3話 襲撃
翌日、午前8時15分。
昨日より少し遅れて、学校に到着。
(危なかった……まさか目覚まし時計をセットし忘れていたなんて、な)
そのせいで、起きた時間がいつもより30分ほど遅くなってしまったのだ。
着替えて、朝食を食べ、自転車に乗って学校に着いたのが、それから30分後。
いつもなら登校だけでも30分かかるのだ。我ながら凄いと思う。
(……ん?)
生徒玄関で靴から上履きに履き替えているのだが、なんだろう・・・周りから視線を感じる。
というか、明らかに見られている。
(制服はちゃんと着ているし、寝癖も直してきた。……なんで見られているんだ?)
──と、あまり気にしてもいられない。
早く教室へ行かなければ、折角間に合ったのに遅刻になってしまう。
◆◆◆
「ふう、間に合った……」
チャイム10分前に、なんとか教室に着くことができた。
……できたのだが。
『……え、冗談でしょ……?』
『本当みたいだよ……』
女子2人が俺の方を見ながら、小さな声で話をしている。
ついに俺にも、モテ期が来たのだろうか。
……そんな訳ないか。
(……というか)
2人だけじゃない。
ほとんどの生徒から、変な目で見られているのだ。
……隣の席の、橋本からも。
「……なんだよ、橋本」
「へ!?いや、なんでもないよ」
明らかに、何かある。
「なんでみんな、俺のことを変な目で見ているんだ?」
「え、えっと……あのさ、本当なのか?」
質問に質問で返された。
「本当って、何がだ?」
「そ、その……」
……じれったい。
「はっきり言ってくれるか、橋本」
「……ああ、分かった」
何を迷っているのだろう。
「五十嵐、お前が……能力者だって聞いたんだが、本当なのか?」
……え?
◆◆◆
昨日の6時間目終了後のホームルームで、担任から『五十嵐が超能力を持っていることが分かった』と伝えられたらしい。
その時の担任は、それはそれは嬉しそうだったそうだ。
「で、本当なのか?」
「……ああ、本当だよ」
「マジか……」
橋本は、驚いているような、戸惑っているような、なんとも言えない表情をしていた。
「昨日、超能力研究本部に行って検査もしてもらった。俺は本当に能力者らしいぜ」
「凄いな……で、どんな能力だったんだ?」
興味津々の橋本。伝えるべきだろうか?
……いや、詳しい説明はやめておこう。
「詳しくは説明できない。機密情報に入ると思うし」
「機密、か。確かにそうかもな、分かった、あまり詳しくは訊かないことにするよ」
「そうしてもらえるとありがたい」
こんな感じで、橋本との会話が終わり、ふと気になって教室を見渡すと。
『え、襲われたりしないよな……?』
『怖いんだけど……』
『ど、どうする、逃げるか……?』
──みんな、言いたい放題だな。
「え、えっと、だな」
『!?』
おいおい、立ち上がっただけで距離を取られるのか。
少し悲しいな。
「勘違いしてもらいたくはないんだけど、俺は好戦的な部類には入らないから。誰かを襲ったりは絶対にしないから、普通に接してもらえるとありがたいんだけど……」
『……』
みんな、戸惑っているようだ。
「五十嵐、そんなすぐに慣れることはできないと思うぜ」
「は、橋本……」
やはり、そうなのだろうか。
「気味悪がってはいないが、みんな怖がっているんだよ。……俺みたいなやつは少数派さ」
「……そう、か」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
本当に、これから大変なことになりそうだ。
◆◆◆
3時間目の授業が終わり、次は情報の授業。
各々教科書を持って、パソコン室に移動し始めていた。
「五十嵐、行こうぜ」
「あ、ああ」
……橋本は、平気なのだろうか。
「なあ、橋本」
「ん、なんだ?」
パソコン室へ向かう途中。
相変わらず周囲から変な目で見られていたが、もう気にしないことにする。
「お前は、俺のことが怖くないのか?」
「……何を訊かれるかと思えば、そんなことか」
そんなこと、とは失礼な。
「みんな俺のことを怖がって、距離を取ってる。それなのに、なんでお前は平気なんだ?」
「うーん、なんでだろうな」
橋本は少し考え込んだ後、俺の方を向いた。
「単純に、かっこいいからじゃないか?」
「……は?」
『かっこいい』?
