32話 『回復』
「し、新庄!?」
『影だったもの』を吹き飛ばしたのは、『惑星』──新庄だった。
「遅くなったけど、間に合ったみたいだな」
「ああ、助かったよ!」
立ち上がり、辺りを見渡す。
来てくれたのは、新庄と、竹部さん。
──あれ?
「瑠璃さんたちはどうした?」
「別行動だ。神林さんと瑠璃さんと橋本は、少し離れた場所で研究本部と連絡を取ってるよ」
「なるほどな。……瑠璃さんは、大丈夫そうか?」
俺の問いで、新庄の顔が曇る。
「大丈夫、とは言えないだろうな。相当辛そうだぜ」
「……分かった」
状況を把握し、新庄に吹き飛ばされた『影だったもの』に視線を移す。
「あいつが敵だ。あいつに触れられると、能力を奪われるから、気を付けろよ」
「奪われたら死ぬんだろ?竹部さんから聞いてるよ。──こっちは5人、あっちは1人。さっさと片付けちまおうぜ!」
「おう!」
起き上がろうとしている『影だったもの』を睨みつける。
◆◆◆
「……なんで」
「どうかしたんですか、神林さん?」
公園から少しだけ街中方面へ離れた場所。
辛そうな水面さんを道端のベンチに座らせ、俺は神林さんの横で周囲を見張っていた。
神林さんは研究本部に協力を仰ごうと電話していたのだけど、どうかしたのだろうか。
「研究本部に繋がらない」
「もしかして、電話の回線まで切られて……」
「いや、そういうわけじゃない」
──どういうことだ?
「研究本部への電話は、まず事務所へ通るんだよ。その後、各研究員へ届くのだけど……事務所で誰も出なかった場合、違う部署へ届くようになってるんだ」
「留守番電話にはしないんですね」
「セキュリティー上の問題からね。誰もいないと思われて、攻め込まれても困るから。……で、事務所で誰も出なかった場合、『他の部署へお繋ぎします』ってメッセージが流れるんだけど……」
「……まさか、流れたのに他の部署で誰も出ない、とかですか?」
そんなこと、あるのだろうか。
「その通り、誰も出ないんだ。研究本部へは繋がるけど、誰も出ない。明らかにおかしい。……ん?」
神林さんの視線の先には──電気屋の外にできた人だかり。
気になったので、見に行ってみる。
◆
一体、何の人だかりだと言うのだろう。
「あら、橋本さんちの息子さんじゃないの」
「あ、こんにちは高橋さん。何かあったんですか?」
「なんかねぇ、研究本部が襲われたんだって。怖いわねぇ」
「──は!?ちょ、神林さん!来てください!」
大声で呼ばれたので、少し驚きつつ、神林さんが来る。
「研究本部が襲われたらしいです、今ニュースをやっているらしいんですけど」
「なんだって!?ちょ、皆さんどいてください!」
相当賑わっていて、誰もその場所からどこうとしない。
「あらやぁねぇ。割り込みなんて。あなたの知り合いなの?」
「そうですよおばさん。この人は研究本部の研究員です!」
「えぇ、そうなの!?それじゃあどいてもらわなくちゃねぇ。ほらあんたたち、どいたどいた!」
高橋さん──家の近所のおばさんが、人だかりを蹴散らして進んでいく。
その後ろを、俺と神林さんがついていく。
「どうしたのよ、高橋さん」
「この人、研究本部の研究員さんなんだって」
「あら、そうなの?」
「はい、この通り」
神林さん、懐から手帳の様なものを取り出して、人だかりに見せる。
あれってもしかして、『研究員手帳』ってやつじゃないか?
