16話 出発
8月4日、朝6時45分。
玄関で物音がしたので、出ていくと私服姿の神林さんがいた。
「おはよう、五十嵐君」
「おはようございます、神林さん。少し早めですね」
まだ15分前だ。
「君の家族に挨拶をしておこうと思ってね。もう起きているかい?」
「はい、呼んできますね」
能力者の担当になるだけあって、しっかりしているな。
◆◆◆
簡単な挨拶を終えて、6時55分に俺は神林さんの車に乗って出発した。
今は、この近くの大きめの駅に向かっているところ。
「電車で空港まで行って、飛行機で現地まで行くってのは分かりました。現地では歩きなんですか?」
「いや、そこの近くにも研究所があって、車を出してもらうようにそこの研究員に頼んであるんだ。だから、現地での移動手段は車だね」
「あ、そうなんですね」
地図を見ているので、大体の場所は把握している。
少し離れていたので、歩きだと大変だと思っていたのだ。
「五十嵐君、言い忘れていたんだけど、今日空港に集まるのは4人なんだ」
「キャンセルした人がいたんですか?」
「いや、参加人数は変わらず5人なんだけど、第一能力者だけ別行動なんだよ。1週間くらい母国のアメリカに帰っていたみたいでね」
「ああ、第一能力者はアメリカ人なんでしたね」
最初に発見された、能力者。
全ての能力者の中で、一番有名だろう。
一般人だったときの俺も、知っていたわけだし。
「じゃあ、今日は俺と竹部さん、貫太さん、新庄の4人が同じ飛行機に乗っていくってことですか?」
「そういうこと。あとは……座席は参加する4人にまとまって座ってもらうよ」
「え、神林さんたちはどうするんですか?」
能力者の担当になっている人も、一緒の飛行機に乗るはずなのだが。
「僕ら研究員は、少し離れた席に座ることになったんだ。能力者と研究員のセットで座ることも考えたんだけど、君たち4人が楽しめる方がいいと思ってね、そうしたんだよ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
確かに、同じ境遇の4人が集まったほうが、色々と話せるかもしれない。
能力者もそうだし、研究員の人たちもそうだろう。
◆◆◆
電車で1時間ほど移動して、空港に着く。
空港の2階には、すでに参加者の3人と、その担当の研究員3人が集まっていた。
「おはようございます、貫太さん、竹部さん、新庄」
「よ、五十嵐!」
「おはよー。ふわぁ……眠いわ」
「おはよう、五十嵐」
みんな早いな。
「五十嵐君、僕らもチェックインを済ませようか」
「あ、はい、分かりました」
よく見ると、みんな小さめのバッグしか持っていない。
すでに手続きを済ませた後なのだろう。
「五十嵐君、財布とか、携帯とかは小さいバッグに入れたかい?」
「はい、貴重品はこっちのバッグに入れてあります。キャリーバッグに入っているのは、着替えとかだけですね」
「よし、じゃあ行こうか。こっちだよ」
神林さんについて行く。
◆◆◆
チェックインを済ませ、キャリーバッグを預けて、みんなと合流。
手荷物検査とボディーチェックを終え、今は出発ロビーにいる。
「あと30分くらいしたら搭乗口に行くので、皆さん休憩していてください。僕は現地の研究員と連絡を取ってきます」
そう言って、神林さんは電話し始めた。
他の研究員3人も、それぞれどこかに電話している。
「ねえ、第九能力者」
「新庄と呼んでくれ、竹部さん」
「タメ口なのは、相変わらずなのね……ね、あんたの能力ってどんなのなのよ」
「あんたは知っているだろう、研究本部のデータを覗き見ているんだから」
──という風に、竹部さんと新庄は話をしていたので、俺も貫太さんと話をする。
ちょうど、訊きたいこともあったし。
「貫太さん、少し訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?答えられる範囲なら答えるぜ」
「新庄のこと、怒っていないんですか?」
「なんだ、そんなことか」
なんだ、って言われた。
「瑠璃をあそこまで大変な目に合わせたことに関しては、怒っているさ。でも、まあな」
「なんですか?」
「あいつにも事情があったわけだからな。今は落ち着いているらしいし、一方的に倒そうなんて思っちゃいねえよ」
貫太さん、何気に色々と考えていた。
「もちろん、戦ってみたいとは思うぜ。これから始まる強化合宿で、一度戦ってみたいものだ」
「新庄は、かなり強いですよ?」
「俺だって強いぜ、はっはっは!」
