4話 第八能力者
直後。
パソコンは、爆発した。
甲高い、悲鳴を上げて。
つんざくような、悲鳴を上げて。
俺の目の前で、爆発した。
「……あ、え、え?」
一瞬だけど、確かに聞こえた。
助けを求める声が、聞こえたのに。
俺は──助けられなかった。
『ちっ……役立たずの機械だったな』
「…………」
後ろのパソコンのスピーカーから、声がした。
『やっぱ、パソコンなんかの爆発じゃ死なないか』
「…………」
──『なんか』。
『あーあ、無意味なことをしたな』
「…………」
──『無意味なこと』。
『おい、五十嵐武彦、何ボーっとしてるんだ、早く立て、まだ勝負は終わってないぞ』
「…………」
立ち上がる。
『お、あたしに言われた通りに立ち上がったね、偉いぞ~殺すけど♪』
立ち上がったら、次は何をする?
決まっている。
俺が次にすることは──。
「機械たち!俺はみんなを助けたい!だから、協力してくれ!」
『……は?五十嵐武彦、お前何を言って──』
『……ひどすぎる』
「……!」
機械の声。
『……あまりにひどすぎる!協力するよ!』
『俺も協力するよ!』
『僕も!』
『あたしも協力するよ~!』
『俺だって!』
『うちも協力する!』
──機械たちの声。
パソコン室のあちこちから、声が聞こえる。
『な、なんなの、これは……静まれ、お前ら!』
『GAME』の声は、機械たちにはもう届かない。
反逆は、止まらない。
『し、静まれよ!静まれってば!命令を聞け!!』
「……無駄だよ、『GAME』」
『な、五十嵐武彦!お前の仕業か!殺してやる、絶対殺してや──』
「無駄だと言ったんだ、『GAME』」
もう、遅い。
『こんなの、認めない……何をした、五十嵐武彦!』
「……れただけだ」
『は?聞こえないよ、もっとはっきり喋れよ!!』
「……ああ、分かった」
もっと、はっきりと言ってやろう。
今思っていることを、大きな声で。
「ブチ切れたって言ってんだよ、ごみ屑にな!!」
◆◆◆
『……撤回するなら、今の内だぞ』
「誰が撤回するかよ、ごみ屑が」
『──っ!お前を殺す!跡形もなく消してやる!』
おお、怒ってる。
思ったことを言っただけだが、挑発としての効果もあったようだ。
「できるものならやってみろ、お前なんかには負けねえよ」
『……第五能力者でも回復させられないように、木端微塵にしてやる……』
第五能力者──ああ、瑠璃さんのことか。
『怒られるかもしれないけど、ま、いいわよね。あたしを侮辱したんだし、殺されて当たり前だよね』
「……?」
(……ああ、なるほど)
『GAME』と話していて、変な違和感を感じていたのだが、原因がやっと分かった。
(『GAME』の話し方、女口調と男口調が混ざっているな)
『GAME』の声は、女性のものだ。
別に、女性が男口調で話すことだけなら、あまり変には思わないのだが。
──明らかに、口調が安定していない。
それだけじゃない。
話すときのリズムも、安定していないのだ。
挑発されてからそうなったのなら、まだ分かる。
だけど、最初に画面に文字が打ち出されていった時から、口調は安定していなかった。
(『GAME』が俺を動揺させるための作戦……なのか?)
それも考えられるが──。
『五十嵐武彦、何突っ立ってるんだ。……ついに戦う意思をなくしたか?』
──男口調。
『ま、そんなことないわよね。さっきあれだけあたしのことを馬鹿にしたのは、勝機があってやったことなんでしょ?』
──今度は女口調。
『どっちにしても、あたしはあなたを殺すぞ』
──『あなた』?
あれ、さっきまでは『お前』とか『君』とかだったのに、なんで急に『あなた』なんて呼び方になったんだ?
