29話 逃走開始
「おい、どうしたライオン!」
「ちょ、五十嵐さん!?」
壁に倒れ掛かった、息絶え絶えのライオンの傍へ駆け寄る。
ライオンは、うつろな目で俺に何かを伝えようとしている。
──第四能力者を呼ぶべきだな。
「五十嵐さん、危ないって!」
「正太郎、第四能力者を連れてきてくれるか? ……こいつは味方だ」
「わ、分かった」
正太郎は、急いで玄関へと向かった。
──さて。
「──第十能力者、か」
「一体何があったんだ、この傷……本当に何が」
「我が主と第七能力者が──殺された」
「は!?」
◆◆◆
「五十嵐さん、これは──」
「第四能力者、来てくれましたか。……竹部さんも?」
なぜか竹部さんも、庭に来ていた。
「何か大変なことになってるみたいだからね、来ちゃったよ。一応、他の連中は家ん中で待機させてるよ。──で、このライオンはなんなんだ?」
弱々しく息をするライオンを見て、訊いてくる。
「第六能力者と第七能力者の能力によって生み出された、人格を持つライオンです」
「ああ、五十嵐たちは第六能力者たちに会ってきたんだっけ。──なんでそのライオンが、ここにいるんだい?傷だらけだし、何かヤバいことになってるのか?」
「第六能力者と第七能力者が、殺されたそうです」
「──は?」
竹部さん、相当驚いている。
当たり前か。『死んだ』のではなく『殺された』のだ。
同じ能力者としては、他人事とは感じられないだろう。
──ってことは。
「正太郎、大丈夫か」
「何が?」
「……あれ?」
正太郎、不安そうな表情をして──いなかった。
さっきまでの正太郎の様子だと、驚いていたり、怯えていても無理はないと思ったんだけど。
「おれの能力が、精神にも影響を及ぼすって知ってるでしょ?このくらいの出来事なら、おれは怯えたりはしないよ」
「いや、でも、さっきまでのお前じゃ……」
「能力が進化したんでしょ。進化した自覚はないけど。さっきの五十嵐さんの言葉のおかげじゃない?」
「……そうかい」
正太郎、本当に強いな。
「──第四、能力、者」
「おっと、もう喋るな。それ以上喋ると死んじまうぞ。俺の能力で手助けしなくちゃ生きていられないほど弱ってるんだ。静かにしていたほうがいい」
とはいっても、第六能力者がいない今、このライオンは長くはないのだろう。
『円滑』で手助けしてなんとか生かしてはいるけど、相当辛そうだ。
「延命治療はやめた方が、ライオンのためかな……」
「──頼む、もう少しだけ、手助けをしてくれ」
「だから、もう喋らないほうが……」
触れたら死んでしまいそうなほど、弱っているのだ。
見ているこっちが悲しくなるほどに。
「我が主と第七能力者を、殺したのは──」
「──誰なんだ、お前らをそんな目に合わせたのは」
空虚を見つめるライオンの瞳を、じっと見つめて、訊く。
「『影に包まれた何か』──『最終終焉』と口にしていた」
「『最終終焉』──?」
聞いたことのない能力。
まだ見つかっていない能力者なのだろうか。
「五十嵐、危ない!」
「え?うわっ!」
俺の腕を引っ張り、ライオンの傍から俺を離す竹部さん。
「な、何を……」
「ライオンの上を見てみな」
「上?──な、なんだあれ」
ライオンの身体の上に、影のような何かが浮かんでいる。
ま、まさか──。
「『影に包まれた何か』──あれがそうなんですかね」
「だとしたら、チャンスよね」
今、この水面家の敷地内には、能力者が俺含め6人いる。
瑠璃さんの状態が少し不安だけど、それでも戦える能力者は5人。
あの影を、なんとかして倒せないものだろうか。
「倒そうなんて、考えてないよな?」
「──っ!」
影のような何かから、低い声。
やっぱり、あの影がそうなのだろうか。
「先手必勝!」
「おい、正太郎!?」
正太郎、影のような何かに殴りかかった。
正太郎の速さなら、ひょっとしたら──。
「遅いな、その程度か、『完結の子供』よ」
「くっ……!」
「正太郎!」
正太郎は影に弾かれ、俺の目の前まで吹き飛ばされた。
──『完結の子供』?
「ライオンから意識を離してよかったのか?」
「──っ!」
ライオンに使っていた『円滑』を切ってしまっていた。
ライオンは──既に、息を引き取ったらしい。
「これ、勝てるんですかね……?」
「チャンスってわけではないみたいだね……」
そう言いながらも、竹部さんはゲーム機を取り出して、戦う姿勢を取っていた。
「皆さん、その『影』から離れてください!」
「へ?」
第四能力者の叫び声。
なんだかよく分からないが、影のような何かから距離を取る。
「『熱と冷』!」
第四能力者の叫びと共に、周囲に風が吹き始めた。
風は強く、強く、『影に向かって』吹き荒れる。
まさか、これって──。
「私の能力で、風を起こしました。──逃げましょう」
「は?逃げるって、なんで──」
「竹部さん、あなたなら気づいているでしょう?私たちだけでは、あの『影』には勝てません」
──やはり、そうなのか。
「私と五十嵐さん、正太郎さんは走って外へ。竹部さんは家の中の人たちをネットワーク上に避難させてください」
「私はあんたらと行っちゃだめなのかい?」
「家の中の人──特に瑠璃さんを避難させなければいけないでしょう?」
「なるほどね、了解したよ。──五十嵐の家で落ち合うってことでいいかい?」
え、俺の家?
