6話 動き
パソコン室の前の廊下では、クラスメートが座り込んでいた。
何人かは、なぜか俯いて、居心地悪そうにしている。
「えっと……なんでみんながここにいるんだ?橋本」
「ちょっと、ね。お前を応援しに来た、ってとこかな」
応援、ねぇ。
「俺はお前に、みんなを逃がすように言ったはずなんだけどな……」
「一度は逃がしただろ?それに、みんな勝手についてきただけだよ」
「危ないだろう、とは思わなかったのか?」
「思ったけど、五十嵐、お前が置かれていた状況以上に危なくはならないだろうと思っていたからな」
……案外、色々考えているんだな。
「第八能力者──俺が戦っていた人は、一瞬だが俺の周りの人を殺そうともしたんだぞ?聞こえていなかったのか?」
「聞こえていたよ。でもまあ、お前が防いでくれると思っていたからな」
「……気持ち悪いくらいに信頼されているようだな、俺は」
「敵視されるよりはマシだろ?」
そりゃあ、そうだけども。
「はぁ……まあいい。で、なんで居心地悪そうにしている奴らがいるんだ?」
「言っただろ?お前と相手の会話は聞こえていたんだ。当然、お前の『みんなが好きなんだよ』からの件も、はっきりと聞こえていたって訳だ」
……え゛。
「き、聞いていたのか……」
「聞いていたんじゃない、聞こえていたんだよ」
「屁理屈は言わなくていい。……ったく、仕方ないか」
俯いているクラスメートの前に立つ。
「聞こえていたなら話は早い。あれが俺の考えだ。だから、みんな前と変わらずに仲良くしてくれないか?……すぐにとは言わない。いつか、でいい。ま、そういうことで」
言い終わり、教室へと向かう。
「言い逃げか?五十嵐」
「橋本……教室で何があったんだ?」
「話すほどのことじゃないよ」
「……そうかい」
ま、なんでもいい。
クラスメートとまた仲良くなれるのなら、今は嫌われたままでも、別にいい。
そう思うことにしよう。
◆◆◆
昼休み。
俺は、会議室に呼び出されていた。
「失礼します。……って、神林さん?なんで──」
「なんで、とは失礼な。君の友達から連絡があったから、来たんだよ?」
「あ、ああ……そういうことでしたか」
橋本に、研究本部に連絡してもらったんだった。
椅子に座り、神林さんと向かい合う。
……色々な機械が置いてあるのが、すごく気になる。
「さて、とりあえず……おめでとう、と言えばいいのかな。竹部さんに勝ったみたいだからね。さっき研究本部から連絡があったよ」
「研究本部から?……ああ、竹部さん、研究本部で働いてるんでしたね」
「ああ。早速だけど、本題に入らせてもらうよ」
神林さんは、大きなバッグから書類の束を取り出した。
眼鏡をくいっ、と上げて、書類を上から順番に見ていく。
……手持無沙汰だ。
「ああ、あった。この紙を見てくれるかい?」
「は、はい。……これ、なんですか?」
何かの信号だろうか、折れ線グラフのようなものが書かれている。
「ついさっき、研究本部に戻った竹部さんから送られてきたデータだよ。なんのデータか、分かるかい?」
「いや、まったく。これ、心電図か何かですか?」
テキトーに言ってみたのだが。
「惜しいね。心電図ではないよ」
惜しかったらしい。
「これは、この学校のパソコン室にある、竹部さんが爆発させようとしていたパソコンの電気信号だよ。『君が爆発を止めた』パソコンさ」
「あ、そうだったんですか……」
そう言われてみると、確かにそれっぽい。
電気信号の山と谷の高低差が次第に広がっていき、グラフの上限ギリギリまで広がりそうになっているが、ある時間を境に一気に狭まっている。
「その狭まった瞬間、その直前に、君が能力を使ったようだ──と竹部さんは言っていた。君の能力では、そんなことはできるはずがない。──だけど、ね?」
「……?」
「超能力ってのは、進化するものなんだよ」
「進化──ですか。強くなる、ってことですか?」
あとは、能力の種類が増えたり?
