38話 『始まりは零』
「五十嵐、あいつが──」
「『影だったもの』だったものなんだろ? お前の心を読んだから、現状は把握してるよ」
ならいいんだけどよ、と苦しそうに新庄が呟く。
竹部さんが『回復』で治療したとはいえ、能力を奪われたことによるダメージはある程度残っているみたいだ。
「あたしにできることはここまでみたいね。まだ瑠璃ほどには『回復』を使えてないから──わかってるわね、五十嵐?」
「わかってますよ、竹部さん。ここからは──俺に任せてください」
「うん。それじゃ、あたしたちはネットワークに避難してるね」
そう言って、俺の携帯の中に吸い込まれるように入る竹部さん『たち』。
リアさんとベイリーさん、それと──ルークさんの遺体も消えていた。
この港に残ったのは、俺と『影だったもの』だったもの。──長いな、この呼び方。
「まさかと思うが、貴様だけでこのオレに勝てるとでも?」
「思ってはいないが、万が一、ってことがあるだろ?」
「……ははっ! 面白い、面白い。……奪うに値しない能力なんぞで、オレに勝てる可能性などゼロだ」
「やってみなきゃわからないだろ?」
言って、ニヤッと笑ってみせる。
万が一、なんて言ってみたものの、勝てる見込みは全くない。
竹部さんには伝えてあるけれど、俺はただの前哨戦を演じるだけ。
目の前の相手の能力がわかればいい。俺の能力なら、それができる。
竹部さんや神林さんにはここに来るまでの道中で(スマホ経由で)伝えてある、酷く単純な作戦。
『俺を使い捨ててくれ』という作戦。
もちろん大反対されたが、現状それが最も犠牲が少なく済むと思ったから。
全ては、能力を奪われず、死ぬことがない──正太郎に繋ぐため。
◆◆◆
「何か聞きたそうな顔ね、新庄」
「二つほどあるっス。一つ目──なんで竹部さんが瑠璃さんの能力を使えるんスか?」
まだダメージは残っているらしく、酷くやつれた顔で聞いてくる新庄。
他の人には伝えてあるし、もったいぶる必要はないから伝える。
「瑠璃の能力は進化していたのよ。『他者に自分の生命力を分け与える』っていう能力にね。その力を使って、瑠璃はあたしに自分の能力──『回復』を渡してきたの」
弱り切った瑠璃が、そんなことをすればどうなるかなんて、瑠璃自身が一番わかっているだろうに。
それでも能力という『生命力』をあたしに渡してきたということは、つまり。
「異常が出ていないあたしに能力を渡せば、この先の戦いで有利になる、って思ってたんだと思う。……そこらへんは、あたしの想像だけどね」
実際、能力を奪われた新庄を助けることができた。
「なるほど、わかりました。それじゃあ二つ目。なんでネットワーク──ここに避難するときに、五十嵐を置いてきたんスか?」
今度は随分と怖い顔で聞いてきた。
正直答えづらいが、五十嵐自身が決めたことだから話すとする。
◆
「はぁ!? 五十嵐を使い捨てる……だと!?」
おー怒ってる怒ってる。タメ口になってるし。
でもまあ、こればっかりは納得してもらうほかにない。
「これが最善だと──五十嵐がそう言ったのよ」
「っ! で、でも」
「落ち着きなさい、新庄君」
ぴしゃり、と神林が新庄をなだめる。
「これは彼が──五十嵐君が考えた作戦だ。もちろん僕たちも反対した。だけど、五十嵐君の決意は揺るがなかった」
「だからって、そんな……」
だらんとネットワーク上の床に座り込む新庄。
珍しく落ち込んでいる。橋本の励ましも、どうやら伝わっていなさそう。
──あまりにも可哀そうだから『ここからの作戦』を伝える。
新庄だけにではなく、ベイリーさんにも。
「第四能力者とベイリーの力で、正太郎の意識をなるべく早く取り戻させる。そうすれば、五十嵐が死ぬことはないかもしれない」
既に、第四能力者の『熱と冷』で正太郎の意識を落ち着かせている。
そこにベイリーさんの『駅』で心に言葉を送り続ければ、もしかしたら目を覚ますかも、というのが『ここからの作戦』。
「俺に──」
「ん?」
「おれにできることはないんスか、竹部さん」
「……ない、わね」
がっくりと肩を落とす新庄。
能力を奪われた今、新庄にできることは何もない。
悲しいけど、現実を見ないと。
「ベイリーさん、お願い」
「わかりました。──『駅』!」
正太郎のそばに行き、ベイリーさんが能力を使い始める。
──これでいい。これで、いい。
◆◆◆
──ちょっと、まずいかもしれない。
「ほらほら、どうした! 第十能力者! このオレ『始まりは零』には勝てないだろう!?」
「あはは……みたいだな」
風たちに頼んで作り出してもらった竜巻でも、あいつの身体は吹き飛ばなかった。
地面のコンクリートに頼んで作り出してもらっためちゃくちゃに硬い拳でも、貫太さんの能力を使われ、同じ拳を作り出されて相殺されてしまった。
機械の類は──あいにくここには存在しないから、目くらましもできない。
ただ、あいつの能力『始まりは零』については、かなりわかってきた。
『能力を奪う能力』──だと思っていたのだが、あいつの心を読んでわかった。
あいつの能力は『能力を回収する能力』だとあいつ自身は考えている。
回収、という言葉を使っている意味がわからない。
奪うのではなく『回収する』?
