23話 速さの理由
「な、なんとか撒いたか……」
5分ほど走り続けていたら、あの子供は俺の周りから姿を消していた。
風と会話して追い風を作ってもらい、それに乗って走ったのだ。さすがに追いつけなかったらしい。
今は、校舎裏の駐車場に停まっている車の横に隠れている。
マジで疲れた。
全速力で5分間走ったら、さすがに疲れる。
追い風に乗ったと言っても、物凄いスピードが出ていたよな、と今になって思う。
人間、死ぬ気になれば相当な力を出せるのだろう。
「それにしても……」
あの子供の能力が、まったく分からない。
貫太さんの『大地』や竹部さんの『遊戯』のように、何かを操る能力ではないだろう。何かを操っている様子はなかったし。
となると……どんな能力なのだろうか。使える手掛かりが一切ないから、考えようがない。
マズイ、もう行き詰った。
「いや、ちょっと待てよ……?」
手掛かりはないが、疑問点ならある。
「なんであの子供は、あそこまで走り続けられたんだ?」
俺が追い風に乗ることを思いつくまでの間の5分間、あの子供はずっと、逃げる俺めがけて走っていた。
あの歳の子供に、ずっと走り続けられるだけの体力があるとは思えない。
それに。
「あの子供、一切息切れしていなかったよな……」
俺の近くまで来た瞬間のことを思い出してみたが、あの子供は息を乱してはいなかった。
仮に、体力が大人の何倍もあったとしても、走り回ったら息が乱れるはずだ。
冷静になってみれば、おかしいことだらけだ。
なぜ走り続けられたのか、なぜ息切れしていなかったのか。
それらの答えも分からない状態だが、一番の疑問点について考えなければ。
「あの子供の走る速さ、なんか変なんだよな……」
変。
違和感がある、と言ってもいいかもしれない。
あの子供の走る速さが能力によるものだとしたら、『明らかに遅すぎる』。
しかし、あの速さは『常人には到達できない速さ』である。
──矛盾。
『明らかに遅すぎる』のに、『常人には到達できない速さ』。
あの子供は、能力を使わずに到達できる速さで走っていたわけではない。あんなに速く走る子供──というか『人』は、いないと言っていいだろう。
だけど、能力を使った速さだとは思えない。
わ、分からない。
「……仕方ない」
立ち上がり、校庭に向かって歩き始める。
正面突破が難しいから、奇襲するのだ。
風に攻撃してもらえば、見つからないだろう。
かなりズルい手だが、今はこうするしかない。
「……見つかったらどうしよう」
見つかった時は……まあ、なんとかしよう。
殺されそうになった時に、俺の『円滑』が進化するかもしれない。
……『円滑』が進化したところで、あの子供に勝てるだけの力を得られるとは思えないけど。
いざとなったら、隙を見て逃げよう。
死の危険と直面したら、信じられないほどの力が出て、あの子供から逃げることができるかもしれない。
火事場の馬鹿力、ってことわざがあるくらいだし。
「……ん?」
俺今、なんて言った?
「火事場の馬鹿力」
もう一度言ってみる。
なんだろう、胸のつかえが取れそうな……。
『明らかに遅すぎる』、『常人には到達できない速さ』。
『何故走り続けられたのか』、『なぜ息切れしていなかったのか』。
──『火事場の馬鹿力』。
「……あっ!」
分かった、やっと分かった。
あの子供の能力、そういうことだったのか。
──予定変更だ。
正面から、突破してやる!
◆◆◆
「あれ、五十嵐さん、そっちにいたんだ」
校庭へ行くと、やはりあの子供がいた。
「出てきてよかったの?もしかして、おれに倒されに来たのかな?」
「そんなわけないだろう。君に勝つ方法を見つけたから出てきたんだ」
「へえ、すごいね。おれに勝つなんて、神様でもできないと思うけどね」
すごい自信だ。
まあ、目の前の子どもが『あの能力』を持っているとしたら、まったく不思議ではないが。
「どうやってもおれには勝てないよ!」
案の定、物凄いスピードで走ってきた。
タイミングを見計らって……。
「今です、風たち!」
「な、なんだ!?」
子供の前に、砂ぼこりが起こる。
前もって、校庭の砂を子供の前に巻き上げるように、風に頼んでおいたのだ。
「め、目が……」
案の定、子供は目を瞑った。
その隙に背後に回り、子供の両腕を掴み、後ろに回す。
「ちっ……離せ!」
「やっぱり、痛みを感じないんだね」
「──っ!」
俺は今、子供の両腕を後ろに引っ張っている。それもかなり強く。
こうされたら、普通は痛みを覚えるはずだ。
だが、この子供は痛がっていない。
「『円滑』!」
心を読んでみたが、やはり痛がっている様子はない。
「君の能力は、『自己再生』ってとこかな」
「なっ!ち、違うよ!」
そうは言っているが、心に動揺が見られる。
当たったようだ。
「俺は読心術の真似事ができるからね、俺に嘘は通じないよ」
「……名前は分からないけど、おれの能力は自己再生だよ」
「名前は分からない?……なるほど。ベイリーさんみたいに、研究本部から抜け出してきたのか」
研究本部の人、逃がしちゃだめだろ、と強く思う。
「そこまでお見通しなんだ、すごいね」
「褒められて悪い気はしないね。さあ、降参すれば手を放してあげるよ」
「すると思う?」
挑発してくるな……本当に子どもなのか?
