2話 超能力研究本部
「の、能力者の方でしたか……」
「ええ、そうよ」
こんなに早く、能力者と会えるとは思っていなかった。
「瑠璃さんは世界で5番目に発見された、『女神に近い能力者』なんだよ」
「女神なんて言い過ぎだと、私は思うんだけどね~」
女神……ってことは。
「水面さんの能力って、怪我を治せたりするんですか?」
「もちろん!『回復』は怪我だけじゃなくて、病気も治せるのよ」
「す、すごいですね・・・」
世界には、そんなすごい能力があったのか。
「さあ、五十嵐君。君も自己紹介をしておきな」
「あ、はい。五十嵐武彦です、よろしくお願いします」
「どんな能力を使えるの?」
……ああ、俺も能力者だったか。
いい加減、慣れないと。
「『円滑』という能力が……あるらしいです」
「『らしい』?それに聞いたことのない能力名ね。最近判明したの?」
「はい。1時間前くらいに……」
「ああ、なるほどね」
納得しているのだろうか、水面さんはしきりに頷いている。
「み、水面さん?」
「あ、私のことは名前で呼んでくれるかしら。ややこしいからね」
「へ?……はい、分かりました」
ややこしいって、どういうことだ?
……まあ、いいか。
「じゃあ、瑠璃さん、どうかしたんですか?」
「あなたの顔を見たことがないのが不思議だな、と思ったのよ。怪我を治していれば、見たことはあるからね。能力者の大半が好戦的だってことは知っているかしら?」
「はい」
神林さんから聞いたことだ。
「いくら好戦的とはいえ、一般人には手を出せない。となると、相手は能力者に限ってくるでしょ?」
「ああ、能力者同士が戦うんですね」
「そういうこと。戦うと、どちらか一方、もしくは両方が怪我をするから……」
ああ、話はなんとなく分かった。
「そこで瑠璃さんの出番って訳ですか」
「その通り!私の能力は、どんな怪我でも治せるからね。重症の人を治すときは、それなりに疲れるけどね」
「え、まさかとは思いますが……能力者同士の戦いで重傷にはならないですよね?」
いくら能力者とはいえ、そこまでのことはしないだろう。
「結構なるわよ?」
そこまでのことをしてしまうらしい。能力者って怖いな!
「見た感じだと、あなたは好戦的ではないようね」
「はい、好戦的という言葉からかけ離れた存在だと思っています」
「……ふふっ、あなた、面白いのね」
そこまで面白いことを言ったつもりはないのだが。
「でも気を付けてね、何度も言う様だけど、能力者の大半は好戦的なの。あなたが能力者だと知ったら、すぐに攻撃を仕掛けてくるかもしれないわよ」
「や、やっぱりそうなんですか……」
なんだろう、すごく泣きたい気分だ。
「まあそれでも、とどめを刺されることはないと思うから、安心していいと思うわ。……一部を除いて」
「最後の言葉ですごく怖くなってきたんですが!?」
一部、残酷な能力者がいるのだろうか。
「それじゃ、私はそろそろ戻るわ。……五十嵐君」
「は、はい?」
振り向きざまに、一言。
「第九能力者に、気を付けて。……それじゃあね!」
「へ?……え!?」
それだけ言って、たたっ、と走っていってしまった。
「五十嵐君、すごく顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
「大丈夫に見えますか」
「……頑張れ」
「はい……」
やばい、本当に泣き出しそうだ。
先が思いやられるよ……。
◆◆◆
研究本部の入り口にある受付で研究員手帳をもらい、神林さんについて行く。
「あの、神林さん」
「なんだい?」
訊いておきたいことがある。
「俺はこの研究所の、どこまで見ていいんでしょうか」
「それは──どの程度の機密なら、知っても許されるか、ってことかい?」
「あ、はい」
研究員手帳をもらったとはいえ、俺はこの研究本部の職員ではないからな。
ここには国家機密も多数あるわけだし、どの程度の物なら見てもいいのか、知っておきたいのだ。
「うーん……職員以外の人は、ほとんどの機密を知ることはできないんだよ。──本当は、ね」
「本当は──って、どういうことですか?」
特例でもあるのだろうか。