まるで、上位存在──神様か何かのような言い方。
──あ。
以前、超能力研究本部の神林さんの研究室で、ある書類を見せてもらったことがある。
タイトルは確か──『神という存在』。
神という存在の、誕生と現在についての話。
確かのその中に、超能力者に関連する話があったはずだ。
◆◆
──
この世界は元々、ある1つの存在によって治められていた。
──
時が経ち、『神』を信仰する人が少なくなり、次第に『神』は消えていった。
『神』が完全に消えた時、その力は、人間に渡った。
そして、『超能力者』は生まれた。
──
◆◆
もしかしたら。
もし、それが本当なのだとしたら。
「お前、この世界を治めていた存在……なのか?」
「おお、博識だな。そんな知識、どこで手に入れたのだ?」
「あんたが壊した、超能力研究本部だよ。……博識、ねぇ」
『博識』。
どうやら、本当らしい。
──俺の作戦は、正しかったようだ。
昨日『影だったもの』が正太郎の首に影の腕で触れていたのに、正太郎から能力がなくなってはいなかった。
やっぱり正太郎は、俺たちの切り札だ。
「……お」
俺の携帯電話経由で、ベイリーさんの『駅』でメッセージが脳に送られてきた。
メッセージの内容は『あなたの心を読み、すべて理解しました。他の方にも共有済みです』というもの。
──俺の役目も、ここまでか。
しかし、正太郎の目は覚めていないのだろう。
ここからは、少しだけ足掻いてみよう。
「『円滑』──風たち、聞こえますか」
『ええ。もう一度竜巻を起こしますか?』
「はい。あいつの身体を竜巻で拘束してください」
『了解しました』
前方で風が集まる音が強くなる。
──『始まりは零』がなぜ能力を『回収』するような真似をしたのか、もう一度だけあいつの心を読もうと思ったのだ。
だが、普通に心を読もうとしても、隙をつかれて能力を奪われてしまうだろう。
竜巻で拘束し、心を読む。
それが、俺の最後の足掻き。
──そういう作戦を立てたのだけれど。
「ぐはっ……なん、だ」
背中に強い衝撃が走り、前方に吹っ飛ばされる。
どうやら、コンクリートの拳で殴られたらしい。
痛みに耐えつつ顔を上げると、そこには──『始まりは零』の姿が。
こちらに向かって右手を伸ばしてくる。
──昨日と違い、まずい、なんて焦ることはなかった。
やり切った。役目を全うした。
死んでいったルークさんたちもこんな感じだったのかな、なんて思いながら。
「じゃあな、新庄、橋本」
無意識に。
そんな風に、呟いていた。
◆◆◆
ネットワーク経由で港の監視カメラの映像を見ながら、新庄と橋本が叫ぶ。
「まずい、五十嵐が──死んじまう!」
「やばいって……逃げろ、逃げろ、五十嵐!」
絶望的な顔の新庄と、焦燥しきった顔の橋本。
同い年の友達だから、あたしたちよりも辛いだろう。
ちらっ、と正太郎を見てみる。
未だに目を覚ましていない。
ここまでか、と思った。
その時だった。
「五十嵐!」
「五十嵐!」
新庄と橋本が同時に叫んだその名前が、『駅』によって──
「いがらし、さん」
──正太郎の心に、届いた。




