5話 『GAME』
見渡す限り、紺色の景色。
地面と空の色が同じなので、空を飛んでいるのかと思ったが、どうやら違う様だ。
俺の足は、しっかりと地面を捉えている。
「──!?」
突然、俺の真横を一本の白い糸のようなものが通り過ぎて行った。
「な、なんだ?」
『おーい、聞こえるー?』
「──っ!」
『GAME』かと思い、思わず身構えたが、違ったようだ。
「この声は……教室のパソコンか?」
『そうだよ。それにしてもすごいね!本当にネットワークの中に入れるなんて!』
「ああ、やっぱりここはネットワークの中なのか」
なんとなく、分かってはいたが。
『あれ、あまり驚かないんだね』
「まだ脳が整理できていないだけだよ。それより、この糸は?」
『僕が出現させた、『GAME』がいる場所へ通じている糸だよ』
「ま、マジで!?」
じゃあ、これを辿れば、『GAME』を簡単に見つけられるのか!
『一応言っておくと、それは本物の『GAME』がいる場所へ通じているからね』
「すごいな!じゃあ、早速これを辿って──」
『その前に一つだけ、注意してほしいんだけど……』
「なんだ?」
走り出そうとしたのを、呼び止められる。
『本物の『GAME』がいる場所には、偽物の『GAME』も大勢いるんだ。正直、危険だから今すぐにここから脱出した方がいいと思うんだけど、どうする?』
「もちろん、『GAME』をぶっ倒しに行く」
『……即答だね』
当たり前だろう。
「危険だってことなんて、十分に理解しているさ。でもまあ、パソコン室のパソコンを救わなくっちゃ、俺の気が済まないからな」
『……さすがだね。ところで、君の教室がパニックになってるけど、どうする?』
「あ、ああ……考えてなかったな。俺はネットワークに入っただけだから、心配するなって伝えておいてくれるか?」
『分かったよ。それじゃ、気をつけてね!』
……よし、『GAME』を倒しに行きますか!
◆◆◆
一方。
『お、おい!五十嵐の奴、消えたぞ!』
『ま、マジだ……どこに行った!?』
「静かにしろってば、お前ら!」
教室では、橋本がクラスメイトを落ち着かせようと奮闘していた。
『でもよ、橋本、人が一瞬で消えたんだぜ!?』
「五十嵐は能力者だから、何があっても不思議じゃないだろうが」
『でもおかしいだろ!こんなこと──』
「だからな、お前ら……」
『消えたんなら、それでいいんじゃないの?』
「──は!?」
一人の女子生徒が、そんなことを話し始める。
『だって、能力者だよ?怖いじゃん、いなくなってよかったじゃん──』
「……お前、何を言っているのか分かっているのか?」
『はぁ?橋本、あんたこそなんでそんなに五十嵐をかばおうとするの?』
女子生徒が、橋本に詰め寄る。
「なんで、って……あいつは友達だからだ!」
『うわ、友達とか……キモいんですけど』
『橋本、お前頭おかしいんじゃないのか?』
「は!?」
男子生徒も加わり、橋本は一方的に責められる。
『能力者なんかと友達になれるわけないだろ?お前、少し頭を冷やせよ──』
「──頭を冷やすのは、そっちだろうが」
『は?』
橋本は、怯えるクラスメイト達に叫ぶ。
「能力者だと分かったから、友達をやめるってのか?……結局お前らは、自分に利益をもたらす奴とは友達になって、それ以外の奴とは縁を切る、ただの利己主義者じゃねえか!」
『お、お前……まだ分からないのか?五十嵐は能力者、危険なんだよ』
「分かっていないのはそっちだ!あいつが誰かに危害を加えるようなやつに見えるのか?あいつが危険な奴に見えるのか!?……もういい、話すだけ無駄だな。──ん?」
パソコンの画面に打ち出されていく文字に、橋本が気付く。
