31話 戦闘開始
マズイ。
確実に、マズイ。
目の前の『影に包まれた何か』は、ゆっくりと、俺の首へ手を伸ばしてきた。
マズイ、マズイ、マズイ──!
「しゃがんでください、五十嵐さん!」
「え?」
俺の後ろには、正太郎と第四能力者が立っていた。
第四能力者は、俺──というか、俺の前に立っている『影』に向かって、手を伸ばしていた。
「……お、おう!」
言われた通り、急いでしゃがむ。
「『熱と冷』!」
「ぐっ……」
不意を突かれた『影』は、玄関から駐車場へと吹き飛ばされた。
そこへ更に、第四能力者は攻撃を仕掛ける。
「『熱と冷』!吹き飛びなさい!」
「ちっ……!」
再び起きた風によって、今度は道路まで飛ばされた『影』。
『影』は走って──え、逃げた?
「助かりました、第四能力者」
「いえ、それはいいのですが──なぜあの『影』は、あの方向に走っていったのでしょうか。研究本部は正反対の位置ですし……」
「おれはこの近辺には住んでないから、よく分からないんですけど……あっちに何かあるんですか?」
「あの方向は──まさか!」
あっちには駅がある。
駅前には、賑わう『街』がある──!
「ヤバいです、あっちは街中、冬休みだから相当な数の人がいるはずです!」
「街中!?」
「なるほど、分かりました。急いで追いましょう」
予想していなかったらしく、かなり驚いている正太郎を置いて、第四能力者は靴を履き、走って家を出て行った。
「あ、待ってくださいよ!おれも行きます!五十嵐さん、先に行ってますね!」
正太郎も、第四能力者の後を追って家を飛び出していった。
「俺も、行かなくちゃ──」
ランニングシューズを履いて、立ち上がったところで、後ろから声をかけられた。
「武、彦?」
「──え?」
そうだ──忘れていた、今は母さんがいるんだった。
「か、母さん……」
母さんは、不安や恐怖な表情が入り混じった表情で、俺を見つめていた。
母さんには、この状況についてほとんど教えていない。
だからこそ、不安なのだろう。
「──行く、のよね」
「……っ!」
──だけど、俺は戦わなくちゃいけない。
この力──『円滑』を使って、『影に包まれた何か』を倒さなければならない。
本気で引き留められたとしても、母さんを振り切って、俺は戦いに行く。
母さんは、今にも泣きだしそう。
──でも。
「うん、行ってくるよ。──行ってきます、母さん!」
そう告げて、俺は家を飛び出した。
とにかく早く、あいつを倒すために。
母さんを、安心させるために。
◆◆◆
『武、彦?』
『──え?』
我慢するつもりだったけど、つい、声をかけてしまった。
仕方ないじゃない。だって、武彦は──私の子供だもの。
『か、母さん……』
ああ、もう。
そんな目で、『私のことを気にした目』で、私を見ないで。
あなたは、能力者として生きていくと、私に言ったんでしょう?
だから、私のことを気にしちゃ、ダメ。
『──行く、のよね』
『……っ!』
私は、武彦の背中を押してあげなくちゃ。
武彦は、私の言葉で、少しだけ──ううん、何倍も、覚悟を決めた目になった。
『うん、行ってくるよ。──行ってきます、母さん!』
そう言って、家を飛び出していった武彦に、言いたいことはたくさんあった。
だけど、言わなければならない言葉は、一つだけ。
「──行ってらっしゃい、武彦」
涙ながらに、か細い声で、私は武彦を送り出した。
◆◆◆
風に頼んで追い風を作ってもらったので、俺はすぐに、正太郎たちに追いつくことができた。
第四能力者は自分で追い風を作って走っていた。正太郎は──いつも通り、『国土回復』の力の影響で、かなり速く走っていた。
俺も正太郎も、第四能力者も、相当速く走っているはずなのだが、『影』に追いつけない。
「あの『影』、めちゃくちゃ速いですね……五十嵐さん、なんとかしてくださいよ」
「無茶言うなよ……第四能力者の能力で、なんとかなりませんか?」
「かなり距離が離されているので……そういえば、なぜ五十嵐さんは私たちのスピードについてこれているのですか?」
「風に頼んでいるからで──あ、そっか!」
第四能力者の能力が届かない範囲でも、あいつを攻撃する術があるじゃないか。
「すみません、風たち!俺たちのずっと前方に『影に包まれている奴』がいるので、そいつを吹き飛ばしてもらえますか!」
『どこに飛ばせばよいでしょうか?』
「もう少し先に公園があるので、そこで!」
『分かりました』
話し終えると同時、前方で竜巻のようなものが発生した。
竜巻は、公園の方向に向かって5秒ほど移動して、ぱっ、と消えた。
「やっぱ面白い能力ですね、五十嵐さんの能力って」
「戦い向きじゃないけどな。……よし、公園が見えてきた!」
早いところ、あいつを倒しておかないと。
◆◆◆
「……そうだった、そうだったな、第十能力者。お前は風と会話できるのだったな」
「ああそうだぜ。だがそのことについてお前とお喋りする気はないんでな、早速だけど、勝たせてもらうぜ──!」
殴るために、『影』に向かって飛びかかった──のだが。
「甘い!」
「──っ!?」
突然、俺の頭の中の『何か』が、ぐにゃり、と『混ぜられた』。
脳みそがぐちゃぐちゃにかき回されているような、そんな感覚。
これって、一体──?