「するとは思えないね。でも、してもらえないとお互いに困るよね」
「おれは困らないよ。うりゃぁぁああ……」
「こ、この力は……」
信じられないほどの力で、俺の手を振りほどく。
そして、俺の10歩先まで、1秒かからずに移動する。
「君、能力の使い方、上手いよね……」
『火事場の馬鹿力』。
目の前の子供は、それくらいの力をいつでも出せるのだ。
自己再生の能力で、身体に負担がかかっても消えるから、いつでも人間の限界最大の力が出せる。
このことから、目の前の子どもの走る速度が『明らかに遅すぎる』のに『常人には到達できない速さ』ということにも、説明ができる。
あの速さは、『一応』人間でも到達できる。ただし、力をセーブしている機能を取り外せないと、到達できない。
常人には到達できない、というのは、そういうことだったのだ。
「しかしマズイね、この状況」
「おれからしたら、最高の状況だよ。……素直に殺されろ、五十嵐さん!」
地面を蹴って、子供がこちらに飛びかかってくる。
◆
どうすれば、この状況を打破できる?
風で防御する──いや、間に合わない。
それなら、ここに大量にある、これにお願いしよう。
でも、できるだろうか。
──大丈夫だ。
俺は一度、やっているじゃないか。
さあ、叫ぼう。
◆
「土よ!あいつを拘束してください!」
子供を指差し、叫ぶ。
さあ、どうだろうか。
『おう、やってやるぜ!』
図太く低い声が、俺の耳に入ってくる。
──成功だ。
土で出来た巨大な拳が、子供を掴んだ。
「つ、土!?」
「そう、土にお願いしたんだ、君を拘束してくれ、って。聞こえていただろう?」
「こ、こんなもの……あれ、なんで?この土、崩れない……」
あの子供の力でも崩れない?一体なんで……。
『自然を舐めてもらっちゃ困るねぇ!』
自己再生の能力による馬鹿力でも、自然という存在には勝てなかったのか。
「そのまま拘束しておいてもらえますか?」
『おうよ!……ところであんた、なんで俺の声が聞こえるんだい?』
「能力者だからです。詳しいことは、あとで話しますよ」
『なるほどねぇ。あいつと話したことはねぇから、人間と話をするのはこれが初めてだぜ』
あいつ──『大地』の能力を持つ、貫太さんのことだろう。
「貫太さんのことですよね。あの、貫太さんと戦ったときに、俺の周りに土の矢が浮かんで、貫太さんめがけて発射したんですけど……あなたが守ってくれたんですか?」
『ああ、あんたあの時の!……そうだぜ、なんか危なそうだったから、手助けしたんだ。あまり力にはなれなかったがな』
「その思いが嬉しいんですよ。ありがとうございます」
『どういたしまして。ガッハッハ!』
土は、豪快な性格らしい。
風は優しかったし、他の自然の物も性格が違ったりするのかな。
「楽しみになってきたな」
『ん、何がだ?』
「いや、こっちの話ですよ」
子供のほうを見る。
「ちっ……まさかあんたに負けるなんてね」
「お、負けを認めるのか?」
「……認めるよ、ったく」
渋々、といった感じだが、負けを認めてくれた。
「すみません、もう拘束は大丈夫です」
『おう、また何かあったら呼んでくれよ!』
「はい、ありがとうございました」
土の拳が崩れていき、子供が地面に落下する。
「って、え?」
子供は、地面に激突した。
だ、大丈夫だろうか……数メートルはあったはずだぞ。
駆け寄って、手を差し伸べる。
「け、怪我はないかい?かなり強く地面に激突したみたいだけど……」
「おれの能力をなんだと思ってるの?よっ、と」
立ち上がり、服に付いた土を手で掃っていた。
「……そういえば、そうだったね」
服こそ汚れていたが、怪我は全くないようだ。
「土と会話、か。面白い能力だよね、五十嵐さんの能力」
「そうかい?」
「うん。パソコンや風、それに土とも会話できるなんて、面白いよ!」
「君の能力のほうが、戦いには使えそうだけどね。……ん?」
ちょっと待て。
この子はなんで、俺がパソコンや風と会話できることを知っているんだ?
能力者の知り合いでもいるのだろうか。それか、研究本部で資料を読んだとか?
「なんで、そんなこと知ってるの?」
「そんなことって……五十嵐さんが色んなものと会話できること?」
「ああ、そのことだよ。君は能力者になったばかりなのに……」
「そっか、言ってなかったね」
子供は、俺の方を向いて、とんでもないことを言い出した。
「おれのお母さん、『回復』の能力者だからね。あ、俺の名前は水面正太郎だよ、これからよろしくね!」
畳みかけるように言われたので、3秒ほど理解ができなかった。
で、3秒後。
「ええええぇぇぇぇええええ!?」
驚きのあまり、俺は叫んだ。