画面には、こう打ち出されていた。
『あの子──五十嵐君っていうらしいね。五十嵐君はネットワークに入って、パソコン室のパソコンを操っている奴を倒そうとしているんだ。だから、心配しなくても大丈夫だよ。これが五十嵐君からの伝言。それと──これは僕からの伝言。』
文字は、まだ打ち出されていく。
『──橋本君、って言ったね。ありがとう、五十嵐君をかばってくれて。彼は、僕らパソコンを救おうとしてくれている、いい人だ。──ありがとう。』
文字は、そこで止まった。
「感謝されるようなことはしてねえよ。でもまあ、言っておくか。──どういたしまして」
橋本は、教室を出て行こうとする。
『お、おい、どこに行くつもりだ、橋本』
「決まってるだろ、パソコン室だよ」
『は、はあ!?死ぬ気か?危険すぎるだろうが』
「パソコン室には入らねえよ。外から見るだけだ。──お前らも来い、あいつが危険じゃないってことは、見れば分かると思うぜ」
そう言って、橋本は教室を出て行った。
『ど、どうする──?』
『危ないから、俺は行かねえよ』
『で、でも……橋本君、大丈夫かな?』
『あたしは行く』
一人の女子生徒が、立ち上がり、教室を出ていく。
『あ、待ってよ、あたしも!』
『あ、じゃあ俺も!』
何人かの生徒も、続いて出ていく。
釣られて、また何人かの生徒が出ていく。
『ど、どうする?』
『──暇だし、行ってみるか』
『そうね。五十嵐が死ぬとこくらいなら、見てもいいだろうし』
『あはは!そうね、あいつが死ねば、ひとまずは平穏が戻るだろうし』
そして、全ての生徒が、教室を出て、パソコン室へ向かっていった。
残ったのは、パソコンだけ。
『──五十嵐君は、死なないよ。絶対に』
誰にも聞こえない独り言を言い、パソコンは再び意識をネットワークへと移した。
◆◆◆
「ま、まだなのか……?」
もうだいぶ走ってきたのだが、まだ糸の終わりが見えない。
『あと少しだよ。頑張って!』
「おお、教室のパソコンか。みんなには伝えてくれたか?」
『うん、まあ、みんなっていうか……橋本君だけには伝わったよ』
「橋本だけに?」
……まあ、橋本がみんなに話してくれるだろうから、いいか。
「さて、急ぎますか──」
『あ、『GAME』のところに行く前に、訊きたいことがあるんだけど、いい?』
「ん?ああ、もちろん。何を訊きたいんだ?」
『えっと……君の能力について、なんだけど』
俺の能力について、ねぇ。
『君の能力は、『GAME』と同じ能力──なの?』
「いや、違う……と思う。俺の能力の『円滑』は、『人と人を繋げる能力』らしいから、機械を支配したりはできないと思うよ」
まあ、支配したいなんて思わないけどな。
『あれ、じゃあなんで、君は僕らと話ができたの?』
「たぶん、『人と物を繋げる能力』でもあるからじゃないか?推測だけどな」
『なるほどね。そういえば、パソコン室のパソコンからの情報なんだけど、君に手助けされて爆発せずに済んだパソコンがいたみたいだね。君はすごいね、どんなことをしたんだい?』
「──『手助け』?」
手助けなんて、していないと思うんだが。
『君が叫んだあとに、パソコンに力がみなぎってきて、『GAME』の支配を一時的に解くことができたみたいだよ。いったい何をしたの?』
「叫んだ──って、まさか!」
あの時だ。
なんとかして爆発を止めないとと思って、『円滑』って叫んだ時だ。
まさか、本当に俺の能力が爆発を防いだのか?
「……たぶん、能力を使ったんだと思う。それ以上のことは正直……分からない」
『そう、分かったよ。さあ、『GAME』のところに行こうか!』
「あ、ああ、そうだな」
俺の能力、『円滑』。
どんな能力なんだ──?