漫画で出てきた能力者を『かっこいい』と思ったことはあるが、これは現実だ。
襲われないか、とか何をするか分からない、と思うのが一般的だと思うのだが。
「それ以外にも理由はあるぜ。お前が人を襲うとは思えない、みたいな理由がな。能力者に助けられた人もいるし、怖くはないさ」
「……そうか」
さすが、と言うべきか。
◆◆◆
4時間目の情報の授業は、パソコンで架空のイベントのパンフレットを作ってみよう、というものだった。
自分の部屋にもパソコンはあるが、細かい機能は使ったことがないので、結構面白い。
「なあ、五十嵐」
「なんだ、橋本」
「保存って、どこでやるんだっけ?」
……さっき習っただろうが。
「まったく、ここをクリックすれば……って、あれ?」
『上書き保存』を押しても、保存されていない。
「名前を付けて保存したのか?」
「ああ、さっきやった。……おかしいな、『名前を付けて保存』のボタンも押せないぞ?」
「へ?」
橋本は『上書き保存』と『名前を付けて保存』の場所を何度もクリックしているが、パソコンは何の反応も示さない。
「フリーズした……訳ではないみたいだな」
「お前の方だとできるのか?」
「やってみる」
……あれ、できないな。
『先生、保存できないんですが……』
『俺もです、先生』
『先生、こっちも!』
……みんな、同じ状況らしい。
「五十嵐、できたか?」
「いや、できなか……!?」
突然、パソコン室の電気が消えた。
カーテンは閉め切ってあるので、かなり暗い。
バッテリーで動いているパソコンの画面だけが、光っていた。
「て、停電か?」
「……いや、違うようだぜ、橋本」
「え?……ああ、なるほどな」
俺のパソコンの画面が真っ黄色になり、勝手に文字が打ち出されていく。
他の人のパソコンは、普通の状態のまま。
俺のパソコンには、こう打ち出されていた。
『
GAME:やあ、五十嵐武彦君。
GAME:初めまして、だね。
GAME:なるほど、データ通り、ごく普通の、
GAME:ありふれた、平均的な顔だ。
』
ケンカ売ってるのか、この『GAME』とか言う奴は。
……俺からの質問には、答えてくれるのだろうか。
『
GAME:何か質問はあるかな?
GAME:話してくれたら、答えてあげるよ。
』
「五十嵐、こいつひょっとして……」
「ああ、多分な。橋本、お前はみんなをパソコン室から出してくれるか?」
「おう、分かったぜ」
みんなのことは五十嵐に頼み、俺はこっちに集中する。
「お前は──能力者なのか?」
『
GAME:そうだよ。
GAME:あたしは能力者。
GAME:研究本部で説明は受けたみたいだから、
GAME:詳しい説明はいらないかな?
』
──『受けたみたい』?
見られていたのか……だけど、どうやって?
「お前の能力はなんだ?」
『
GAME:言うと思う?
GAME:ま、言うよりも実際にやったほうが早いかな。
GAME:あたしの能力は、
GAME:こういう能力だよ!!
』
……一瞬驚いたが、何も起こらないが。
「──って、なんだ!?」
何の前触れもなく、身体が痺れてきた。
──いや、前触れはなかったが、原因はパソコンの画面から考えられるじゃないか。
これは──『GAME』の能力だ。
「ちっ……」
「どうした、五十嵐!」
困惑するみんなをパソコン室の外へ誘導していた橋本が、俺の様子が変だと気付いたようだ。
「来るな、橋本!」
「な、なんで──」
「お前には役割があるだろう、みんなをここから移動させるという役割が……」
みんなを巻き込むわけにはいかない。
「だけど、そのままじゃお前──」
「やばいかもな!だから、もう一つお前に頼みたいことがある」
「な、なんだ!」
頼りになるかは分からないが。
「先生に、このことを研究本部に伝えるように言ってくれ!」
「わ、分かった!」
みんなをパソコン室から出せたのを確認してから、橋本もパソコン室を飛び出していった。
「さて、どうするかな……」
なんとか立ち上がれたが、今にも倒れてしまいそうだ。
『
GAME:無理はしないほうがいいよ。
GAME:君はただ、負けを認めるだけでいい。
GAME:そうすれば、これ以上の危害は加えない。
』
負けを認めるだけでいい、か。
「誰が負けを認めるかよ、バーカ」
挑発。
効果はあるだろうか。
『
GAME:……君は、殺す。
GAME:……君を、殺す。
GAME:お前は、殺す!