「『人格』──第七能力者の能力だ」
「っ!……本当に、能力を奪えるみたいだな」
更に警戒を強めないと、ヤバそうだな。
視界までぐちゃぐちゃになってきたので、風たちに『影』の位置を教えてもらって、そこから離れる。
「『熱と冷』! 沸騰しろ!」
『沸騰しろ』という言葉から、第四能力者は『熱と冷』で、『影』の血液を沸騰させようとしたらしい。
本当に、戦闘向きの能力だということが──『影』の行動によって、証明されることとなった。
「危ない危ない。『盾』がなかったら死んでいたかもなぁ」
「なっ──!?」
『影』は、動物──猿の首を掴んで盾にして、第四能力者の攻撃を防いだようだ。
地面に落とされた、お尻の赤い猿の目からは、血液が沸騰した影響か、血が流れ出していた。
「お前……その能力を何だと思っているんだ!作り出した動物を、何だと思っているんだよ!」
『動物』は、心優しい第六能力者が使っていたものだ。
その性格のおかげで、作り出された動物は、皆、幸せそうにしていた。
「他人の能力を、悪用するんじゃねぇ!」
怒りが頂点に達し、俺は『影』の顔面へと、拳を飛ばし──。
「お前の母親、泣いていたぞ」
そんなことを言われて、俺は──!
「だからどうした!」
「っ!?」
風たちに強い追い風を一瞬だけ作ってもらい、『影に包まれた何か』の顔面を殴りつけた。
◆
「なぜだ、なぜ動揺しない、第十能力者……!」
「やっぱり、まだ立ち上がるか」
俺に殴られた影響だろうか、『影に包まれた何か』が纏っていた影は、なくなっていた。
ふらつきながらも、『影に包まれた何か』──『だったもの』は立ち上がり、色白の顔についている、2つの目で、俺を睨んだ。
黒目だが、白目の部分が金色に輝いている瞳。明るすぎて、薄気味悪い。
「──まさか、追い風で殴るタイミングを変えるとは、第十能力者、中々面白い」
「お前に褒められても嬉しくもなんともねぇよ。で、なんで動揺しないか、だったか?」
そんなの、決まってるだろう。
「お前がどうやって、母さんが泣いていることを知ったのかは分からねぇけどな。母さんは、俺を心配して泣いていたんだろう。だから、俺は絶対に『負けない』。お前を倒して、家に帰って、母さんを笑顔にしてみせる!」
こんな奴に、負けてなんかやらない。
「そうかそうか、そんなことを思っていたのか。やはり読心術がないと、他人の気持ちは分からないな。早いところ、お前の能力を奪うことにするか」
「絶対に奪わせないぜ──って、何!?」
背後から照り付ける太陽によってできた、俺の前方にある俺の影が──『動き出した』。
俺の影は、ゆっくりと、俺の首めがけて手を伸ばしてきていた。
「嘘だろ!?第四能力者、助けてくだ──っ!?」
移動しても、俺の影なので離れられず、第四能力者に助けを求めたのだが。
「五十嵐、さん、逃げて、ください……」
「だ、第四能力者!」
第四能力者の影は、第四能力者の首を絞めていた。
気付かなかった──ってことは、まさか!
「正太郎!」
「……かなり、マズイことになりましたね」
正太郎の影は、首ではなく、足首を捕まえていた。
「第十二能力者は、首を絞めても死なないからな。逃げられないように、足首を掴ませてもらったぜ」
「2人を解放しろ!」
「すると思うのか、第十能力者?」
「無理やりにでも、させる!」
首を絞められていたって、動けることに変わりはない。
『影だったもの』に向かって、走り──。
「馬鹿だな、第十能力者」
「うわっ!?」
首に手を伸ばしていたはずの、俺の影に足首を掴まれ、転んでしまった。
「第十二能力者の状況から、何も学んでいないようだな。まあいい。さて、それではお前の能力を奪うことにするか」
「くっ……や、やめろ!来るな!」
俺の能力を奪いたくてしょうがないのか、『影だったもの』は足早に俺のもとへ来て、俺の首に手を伸ばしてくる。
マズイ、今度こそ、本当にマズイ!
こいつに触れられたら、能力を奪われてしまう。
つまり──『死』!
マズイ、マズイ、マズイ──!
「──五十嵐から離れやがれ!──『惑星』!」