◆◆◆
『あ、いたよ!五十嵐君!』
「あれか……うわ、本当に同じ格好の人が何人もいるな」
ざっと数えただけでも、20人ほど。
「いいか、俺がおとりになって、お前が『GAME』を外に引きずり出すんだぞ?」
『任せて!あ、気付かれたみたいだよ』
何人かが、こちらに気付く。
『『『見つけたよ!』』』
「──来た!準備はいいか、パソコン!」
『バッチリだよ、五十嵐君!!』
パソコンが出した何本もの糸が、一斉に『GAME』に向かって襲い掛かる。
俺のいる場所とは逆の方向から。
『ぐあっ……』
『ちっ……』
『うわっ……』
10人ほどが、糸に拘束され、ネットワーク上に空いた穴の中に放り込まれる。
……しかし、ネットワーク上の『GAME』は消えていない。
それどころか、増えている。
『五十嵐君!この中に本物はいないみたいだよ!』
「やっぱり、そう簡単には捕まってくれないか。でも、これで本物は見つけた!」
『え!?もう見つけたの!?』
「ああ!俺から見て、右から3番目、手前から5番目の奴だ!」
『わ、分かった!そりゃ!』
指定した場所に、寸分の狂いなく、一本の糸が襲い掛かる。
『な、なに!?うわ!』
拘束された『GAME』は、ネットワーク上の穴に放り込まれる。
そして──残された『GAME』は、次々に消えていった。
「よし、俺も戻るか。……どうすれば戻れるんだ?」
『来た時みたいに、念じてみれば?』
「そうだな。じゃあ、ありがとな、パソコン」
『どういたしまして、五十嵐君。さ、そろそろ『GAME』が外に行った頃だよ。急いだ方がいいよ』
「よっしゃ!じゃ、ここから出ますか!」
パソコン室に出たい、と念じる。
そして、目を開けると──
「よぉ、『GAME』」
「……五十嵐、武彦!」
──そこは、パソコン室。
◆◆◆
「おいおい、そんなに睨むなよ、『GAME』」
「──なんで、あたしが本物だと分かったの?」
俺を睨みつけながら、訊いてくる。
「簡単なことだ。ネットワーク上で、『俺を見つけたのにも関わらず、動こうとしなかった奴』を見つけただけだよ」
「は!?あの数秒間で分かったって言うの!?」
「ああ、目はいい方なんでね。偶然の要素も入ってはいるが、見つけたのは本当だぜ」
「そ、そんな……」
『GAME』は俺から距離を取り、パソコンに近づいていく。
「じゃあな、五十嵐武彦!あたしはまたネットワークに戻るよ──って、あれ?」
『GAME』はパソコンの画面に触れて、ネットワークに入ろうとしているようだ。
だけど──その手は通用しない。
「残念だったな、お前は今はネットワークには入れないと思うぜ」
「な、何をした!」
「何、ねぇ。少し考えれば、分かると思うけど……教えてやるか」
『GAME』に近づきながら、話してやる。
「お前はここにいる全ての機械に、拒否されたんだよ」
「──っ!」
『GAME』は拒否された。
あそこまでのことをすれば、当然だろう。
「ここまでのようだな、『GAME』──いや、『第八能力者』」
「な、なんであたしが第八能力者だと──」
「教えてもらったんだよ。『お前が爆発させた』パソコンに、な」
「あっ……」
やっと分かったようだ。
自分が、意思を持った存在を、自爆させたことに。
『GAME』は、ぺたん、と座り込み、俺の方を見る。
「──あたしは、負けたようね」
「ああ、お前は負けたんだよ。もう二度と機械を支配しないと誓うか?」
「──負け、か」
……俺の話を、聞いていない?
「……認めない」
「おい、『GAME』?何を言って──」
「認めないわ!!」
「!?」
立ち上がり、俺を指差し、『GAME』は叫ぶ。
「こんな屈辱、初めてよ。──絶対に許さない、お前を殺す、殺す、殺す!!」
「まだ分からないのか、今のお前じゃ俺には勝てない。機械に拒否されたお前は、無力だ──」
「何を言ってるの?」
『GAME』は引きつった笑いを浮かべ、近くの机を叩く。
「ここの機械は操れないかもね。でも、他の場所にある機械なら操れるわ」
「どうだろうな。噂ってのは、恐ろしく早く伝わるからな。ネットワークを伝えば、一瞬でお前の噂は行き渡ると思うぜ」
「っ!だ、だったら──」
「なっ!」
『GAME』は爆発したパソコンの破片を手に取り、俺に向ける。
「直にあんたを殺してあげる。でも、その前に──」
「な、なんだ?」
「あんたの周りの奴ら、全部殺してからにするわ!」
直後。