──まあ、父さんも母さんも、隆も、反対はしないだろうから、いいか。
「さあ、早く逃げましょう。あの風も、そのうち消えてしまいます。今のうちに、逃げましょう」
「なんであの『影に包まれた何か』を止められているのか、あとで聞かせてくださいね。……正太郎、準備はいいか?」
「もちろん!」
「よし……」
俺と正太郎、第四能力者は駐車場の外の道路を見て。
竹部さんは、水面家の玄関を向いて。
「ひとまず、解散!」
──走り出す。
◆◆◆
俺の家に向かって走り出して、十分ほど経ったところで、一つの疑問が浮かんでくる。
「なんで俺、ほとんど疲れてないんだ?」
かなり全力で走り続けているのだが、ほとんど疲れないのだ。
どういうことなのだろうか。
「私の能力の影響ですよ」
「第四能力者の?」
「はい」
──第四能力者の能力って、どんな能力なのだろう。
「『熱と冷』という名前から、温度を操る能力だと思っていたんですけど」
「それも私の能力です。先ほど起こした風は、空気の温度を急激に変えることによってできたものです。ですが──それだけでは、あの『影』は押さえられません」
「まだ能力があるんですか?」
『温度を操る』だけでも、強そうだけど。
「『熱と冷』のもう一つの能力は──『リズムを操る能力』です」
「リズム──?」
「なるほど、そういうことですか」
正太郎、何かに気付いたらしい。
「さっき『影』を押さえつけていた、あの風。変だと思っていたんですよ」
「『影』を押さえつけていたことが?」
「いえ……あの風、不規則に強くなったり、弱くなったりしていたんです」
……正太郎、とてつもない観察力だな。
マジで俺より頭いいのかもしれない。
「よく見抜けましたね。──そうです、『影』を押さえることができたのは、『不規則』によって相手のペースを乱せたからです」
「ああ、そういうことだったんですか」
──で、俺が走り続けられることと関係あるのだろうか。
「五十嵐さんが走り続けられているのは、私の能力で、五十嵐さんの『足を踏み出すタイミング』、『地面を蹴るタイミング』、『腕を振るタイミング』、そして──『呼吸』を規則的にしているからです」
「え……そんなことまでできるんですか」
さすがに、そこまでとは思っていなかった。
ってか、呼吸まで操れるのか。最強なんじゃないのか。
「多少疲れていると思いますが、それは五十嵐さんの体力の少なさの問題です。もう少し体力をつけたほうがいいですよ」
「……ってことらしいけど、五十嵐さん、おれと走り込みします?」
「体力が無限にある奴と走り込みしたら、死んじまうわ。……でもまあ、朝早起きして走るようにしてみるかな。一つくらい趣味欲しいし」
「五十嵐さん、趣味なさそうですもんね……」
──こんな風に、緊迫している状況にしては緩い会話をしながら、俺の家に向かって走っていった。
◆◆◆
「──ヤバい」
「竹部さん、冷や汗たらしながら『ヤバい』とか口にしないでくれるか、大変な事態になったのかと思うじゃないか」
「大変な事態になってるんだよ」
水面家リビングのテーブルの上のパソコンから、竹部洋子、新庄新、水面瑠璃、神林颯はネットワークへと逃げた。
竹部洋子の能力によって生まれた『ネットワークの流れ(空飛ぶ絨毯型)』に乗り、4人は研究本部へ向かっていた。
五十嵐武彦の家へ向かう前に、研究本部に協力を仰ごう、という魂胆だったのだが。
「この場所から研究本部へのネットワークが、全部遮断されてる」
「冗談、ではなさそうだな」
竹部洋子たちがいる場所から、研究本部へと向かうことができなくなっていた。
「じゃあ、五十嵐の家に向かっちまえばいいんじゃないのか?」
「それができたら、どんなに楽なことか」
「まさか、五十嵐の部屋のパソコンにも行けないのか?」
「その通り……ホントにヤバいね」
水面家のパソコンから出る、という考えは、4人から出てこない。
ネットワークに入った直後に、パソコンを壊されたのを、4人とも見ていたのだ。
「どうしようもないね、これじゃあ」
「あんたの家にはパソコンはないのか?」
「あるけど、ネットワークが遮断されてる」
「──まじか」
どうしようもないな、と呟こうとした瞬間、新庄新の脳内に、一人の男の顔が浮かんできた。
「なあ、竹部さん、繋げるか試してほしいパソコンがあるんだが」
「……やってみるけど、多分無理じゃない?」
「多分、大丈夫だと思うぜ」
◆
「……繋がった」
「よっしゃ!それじゃあ、そのパソコンから出ることにしようぜ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、新庄。このパソコンの持ち主って、普通の人間じゃないの?能力者の関係者じゃないみたいだし……」
「そっか、竹部さんは知らないのか。大丈夫だ、そのパソコンの持ち主は──」
自信満々に、新庄新は口にする。
「五十嵐と……俺の、友達だ」