──っと、あまり長くは考えてはいられないか。
『どうやって殺すかな~やっぱり、感電死かな?』
「怖いこと言うなよ、ごみ屑が」
『──よっぽど死にたいらしいね』
パソコン室から廊下に出るドアまでの距離を確認する。
だいたい5メートルくらいだろうか。
「機械たち、聞いてくれ」
小声で、近くのパソコンに話しかける。
『……なに?』
「『GAME』を拘束することはできるか?」
『む、難しいと思うけど……5秒くらいならできると思うよ』
「それだけあれば、大丈夫だ」
5秒あれば、パソコン室から脱出できるだろう。
『何をするつもりなの?』
「一旦パソコン室から出て、違うところから攻めてみる。正面からだと敵いそうにないからな。このことを機械たちに伝えておいてくれるか?」
『分かった、伝えておくよ』
「助かるよ。俺が合図したら、『GAME』を拘束してくれ」
周りの機械からは、変な音は出ていない。
すぐに爆発することはなさそうだ。
「いくよ……3、2、1、……ゴー!」
立ち上がり、ドアに向かって走る。
『逃がしはしないよ!──って、動けない!?』
機械たち、上手く『GAME』を拘束できたみたいだ。
あとは、俺がパソコン室から出るだけ。
「はああぁぁ!!」
ドアを開け、廊下に飛び出す。
◆◆◆
「はあ、はあ、はあ……」
追ってきては──いないようだ。
今は、パソコン室からだいぶ離れた階段下の物陰に隠れている。
「……一度、冷静になろう」
色々と整理しなければ。
◆
まずは、『GAME』の能力について考えよう。
『機械を操る能力者』──ではないんだったな。
『GAME』に訊いたとき、大笑いして否定していたから、確実に違うのだろう。
だとしたら、どんな能力なのだろうか。
『GAME』は確か、『もっと高位の能力だ』とか言っていたな。
機械を操る能力よりも、高位の能力──?
あ、そういえば。
爆発したパソコンが、何か言っていたな。
確か──
『第八能力者は、ネットワークにいるよ』
──みたいなことを。
ということは、『GAME』の能力は『ネットワークに入れる能力』……なのだろうか。
とりあえず、そういうことにしておくか。
◆
次は、俺自身の能力についても考えておかなければ。
俺はさっき、パソコンの爆発を能力で止めた──らしい。
能力を使った感覚はなかったけど、確かに爆発は止まっていた。
『GAME』が自分から止めた、ってことはないだろう。
……原点を思い出そう。
俺の能力について、神林さんは『人と人とを繋ぐ能力』と言っていた。
正確には、『人と人、人と物とを繋ぐ能力』なのかもしれない。
事実、俺は機械たちの声を聞き、話すことができた。
それを踏まえて、さっきのことをもう一度思い出そう。
『俺は、パソコンの爆発を止めた』
──もしかして、この考えが間違っているのかもしれない。
止めたのはパソコン自体の力で、俺は手助けしただけ、とか。
(──駄目だ、全く分からない)
このことは、今はまだ分からなくてもいいか。
◆
最後は、一番重要なことを考えよう。
(どうすれば、『GAME』を倒せるかな……)
相手はネットワークにいるらしいから、攻撃の仕方が分からない。
──でも、待てよ?
(機械たちは、『GAME』を拘束できていたじゃないか!)
つまり、俺自身もネットワークに入り込めれば、攻撃できるかもしれない!
──いや、いくらなんでも、それは無理があるか。
ネットワークに入り込んでいる人物を倒す方法、うーん……。
(……あ、こうすればできるかもしれない)
見つけた方法。
それを実行するには、まずは職員室でパソコンを借りなければ。
◆◆◆
校舎の1階にある職員室までは、無事に辿り着けた。
「失礼します!」
勢いよくドアを開けて、中に入る。
「い、五十嵐君?なんで君がここに?」
近くにいた先生に声を掛けられる。
というか、名前、憶えられているのか。
俺が能力者だということは、学校の隅々まで伝わっているのだろう。
「なんで、というと──?」
俺が職員室にいるのを、不思議がっているかのような言葉。
「さっき君のクラスの橋本君が、君がパソコン室で能力者と戦っていると言っていてね。超能力研究本部に連絡をしておいたよ。戦いごっこは終わったのかな?」
──戦い『ごっこ』と言ったか、この先生。
さっきまで俺は、殺されそうになっていたっていうのに、馬鹿にしているのか?
いや、あの状況にいなければ、そう思っても仕方ないか。
仕方ない、苛立つ気持ちは抑えるか。
「戦いはまだ終わっていませんよ。で、先生、頼みがあるんですが……」
「なんだい?」
「少しの間、パソコンを貸してもらえませんか?」
「……何を言っているんだ、君は」
馬鹿かこいつは、と言わんばかりの表情で、俺を見る。
この先生、まったく状況を理解できていないみたいだな。
「俺は今、ネットワークに入り込める『第八能力者』と戦っているんです。勝つためには、職員室のパソコンを使わなければいけないんです。分かりましたか!?」
「『ネットワークに入り込める』……?あのねぇ、五十嵐君。能力者だからって、先生に冗談を言っていいわけじゃないんだよ?」
──っ!