俺は、『GAME』の顔を殴っていた。
◆◆◆
「な、あんた……あたしを殴ったの!?」
座り込んで頬を押さえて、俺を再び睨みつけてくる。
「ああ、殴ったよ。グーで殴った。怖かったから殴った」
「あんた、そんなに死ぬのが怖いの?バカバカしい、死んでも第五能力者が生き返らせてくれるのに……」
「お前、何か勘違いをしていないか?」
「……勘違い?」
盛大に勘違いされているようだ。
「俺が怖かったのは、『俺の周りの人たちが殺されること』だ」
「……あんた、どこまでお人好しなの?周りの人間まで助けたいと思うなんて……」
「まだ分からないのか?」
「はあ?」
『GAME』に近寄り、話す。
「俺は、みんなが好きなんだよ。俺が能力者だと知って避けているクラスメートや、能力者だと判明してから俺の機嫌を伺ってばかりの先生達……くだらない奴らばかりだけど、俺は好きなんだ」
「な、なんでそんなことをされても、あんたはそいつらを助けたいと思ってるのよ!」
「簡単なことだよ」
至極簡単なこと。
恐ろしく単純なこと。
「みんな、俺と同じで、毎日頑張って生きているんだ」
俺は、頑張っている人が好きだ。
これに尽きる。
「……あっはっはっは!」
「な、何がおかしいんだ、『GAME』」
思いっきり笑われてしまった。
「いや、おかしいっていうか、なんていうか……すごいな、って思ってね」
「すごい──?」
「ああ、すごいよ。あんたがそこまで単純な思考で行動できる奴だったなんてね。……悪かったね、ひどいことを言って」
「へ?あ、ああ……」
謝られた……のか。
「みんなも、ごめんね。酷いことをしちゃったね。……爆発させたパソコンは、重要な箇所は残っているはずだから、直しておくよ。……本当に、ごめんなさい」
「……」
素直だ。
ここまで変わるのか、こいつ。
『どうする?』
『爆発させたパソコンを直すのなら、許してあげる?』
『でも、みんなに酷いことをしたんだから、許さないほうがいいよ!』
『そうだそうだ!』
……そりゃあ、怒っている機械がいてもおかしくはないか。
「みんな、『GAME』は多分、本気で謝ってると思うぜ。許してやってくれないか?」
「い、五十嵐……」
さて、どうだろうか。
『……五十嵐君がそう言うのなら、許してあげるよ。みんなもそれでいい?』
『うん!』
『いいよー!』
『許してあげる!』
……おお。
「みんな……ありがとう。本当に、ありがとう……」
『お礼なら五十嵐君に言って。五十嵐君に免じて許すだけだからね』
「そ、そうね……そうするわ」
『GAME』は俺の方を向き、頭を下げた。
「ありがとう、五十嵐武彦。あんたのおかげで、みんなと仲直りできたわ。……ありがとう」
「あ、ああ、どういたしまして。……あのさ、そのフルネームで呼ぶの、やめてもらえるか?なんかむず痒くて……苗字か名前だけでいいよ」
「そう?なら……五十嵐。本当にありがとう。それじゃ、私はこれで──」
「ちょ、待てって」
忘れていることがある。
「何かしら?」
「ちゃんと自己紹介していないからな。お前は俺のことはもう知っているようだが……」
「そうね。しておかなくちゃね」
向き合って、口を開く。
「俺は五十嵐武彦、『円滑』という能力を持っている。16歳、高校2年だ。よろしくな」
「あたしは竹部洋子、『遊戯』っていう能力を持ってるわ。24歳よ、よろしくね」
「あ、年上だったのか……じゃない、年上でしたか」
「あはは、あまり気にしなくてもいいわ。あ、あたしの能力は『ネットワークに入り込める能力』だからね。機械を操るだけじゃないわ」
なるほど、そんな能力だったのか。
「なんでその能力名なんですか?」
「能力者だと判明した時には、まだゲームの中にしか入れなかったからよ。じゃあ、そろそろあたしは研究本部に帰るわ」
「え、超能力研究本部に住んでるんですか?」
「そうじゃなくて、研究本部で働いているのよ。今日は午後から仕事だからね。それじゃ、またね!」
「あ、はい……」
『GAME』──竹部洋子さんはパソコンの画面に触れて、消えた。
どうやら、機械たちは本当に竹部さんのことを許したようだ。
『ぐ~~~』
「……あ」
腹が鳴った。
緊張の糸が切れたのだろう。
「腹減った……」
教室に戻ろう。
そう思い、パソコン室のドアを開けると、そこには。
「よ、よぉ……」
「……なんで?」
橋本を先頭に、クラスメートが座り込んでいた。