7話 決闘
桜散り、木々が青々と変化する季節。
──違う。バランスが悪い。
桜散り、木々は青々と。
──違う。『散り』じゃない。
桜舞い、木々は……
──違う。ありきたりすぎる。
5月の初めの大型連休。
部活(卓球部)があったので午後4時まで学校に行き、それからは休み。
そんな精一杯遊びたいときに、なぜ俺は、自室にこもって、机に向かって、こんなことを考えていなきゃならないんだ。
酷く、憂鬱だ。
理由?──まあ、あれだ。
宿題で、詩を書いてこいと言われたから、こんな気分なのだ。
◆◆◆
俺の人生が半回転分変化してしまった、怒涛の4月が終わった。
あの後、爆発したパソコンを竹部さんが直しに来て、少し話をしたり、クラスメートとのギクシャクがなくなってきたり……と色々あったが、まあ、そこは端折って。
麗らかな太陽の光が照らし始める5月、その初日。
教室で、教師は(俺にとっては)とんでもないことを言い出した。
『詩を書いてくること。休み明けに、全員に発表してもらうから、真面目に書くように』
──こんな感じのことを、帰りのホームルームで言われたのだ。
「宿題少なくて助かったー!な、五十嵐!」
「あ、ああ……そうだな、橋本」
「お、どうした?あまり嬉しくなさそうだな」
「いや、なんでもないよ、あはは……」
このクラスは、文系を選択した生徒だけが集まっている。
だから、こうなることは予想はしていたのだが、いやあ、まさか本当に現実となってしまうとは。
「ん?ああ、数学の宿題が嫌なのか?お前、数学苦手だったもんな」
「ま、まあ、そんなところかな」
と、ひとまずは誤魔化しておいたのだが。
何を隠そう、この俺、詩を書くのが苦手なのだ。
……何を偉そうに言ってるんだ、俺は。
◆◆◆
「ああ……マジで何て書けばいいんだ……」
理系の教科が苦手だからって理由だけで、文系を選んだのだから、いつかは壁にぶち当たることは分かってはいたのだが。
いざソレの前に立ってみると、その壁の大きいこと、大きいこと。
「何かヒントがあればなぁ……」
教師は『何々に関する詩を書いてこい』のようには言っていなかった。
どんな詩でもいいのだろうが……それが一番困るんだよな。
「──ん?」
カバンの中から、何やら物音。
『ヴー、ヴー』と鳴っている。──って、携帯か。
慌てて携帯を取り出すと、画面には『神林さん』の文字が。
何か用だろうか。
「もしもし、神林さん?」
『あ、ああ、五十嵐君、よかった、出てくれたか、よかった』
「ど、どうかしたんですか?なんか慌てているようですけど……」
『……五十嵐君、落ち着いて聞いてくれるかい?』
──本当に、どうしたというのだろう。
「ええ、分かりました。で、何があったんですか?」
『じ、実は、水面貫太さんに君の情報が漏れてしまって……すまない、五十嵐君!』
「え、えっと……」
『情報を守りきれなかった僕の責任だ。僕が研究本部をやめたところで、君の怒りは治まらないだろう。分かっている。僕の命でなんとか勘弁してくれないだろうか』
──は?
「ちょ、神林さん!?早まらないでくださいよ!?」
『ああ、そうだね。僕がこの世から消える瞬間を見なければ、君の怒りは治まらないよね。分かっている、ああ分かっているとも。ちゃんと君の前で自害しようと思っている』
じ、自害!?
何がどうなっているんだ、一体。
「えっと……神林さん、よく分かりませんが、俺は怒っていないですから、落ち着いてください」
『──本当かい、五十嵐君……?』
すがるような声。
時々嗚咽が聞こえるのだが、もしかして神林さん、泣いてる?
「ええ、本当ですよ。だから安心してください。研究本部をやめなくてもいいんですからね?」
『す、すまない、五十嵐君。本当にありがとう、この恩は一生かけても返し尽くせないだろう』
──ますます状況が分からない。
なんで電話の向こうの神林さんは、こんなに弱気になっているんだ?
「とりあえず、俺の質問に答えてもらってもいいですか?」
『あ、ああ、分かった。何でも訊いてくれ』
とりあえず、一番知りたいことを訊いておこう。
「神林さん、なんでそんなに取り乱してたんですか?」
『……え?』
「え?」
『……え?』
しばしの沈黙。
数秒後、神林さんが先に話し始める。
『もしかして、水面貫太さんを知らなかったりするのかい?』
「はい、知らないですが……苗字が同じですし、瑠璃さんの親戚ですか?」
『水面』って苗字、すごく珍しいと思うし。
『……五十嵐君』
「はい」
『君、研究本部のデータを覗き見ていないのかい──?』
研究本部のデータを、覗き見る?