こ、こいつ……。
「いい加減にしてください!こっちは下手をしたら殺される状況なんですよ!?──って説明しても無駄でしょうね。いいですよ、分かりました。別の場所のパソコンを借りますよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
職員室にいる先生全員が、こちらを奇妙なものを見るような目で見ている。
その目を無視して、俺は職員室を飛び出した。
◆◆◆
「あれ、五十嵐!?無事みたいだな。勝ったのか?」
「いや、まだ戦いは終わってないよ、橋本」
職員室を出た俺は、自分の教室に来ていた。
教室にもパソコンがあるのを思い出したからだ。
「パソコンを使うために来たんだ」
「そうか、よく分からんが頑張れ」
詮索してこなかったか、よかった。
相変わらず橋本以外のクラスメイトには変な目で見られているが、気にしたら負けだろう。
「電源ボタンを押して、と……聞こえるか、パソコン」
『……え、僕に話しかけているの?』
「ああ、そうだ」
『へえ、パソコンと話せる人間がいるなんて、驚いたよ!』
とても嬉しそうに、パソコンは話す。
「パソコン室のパソコンと繋いでくれるか?」
『パソコン室?うん、分かったよ』
数秒後。
『繋いだけど──なるほど、大変なことになっているんだね。僕に手伝えることはある?』
「話が早くて助かるよ。で、頼みたいことがあるんだが──」
『何?』
「この学校の全てのパソコンの力で、『GAME』をネットワークから追い出してほしいんだ」
ネットワークから出せば、あとはこっちのものだ。
『できると思うよ。場所はこの教室でいいのかな?』
「ああ、頼んだぞ」
『任せて!』
よし、これで勝てたな。
「な、なあ、五十嵐?さっきから何独り言を言っているんだ?」
「ああ、お前にはパソコンの声は聞こえないか」
傍から見れば、おかしい人と思われるかもな。
「ぱ、パソコンの声!?お前、パソコンの声を聞けるのか!?」
「ああ、俺の能力で聞けるみたいだ」
「すげえな……」
橋本、感心している。
『よし、『GAME』を追い出せたよ。案外簡単だったね、あとは任せたよ』
「……へ?」
今パソコン、『GAME』を追い出せた、と言ったよな?
教室には、『GAME』らしき人物はいないのだが。
「お、おい、『GAME』らしき奴は現れていないぞ?」
『……え?ちょ、ちょっと待って?確かに追い出したはずなのに……』
──どうしたのだろう。
『こ、これで追い出せたよ!今度こそ任せたよ──』
「え、誰も来ていないぞ?」
『──え?』
「え?」
様子がおかしい。
『ちょっと待って、おかしいよ、なんでこんな──』
「どうかしたのか?」
『そ、その──言いにくいんだけど』
言いにくいこと?
一体なんだと言うのだろう。
『『GAME』が何人もいるんだ……』
「は!?」
何人もいる──って、どういうことだ!?
『最初に追い出したのも、次に追い出したのも、偽物だったみたい』
「偽物ぉ!?」
『うん、正確には、偽の『データ』だね』
「じょ、冗談だろ──?」
──そうか、口調が安定していなかったのは、『GAME』本人ではなく、偽のデータが話していたからか!
そう考えれば、辻褄が合う。
ヤバい、打つ手が無くなってしまった。
「ああ、俺がネットワークに入り込めたらな……」
『え、入れないの?』
「へ?」
意外そうに、パソコンが訊いてくる。
『僕らと話せるんだし、ネットワークに入れるんだと思ってた』
「え、まさか入れるのか?」
『『GAME』が入れたんだから、君も入れるんじゃないの?』
「ど、どうだろうな……」
さすがに、無理な気がするが。
「入れるとしたら、どうやれば入れるんだ?」
『さあ……他のパソコンから聞いた話だと、『GAME』は念じただけで入れるみたいだよ』
「念じるだけ、ねぇ。やってみるよ」
目を閉じて、ネットワークに入りたいと念じる。
そして、目を開けてみる。
すると。
「ど、どこだここ──?」
紺色の風景が、一面に広がっていた。