35話 竹部の思い
目を開けると、未だ暗闇。
窓から差し込む月明かりで、次第に部屋の中が見えてくる。
「……」
無音、に近い静寂。
薄暗い中、目を細めて見た壁の時計は、午前2時を指していた。
「……」
どうやら、まだ2時間ほどしか寝れていないらしい。
起きてしまったのは、『影だったもの』と戦うことへの緊張からだろうか。
「……?」
いない。
川の字で寝ていたのだが、俺の右隣──真ん中の布団で寝ていたはずの竹部さんが、いないのだ。
まさかもう、戦闘が始まってる? ──いや、第四能力者は右端の布団で寝ているし、そういうわけでもないようだ。
「……ん?」
部屋の外──庭の方から、物音。
起き上がり、見に行ってみる。
◆◆◆
一度部屋を出て、玄関近くの扉を開け、縁側へ。
それなりに広めの庭に面した縁側。少し歩いて、庭を眺めて縁側に座る竹部さんを発見。
「あれ、五十嵐?」
「ども、竹部さん。……起きちゃいまして」
「あはは、あたしも」
他の人を起こさないように、小声で笑う竹部さん。
どこか辛そう。俺と同じで、戦いへの緊張があるのだろうか。
「きれいだね、この庭」
「ですね。掃除もされてるし、新庄、案外マメなんでしょうね」
「だねー」
──そこで、会話が途切れる。
気まずい空気はない。──どこか厳かな、そんな雰囲気。
少しして、口を開く。
「月が明るいですね」
「あら、月が綺麗ですね──とは言ってくれないの?」
──有名な文豪の言葉。というより、翻訳。
「すみません、そういう感情じゃないんですよ」
嘘を吐いても意味はない、正直に言っておこう。
「ふふ、あんたらしいわね」
「そうですかね? ……そうですね、これが俺、なんでしょうね」
これが、俺の良さなのだろう。
「……私は、ね?」
月を見上げて、竹部さんは語る。
「能力者でいること、最初は──苦痛だったんだ」
竹部さんの思いを、語る。
◆
「苦痛、ですか」
「うん。だって、今までの『普通の人間である竹部洋子』が『能力者である竹部洋子』になっちゃったんだよ? 自分の身体が自分のものじゃなくなる、みたいなさ」
「なるほど。でもそれは……」
俺は体験しなかった感覚だから分からないけど、『自分のものじゃなくなる』っていうのは、間違いだろう。
「そう、ただの間違い──勘違い。何かを学んで新たに知識をつけるみたいに、私に超能力という才能が加わっただけ。『だけ』なんだけど……最初はそうは思えなくて」
昔を懐かしむように、一文字一文字、大事に話す。
「私が能力者になったって知った人たちは、そりゃあ最初は驚いてたよ。『何か困ったことがあったら力になるよ』なんて言ってくれた友達もいた。でも、そんな人たちだって、離れていった。──仕方ないんだろうけどね! 『超能力』っていう、漫画やアニメの中でしか描かれなかった存在が、急に身近に現れたんだもん。私が逆の立場だったら、正直、その人たちと同じような反応をしただろうし、さ」
「……」
言い返せはしなかった。
俺も、そんな経験があるから。
昨日まで仲の良かった友達が、次の日にはよそよそしくなっていた。
人によっては、恐れてもいたから。
でも、全く同じ経験じゃない。
一つだけ、違うところがあった。
「だからこそ、橋本がすごく輝いて見えたんだ」
「──俺も、あいつはすごいと思います。俺が能力者になってからも、全く態度を変えることなく接してくれてたんですから」
あいつのおかげで、俺はクラスで孤立せずに済んだのだから。
「……さて、もうひと眠り──と行きたいところだけど、話してたら目が冴えちゃったよ」
「あはは、実は俺も。神林さんと橋本の代わりに、正太郎の様子を見るってのはどうですか?」
「お、いいわね。あの二人だって寝てないわけだし、しっかり寝て明日サポートしてもらわないとだからね」
言い終えて、玄関近くのドアを開け、屋内へ入る竹部さん。
俺もそれに続いて、屋内へ入る。
神林さんと橋本だって、疲れてるはずだ。
カバーできるところはカバーしよう。
◆◆◆
午後2時30分。
「なあ新庄、マダ歩くのか?」
「もう少しッスよ。ってか、リアさんは飛んでるんだから、疲れないんじゃないのか?」
「常に能力を使ってるんダカラ、歩いてるのと同じくらい疲レルよ」
「なら歩けばいいんじゃ……」
俺、新庄新は携帯で呼び出したリアさんとベイリーさんと共に、家の近くの港に向かっていた。
目的は一つ。達成できるかは──分からない。多分港で達成できると思うのだが。
「はい、着きましたよ。ここが目的地ッス」
「ココが──って、ただの港じゃない」
「ここに何かあるんですか、新庄さん?」
「ああ。ある、というか、『いる』」
「こんなところに誰がいると──」
真夜中の港。
港──繋がるのは、海。
『海』。
波の音だけが規則的に響く海に、叫ぶ。
「おい、いるんだろう?」
……静けさは、変わらず。
「誰もいないじゃないですか、新庄さん。一体何を──」
「静かに」
「は、はぁ……」
全員で黙る。
聞こえるのは、未だ波の音だけ。
──不規則な、波の音。
次の瞬間。
ザバーッ、と海から何かが飛び出してきた。
「ナ、ナニ!?」
「まさか、新庄さんの言っていた『影』──!?」
「いや、違うぜ二人とも。安心してくれ」
海から飛び出してきた存在に、近づく。
「……よく、『ここ』にいるって分かったね、新庄クン」
「勘は鋭い方なんでな。久しぶりだな──」
弱りつつあるが、まだ生きている『大柄な男』。
その人の名前を、俺は知っている。
「──ルークさん」
ルーク・ラッセル──『海洋』の能力者である。