もちろん、そんなことはしていない。
「見てないですよ、神林さんが注意してくれたんじゃないですか、『知らないほうがいい情報もある』って」
『……君は、なんて正直でいい子なんだ!』
すごく褒められた。
そんなに褒められることでもないと思うのだが。
『君の能力でネットワークに入れば、研究本部のデータを覗き見ることなんて簡単なのに……やはり君は凄い子だ!君のような子が超能力を持ったことを、僕は嬉しく、頼もしく思う!』
──なんか、怖くなるくらいに褒めてきた。
「俺は能力を悪用しようとは思っていませんから。で、水面貫太さんって誰なんですか?」
『……えっと、とても言い辛いんだけど』
言い辛い──?
どんな人なのだろう。
『第二能力者だよ』
「……へ?」
……。
……。
「ええええぇぇぇぇええええ!?」
俺の部屋に、驚愕の声が響き渡った。
◆◆◆
神林さんからの話をまとめると、こうだ。
◆
・水面貫太さんという人は、世界で2番目に発見された、能力者である。
・能力者の中では、かなり強い部類に入る。
・好戦的ではないが、敵だと決めつけた者に対しては徹底的に攻撃する。
・その際、殺すこともためらわない。
◆
なんか、恐ろしい単語が聞こえた気がするが、スルーしよう。
「瑠璃さんと水面貫太さんはどんな関係なんですか?」
『夫婦だよ。結婚して9年くらいになるね』
瑠璃さん、結婚してたのか。
「能力者同士で結婚したんですね」
『そういうことになるね。まあ、瑠璃さんたちの場合は、結婚してからお互いが能力者だと判明したパターンだけどね』
「へえ、好き合って結婚したってことですか」
『うん。実に微笑ましいことだよね』
面白い夫婦がいたものだな。
「で、神林さん。さっきの質問なんですけど──なんで取り乱してたのか、教えてもらえませんか?」
『あ、ああ、答えていなかったね。五十嵐君、落ち着いて聞いてくれ』
その台詞、2回目なんだが。
『貫太さん、なぜか君のことを──敵視しているんだ』
「はい!?」
直後。
俺の家の、チャイムが鳴った。
◆◆◆
電話を切って、玄関に向かう。
すでに母さんが出て、何やら話をしている。
「母さん、どうかしたの?」
「あ、ちょうどよかった。この人、あなたに用があるみたいよ」
「えっと……どちら様でしょうか?」
「……五十嵐、武彦だな?」
やけに低いトーンの声で訊かれる。
ってか、身長デカいな。
俺より頭一つ分くらい大きいぞ。
「はい、そうですけど……って、まさかあんた──!」
「俺は水面貫太、お前に用があって来た」
──やはり、か。
敵視されているらしいし、家の中に入れるのはまずいだろう。
「立ち話もなんですから、中に入られてはどうですか?」
「か、母さん、何を言って──」
「いや、結構です。今日はこいつを殺しに来ただけですので」
──とんでもないことを言い出したが、俺はあまり驚いてはいなかった。
神林さんの話を聞いていて、何となく予想はついていたからだ。
「え?……え!?」
腰を抜かしたのだろうか、母さんは尻餅をついた。
「──母さんに、手出しはさせませんよ」
「安心しろ、狙いはお前だけだ。お前の家族には手出しはしねえよ」
「そうか、そりゃ安心ですね」
常識はあるようだ。
「た、隆!警察に電話して!早く!」
「母さん、落ち着いて」
「何を言ってるのよ!隆!早く!」
居間の扉が開いて、隆が顔を見せる。
「母さん!?警察って、一体どうしたの?」
「こ、この人、武彦を殺そうとしてるって──!」
「は、はあ?」
隆、全く理解できていないようだった。
仕方ないだろう、冗談だとしか思わないだろうし。
「隆、警察には電話しなくていいぞ」
「兄ちゃん?何が何だか分からないんだけど……えっと、その人は?」
「ああ、第二能力者だよ」
隆の顔色が、数秒で悪くなる。
『自分の兄を殺そうとしている人が、玄関にいる』というのを、信じたのだろう。
「に、兄ちゃん!早く逃げて!ここは俺がなんとかするから!」
「隆、お前馬鹿か?この人は能力者なんだぞ?お前に何とかできるわけがないだろ」
「で、でも!そうだ、警察に電話を──」
「やめておけ、来てくれるわけがないだろう」
警察だって、能力者同士の戦いに巻き込まれたくはないだろう。
「おい、五十嵐、いつまで待たせるんだ」
「ああ、すみませんね。とりあえず、外に行きますか」
靴を履き、第二能力者に続いて外に出る。
「た、武彦!逃げて!早く逃げてよ!」
「安心して、母さん。死んだりはしないからさ」
「兄ちゃん!駄目だよ、その人能力者なんでしょ!?」
「おいおい、忘れたのか?」
ならば、もう一度言っておこう。
「俺だって、能力者だぜ?」
逃げるように懇願する声を後ろに、俺は第二能力者に続いて歩き出した。
◆◆◆
第二能力者の後をついて、近くの公園に辿り着いた。
その奥にある、人気のない林に向かって第二能力者は歩いて行く。
「こんなところで何をする気ですか、第二能力者?」
「決闘だよ」
──決闘?