貫太さん、能力者としてもそうだけど、人間としても俺より優れているなあ。
──しかし、この貫太さんが戦いたがるほどの第一能力者って、どれくらい強いのだろうか。
ま、行ってみてのお楽しみだな。
◆◆◆
30分後、搭乗口に集まって、一列に並んだ。
前から、研究員4人、貫太さん、竹部さん、新庄、俺の順だ。
年長から──というか、能力者だと判明したのが早い順になっている。
その順番で飛行機に搭乗し、通路側の席に着く。
それから30分後、飛行機は離陸した。
◆◆◆
神林さんからの話では、着くまでに2時間ほどかかるらしい。
「五十嵐は前にも飛行機に乗ったことあるのか?」
「ああ、家族で旅行したときに、1回──行きと帰りを合わせれば2回だが」
「家族、か」
「あ、悪い……」
新庄は両親から虐待を受けていたんだった。
失言だったな。
「気にするなよ。俺はあまり気にしてないって」
「そうか?」
「ああ。普通の家庭ってのを想像して、不思議な気持ちになったのさ。普通に憧れる、なんて言葉があるが、それなのかもしれないな」
「……そう、か」
なんだかんだ言っても、やっぱり気にしているようだ。
「普通に憧れる、ってのなら俺も分かるよ」
「能力者になっちまったからか?」
「正解。普通の人だったら、こんな反応はされないんだろうな、って考えが時々浮かんでくるんだ。考えるだけ無駄なんだけどな」
「俺も、そんなことを考えるときがあるぜ。俺の場合、友達はみんな離れていったからな」
そう考えると、俺はよほど恵まれていたのかもな。
「俺が能力者だと知っても、離れなかった奴がいたんだよ。橋本って言ってな、8月中にそいつと遊ぶことになってるから、お前も一緒に遊ばないか?」
「え、いや……俺が受け入れられるのか、不安なんだが」
「大丈夫だよ。そいつ、能力者のことをかっこいいとは思ってるけど、崇めたり、恐れたりはしない奴なんだ。橋本がいなければ、俺も孤立していたのかもしれない」
「そんな奴がいるのか──それなら、会ってみたいな」
新庄の友達として、できる範囲のことはやってあげよう。
◆◆◆
「……ん?」
着陸まであと45分というところで、誰かの視線を感じた。
というか後頭部に息が当たっている。
気になって、振り返ってみる。
「……」
「え、えっと……なにかな?」
女の子が、俺のことをじぃーっと見ている。
5,6歳くらいだろうか。
俺と目が合うと、さっと隠れてしまった。
なんなんだ、一体。
『ママ、そこのお兄ちゃん、能力者なの?』
『しっ!見ちゃいけません!』
──ああ、そうか。
能力者は珍しい存在だから、一緒の飛行機に乗るはずがない、とか思われているのか。
それはそれで、面倒くさいな。
「ねえねえ」
「……ど、どうかしたのかな?」
さっきの女の子が、今度は通路から見てくる。
「お兄ちゃんって、能力者な──むぐっ」
女の子の口を、誰かの手が押さえる。
女の子の母親だろうかと思い、俺は視線を上げる。
──その予想は、外れていた。
「え、えっと──」
「静かにしろ、さもないとこいつの首を掻っ切るぞ」
「──!?」
何を言っているんだ、目の前の男は。
「ママ、助け──むぐっ」
「え、絵里!?何をしているんですか、手を放してくださ──きゃっ!」
「なっ!」
目の前のフードをかぶった男が、女の子の母親の頬を殴った。
「お前もこうなりたくなければ、大人しく放送を待つんだな」
「放送?何を言って──」
『この飛行機は乗っ取った、これから飛行機を墜落させる!』
「──は!?」
スピーカーから、とんでもない言葉が発せられた。
『全員騒ぐな、騒いだら殺す。ま、どっちにしろ死ぬけどな、ぎゃっはっは!』
「ってことだ、分かったな!」
「は、はあ!?」
こ、これって──ハイジャックってやつだよな。
ニュースで見たことはあったが、まさか自分が乗る飛行機で起こるなんて。
「お前ら、大人しくしていろよ!騒いだらすぐに殺すぜ!」
そう言って、男は女の子を連れてコックピットの方へと歩いて行った。
女の子は人質ってとこだろうか。
──マズイことになったな。
◆◆◆
「面倒くさいことになったな、五十嵐」
「そうだな。でも、自動操縦システムとかがあったはずだし、そう簡単に墜落はしないだろ」
──その期待は裏切られることになった。
機体が若干、右に傾いたのだ。
『自動操縦を切ったぜ、これからこの飛行機は墜落する!ぎゃっはっは!』
なんて放送まで流れてきた。
これは間違いなく、危険な状況だ。
「──五十嵐」
「分かっているよ、新庄。俺らでなんとかするしかないよな」