「何人かの能力者が、力ずくで見ちゃってるんだよね。だからまあ、機密情報を外部に漏らしたりしなければ、能力者でも見ていいってことになってるんだ」
「な、なるほど」
力ずくって……一体何をしたんだろう。
「まあ、知らないほうがいい情報もあるから、あまり見ないように。分かったかい?」
「は、はい!」
進んで知ろうとはしないほうがよさそうだな。
◆◆◆
「着いたよ。ここが僕の研究室だよ」
『一般人立ち入り禁止』と書かれた紙が貼ってある場所に着いた。
そもそも、一般人はこの研究所に入れないんだから、この貼り紙は意味がないような。
神林さんに続き、俺も中に入る。
「あの、さっき瑠璃さんが言っていた『担当』って、どういうシステムなんですか?」
「ああ、説明していなかったね。とりあえず、そこに座っていてくれ」
研究室の隅っこに、ソファーがある。
この研究室、思っていたよりも広い。
神林さん、『研究者としての地位は高くない』と言っていたけど、実はそこそこの地位に就いているんじゃないだろうか。
「で、『担当』のことだけど・・・簡単な話、その人の検査をする人のことさ」
「検査……ですか。ってことは、俺の担当は神林さんなんですか?」
「ああ、そうだよ」
能力者の担当になるってことは、やっぱり神林さん、かなり上の地位の人だと思うのだが。
──まあ、気にしなくてもいいか。
「早速だけど、検査をしようか。採血とかあるけど、平気かい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
こうして、検査が始まった。
◆◆◆
検査は1時間ほどで終わった。
「うーん、特に異常は見当たらないね」
「そうですか、よかった……」
異常があると言われたらどうしようかと少し悩んだが、無意味だったようだ。
「異常が見つかる場合もあるんですか?」
「いや、ないよ」
「え……それならなんで検査をしたんですか?」
俺の前に見つかった能力者の9人に異常が見つからなかったのなら、別にする必要はないと思うのだが。
「異常を見つけるための検査というよりは、データ採取の意味合いの方が大きいからね。能力が身体に悪影響を与えることはないかとか、そういう研究のための、ね」
「なるほど」
やはり研究所、そのあたりはきっちりとしているようだ。
「さて、これで検査は終わりだけど……どうする、学校に戻るかい?」
「あ、そうですね……」
壁の時計は、午後3時を知らせている。
「戻ります。授業は終わってますけど、自転車が学校にあるので」
「そうかい。それじゃあ、また送っていくよ」
「お願いします」
荷物を持って、研究室を出る。
◆◆◆
神林さんの車に乗り、一時間ほどして学校の駐車場に着く。
「何かあったら連絡してくれ。こちらからも定期的に連絡はするよ」
「はい、分かりました」
何もないことを願うばかりだ。
「それと、瑠璃さんの言ってたことだけど・・・」
「あまり気にしてないですから、心配しないでください」
「あはは、そうかい。それじゃ、頑張ってくれ」
そんな少しの会話をして、神林さんは帰っていった。
……さて、俺は自転車に乗って帰るとするか。
◆◆◆
30分ほどで、何事もなく帰宅。
……鍵が開いている?
「ただいまー」
「へ、兄ちゃん?」
ああ、隆だったか。
「兄ちゃん、今日は早いね。部活は休みだったの?」
「いや、サボってきた」
「兄ちゃん……」
弟に呆れられてしまった。
「あ、そうだ兄ちゃん」
「なんだ?」
カバンを置いて居間で休んでいると、隆が入ってきた。
「ついさっき、橋前高校から電話があったんだけど」
「……え、そうなの?」
嫌な予感がする。
「父さんと母さんに用事があったみたいで、携帯に掛けるみたい。兄ちゃん、学校で何かあったの?」
「へ!?……いや、特に何も」
学校内だけでなく、学校外でも色々あったが、言わないほうがいいだろう。
「そう?……ま、いいか。父さんたちが帰ってきたら分かるんだし」
「あ、あはは……」
すぐにばれてしまいそうだ。
◆◆◆
午後5時。
居間のテレビで、録画してあった番組を見ていると、『ガラガラッ』と玄関のドアを開ける音が聞こえた。
『あ、母さんおかえりー……ってどうしたの、そんなに慌てて』
『た、隆!武彦は!?』
母さん、なんか慌てている?