「そういうことだね。例えば……竹部さんの能力とか」
「ああ、最初はゲームの中にしか入れなかった、って言ってましたね」
ゲームの中に入れること自体、凄いことだと思うのだが。
「うん、能力者だと判明した時点では、まだゲームの中にしか入れなかったんだ。でも、今じゃネットワークの中にまで入れるようになっている」
「それが進化、ですか」
「そう。そして、君の能力も進化している」
俺の能力、『円滑』も進化しているのか。
「昨日の時点だと、君は機械と会話したり、ネットワークの中に入り込んだりは出来なかっただろう。昨日調べた段階だと、君の能力『円滑』は、『人と人とを繋ぐ能力』だけだったからね」
「あ、やっぱりそうなんですね。昨日までは機械の声は聞こえなかったので、少し不思議だったんです」
研究本部での検査の結果が間違っていたのかとも思ったが、やはり違ったようだ。
「そういうことだから、もう一度検査を受けてもらえるかい?」
「いいですけど……二日続けて早退はしたくないんですが」
「ああ、大丈夫だよ。今日は色々な機械を持ってきたから、検査はここで出来るよ。というか、細かい検査をするために、校長室じゃなくて会議室にしたんだからね」
「あ、検査するための機械だったんですね。じゃあ、お願いします」
機械の前の椅子に座り、検査が始まった。
◆◆◆
同時刻、とある場所の、超能力研究所。
「瑠璃、生き返らせるのはいいが、あまり体力は使うなよ」
「分かっているわ。……『回復』!」
研究所に運び込まれた女性の遺体を、水面瑠璃が生き返らせていた。
「ふぅ、これで大丈夫よ」
「……あ、あれ?ここは──病室?」
女性は息を吹き返せたが、状況を確認できずにいた。
「初めまして、私は第五能力者、水面瑠璃よ。あ、まだ寝ていてね」
「の、能力者──!?」
女性は起き上がり、ベッドから出てドアに向かおうとするが、転んでしまった。
「大人しくしていなくちゃだめよ。──私たちは、あなたに危害を加える存在じゃないわ。安心して」
「……は、はい」
水面瑠璃に支えられて、女性はベッドに腰掛ける。
その正面の2つの椅子に、水面瑠璃と男が座り、男が口を開く。
「あんたのことは、すでに調査済みだ。まだ発見されていなかったが、能力者『だった』ようだな」
「あ……ばれて、しまいましたか」
女性は俯き、下唇を噛んだ。
「おっと、安心しろ、誰かにばらしたりはしねえよ。瑠璃と同じで、俺も能力者だからな」
「え……そうなんですか?」
「ああ。ま、あんたと違って、俺はすでに発見されているがな」
「それも、世界で2番目に見つかったのよ」
水面瑠璃の発言に、女性は目を輝かせた。
「じ、じゃあ、あなたが第二能力者なんですか──?」
「ああ、そうだ。知ってくれているようだな」
「もちろんです!すごい強いと評判じゃないですか!」
「あっはっは!そう言ってもらえると、嬉しいねぇ。……さて、本題に移ろうか」
男の声のトーンが低くなり、女性は思わず背筋を伸ばした。
「さっきも言ったが、あんたは能力者『だった』。間違いないか?」
「……はい。私は超能力を持っていました」
「だが、今のあんたは超能力を持っていない。──いったい何があったんだ?」
「え、えっと……」
女性は、言い辛そうにして、また俯いた。
「辛いだろうが、思い出してくれ。──あんたが殺されたことと、関係しているのか?」
「……あの時、私は──誰かに殺されました」
「誰か──知り合いじゃないのか」
「顔は暗くて見えなかったので……分かりません」
申し訳なさそうにする女性の横に、水面瑠璃が腰掛ける。
「暗くて、見えなかったの?」
「は、はい、そうです」
「妙だな……あんたが殺されたのは、2時間前、家の庭で、だろう?夜じゃないし、屋内でもない。──そいつはフードをかぶっていたのか?」
「い、いえ、違います。その人は──暗かったんです」
一つ一つ思い出しながら、女性は話す。
「暗い?ますます分からないな……。そういえば、なんで瑠璃が能力者だと知って、逃げ出そうとしたんだ?」
「……その誰かが、能力者だったからです」
「──は!?」
「ど、どういうことなの?」
男と水面瑠璃に近寄られ、女性は少し怯んだが、また話し始めた。
「能力者だというのは、推測なんですけど──多分、本当のことだと思います」