「ただ殺すんじゃ、面白くないからな」
「面白さを求めるんですか……」
言動の一つ一つに、余裕の表れが感じられる。
「さ、着いたぜ。じゃあ、決闘をするか」
「決闘ってか、ただの殺し合いですよね」
「そうとも言うな」
そう言って、第二能力者は高らかに笑う。
本当に、余裕だと思っているのだろう。
「その前に、訊きたいことがあるんですけど、いいですかね?」
「ああ、いいだろう。なんだ?」
「なんで、俺を殺そうとするんですか?」
「──分かっているはずだろう?」
第二能力者は、俺に向かって手を突き出す。
「お前が、人を殺したからだ」
「……はい? ──っ!」
第二能力者の足元の土が、浮かび上がってくる。
「……『それ』があんたの能力ですか」
「ああ。第十能力者、お前を処刑する!」
空中に浮かび上がった土が、俺めがけて飛んでくる。
「そう簡単に、殺されるかよ!」
右側に倒れ込んで、なんとか回避する。
飛んできた土は、俺の後ろの木にぶつかった。
当たったところから煙が出ているが、気にしない方向でいこう。
「お前も能力を使っていいんだぜ?」
「悪いけど、俺の能力は戦闘向きじゃないんでね。使えないと思いますよ」
「書類を見る限りじゃ、そうらしいな。だが、隠している能力があるだろう?」
「さっきから何を言って──」
瞬間、俺の頬に痛みが走った。
手で触ってみると、何やら濡れている。
「……え?」
頬を触った指先には、血が付いていた。
◆◆◆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
混乱して、思わず逃げてきてしまった。
今は、林のさらに奥にある木に寄り掛かっている。
「っ!」
痛む頬を押さえる。
血は止まったが、かなり深く切られたようで、まだ鋭い痛みを感じる。
「くそっ……油断したな」
第二能力者が、足元の土しか操れないと勝手に勘違いしていた。
多分、俺の後ろの土を操って、俺に攻撃したのだろう。
首に直撃させないあたり、かなり手加減しているらしい。
「あいつの能力は──『土を操る能力』ってとこか」
間違いないだろう。
他にもあるかもしれないが、それは後で考えよう。
「さて、どうするかな……」
はっきり言ってこの勝負、俺の分が悪すぎる。
公園には(当然だが)土が大量にある。第二能力者の能力にはぴったりの場所だ。
それに対して、俺が話せるようになった機械は、この場所にはまったくと言っていいほど無い。
嗚呼、こんなことなら携帯だけでも持ってくるんだった。
「──待てよ?」
機械、あるじゃないか。
逃げるふりをして第二能力者を『そこ』に誘い込めば、勝てるかもしれない。
だが、そう上手くいくだろうか。
「……やるしかないか」
「何をやるんだ?」
「っ!」
林の中から、第二能力者が出てくる。
挑発、効くだろうか。
「俺の能力に比べて、あんたの能力ってダサいですよね、第二能力者?」
「……ほう、ダサい、か。──そんなに早く死にたいのか、分かった殺してやろう、殺してやるからそこを動くなよ五十嵐ぃ!」
おお、効いた。
……効いたはいいが、予想以上に怒っている。
早いところ、『あそこ』に行った方がいいな。
「それじゃあ、俺は退散させてもらいますよ。じゃあねー!」
「待て、五十嵐!」
全速力で『あそこ』に急ぐ。