまったことと、貫太があなたを殺そうとしたことを謝りに行くのよ。──行くわよね、貫太?」
「も、もちろん行くよ。……正直、かなり悪いことをしてしまったからな」
さすがに、反省はしているようだ。
◆◆◆
「ただいまー」
「た、武彦!?無事だったの!?」
「まあ、一応……」
頬を切られたり、腹を殴られたりしたが、生きているんだし、無事だということにしておこう。
「お客さんがいるんだけど、上がってもらってもいい?」
「い、いいけど……後ろにいる人って、武彦を殺そうとしていた人じゃ……」
「ああ、もう殺そうとはしてこないから、大丈夫だよ。それじゃ、上がってください、2人とも」
「お、お邪魔します……」
「お邪魔します」
俺に続いて、貫太さん、瑠璃さんの順に家に入る。