「……あんたは、2時間前、何を見たんだ?」
「その誰かが、能力らしきものを使う瞬間、です」
「使う瞬間、ねぇ。具体的には憶えているか?」
女性は、ふるふる、と首を横に振った。
「全身が影のように暗い人が、私に向かって手を伸ばしてきて、私から何かを引きずり出した、ってことしか分かりません。そのあとすぐに、私は殺されたみたいですし……」
「何か、ってのは超能力のことだろう。それにしても、『全身が影のように暗い人』ってのが分からねえな」
「そんな能力者、発見されていないわ。まだ発見されていないだけなのか、それとも──」
「すでに発見されている能力者の能力が、進化したのか、か」
男は考え込んで、顔を上げた。
「他の能力者に危害を加える可能性が高いのは、『第九能力者』だが──あいつの能力は、誰かの能力を奪えるようなものじゃない。そうなると──」
「一番最近発見された、『彼』を疑っているの?」
「ああ。そいつのデータはまだ少ない。能力を隠している可能性もある」
「でも、『五十嵐君』はそんなことをするような子には見えなかったわ」
男は立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。
「どこに行く気?……『貫太』」
「瑠璃、そう怖い顔をするな、五十嵐とかいう奴のところじゃない、研究本部に行くだけだ」
「……そう。変な気は起こさないようにね」
「善処するよ」
そう言って、男はドアを開けて、部屋を出て行った。
「はぁ……まったく、貫太ったら」
「あ、あの……五十嵐さんって人も、能力者なんですか?」
「ええ。10番目に発見された、能力者よ。すごく礼儀正しい子なの。──さ、あなたはもう少し寝ていなさい。完全に回復させたけど、まだ何か異常があるかもしれないから、ね?」
「は、はい、分かりました」
女性が横になったのを確認して、水面瑠璃は窓の傍に行き、外の景色を眺めた。
「貫太、変なことをしなければいいんだけど……」
◆◆◆
「五十嵐君、検査の結果が出たよ」
「ど、どうでしたか──?」
神林さんが難しい顔をしているので、理由もなく不安になってくる。
「異常はなかったから、安心してくれて大丈夫だよ」
「そうですか、よかった……」
とりあえずは、一安心だ。
「で、能力が増えた事についてなんだけど……」
「は、はい」
今、一番重要なこと。
「昨日の時点の『人と人とを繋ぐ能力』ってのは、変わらず君の能力として存在している。そして、あと二つについて、話しておこうかな」
「二つと言うと──機械と話すことができたのと、ネットワークに入れたことですか?」
「いや、その二つは同じ能力として存在している。『人と物とを繋ぐ能力』として、ね」
「え、じゃあ、もう一つは一体──?」
その二つが一緒の能力だとすると、あとは──ああ、そうか。
「手助けしたことについて、ですか」
「うん。それに関してはそのまま、『自分と繋がった物や人を手助けできる能力』だね」
「繋がった物や人を、手助け──ですか」
本当に、そのままだな。
「ネットワークに入れたのは、『人と物とを繋ぐ能力』のおかげだということは分かりました。それと、爆発を止めたのが俺の能力だったってことも」
「それがどうかしたのかい?」
「俺は『円滑』にそういう力があるなんて知りませんでした。無意識に使えるものなんですか?」
「うーん……」
少し考えてから、神林さんは俺の方を向き、口を開いた。
「君は、爆発を止めようとして能力を使ったり、ネットワークに入り込もうとして能力を使ったんだろう?『そういう意図で能力を使っていた』んだから、使えても不思議じゃない、……と思うよ、多分」
「確定はできないんですか?」
「うん。いくら科学が進歩したと言っても、やはりまだ解明出来ていないところが多いんだ。だから、多分、なのさ」
「なるほど」
まあ、分からなくて困ることじゃないから、いいだろう。
「さて、もうそろそろ昼休みが終わるから、ここら辺でお開きにしようか」
「そうですね。それじゃあ、俺はこれで。ありがとうございました」
「また何かあったら、呼ぶんだよ。それじゃあね」
「はい!」
もうすぐチャイムが鳴ってしまう。
急いで教室へ戻らなければ。