』
突如。
俺が使っていたパソコンが、爆発した。
「うわ、危な!」
咄嗟に後ろに下がり、爆発に巻き込まれるのは防げた。
……後ろに下がった?
あれ、俺、動ける?
俺の身体から、痺れは消えていた。
なぜだ、なぜ痺れが消えた?
「って、考えてる場合じゃないかもな!」
今度は、橋本が使っていたパソコンが、変な音を立てている。
さっきは奇跡的に防げたが、今度も避けられるかは分からない。
仕方ない、俺も能力を使うか。
(俺、一度も能力を使ったことがないじゃん!)
そもそも、俺は自分の能力について、まったく理解していない。
橋本が使っていたパソコンは、『ジュー……パチパチ……』と奇妙な音を立てている。
──マズイ、本当にマズイ。
ああもう、どうにでもなれ!
パソコンが爆発しないように、願いながら、叫ぶ。
「『円滑』!」
◆◆◆
……どうなったのだろうか。
恐る恐る、目を開けてみる。
「……おお」
パソコンは、爆発していなかった。
俺の能力で止めたのかは、イマイチ分からないが。
『……ふぅん、面白いね、君の能力』
近くのパソコンのスピーカーから、女性の声が聞こえた。
『殺したら、怒られる、かな?』
……かなり好戦的な能力者らしい。
能力者ってのは、ほとんどがこうなのか。
……面倒くさいな。
ところで。
相手の能力、なんなのだろう。
身体を痺れさせたり、パソコンを爆発させたり。
パソコンのことだけで考えれば、機械を操るってことなんだろうけど……。
「あ、『電磁波』か!」
このパソコン室には、当然だが大量の機械がある。
そこから発している電磁波を俺に集中させれば、痺れさせるのも可能──だと思う。
だとすると、相手は機械を操る能力者、か?
『頭の回転も、早いみたいだね。早めに潰しておいた方がいいかもね』
「──!?」
また、俺の身体が痺れてくる。
今度こそ、ヤバいかもしれない。
『……痛いよ、痛いよ……』
──声?
能力者の声とは違う、例えるなら──電子的な声。
……電子的?
『……操られたくない、誰か、助けて……』
──もしかして、機械の声?
『操られたくない』って言ってたな。
……そう言われると、助けたくなるじゃないか。
「なあ、機械たち、聞いてくれ」
『……なに?』
会話はできるようだ。
「俺はお前らを操っている奴を倒したい。協力してくれないか?」
『……分かった、協力す……』
『何を話している、五十嵐武彦』
──会話を無理やり途切れさせられた。
「いや、何も。ところで、一つだけ質問してもいいか?」
『なんだ、言ってみろ』
答えてくれるか分からないが、一応訊いてみる。
「お前は、機械を操る能力者か?」
──数秒の静寂の後。
『あはははは!なるほど、機械を操る能力、ねぇ。面白い考え方だね!』
「そりゃどうも」
『褒めちゃいないよ。私の能力はそんなものじゃない。もっと高位の能力だよ』
高位……?
どんな能力なのか、まったく想像がつかない。
『じゃあ、そろそろおしまいにしようか』
「何をする気だ?」
『簡単なことさ。──お前を殺すのさ!』
俺の近くのパソコンが、『ジュー……パチパチ……』と嫌な音を立て始める。
離れようとしたが、身体の痺れが増していて、うまく動けない。
『死にな、五十嵐武彦!』
今度こそ、避けられない。
このまま何もしなければ──俺は死ぬ。
『……嫌だ、したくない、爆発したくない……』
──再び、機械の声。
まだ、チャンスはあるのかもしれない。
小声でパソコンに語りかける。
「教えてくれ、お前らを操っている奴は、どこにいるんだ?」
『……教えられないよ、教えたら壊される……』
本当に、ひどい奴なんだな。
「このままじゃ、どっちにしても壊されるぞ。……頼む、教えてくれ」
『……あの人は、第八能力者は──』
……『第八能力者』?
『……ネットワークにいるよ』