一度、五十嵐に見せてもらったことがある。
「おお、人だかりが」
すぅっと移動して、テレビまでの道を作ってくれた。
異常事態だと気付いてくれたのだろう。
『……繰り返します、今日午後未明、超能力研究本部が何者かの襲撃を受けました。壊滅的な被害を受けており……』
──悲惨、という言葉では言い表せないほどの被害を受けている、超能力研究本部。
これ、マジでヤバいんじゃ……。
「ヤバいどころじゃないよ、橋本君」
「え?」
呟いていた独り言に、焦りからだろうか、震える声で返す神林さん。
五十嵐たちは研究本部にはいないんだし、問題──あるけど、問題ないというか。そうじゃないのだろうか。
「──研究本部には、水面貫太さん──『異常が出た』第二能力者がいるはずなんだ。もし戦ってしまっていたら……考えたくもないな。とにかく、瑠璃さんには聞かれないようにしなければ」
「水面……って、水面瑠璃さんの親戚ですか?」
「旦那さんだよ」
「……マジですか」
確かに、聞かれるのはマズイかもしれない。
水面さんも能力者らしいし、無茶をしてしまったら──『あの容態で』無茶をしてしまったら、それこそ……死んでしまうだろう。
「──かん、た」
『え?』
後ろから、今だけは聞きたくなかった声がした。
女の人の、かすれるような声。
──水面さんの、声。
「──っ!」
「ちょ、水面さん!? ま、マズイ──!」
「待ってください、瑠璃さん!……仕方ない、僕らも行くよ!」
「はい!」
ふらつきながらも、相当な速さで走って、五十嵐たちがいる公園に向かっていく水面さん。
止めなければ。──なぜだか、そう、強く思った。
◆◆◆
「嘘、だろ──!?」
俺たちの目の前で、『影だったもの』は、右手を覆う影から『泥』を、地面に向かって流していた。
数秒前のこと。
『影だったもの』は『こんなこともできるんだぜ』と言って、影から泥を出したのだ。
「嘘だ、そんなはずが──」
「驚くなよ、ただ能力を奪っただけのことだろう?──ほら」
そう言って、『影だったもの』が大きめの影から地面に落としたのは──み、水面貫太さん。
「そんなはず、が──」
「……おい、ルークさんの死体はどうした」
愕然とする俺の横で、冷静な新庄が、そう訊く。
「ああ、第一能力者の死体なら、海に流してやったぜ。水面貫太の死体よりも利用価値が低いからな。海を愛していたと聞いているし、本望だったんじゃないか?」
「っざけんな!本気でお前を、殺す!」
地面を蹴り、俺は『影だったもの』に向かって、走り出し──。
◆◆◆
『こんなこともできるんだぜ』
そう言って、『影だったもの』はその右手を覆う影から、泥を地面に流した。
いや、まあ、この時点で何かおかしいとは思ったのだが。
『──ほら』
貫太さんの死体を見た瞬間、違和感が強くなった。
確信、と言ってもいいくらいに。
『利用価値が低いからな』
その言葉で、確信は真実へと変わる。
敵の言葉は、そのまま飲み込んではダメだ。
そんなねじ曲がった俺の考えは、この場で活きることとなった。
だから、俺は──五十嵐を止めた。
◆◆◆
「──っ!離せ新庄!俺はあいつをっ!」
「落ち着け五十嵐。お前だけじゃあいつは倒せない」
「っ……でも!」
「でもじゃないでしょ、五十嵐!」
五十嵐の左肩を掴んだ新庄に続き、右肩を(おそらくすごい形相の)あたしが掴む。
「犬死にするつもりなの!?新庄の言う通りよ、あんた一人の力じゃ、あいつは倒せないわよ!」
「でも、貫太さんが、ころ、され……」
マズイなぁ、と。
呑気だとは思いつつも、そう思った。
『国土回復』の能力でも耐えきれなかったらしい正太郎は、口を半開きにして呆然としている。
その上五十嵐まで混乱してしまっては……勝ち目がゼロになってしまう。
そんなことを考えていると。
──ポン、と優しく、あたしの右肩に手が置かれた。
「え──って、瑠璃!?」
そこにいたのは、とても元気とは言えない、『異常』に身体を蝕まれた、水面瑠璃だった。
「ちょ、あんた何を──」
「 」
「は──!?」
耳元で、かすれるような声で囁かれた言葉の意味が、数瞬、理解できなかった。
突拍子もないことを囁いた水面瑠璃は、満足そうに、痛みを押さえて無理矢理作った笑顔を私に見せると、『影だったもの』──じゃなくて、『水面貫太』に向かって歩き出した。
「ちょっと、待──」
『 』
「……ああ、そうかい、そういうことなんだね」
走って止めようかと思ったけど、瑠璃の言葉を思い出し、やめた。
きっと、それはしてはいけないこと。
あたしは、あたしのできることをしよう。
あたしの身体に新たに増えた、優しい『 』を感じながら、あたしは、瑠璃を見送った。
◆◆◆
「貫太、今、治してあげるからね」
敵の姿は、眼中にない。
「もう、『回復』はないから、進化した、新しい能力、で……」
景色も、もう──。
でも、それでも。
貫太の姿だけは、はっきりと見える。
それだけで、十分だ。
「貫太、今、治──、っと」
つまずき、とさっ、と貫太の身体に倒れ込む。
あはは、情けない。
右手で貫太の頬に触れ、力を集中させる。
「──ダメ、かな」
貫太に渡せる『───』は、もう、私にはないみたいだ。
「まあ、いいか」
次世代に、渡してきたから。
ああ、でも、そうだなぁ。
「もっと、貫太と、正太郎と、一緒、に──」
いたかったなぁ、なんて。
思いながら、想いながら、私は。
──静かに、息を吐ききった。