テレビを消し、俺も玄関に向かう。
「おかえり、母さん。……どうかしたの?」
予想はなんとなくついているが、一応訊いておく。
「ただいま……じゃなくて、武彦!!」
「な、なに!?」
この焦り具合。
やはり、予想は当たっていたようだ。
仕方ない、覚悟を決めるか。
「訊きたいことはたくさんあるだろうけど、父さんも帰ってきてから話すよ。それでいい?」
「へ?……い、いいけど……」
「それじゃ、俺は部屋に行ってるから」
居間に置いてある荷物を持ち、2階に上がろうとすると、隆に呼び止められる。
「に、兄ちゃん?何がどうなってるのか、さっぱりなんだけど……」
「ああ、隆にも話すから、気にするな」
「え、ちょ……」
今は、部屋で落ち着きたい。
そんな気分だ。
◆◆◆
午後6時30分。
真剣な面持ちの父さんと、驚き半分、興味半分の母さん、状況を全く理解できていない──仕方ないが──隆、それと俺の4人がテーブルを囲んでいた。
最初に口を開いたのは、父さんだった。
「……武彦、まず最初に訊きたいんだが」
「な、なに?」
父さん、いつもより声のトーンが低い。
嗚呼、逃げ出したい気分だ。
「その、なんだ……」
「……?」
質問の内容なら、見当は付いている。
だから、早く答えて自分の部屋へ行きたいのだが。
「え、えぇっとだな……」
「……ああ、そういうこと」
父さんの、この態度。
昼間に超能力研究本部に行った時の車中の、神林さんと同じなんだ。
「父さん、まさかとは思うけど……自分の子供に怯えている訳じゃないよね?」
「な、そ、そんな訳ないだろう!何を言っているんだ、まったく……」
──当たっていたらしい。
「あら、お父さんったら……もういいわ、私が訊くから」
「か、母さん!?ま、待ってくれ、ここは父親の俺が訊くべきだろう?」
父さん、動揺しているんだが。
そんな父さんを無視して、母さんは俺の方を向き、口を開く。
「橋前高校から電話があったんだけど……本当なの?」
「本当、と言われても・・・どんな内容だったのかが分からないと」
「そ、そうね。じゃあ、単刀直入に訊くわ」
「どうぞ」
深呼吸をした後、母さんは真剣な表情になり、俺の目を見る。
「あなたが超能力を持っているって、本当なの?」
「……うん、そうだ──」
「何言ってるの、母さん?」
──えっと、答えている途中なんだけれど。
せめて答え終わってからにしてくれないかな、隆。
「ちょっと待ってよ、兄ちゃんが能力者?そんなことあるわけ……」
「隆、本当だよ」
「ほら、兄ちゃんもこう言って……って、え!?」
隆、少し落ち着いてくれないかな。
「落ち着きなさい、隆。……武彦、嘘じゃないだろうな?」
「本当だってば、父さん。学校から連絡が行ってるんでしょ?」
「まあ、そうだが……」
それでも、信じ難いことではあるんだろう。
「俺には超能力がある。それは本当みたいだよ。研究本部の人が言っていたことだから、信用していいと思う」
「研究本部って、まさか、超能力研究本部のことか?」
「うん、そうだよ」
「な、なるほど……」
父さん、かなり困惑している。
「研究本部で検査をしてもらって、異常がないことが分かったし……父さんたちはあまり気にしなくていいよ」
「そ、そうか、分かった」
ちゃんとは納得できていないようだが、俺は詳しい説明はできないし、我慢してもらうしかないだろう。
「それよりお腹空いたよ、母さん。今日の夕飯はなに?」
「兄ちゃんはもう少し、気にするべきじゃないかな……」
「気にしたところでどうなるわけでもないだろう?」
「……兄ちゃんらしい考えだね」
隆、少し呆れているようだ。
と、そんなこんなで。
高校2年の4月半ば、超能力者としての俺の初日は、波乱の幕開けとなったのだった。