貫太さんの能力はここじゃ使えないし、竹部さんの能力は、『人が消えた』ということで混乱を招いてしまうかもしれない。
「俺が能力を使ってコックピットに分身を出して、放送していた奴をぶっ潰す」
「その後に、『円滑』で機体の傾きを元に戻す、って感じだな」
そう小声で話していると、さっきの男が女の子を連れて戻ってきた。
「もう必要ないからな、こいつは返すぜ」
「きゃっ」
女の子は母親に放り投げられ、泣き出してしまった。
「お前ら、遺書でも書いておいたらどうだ?ぎゃっはっは!」
「え、絵里!」
「ママー!」
女の子は、泣きながら母親に抱き着いている。
──ここまでさせるなんて、許せない。
「『惑星』!」
新庄が叫び、コックピットの方から悲鳴が聞こえる。
「な、なんだ!?」
その悲鳴に男が反応した隙に、新庄が再び能力を使う。
今度は、男の周囲に新庄の分身が2人出現する。
──機内が少し騒がしくなったが、気にしない方向で。
「なんなんだ、これは!?」
「こんなに小さい女の子を泣かせるなんて、許せねえ。『惑星』!」
「う、うわっ!」
更に分身が増えて、男を分身の新庄4人が取り囲む。
「やり過ぎるなよ、新庄」
「分かってるよ、おりゃっ!」
「がはっ……」
分身4人が一斉に男を殴り、男は倒れる。
それを、新庄(本体)が踏みつけ、男は静かになった。
気絶したようだ。
「俺は念のため、コックピットを見てくる。五十嵐、お前は能力で機体の傾きを元に戻してくれ」
「了解、『円滑』!」
コックピットの方に意識を向けると、すぐに機械の声が聞こえてきた。
『君は──誰?』
「五十嵐武彦、能力者だ。今からお前を手助けするから、機体を立て直してくれ」
『わ、分かった』
もう一度、自分の能力名を叫ぶ。
今度は『手助けしたい』と思いながら。
「──おお、元に戻っていく」
かなり斜めになっていた機体が、元に戻ってきた。
「助かったぜ、ありがとな」
『君の能力のおかげだよ。こちらこそ、ありがとう』
謙虚な機械だな。
機械の種類によって、性格が違うのかもしれない。
そんなことを考えていると、新庄が戻ってきた。
「機長と話をしてきた。ここから一番近いのが目的地の空港らしいから、このままそこに着陸するらしいぜ」
「なるほど。こいつはどうする?」
床にうつ伏せで倒れている男を指す。
「機長に受け渡すことになった。もう少ししたら副機長が来るから、放っておいていいと思う」
「分かった。──ふぅ、なんとか危機は去ったかな」
やっと、一息つける。
◆◆◆
数分後、副機長がやってきて、倒れている男の両手を縛って運んで行った。
更に数分後。
『能力者の方のおかげで、機体は無事に元の体勢に戻りました。あと20分ほどで当機は空港に着陸します。皆様座席のベルトをお締めください』
放送が終わり、数秒後。
機内は、歓声に包まれる。
『やったー!死なないで済んだんだ!』
『私、生きているのね!』
『よかった……!』
──というふうに、各自生きている実感を味わっていた。
シートベルトを締めてください、と言って回っているCAさんが、若干可哀想になってきた。
「助かったぜ、五十嵐、新庄」
「ありがとね、2人とも」
「いえいえ」
──と、再び通路側から視線。
「お兄ちゃん、やっぱり能力者だったんだね!」
「ああ、そうだよ。怪我はないかい?」
「うん!ありがとう、ございました!」
たどたどしい口調でお礼を言ってきた。
「いえいえ。お礼ならこっちの新庄に言ってよ、悪い奴をやっつけたのは新庄だからね」
「ちょ、五十嵐!?」
「そっちのお兄ちゃんも、ありがとう!」
「あ……ど、どういたしまして」
新庄、お礼を言われるのに慣れていないのかも。
「あの……ありがとうございました」
「へ?」
今度は、女の子の母親からお礼を言われた。
「本当に、能力者の方々だったんですね。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」
さっきと言うと──『見ちゃいけません』のことだろうか。
「気にしてないですよ。それより、怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、これくらい大丈夫です。さ、絵里。シートベルトをしておきなさい」
「うん、ママ!」
女の子と母親は、席に戻ったようだ。
「家族、か」
「やっぱり、羨ましいんじゃないのか?」
「さあな、俺にはやっぱり分からねえよ」
「……そうかい」
ま、そういうことにしておこう。




