39話 『円滑』の真髄
『始まりは零』は、その右手で首を掴んだ。
確かに掴んだ。
目の前に突然現れた、
「お前……!」
「貴様……!」
──正太郎の首を、掴んだ。
「うおりゃっ!!」
「ぐっ……」
正太郎の右足が、『始まりは零』の鳩尾にめり込む。
さすがに効いたらしく、首を掴む手が緩んだようで、正太郎は解放された。
コンクリートの地面を蹴って、ひとっとびで俺の近くに着地。
「お待たせしました、五十嵐さん! ここからはおれも手伝います!」
「てつだ……? 俺、邪魔じゃないか?」
「いえ。……おれの心を読んでもらってもいいですか?」
「へ? あ、ああ。『円滑』!」
『始まりは零』がうずくまって苦しんでいるうちに、言われるがまま、正太郎の心を読む。
──よかった、確かに立ち直ってる。さすがベイリーさんと第四能力者。
──じゃなくって。これって──『作戦』?
いやいや、こんな作戦は──。
「正気か……?」
「正気ですよ。おれはちゃんと『国土回復』で精神を安定させてますから。これは──おれの頭脳で考え出した、あいつに勝てる唯一の筋道です」
「でも、俺の『円滑』にそんな能力は……」
「五十嵐さん」
立ち上がる『始まりは零』と俺の間に立ち、『始まりは零』を見据えて、正太郎が言葉を発する。
「『始まりは零』はおれがなんとかします。だから五十嵐さんは、五十嵐さんの能力を『進化』させてください。では、また勝った後に!」
「は!?」
『勝った後に』。
めちゃくちゃなことを言ってのける正太郎。
だけどその自信満々さに中てられたようで。
「まったく。……無茶言ってくれるぜ」
俺は、心の底からにやけていた。
◆
正太郎が『始まりは零』と肉弾戦を繰り広げているうちに、俺は能力を進化させようと試みる。
だけれども、どうやったものか。戦いの中で新たな能力を身に付けたことはあったが、それはあくまで『追い詰められたから』。今回は別に追い詰められていない。
ならばどうすべきなのか。
『真髄』。
ふと、その言葉が頭に浮かんできた。
新庄は自分の能力をその域にまで到達させていた。
それはきっと、戦いの中で進化したものではない。
自分の持つ能力の『限界』を引き出すという行為。
そこに至るには、一体何をすればいいのだろう。
──と、ごちゃごちゃ考えていると。
「五十嵐さん! おれの心を読んでください!!」
「っ! あ、ああ!!」
10メートルほど先で、何度殴られても殴り返す正太郎が叫ぶ。
再び『円滑』で心を読む。
◆◆
『五十嵐さんの能力は、人と人、人と物を繋げる能力です』
『人と人を繋げる能力で、心を読んでいるわけです』
『ならば──いえ、こう問いましょう』
『幽霊っていると思いますか?』
◆◆
「──分かったぜ、正太郎!」
「どういたしまして!」
正太郎のおかしな質問で、俺は俺のすべきことを理解した。
「『円滑』!」
叫び、能力を発動する。
発したのは俺。対象は──『幽霊』。
神様がいたんだ。幽霊がいたっておかしくないだろう。
『……五十嵐クン、もしかして』
「ええ、聞こえてますし見えてますよ。──ルークさん!」
ルークさんに繋いだのは、もちろん考えがあってのこと。
ルークさんは『能力を奪われずに』亡くなっていたから、もしかしたらまだ能力が使えるのでは、と思ったのだ。
──死者の声を聴く。
『円滑』の真髄その1、達成。
『ボクは何をすればいいかな?』
「空気中の水分を操って光を屈折させて、『始まりは零』が俺を認識できないようにしてください。できそうですか?」
『モチロン。第一能力者の力を甘く見ないでネ!』
そう言うと、すぐに俺の目の前に水の膜ができる。
さて、ここからは賭けだ。
「『円滑』! ……音たち、聞こえますか」
今度は対象を『音』に。
始めて話しかけたから、そもそも返答が来るか不安だったけれど。
『……ヘェ、僕たちの声が聞こえるの?』
「っ! ああ。早速だけど頼みがある」
『どんな頼み事? 聞いてあげる』
こそこそ話し、了承を得る。
さあ、ここからが『円滑』の真髄、その2だ。
◆◆◆
「うわっ!」
『始まりは零』の拳がゴリラのものに変わり、おれは数メートル吹き飛ばされる。
いくら『国土回復』で筋力を上げても、あくまで人間の限界まで上げられるだけ。ゴリラのソレには適わない。
だけど、すぐに回復し、立ち上がってもう一度『始まりは零』の方を向く。
「……どこを見てるのかな、今はおれとの勝負に集中してもらわないと──」
「──第十能力者は、どこへ消えた」
「は?」
チラ、と背後を見る。
あれ、確かに五十嵐さんの姿が見当たらない。
「くはっ、くははっ! ……逃げたか、まさか完結の子供を置いて逃げるとは! どうだ、置き去りにされた感覚は!」
「テンション高いな、お前」
「当たり前だろう。俺から逃げられると思っているのが面白いからなぁ!」
「……バカだなぁ」
そんな人じゃないよ、五十嵐さんは。
まだまだ短い付き合いだけど、そんな簡単に戦いの場から逃げたりしないってことくらい、おれにもわかる。
もう一度殴りかかろうとしたところで、『始まりは零』の身体が宙に浮いた。
また回収(?)した能力で浮いたのかと思ったけれど、違った。
「な、なんなんだこれは!!」
どうやら『始まりは零』が使った能力というわけではないらしい。
『始まりは零』の背後から、すぅっと五十嵐さんが現れる。
「人と人、人と物、『人と自然』を繋げる。──俺の『円滑』の真髄は、そこにあったんだ! 『円滑』!」
「なにっ!?」
五十嵐さんが叫ぶと同時、『始まりは零』の身体が空へと吹き飛ばされる。
よかった、おれの真意を読み取ってくれていたらしい。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい、五十嵐さん」
五十嵐さんの身体も宙に浮き、ばひゅーっと空へ──『始まりは零』の元へ飛んでいった。
おれにできるのは、ここまで。
「頼みましたよ、五十嵐さん」
空を見上げ、そう呟いた。




